侍少女の訪問にて
* * *
海の上をかなりのスピードで飛んでいく、一人の魔法使いがいた。二百年前から、不老不死の魔法で生きながらえている賢者の一人、バージスだ。
バージスは海の上に浮かぶ、小さな島に降りていき、一軒の家に入っていった。
「帰ったぞ」
「おや、お帰りなさい。どこくへ行ってたんですか?」
賢者の一人、カインは読んでいた本を閉じ、バージスに目を向けた。
「ガルの様子を見に行ってた」
「またですか!? バージスさんは本当にガル君が好きですねぇ」
「違ぇよ! あいつらがSSSの魔法を完成させたら戦力になるだろうが! だから定期的に様子を見てんだよ!」
バージスは声を荒げて否定している。
「で、魔法の進捗状況はどうでしたか?」
「……あのチビッ子がSSランクを取得した」
「セレンさんが!? ということは『レリース』の魔法がいい感じに進んでるみたいですね」
「いや、SSを取ったのは『動物の言葉がわかるようになる魔法』で、レリースは全く進んでねぇよ……」
「えー……」
意表を突かれたカインの口から、間の抜けた声が出た。
「なぁ、いいんだよな? 気負わせたくないとか、自由に人生を歩ませたいとか、そういう考えはわかるぜ? けど、本当にこのまま放置していいんだよな?」
「え、ええ……ですが、ガル君なら少しは進んでいるんじゃ……」
「いや、ガルも全然進んでねぇよ。数ヶ月前に様子を見に行った時によ、ガルが魔法を完成させたって騒いでたんだよ。俺はてっきり、あの無敵になる魔法が完成したのかと期待したね。ああ期待したさ! だがあいつが披露したのはどんな魔法だったと思う? 『くしゃみが出そうで出なかった時の、鼻のムズムズを抑える魔法』だったぜ。仲間もどうでもよさそうな顔して聞いてたな」
カインは開いた口が塞がらず、なかなか面白い表情のまま固まった。
「もう一度聞くぜ? 本当にこのままでいいんだな? あいつらの魔法が完成すれば、世界を救う可能性が広がる。だけどこのまま『動物と楽しくおしゃべりをする魔法』や『鼻のムズムズと治す魔法』を優先した結果、世界が滅ぶことになってもいいんだな!?」
カインは右手で自分の顔を覆い、左手でバージスを抑えるように手のひらを突き出した。まるで、これ以上迷わせないで下さいと言わんばかりだ。
「だ、大丈夫です。もう少しで『お祭り』が始まります。そうなれば、必ずみんなの心境に変化が生じるはず」
「お祭り? ああ、もうそんな時期か。なるほどな、あのイベントは必ず自分の実力と向かい合うことになるからな」
「ええ。それにもう一つ気になることもありますし……まぁこれはいいでしょう」
カインが言いかけた言葉を途中で止めた。
「おい! そこまで言って止めんなよ。気になるだろ!」
「いえ、これは私の、何の根拠もないただの考えですから」
「お前みたいな頭のいい奴がそういうこと言うと、大抵それが正解なんだよ! 暇なんだから話せよ!」
バージスにせがまれ、カインはやれやれと話し始めた。
「本当にただの思いつきですよ? バージスさんは、ガル君達が魔法を完成させればこの世界を救う可能性が高くなると考えていますよね? 私は、その逆の可能性も考えています」
「逆? ってことは、まさか……」
「はい、あの子達がSSSランクを完成させることで、世界が滅ぶきっかけになるのではないかという可能性です。例えば、私達と同じ、その魔法を巡って争いが起き、信じていた人達に絶望し、世界を憎むようになるとか……」
「いや、それはねぇな」
バージスはあっさりと否定した。
「あいつは絶望したりしねぇよ」
「ですが、信じている想いが強いほど、裏切られた時の衝撃は大きいんですよ?」
「それを乗り越えるだけの絆が、あいつの周りにはある。俺みてぇにはならねぇよ」
それを聞いたカインがプッと噴き出した。
「まさかあなたの口から『絆』という言葉が出るとは思いませんでした。本当にガル君のことが好きなんですねぇ」
「だから違ぇって!」
茶化されて狂暴化したバージスをなだめながら、カインは話題を変えた。
「そっちは他に情報はないんですか?」
「そういえば、適合者の杖の使い手が一人、見つかったぜ」
――適合者の杖。
それは昔、賢者が作り出した杖。
SSSランクの魔法を習得出来そうな、そんな可能性を秘めた魔法使いに反応するアイテムだ。
「へぇ。どんな魔法を使うんですか?」
「ああ、結構面白い魔法だぜ。補助魔法だけどよ、アレが完成すれば俺たちの動きも変わると思うぜ」
「そっちこそ勿体ぶらずに教えて下さいよ」
そうして彼らも準備を進めていく。
だが、ここから少し過去の話に戻るとしよう。
それは、一つの大きな出会いの物語だ。
* * *
季節は六月。ガルが翻訳魔法をセレンに引き継がせた少し後の話でる。
この日、ガルとアレフは見回りに出ていた。執行猶予のついた全員の様子を見に行くことも考慮して、空を巡回していた。
「隊長、もう六月ですよ?」
「うん? 段々と暑くなってくる季節だな」
「いえ、そうではなく、俺らの学園が卒業式を終えてから、もう三ヶ月は経つのに、ここの部隊に入ろうとする人が誰も来ないんですが……」
するとアレフは、はっはっはと軽く笑い出す。
「ここノード支部の特殊部隊は弱小部隊として有名だからね。それを知ってて入る物好きはそうそういないさ」
「笑いながら言うことじゃないですよね!?」
部隊の拠点があるノードの街。ガル達はこの街で何度か犯罪を犯そうとする魔法使いを取り押さえている。その時、捉えられた者は皆、口をそろえてこう言った。
「くそ! こんなに強い奴がいるなんて」……と。まさかこの街は、特殊部隊が弱いからこそ、魔法犯罪者が多く集まるのではないだろうか。
ガルは気付かなければよかったと思いながらも、アレフと一緒に巡回を続けた。
「ところでガル君、ここ最近、失踪事件が多発しているそうだよ。気を引き締めてくれ」
「大人から子供まで、行方不明者が出ている事件ですよね?」
「ああ、未だなんの手がかりもない。見回りを強化しようかとも思っている」
そうしゃべりながらも、二人は周りの様子を注意深く観察しながら巡回を続けた。
* * *
「たのもー!」
派出所に女性の声が響き渡った。留守番を任されていたセレンは声の主に駆け寄っていく。
「はい、何かお困りですか?」
「え!? 子供!?」
「子供じゃありません! ちゃんとここの一員です!」
セレンがむくれると、驚いている女性の後ろからもう一人の女性が顔を覗き込んで来た。
「あらカワイイ!」
「申し遅れました。私はチカと言います。こちらは友人のシャノン」
「よろしくね~」
シャノンと紹介された少女は友好的な態度でにっこりと微笑む。茶髪でショートヘアな彼女をよく見ると、アイリスが前に着ていた制服と同じ物を着ていることに気付いた。同じ学園の生徒だろうとセレンは察する。
そしてチカと名乗った少女は袴を着て腰に刀を携えている。よく物語に出てくる侍の格好だ。そこまで長くない黒髪を後ろでポニーテールにしている。驚いた時に見せた大きな瞳は可愛らしく、綺麗な顔立ちだが、今はセレンを睨むようにその目を細めているせいで、少々感じが悪い。
「実は、最近ここの部隊に凄腕の魔法使いが入隊したという話を聞きまして、手合わせ願いたいと思い、やって来ました。私は、自分の力がどこまで通用するか、確かめたいんです」
すると奥の間から、アイリスがひょっこりと顔を出した。
「なになに? どったの?」
「あ、アイリス、この人が強い人と戦いたいって……」
するとアイリスの目がキラーンと光る。
「ほほう! ここで最強なのはあたしよ? あたしと勝負する?」
「アイリス、嘘は良くない……ここで一番強いのはガル」
すかさずセレンが訂正を入れた。
「ま、まぁみんなそれぞれ特徴も違うし、あたしとガルとセレンがここの三強じゃないかしら? ガルは今巡回中だから、どっちと戦いたい?」
そう振られると、チカは二人の顔を見比べながら思案する。
「こんな小さな子が、そんなに強いんですか?」
「ふふん! セレンは見た目はチンチクリンだけど、普通に強いわよ!」
「チンチクリン……」
「興味が出てきました。ではあなたと手合わせお願いします」
チカはセレンに頼み込むように頭を下げた。
セレンはそんなチカの顔を覗き込むように見て、そして答えた。
「わかったわ。だけどあなた、何か悩みがあるんじゃない?」
「っ!? それは……あなた達には関係ないことです! さぁ、戦える場所に移動しましょう」
セレンはそれ以上問いただすことができなかった。だが、確かに感じたのだ。自分と似ていると。以前、母のために戦いを覚悟した自分。誰かを傷付け、罪を犯す覚悟を決めた自分。チカの鋭い目つきは、そんな自分と同じ、覚悟を決めた者の目つきだと感じた。
「じゃあ、少し出てくるわね」
派出所に残った隊員に状況を説明して、セレンとアイリス、チカとシャノンの四人は人のいない場所へと移動した。




