敵勢力との交戦にて➂
アイリスのバトル回です。
* * *
ガル達が飛び去った後、アイリスとヴァンは睨み合っていた。飛んでいく姿を横目で確認しながら、二人の姿がかなり小さくなった時、ヴァンが声をかけた。
「そろそろいいだろう。始めよう」
「いいわよ。かかって来なさい」
一陣の風が吹き、アイリスの金髪が服にまとわりつく。肩より少し長いそのロングヘアーをバサッと手で翻して……二人が同時に文字を刻んだ。
『マジックセイバー!』
『マジックミサイル!!』
アイリスがセイバーを杖に付加させる。カインに貰った忘却の杖だ。
それに対してヴァンは攻撃魔法を放つ。
「もう撃ってきた!」
アイリスが驚きながらもフライを巧みに操り、十発ほどのミサイルを全て避ける。しかし避けたミサイルはぐるりと方向を変えて再びアイリスに向かってきた。
「誘導性もあるの!?」
「避けきれるかな?『マジックミサイル!』」
ダブルマジックで同じ魔法を発現させるヴァン。後ろからは避けた十発、前からは今撃った十発が飛んでくる。
『マジックバリア!』
ダブルマジックで防御魔法を刻んでいた。と言っても、アイリスはダブルマジックを完全に会得してはいない。一ヶ月という期間ではさすがに無理だったようで、刻める魔法はよく使う数個のみ。攻撃魔法は右手でしか刻めなかった。
しかし習得するのに平均一年かかる技術を二つ学んだにしては上出来だと、カインに褒められたその言葉を信じて、アイリスは立ち向かう。
前後から来るミサイルを真上に上昇して避けようとするアイリス。その際に十発ほどバリアに被弾して、すでにバリアは半壊していた。
アイリスはひとまずミサイルの性能を確かめてみる事にした。
全力で逃げるアイリスをミサイルが追ってくる。そのスピードは彼女の全速とほぼ同じ。
『フレイムショット!』
後ろから追って来るミサイルに炎系の魔法を放ってみる。命中したミサイルと隣接していた一つが誘爆した。
(たった二つしか消えてくれないの? もっと誘爆してくれればいいのに)
アイリスが面白くなさそうに膨れっ面になった。
『マジックミサイル!』×2
ヴァンがダブルマジックで片手十発ずつ、計二十発のミサイルを追加する。
アイリスの下方から狙いを付けて、真後ろと下から攻撃が飛んでくる。
『マジックシールド!』
アイリスは杖の先にシールドを展開して、ミサイルを振り切ろうと方向転換する。避けきれないミサイルはシールドで防ぐと、残ったミサイルは大回りしてまた自分の所に戻って来る。あまり小回りは効かない魔法のようだ。
大体の特性は分かった。アイリスはそう思いながら真っすぐに飛ぶ。
『マジックミサイル!』×2
ヴァンがまた数を増やしてくる。それでもアイリスは驚くほど冷静だった。
カインと修行した昨日までの日々。それはアイリスにとって、地獄であったと言える。カインから一本取ることができず、毎日気絶するまで攻撃を浴びせられた。逆に攻撃を避け続けて、何時間も恐ろしい思いをしながら対峙したこともあった。わざと攻撃を喰らえば気絶して今日が終わる。そんな誘惑を振り払って、諦めずに必死に食らいついた。悔しさと痛みで涙が流れ、挫けそうになる毎日だった。
それに比べたら、今、目の前にいる相手はどれだけぬるいだろう。恐怖なんて微塵も感じなかった。
そしてカインはこう教えてくれた。相手の魔法の特性を戦いの中で的確に見極め、その対策を速やかに立てろ。その対応の速さで勝敗は変わってくると。
アイリスはその言葉を思い出した訳ではない。無意識に実行していた。あの過酷な日々がそうさせているのだ。あくまで冷静に、自分の中で対策をまとめていく。
『マジックミサイル!』×2
「また!? あいつその魔法しか使う気ないの?」
半ば呆れるアイリスだが、いつの間にかミサイルに囲まれている事に気付いた。四方八方を弾幕で覆われている。
「俺のマジックミサイルはただ追尾するだけじゃない。俺の意思で軌道を変える事もできる。ただ後ろを追いかけていると見せかけて、全方位を取り囲む算段を立てていたのさ」
「なるほど、これがアンタの必勝パターンって訳ね」
アイリスがダブルマジックを使おうとする。
「無駄だ。防御魔法などこの数ではもはや無意味。お前の負けだ」
「それはどうかしら?『マジックアクティベーション!』、『マジックシールド!』」
アイリスが昔から研究してきた魔法『マジックアクティベーション』。それを彼女は一ヶ月の修行の合間を見て完成させていた。自分の魔力を高めた状態でシールドを発現する。
「こういう状況の時は一点突破のみ! 突撃ぃ~!」
アイリスはヴァン目がけてミサイルの雨に突っ込んで行く。その一点だけとはいえ、集まって来るミサイルは二十発にもなり、爆発がシールドを揺るがす。しかし、爆炎を抜けたアイリスのシールドはどこも壊れていなかった。
「バカな! たとえSランクのシールドだったとしても、あの数の爆発で壊れていないだと!? まさかあの『アクティベーション』という魔法で!? しかし……」
混乱するヴァンを気にもせず、アイリスがついに彼の目の前まで辿り着いた。
「やっとお近づきになれたわね。もう絶対離れないわ」
「こ、こいつ!」
ヴァンが全速力で逃げに転じる。それにぴったりとくっついて離れないアイリス。
攻め時を得たアイリスがセイバーをヴァンに向かって何度も振りかざした。
「くっ!『マジックセイバー!』」
「やっとミサイル以外の魔法を使ったわね」
二人の後ろをミサイルが追尾してくる。アイリスの攻撃を防ぐ度、また引き離そうとヴァンが蛇行する度に、後ろのミサイルが近づいて接触しそうな距離まで迫ってきた。
バオン!
魔力を開放したのはヴァンだ。超加速でミサイルからも、アイリスからも距離を取った……かに思えた。
「絶対離れないって言ったでしょ?」
アイリスがヴァンのブーストについて行くだけではなく、背後も取っていた。
ガキィィン!
武器が振るわれ、必死でガードするもヴァンは後方を弾き飛ばされる。
そのさらに後方からは自ら放った大量のミサイルが飛んできて……
フッ! とヴァンが笑った。五十発ものミサイルはヴァンをすり抜けアイリスに飛んでいく。
「ハハハハッ! 俺を自分で放ったミサイルにぶつけて自滅させようという算段だろうが、自分の意思で動かせると言っただろう? 一発たりとも被弾はしないさ!」
「あっそ、悪いけどそういうつもりじゃないから」
そう冷たく言い放つアイリスの杖が煌々と輝く。
それを見たヴァンの顔色がみるみる変わっていった。
「あたしはただ、アンタとミサイルが直線状に並ぶのを待ってただけよ。まとめて吹き飛ばせるようにね!」
ヴァンは慌てて文字を刻む。しかし、もはや遅すぎた。
「まとめて飲み込め!『イフリート・ブレス!!』」
轟音を唸らせて炎の霧が全てを包み込むように前方に広がっていく。
ミサイルを全て飲み込み、その後方で逃げようとするヴァンをも易々と飲み込んだ。
「うおぉー……!」
ヴァンの叫び声も轟音によってかき消される。
辺りは火の粉が舞い散る灼熱の空になっていた。
アイリスの魔法が晴れると、吹き飛ばされていたヴァンが地上に落ちていくのが見えた。
少し焦げて煙を上げている。まぁ魔法使いなんだしちょっと火傷したくらいだろうとアイリスは思った。
「自分の戦闘スタイルを見つけ、磨くのは大事ね。だけど慢心して、隙を突かれるようではまだまだよ。弱点を見抜かれ、攻略された時の対応を常に想定しておきなさい」
そう言ってアイリスは服にまとわりついた髪を自分の手でバサッと翻した。
「ま、先生の受け売りだけどね」
金髪が風になびいて美しく揺れている。
もはやひと月前の彼女とは別人。強者の風格さえ感じる勝者の姿がそこにはあった。
今更ですが、アイリスって名前打ちにくくて困ります。
もう少し短い名前にすればよかった……




