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魔法使いの世界にて  作者:
二章 失踪事件にて
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侍少女との対決にて

* * *


 ガルとアレフは巡回を終え、派出所に戻って来た。そこで侍の格好をしたチカという少女が訪問してきて、セレンに戦いを挑んだことを知った。

 ガルはここに残った隊員から、四人が移動した場所を教えてもらうと、自分もそこへ向かおうと派出所を飛び出していく。


「隊長、気になるので俺も行ってきます!」

「わかった。気を付けたまえ」


 アレフに断りを入れて、ガルはその場所を目指した。

 そこはセレンの隠れ家の近くで、岩肌がむき出しの場所。そこに数人の人影が見えた。ガルはその人影を目指して真っすぐに飛ぶ。

 次第にはっきりと見えるようになると、誰かがうずくまる様にして倒れている。小柄で、銀髪。

 ガルは息をのんだ。倒れているのはセレンで、それを見降ろすように侍のような少女が立っていた。


「セレン! 大丈夫か!!」


 ガルはすぐにセレンの様子を伺った。彼女はしゃべる事もできないほど、苦しそうに自分の体を抱きかかえるように身をうずめていた。見たところ、血も出ていなければ傷も見当たらない。


「マジックセイバーでやられたのか?」

「う、うん……だから命に別状はないけど、やられ方がひどくて、その……相当痛むと思う」


 アイリスはセレンのかたわらで、膝をついて見守っていた。

 セレンは額に汗を浮かべ、呼吸を小刻みにして、必死に痛みを堪えようと苦悶の表情を浮かべている。


「私にやらせて下さい!」


 突然、侍少女の近くにいたもう一人の少女が駆け寄って来た。


「キミは……?」

「チカの付き添いで来たシャノンといいます。私なら痛みを取り除くことができます」


 シャノンはそう言って、指で文字を刻み始めた。


「『インタラプト!』……これで大丈夫なはずです」


 インタラプト。以前にバージスが使っていた、痛覚を遮断する魔法だ。

 セレンは急に咳き込み、大きく息を吸い込んだ。恐らく、呼吸することさえ辛いほどの痛みだったのだろう。

 ゆっくりと目を開けて、ガルに視線を送った。


「うぅ……ガル、ごめんね……私、負けちゃった……」

「気にするな。後は俺に任せてゆっくり休んでろ。アイリス、セレンを頼む」

「わかった。ガル、あのチカって子、戦い方が――」


 アイリスが言いかけたのを、ガルは左手を突き出し言葉を制した。


「それは戦いの中、自分で判断する。聞けば彼女は自分の力を試したいんだろ? お互いに初見の方がわかることが多い」


 そう言ってガルは、チカの正面に立つ。


「次は俺と戦ってくれないか。セレンの敵を討ちたい」

「私は構いませんよ。それにしても、私の戦い方を聞かないだなんて余裕ですね。流石ここで最強と言われるだけの事はあります」

「俺は魔法が好きなんだ。あらかじめ聞くよりも、実戦中に見た方が楽しめるだろ? それに訓練にもなる」

「後悔しますよ」


 そう言ってチカは睨むように目を細める。

 そしてシャノンが二人の間に立ち、手を振り上げた。


「では、初めて下さい!」


 二人は文字を刻み始めた。そしてガルは気付いた。チカがダブルマジックを使えないことに。腰の刀を納めたまま、右手で文字を刻んでいる。

 先に仕掛けたのはガル。


「『フライ!』、『ブラストショット!』」


 飛翔の魔法を発現しつつ、空気が振動するような、目視では見えずらい衝撃波をチカに放った。


『マジックセイバー!』


 チカの刀に魔力が宿る。それを鞘から抜き、目の前の衝撃波を切り裂いた。そして再び文字を刻み始める。

 それを見てガルは思った。やはりこの子は近接戦闘型だと。


『ストレングス!』


 チカが筋力増強魔法を自分に使った。前に戦ったナックルと似たような戦いになるだろう。しかし、彼女はセレンを負かすだけの凄まじい一撃を持っている。

 ガルの体がブルッと武者震いを起こす。


「『マジックセイバー!』、『ストレングス!』」


 ガルも条件を同じくして、チカと向き合った。


「魔法使いのくせに、接近戦で戦ってくれるんですか?」

「俺も昔、自分を強化して接近戦で戦うことが最強の戦術ではないかと模索した時期があったんだ。こういう戦いは嫌いじゃない」


 チカはそれ以上、何も聞かなかった。

 少しの間二人は沈黙を守り、そして同時に動いた。

 激しく腕を振り、互いの武器を交え、火花を散らす。チカの方が武器の重みがあるせいか、はたまた腕力が上なのか、ガルが押され始めた。

 チカが一歩踏み出し、一撃を入れる勢いで武器を振う。だがその一撃はガルに届かない。スッと後退してチカの間合いから退いた。

 チカは構わず、また一歩ガルに踏み出した。


疾風はやて!』


 凄まじい速さで無数の斬撃をガルに向けた。

 だが、ガルは数発をうまく受け流し、捌ききれない分はフッと後退してチカの射程から離脱する。


「流石に攻撃力は高いな。だが、間合いをうまく取ればそう怖くはない」


 そもそもガルは飛翔の魔法で浮いている。足で地を蹴る必要もなく、無造作に後退できるため、チカの攻撃から距離を置くことができる。


「やあぁ!」


 チカが鋭い突きを繰り出した。

 キイィィン! と乾いた音を立て、ガルはうまくその突きを弾き、反撃の一撃を振りかざした。その攻撃をチカはしっかりと目で追い、体を捻って回避する。


「くっ、これならどうですか」


 チカは一度距離を取ると、文字を刻みだした。


「ストレングス解除。『アンチグラビティ!』」


 その魔法にガルは拍子抜けした。

 アンチグラビティは重力を操作して、主に素早さを上げるために使う。だが、その上位互換に飛翔の魔法フライがあり、アンチグラビティを使う者はほとんどいない。


「チカ、キミはフライが使えないのか?」

「空を飛ぶ必要はありません。この刃が届けばいいだけのことですから」


 そう言ってチカは駆け出した。かなりのスピードでガルを翻弄ほんろうすべく動き回っている。確実にナックルより速い。だが――


「まだ遅い……」


 ガルがチカの側面に入り込み、横殴りに杖を振った。


「くぅっ……」


 刀で防御するも、チカは体ごと弾き飛ばされた。

 くるりと回転して着地すると、そのまま身を低くして刀を鞘に納めた。


「なら、これはどうですかっ」


 刀はいつでも抜けるように構え、視線だけガルを睨むように見据えている。


刹那せつな……』


 そう呟くと、一瞬でガルの目の前まで距離を詰めた。まさに刹那。いつの間にか抜いた刀が目の前まで迫っていた。

 バッと飛び上がり、今まで低空飛行を続けていたガルが、初めて上空に退避した。


「空に逃げるなんてずるいですよ」


 チカが再び同じ姿勢を取り、刀を鞘に納めた。視線だけは鋭くガルを捉えている。

 ゾクッとガルの背中に冷たいものが走る。本能が告げている。大きな一撃が来ると。


一閃いっせん!!』


 チカが叫び、鞘から抜いた反動を使い、空を斬った。その瞬間、チカの太刀筋は全てを切り裂いた。

 空に浮かぶ雲は切れ、太陽も切れ、刀がなぞる景色そのものが斬られていた。それは正に、その場の空間を切り裂いたと言える斬撃。その攻撃に、ガルの体は両断されていた。

 それを見据え、チカは振り切った刀を鞘に戻す。すると、

 バシャリ……

 両断されたガルが水になり、地面へ落ちた。


「え……?」


 目を見開いて驚くチカの背後から、ガルの声がした。


『パライスショック!』


 バチッ! とチカの体に電流が走り、その場に倒れ込んだ。

 すぐに起き上がろうとしても、体が麻痺して動けない様子だ。


「セレンを倒したのは今の一撃か? 相当な威力だな。SSランクぐらいあるんじゃないか?」


 ガルが倒れたチカに話しかけた。チカは黙ってガルを睨み続ける。


「動きも悪くない。けど魔法に対する知識が乏しすぎる。ブーストを使った時の音くらいは把握しておかないと、今みたく簡単に背後を取られ――」

「黙れ!!」


 ガルの言葉を遮り、チカが叫んだ。


「お前達魔法使いに、偉そうにものを言われたくない!」

「いや、キミだって魔法使いだろ……?」

「私は、侍だ……」


 麻痺して動けない代わりに、精一杯の怒声と、殺意さえ感じる目つきをガルに向けている。


「……殺せ」


 もはや先ほどまで使っていた敬語さえ捨て去り、チカは静かに呟いた。


「負けた上に、上から目線で説かれたなど屈辱でしかない。ひと思いに殺せ」


 チカの急激な態度の変化に、ガルもかける言葉が見つからなかった。

 そこにシャノンが慌てて駆け寄っていく。


「チカ、今日はもう帰ろう。皆さん、ご迷惑をかけてすいませんでした。後日、またお詫びに参ります」


 そう言うとシャノンは文字を刻み、フライを発現させた。


「離せ! 無様に負けた私に、もう生きていく意味など……ない……」


 チカは、泣いていた。

 シャノンは構わずチカを抱えるようにして、フラフラと飛び去って行く。そんな様子をガル達は、しばらくの間、ただ見つめる事しかできなかった。

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