魔法使いの世界にて

三章 マジックバトルトーナメントにて

唯我独尊の精神にて②

「アンタねぇ、真面目に戦う気あんの!?」

　そう言い放つアイリスに、ソルティは少し真面目な表情に変わった。

「もちろん。だってさ……アイリスちゃんが今の魔法を避けてる間に、俺はもう次の魔法を刻み終えてるんだぜ？　ただのハッタリで遊ぶだけじゃねぇ。あんな魔法でも時間くらいは稼げるって訳よ」

　そう言ってかざすソルティの杖は、仄かに輝き出す。

「っ!?」

　それを見た瞬間に、アイリスは本能的にソルティから全力で離れようとしていた。

「んじゃお望み通り、こっからは本気で相手してやんよ!!　『バーニングショット！』」

　ソルティが腕を振るうと、無数の火の玉が出現する。それらは距離を空けようとするアイリス目がけて飛んで行く。

　不規則な動きで飛び交う火の玉を、アイリスは必死に回避するのだった。

（この戦いで私が勝つための条件は二つ……）

　上下左右から迫り来る火の玉を避け続けながら、アイリスは思考する。

（一つはあいつにブーストを使わせる事。そうじゃないと意表を突いたとしても緊急回避に使われるから。二つ目はブーストを使った後に、隙を見て渾身の一撃を叩きこむ事）

　迫り来る火の玉を避けながらも頭を回す。

　考えるのが苦手なアイリスだが、自分が勝つためのルートを探るためならば労力をいとわない。

　そうして、一種の賭けとも言える作戦を練りながら文字を刻んだ。

（どの道あたしが使える魔法の数は限られている訳だけど……きっついなぁ……）

　それでも可能性がある限り、アイリスは抗い続ける。

「へいへいアイリスちゃんどうしたよ？　逃げてばっかで攻めてこねぇの？　『シューティングスター!!』」

　空中から流れ星の如く、魔力の塊が降り注がれる。アイリスがここぞとばかりにＵターンをして、一気にソルティへ突っ込んで行った。

　流星のように降り注ぐ魔弾と、追尾してくる火の玉がアイリスの体を掠めていく。その中のいくつかは被弾もした。けれどアイリスは止まらずにソルティに向かって杖を振りかざす！

『マジックセイバー!!』

　自分の腕の中を魔力が流れ、握る杖に刃が形成される。その際、腕が焼かれるような痛みに見舞われるが、歯を食いしばりながらもソルティに渾身の一撃を振るった。

　すれ違い様の一撃だが、ソルティは身を捻りながら回避をした。

「うおっあぶね!?　にゃろう、お返しだ！　『ソニックブラスト!!』」

　アイリスの攻撃を避けたソルティが、すぐに反撃のダブルマジックを発現させる。すると音速の魔弾が一瞬でアイリスの背後まで迫っていく。

　まさに直撃コースで被弾しそうなその瞬間であった。

（かかった！）

　バオン!!

　アイリスがブーストを使用して、背後にせまる魔弾を回避する。

　さらにはその超加速によってソルティの背後に回り、再びセイバーを振るっていた。

　バオン!!

　ソルティもまた、同じようにブーストを使用して緊急回避を行った。そしてそのまま上空まで逃げるとその場で停止する。

（よし、ここまでは作戦通り！　ダブルマジックを使用した直後だから反撃の魔法は使ってこれない。あとはあたしの渾身の一撃をどうにか打ち込むだけ）

　アイリスは震える指先で文字を刻む。

　使う魔法はイフリートロアと、マジックアクティベーション。

「ん～……お互いにブーストは使っちまったか。よし！」

　ソルティも何かを決断して、両手で文字を刻み出す。大きく腕を振るその姿は、まるでダンサーのようでもある。

　そうして魔法を組み上げてから、ソルティはアイリスに向かって杖を構えた。すると、杖の先端からは巨大な魔力の塊が膨れ上がり、煌々と輝き出す。

（え!?　大魔法!?　あたしの得意分野で勝負しようっての!?）

　魔法が完成したアイリスも、咄嗟に杖を構える。けれど、自分に都合の良すぎる展開に若干のためらいがあった。

（いや、迷ってる暇はない。結局今のあたしには限られたチャンスにすがる以外に勝機はないんだから）

　決意して、魔法を解き放つ。アイリスの体からは膨大な魔力と炎が溢れ出た。

　そして今、二人が同時に魔法を発現させる!!

『イフリートロア!!』

『アルティメットブレイカー!!』

　二つの極大魔法は同時に発射され、お互いの中心位置で激突する。その威力で風は荒れ狂い、光の粒子が弾け飛び、轟音が響き渡った。

　互角かと思われた力と力のぶつかり合いだが、すぐに状況は動き始める。

　アイリスの魔法が押され始めたのだ。

（腕……痛っ……バラバラになりそ……）

　腕の激痛でうまく力を引き出せず、魔力のコントロールさえままならない。それもそのはず。すでにアイリスの左腕は真っ赤に晴れ上がり、焼けただれていた。

　アクティベーションはまだ使っていない。単純に、今のボロボロの腕では耐久力が足りないのだ。

（けど、負けたくない!!　一気にアクティベーションを発現させて、あいつの魔法ごと跳ね返す！）

　そう考え、魔法を解き放とうとしたその瞬間……

　——ブシュウ……

　アイリスの腕の表面が弾け、血が噴き出した。それを見てアイリスは衝撃を受ける。

（腕が耐え切れない!?　これ以上無茶したら、本当に消滅する……）

　迷う。

　負けたくない気持ちと、腕が消滅するかもしれない危機感に挟まれながら迷う。

　迷って迷って迷って、僅か一秒の間にどれだけの葛藤が生まれたかわからないほど迷う。

　そして……

「負け……たくない！　『マジックアクティ――』」

　魔力を開放しようとした時には、ソルティの攻撃に押し返されて、その波に呑み込まれていた。

　激しい魔力の波動に包まれて、アイリスは地面へと押しつぶされるような感覚となり、次の瞬間には行き場を失った魔力が爆発を起こす！

　アイリスは爆発の衝撃で弾き飛ばされて、闘技場の端の結界に守られる壁まで吹き飛び背中から激突した。そしてズルズルと力なく崩れ落ち、その場に座り込むようにして動かなくなった。

「アイリス選手、ダウンです！　……戦えますか？」

　女性審判が駆け寄り声を掛ける。しかし、アイリスはピクリとも動かずに返事もしなかった。

「アイリス選手、戦闘不能!!　よってこの勝負、ソルティ選手の～勝ぉぉ利ぃぃ!!」

　審判の高らかな宣告で場内が沸き上がる。

　そんな歓声が遠くに聞こえながら、アイリスはゆっくりと目を開ける。その目に映るのはボロボロになった自分の腕であった。

　アイリスの意識は切れていない。しかし、これ以上戦える状態ではないと悟り、審判の呼び声に反応しなかったのだ。

「アイリス、大丈夫か!?」

　一早く駆けつけたガルがアイリスを介抱しようとして右腕を掴んだ。

「いたっ！」

　苦悶の声が漏れ、それに驚いたガルが手を離す。そこまで強く握ったつもりはなかったであろう。しかし、アイリスの右腕は内出血を起こして掴んだ指の後が浮かび上がっていた。

　右腕はそんな有様で、左腕はもはやボロボロ。それを見てガルは状況を把握した。

「アイリスお前、前回の腕の怪我が治って無かったのか!?」

　ただ沈黙するアイリスに、ガルは医療班を呼ぼうと控え室に向かって大きく手を振る。

「ガル、あたし、負けちゃった……」

　小さく、か細い声でアイリスがそう囁く。

「お前な、こんな腕で出たら勝てるわけないだろ！」

「うん。けどさ、頑張れば行けそうだったんだよ？　あそこで覚悟を決めてアクティベーションを使っていれば、もしかすると勝てたかもしれない……」

　アイリスはぐったりと俯いたまま、そう続ける。ガルはそんなアイリスの言葉に耳を傾けていた。

「でも、途中で怖くなっちゃった。このままじゃ本当に腕が無くなっちゃうかもって思ったらさ、すごく怖くなって、気が付いたら使わないまま負けちゃってた……」

「……」

「あたし、すごく臆病者だよ……絶対に負けたくなかったのに……グスッ、卑怯な方法で合併しようとする奴をぶっ飛ばしたかったのに、最後の最後で自分の体を優先しちゃったんだ……」

　声に嗚咽が混じる。鼻をすする音が鳴る。

　見ると、俯いたアイリスからポロポロと涙が零れていた。

「アイリス、俺達ってさ、前はよくどっちが強いかって勝負とかしてたよな」

　ふとガルが、突然そんな事を言い始めた。

「けど今じゃ同じチームになって協力してる。俺はさ、結構お前の事を信頼して戦ってたんだぜ」

　スンスンと鼻を鳴らしながらも、アイリスは黙ってガルの言葉を聞いていた。

「だからさアイリス、お前も少しは俺の事を信頼してくれてもいいんじゃないか？　お前のあとには俺が控えているんだ。お前が一人で抱え込もうとする必要なんてない。なのに腕一本無くすような戦い方をされたら、俺は悲しいよ……」

「けど、あたしだって何かしたかったんだもん……何か役に立ちたかった。何かを残したかった。何かを繋げたかった……」

　顔を上げないまま、アイリスがそう告げる。

「けど、なんの役にも立てなかった……ごめんねガル、なんにも残せなくて」

　再びスンスンと涙をこぼすアイリスに、ガルはそっとその頭を撫でた。

「そんな事はない。お前は十分に残したさ。あいつをぶっ飛ばしたいという気持ちも、負けたくないという想いも、全部俺が引き継ぐんだからな！」

　そうしてガルは力強く立ち上がる。それにつられるようにしてアイリスはようやく顔を上げた。

「なぁアイリス。俺を少しでも信頼しているのなら、仲間だと思っているなら俺に託せ！　お前の言葉でだ！　その方が俺だって本気になれる！」

「うん……うん！　お願いガル、あたしの代わりにあいつをやっつけて！　絶対に負けないで！」

　その言葉に、ガルは握り拳を掲げて大きく頷いた。

「任せろ!!　お前の意思は全て俺が背負う!!　お前の代わりにあいつを絶対ぶっ飛ばすから安心して見ていてくれ!!」

　ズン！　と、大きく足を踏み込んでソルティを見据える。

　今、最後の闘いが始まろうとしていた。