黒不石の開放にて②
「いやああああぁあーー!!」
セレンが叫んだ。今の話を否定するかのように。
しかし頭では今までの出来事と父の話しが噛み合い、つじつまが合う事に納得しそうになっていた。
ここの洞窟に移住してから、あまり母に会わせてもらえなくなった。たまに手を握らせてもらうと、いつも冷たかった。
そして何より、父の態度が急変したこと。ここに来る前の優しかった面影は影を潜め、微笑みかけるどころか睨まれるばかりだった。無理難題を押し付けられては怒鳴られたが、それはきっと母の病気によるストレスだと思っていた。だけどそれは間違いで、本当は……
――お母さんが死んだことで、私を愛する振りをする必要が無くなったんだ。
セレンはそう理解した。理解したくはなかったが、そうとしか思えないこの状況がとても絶望的で、これ以上物を考えるのが辛かった。
セレンは壊れた人形のように体の動きも、思考も止めて、静かに俯くだけになった。
「おいセレン大丈夫か!? 気を確かに持て!」
ナックル達が心配そうに声をかけるが、セレンは何の反応も示さない。
「なるほど、お前たちも色々と大変だな。けどよ、死んじまったもんはしょうがねぇ。女なんて他にも沢山いるんだからよ、新しい相手を探すんだな」
赤髪の男は簡単に言い放った。
「アルメリア以外の女性に興味はない!」
「視野がせめぇな。ならそのゾンビで我慢するんだな」
「あんな未完成の魔法で妥協できるか!! そもそもお前はなんなんだ!? 何故あの石に封印されていた!? お前も魔法使いか!?」
「お前バカか!? 魔法使いに決まってんだろ! 両手両足に頭と胴体、六つにバラされて封印されてなお生きてるんだからよ。そういやまだ名乗ってなかったな。俺様はバージス! SSSランク、不老不死の魔法『イモータル』の使い手だ!」
バージスと名乗った男が偉そうに胸を張る。
「SSSだと!? 伝説級のランク……存在したのか」
ヴァンが驚愕した。
SSSランク。それは究極にして至高の魔法。今まで誰も習得した事がない、伝説の魔法。人の人生も、運命さえも変えてしまうと言われる、魔法使いが目指す頂点とも言える魔法だ。
だがSSSは、あくまでそういう魔法が生まれた場合を想定してのランクであり、これまでSSSを使える魔法使いが出たという話は一切なかった。
「で、その凄腕が何で封印されてるのさ?」
ストルコが待ちきれずに疑問を口にする。
「そこなんだよな、何で俺は封印されてたんだ? 思い出せねぇ……」
とぼけている様子はなく、本当にわからないという感じで頭を抱えている。
「ふん、話にならんな。SSSだろうがアルメリアを生き返せないのなら用はない。もう失せろ」
「まぁそう言うなって。俺はいずれこの地上を支配して神になる。それまでの拠点が欲しい。だからお前達の洞窟を俺にも使わせてくれ。ほら、アンタはゾンビと一緒の部屋でいいだろ? 邪魔はしねぇ。だからアンタの部屋を俺にくれ!」
太々しい態度でバージスが提案する。
「ふざけるな!! 貴様にやれる部屋など一つもない! 聞いていればさっきから私のアルメリアを簡単にゾンビと連呼しおって、不快だ!!」
「じゃあこうしようぜ? 俺が今からそのゾンビを跡形もなく消してやるよ。俺はそのゾンビの部屋を使えばいいし、アンタはこれで諦めがつくだろ?」
バージスは不気味な笑みを浮かべて洞窟の方へ歩き出した。
エルシオンが怒りで震えながら、文字を刻む。
『ブラッドスフィア!!』
バージスが血のように赤黒い球体に包まれる。
「不死身程度で神気取りか? 愚かな。死ななくとも無力化する方法はいくらでもある」
「なんだよ、俺様とやろうってのか?」
バージスも文字を刻み始めた。
「そんな狭い所で魔法なんて使ったら、自分も巻き込まれるぞ」
「別にいいんだよ、不死身だから。『サークルボム!』」
凄まじい爆発が起こり、球体が破壊された。正気とは思えない自爆行為に、周りにいる者は息を呑む。爆発による煙が散ると、傷を負ったバージスがにやけていた。
「自らダメージを負ってくれるとはありがたいな」
エルシオンが皮肉を込めるも、その表情が次第に驚きへと変わる。
なんとバージスの傷がたちまち治っていく。
「あっははは~、不死身でも大怪我で動けなくなっちゃ意味ねーからな。そこらへんも考えてんだぜ? んじゃ、こいつはお返しだ。『クラフトボム!』」
チカチカと点滅する魔弾をポンと飛ばした。狙われたエルシオンは身を翻して回避する。
「いいのか? 後ろにいる娘さんに当たるぜ?」
にやけて語るバージスの言葉に、ハッとした様子でエルシオンが後ろを振り返った。
魔弾は一直線にセレンへと飛んでいく。
「危ねぇ!!」
ナックルが叫んだ。その声でセレンが顔を上げる。不気味に光る魔弾を見つめても、セレンは動こうとしなかった。
セレンは考えていた。いつになれば幸せな日々が戻るのだろうと。
毎日毎日、一人で魔法の修行をした。その魔法で関係の無い人を巻き込んで、黒不石を回収するのに必死になった。そんな日々にひどく疲れながらも精一杯頑張ってきたつもりだった。
それなのに今、現状はどうだろう。幸せになるどころか辛い現実を突きつけられて、あとどれだけこんな思いをすれば終わりがくるのか。
願いが叶わないことが辛かった。
真実を知ったことが辛かった。
振り出しに戻されたことが辛かった。
先が見えないことが辛かった。
まだ幼いセレンには、これらを受け止める事ができなかった故に思った。ここで死ねば、どれだけ楽だろう、と。
そして迫り来る魔弾を前にして、静かに目を閉じ、生きることを放棄した……
――死んだらお母さんに会えるかな……?
ズガァァァァン!!
凄まじい爆音が響いて、黒煙と一緒に燃えカスが周りに舞った。
セレンはゆっくりと目を開ける。
――おかしい、どこも痛くない。
不思議に思い自分の体をペチペチと叩いてみるが、どこにも怪我はない。やがて黒煙が風に乗ると、そこには一人の少年が魔法でシールドを張り、セレンの前に立っていた。
「大将!」
「回帰の杖の……!?」
「……ガル?」
その場にいたバージス以外のみんなが、目を見開いて驚いた。
いつの間にそこにいたのか、シールドが半壊して、顔や服にススが付いているガルが、ケホッ! と煙そうに咳をしているのであった。




