侍少女の葛藤にて
チカとの闘いが終わり、その次の日。
ガルは寮で安静にしているセレンの部屋に来ていた。
「まだ痛むのか……?」
「ううん、一晩寝たらよくなったわ」
セイバーの痛みは意外と早く引くこともあり、セレンはすでに元気になっていた。
「ガル……あの子のことだけど、私と同じ感じがするわ」
「セレンと……同じ?」
「ええ。昔の、お母さんを助けるために全てを覚悟した私。だけど、心は辛くて、必死に救いを掴もうとする私……ガル、次にあの子に会った時は優しくしてあげて」
セレンは悲しそうな目でそう語った。
「わかった。セレンは優しいな。斬られた相手を心配するなんて」
「思い出させないで……うぅ、思い出したら具合が悪くなってきたわ。ガル、ジュース持ってきて~」
ガタガタと震えるセレンの要望通り、ジュースを注いで近くに置いた。
「あとは私の具合が良くなるまでここで看病すること! 面白い話ができればなお良し!」
セレンは甘えた声で引き留めようとしているが、ガルはスッと立ち上がった。
「魔法以外何もない俺に面白い話を求めるなよ……残念だが、そろそろ巡回の時間だ。仕事を優先することにする」
「むぅ~、じゃあ私も行く」
「念のため午前中は安静にするように医療担当のリコさんに言われたろ。じゃあ行って来る」
そう言って、むくれるセレンを残してガルは巡回に出た。
空を飛び、街をグルリと回った後、街の外の見回りにガルは出た。ガルの学び舎である学園周辺の森林を飛んでいた時である。林の中で何かが動くのが見えた。目を凝らすとそれは人影で、高度を落として近づくと、それはチカだった。どうやらここで修行をしているようだ。
ガルは迷ったが、セレンに言われた手前、チカと接触してみることにした。頭で話すことをまとめ、チカの後ろからフワフワと近づいて、いつ気づくのかと試してみる。
「誰!?」
十メートルほどの距離でチカは振り向き、刀をこちらに向けた。ガルは手を挙げ、無抵抗の意思を示す。
「あなたでしたか……私は今忙しいので、帰って下さい」
冷たく言い放つチカに、なんとか取り繕おうをガルは粘ってみる。
「冷たいな。キミは魔法使いが嫌いなのか?」
「あなたには関係ありません!」
全く寄せ付けてくれない。
「なぁ、少し話を――」
「しつこいですね! なんなら、昨日の続きでも始めますか?」
殺意すら感じるチカの目つきに、これは出し惜しみしている場合じゃないなと思い、ガルは早々に切り札を使うことにした。
「俺はキミが最強になる素質があると思い、それを伝えようと思っただけさ」
「最強……?」
チカが最強という言葉に反応した。
やはり、この子は強くなることに異常なまでに執着している。そう思い、さらに畳み掛ける。
「ああ、キミは『ストレングス』と『アンチグラビティ』を状況に応じて使い分けていたな」
「……はい。強化魔法は重ね掛けできないと、そうシャノンから教わりました」
「俺はその二つを重ね掛けする方法を知っている」
チカが目を見開いて驚いた。
「キミも知っていると思うが、『ストレングス』は筋力を上げる魔法だが、何も攻撃力だけ上がるわけじゃない。脚力も上がるわけだから、その分スピードも上がる」
「……はい」
「その状態に『アンチグラビティ』を重ねれば、相乗効果で凄まじい速さを得ることができる」
「……っ!」
チカは自分の足元を眺め、地面をグッと踏みしめる。恐らくイメージをしているのだろう。
「まぁ、とにかく試してみるのが一番いいさ。今回は俺が掛けてやろう」
そう言ってガルはダブルマジックで文字を刻み始めた。
「……両手で同時に文字を刻んで、器用なもんですね」
チカがそう言った。
初めて必要なこと以外で話しを振ってくれたことに、少しは気を許してくれたように思えて、ガルは安堵した。
「なに、ようは慣れさ。練習すればキミもできるようになる」
「あのセレンという子も使ってました。あんなに小さいのに強かったです。あの時は私のペースで戦闘が進んだので勝てましたが」
「セレンは魔法使いの天敵みたいな子なんだ。切り札がそういう魔法だからな。だけど、あまり魔法を使わないキミみたいな相手は、逆に苦手なのかもしれない」
そう話しているうちに魔法が完成した。ガルは手を前に出し、使うことをアピールする。チカはそれにコクンと頷いた。
「じゃあ掛けるぞ。『ストレングス』『アンチグラビティ』」
チカの体がほのかに光る。それを不思議そうに自分で眺めている。
「少し周りを走ってきたらどうだ? 木にぶつからないようにな」
「そこまで間抜けじゃありません! では、お言葉に甘えて行ってきます」
そうしてチカは、タンッと跳ねるように飛び出していった。
・
・
・
ガルはその場に座り込んでいると、わずか数分でチカが戻って来た。ガルの前で地に足を踏みしめ、ザザァッとブレーキをかけて止まった。
「どうだった?」
「凄いです。うまく使いこなせば、今までの倍、いやそれ以上の速さが出せるかもしれません」
しかし、その割にはチカの表情は曇っていた。
「だけど、これも結局魔法の力なんですよね……私の力じゃない……」
「いや、これはキミの力だよ」
ガルは間髪入れずに答えた。
「なぜ俺が、キミは最強になれると言ったと思う? それはキミが、それほどの身体能力を持っているからだよ。基本的に魔法使いは訓練はするけれど、身体を鍛えたりはしない。だがキミは侍としての技を、足捌きを、身体能力を持っている。どの魔法使いにもできない事だ」
「私の……力?」
「ああそうだ。俺も昔、この強化魔法の重ね掛けが最強ではないかと思い、何かと試してみたことがあった。だけど、『フライ』の方が色々と便利でね、戦い方を変えたよ。だが、キミは今までの修行で培った身体能力がある。俺は、キミがこの方法でどこまで強くなれるのか見てみたい!」
するとチカは、ガクリと膝をついた。
何事かと驚いたガルが慌ててチカの様子を伺うと、その目には大粒の涙を浮かべていた。
「私は、ずっとそんな戦い方を望んでいました。だけど全てが魔法の力で、私の力なんて些細なものだと思っていたんです……」
「むしろ逆だな。この場合メインがキミで、魔法の力がキミの技を活かすためのサブになる」
「そう言ってくれて……ありがとうございます……」
チカは涙を拭うが、それでも溢れた雫が土を濡らした。
「キミが魔法使いを嫌う理由はその辺かな?」
「……はい、今となってはお恥ずかしい話ですが、私は魔法の力に嫉妬していたんだと思います」
そうして、チカはポツポツと話し始めた。
「私は知っての通り、侍が好きです。子供の頃に本を読んで、その時から夢中になりました。侍が出てくる本は全て読んだと言っても過言ではありません。私の中では侍こそ最強で、至高の存在だったんです。私はそんな侍に憧れて、道場に通いました。それと同じ頃だったでしょうか? 私には魔法の才能があると診断されて、魔法学園に通うことを薦められたんです。だけど、私にとって魔法は全く興味が無いものでした。子供の頃から何年も道場で技を磨き、気付けば私に敵う相手は誰もいなくなって、免許皆伝を許されました」
そこで一度、チカは話しを切った。それから少し言い難そうにしながら、続きを語った。
「私はこの力を正義のために使いたかった。この力で悪を絶ち、誰かを守れる存在になりたかったんです。そんな時、私の前に魔法使いが現れました。魔法の力を犯罪に使う、私にとっての悪! 私はその人を止めるために立ち向かいました。……だけど、結果はお分かりでしょう。私は何もできずに敗れました。私の刀は空を飛ぶ相手に届かず、遠くからでも撃ってくる魔法を防ぐ術も持たず、ただ、蹂躙されたんです」
チカはその悔しさを思い出したのか、強く拳を握りしめていた。
「その時、私は信じていたもの全てを失いました。最強だと信じていた想いも、十年近く続けた修行の意味も、何もかも打ち砕かれたんです。……私はその日から、抜け殻のように、呆然と日々を過ごすようになりました。そんな時にシャノンと出会ったんです。彼女は生気のない私を必死に励まし、私が魔法を使えることを知ると、侍の技を活かせる必要最低限の魔法だけ教えてくれました。私は彼女の好意に、もう一度だけ刀を手に取ることを決め、再び強くなるために修行を始めたんです。それでも、これは魔法の力であって私の侍としての力ではないと、心は迷っていました」
「なるほどな。考え方次第だが、魔法使いと戦う時は、その強化魔法やセイバーは条件を同じにするためであって、後はキミの実力次第だ。きっとシャノンもそういう思いでこれらの魔法を教えたんだと思う」
「はい、私はようやく目が覚めました。もう迷いはありません! なので、その重ね掛けする方法を私に教えて下さい」
チカが元気を取り戻したらしく、その言葉は力強かった。
「ああ、構わない。じゃあちょっとチカの術式を見せてくれ」
「はい! よろしくお願いします! 師匠!!」
「………………師匠?」
突然のことにガルの動きが止まる。
「はい! 魔法を教えてくれるので、あなたは私の師匠です!」
「いや、魔法はシャノンからも教わっただろう」
「シャノンはあくまで私の友達です。それにあなたは私の迷いを晴らし、進むべき道を開かせてくれた。実力も私より上で、今後、ご指導願うこともあるでしょう。それはやはり師匠です!」
ガルは正直、戸惑いを隠せない。そんな関係にするつもりなど微塵もなかった。
「いやいやいや! 俺はそんな大層なもんじゃないぞ! むしろただの魔法オタクだから!」
「もう決めたんです! 私、師匠に付いて行きます!」
こうしてガルは、チカに付きまとわれることになった。




