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エンドリア物語

「シノムの皿」<エンドリア物語外伝25>

作者: あまみつ

 桃海亭が貧乏なのはいつものことだが、ほんの10分前、さらに貧乏になった。

 貧乏になったのは、皿を買ったからだ。

 絵柄のない白い磁器の皿だ。高級磁器の抜けるような白とは違い、混じりものの多い黄ばんだ白で、毎日使う安物の皿だ。

 ごく普通の身なりの若い男が桃海亭に持ち込んで、金貨10枚という法外な値段で買ってくれといいだした。

 もちろん、オレは断った。だが、シュデルがオレに買うように勧めた。理由はあとで話すと言って。

 しかたなく、オレは金貨5枚なら買うと客に言った。客は売るのを渋った。長い時間をかけての交渉で、金貨7枚で買い取ることで話がついた。

 買い取った後、この皿の由来を聞いた。祖父が『どうしても金が必要になったら、これを魔法道具店に売れ』と、結婚祝いにくれたそうだ。代々伝わる家宝と聞いていたので、金貨10枚と吹っかけてみたそうだ。

 男が帰ると、シュデルが皿を丁寧に拭き始めた。

「金貨7枚とは思えないよな」

 オレの言葉にシュデルが笑った。

「これはシノムの皿です」

「シノムの皿。名前があるってことは、名品なのか?」

「有名なお皿です。売れば金貨300枚になります」

 オレは素早く桃海亭の未来設計図を、頭の中に描いた。

「でも、この子は僕と暮らすんです」

「ちょっと、待て!」

「よくきたね。蔵の中は狭いから、シノムには息苦しかったよね」

「それは売るからな」

「えっ」

「ここは古魔法道具店で、それは買い取った商品で」

 シュデルが皿を抱きしめた。

「この子を売るなんて、店長は非道です」

「いや、それは…」

 皿だからと言ったら、罵詈雑言が飛んでくるのがわかっている。

「…素晴らしい魔法道具のようだから、ふさわしい場所が他にあるんじゃないのか?たとえば、王宮とか、大貴族の豪邸とか、上級魔術師の研究所とか」

「僕にシノムと別れろと、店長はいうんですね」

 目がすわり始めた。

 非常にまずい兆候だ。

「ええと、だな、シノムとよく話し合ってくれ」

 そういって、オレは2階のムーの部屋に入った。

 いつもと変わらず、ゴミ溜めで腹を出して寝ていた。




「おーい、ムー」

「もにょ…」

「ムーさん、ムー殿、ムーたん、起きてください」

 オレの声が聞こえている様子はない。

「シノムの皿って、なんだ?」

 飛び起きた。

 くせっ毛は跳ね放題。目は半分しか空いていない。それなのに、ヨダレのあとをつけたまま、オレに詰め寄った。

「いま、なに言ったしゅ」

「シノムの皿って、なんだ?」

「100年ほど前、ルッキ工房が作った魔法道具しゅ」

「有名な魔法道具なのか?」

「有名な失敗作しゅ」

「失敗作?」

「そうしゅ。設計図は残っているでしゅ。皿も設計と狂いなく作られたしゅ。それなのに、予定された機能とは別の機能がついてしまったしゅ」

「だから、失敗作というわけか」

「そうしゅ」

 半分しか開いていなかったムーの目が全開した。

「そうだしゅか!!」

 部屋から飛び出そうとしたムーを、上着を握って阻止した。

「放すしゅ!」

「よくわかったな」

「シノムの皿は行方不明しゅ。外見が平凡な皿だったために、ルッキ工房が閉鎖されたときにわからなくなったしゅ」

「つまり、見つけられるのは、皿と直接話せるシュデル、というわけか」

「ウィルしゃん、放すしゅ!!」

「シュデルのところに行っても無駄だぞ。シュデルが『この子』と呼んで抱きしめていたぞ」

「くぁーしゅ!」

 訳の分からない叫び声を出した。

「あれはゾンビ使いにはもったいない皿しゅ。あれはボクしゃんがもらうしゅ」

「あの皿はいったい…」

 ピンクの上着をオレの手の中に残して、ムーが部屋から飛び出していった。

「ボクしゃんに、よこすっしゅ!!!」




 オレが食堂に降りていくと、ムーとシュデルがにらみあっていた。

 シノムの皿はシュデルの胸にはしっかりと抱きしめられている。

「シュデル、皿、じゃなくて、シノムは売られことに納得してくれたか?」

 オレをすごい目でにらんだ。

「この店で暮らすことを希望しています」

 絶対に売らせないという意志が、弾丸となって突き刺さってくる。

「店にあるなら、ボクしゃんが使うしゅ」

「ムーさんには使わせません」

「ゾンビ使いには関係ない皿しゅ」

「使わせないといっているのです」

 オレは手に持ったムーの上着兼シャツを、ムーに渡した。すばやく着込む。やはり、上半身裸は寒かったらしい。

「ボクしゃん、シノムの皿を壊さないしゅ。大切に扱うしゅ」

 ムーにしては下手に出た。

「だから、何だというのです」

「だから、ボクしゃんに使わせるしゅ」

「ダメです。認められません」

「あの」

「なんですか、店長」

「売るという選択肢は」

「ないです」

「アホしゅ!」

 ムーにまで怒鳴られた。

 だが、オレにも引けない事情がある。

「売りたくないのはわかった。だが、金がない」

「いつものことです」

「そうしゅ」

「いつもよりない。金庫にあるのは金貨5枚と銀貨が2枚。これではお客が良い品物を売りに来ても、買えない。即売会でもろくなものが買えない。古魔法道具店としては死活問題だ」

 仕入れにも金は必要だ。信用があれば掛売りもしてくれるだろうが、貧乏と名高い桃海亭の取引は現金払いのみだ。

「わかったしゅ。金貨100枚でスウィンデルズの爺に買ってもらうしゅ」

 爺さんの物=ムーの物、という図式だろう。

 爺さんに頼めば、好きなだけ使わせてもらえるだろう。

「それはできない」

「なぜしゅ!」

「理由は2つ。1つ目、シュデルの影響がある魔法道具は魔法協会の許可を取らなければ売ることができない。シノムの皿とわかった時点で魔法協会は売るのを認めない。2つ目、金貨100枚は安すぎる」

「そんなことないしゅ、爺が魔法協会に頼めば、大丈夫しゅ。金貨100枚は適正価格しゅ」

「さっき、シュデルは金貨300枚と言っていた」

 ムーがギッとシュデルをにらんだ。

「わかったしゅ、金貨300枚で頼むしゅ」

「いや、これは魔法協会本部に売る」

「ダメしゅ!!!」

「やめてください」

「その様子だと金貨500枚くらいにはなりそうだなあ」

 よほど、特殊な魔法道具のようだ。

 シュデルの目がすわった。

「シノムは魔法協会には渡しません」

「その皿、動けないよな」

 皿でも動くものがある。宙を飛ぶのまである。

 だが、シノムの皿は先ほどから微動だにしない。

「だから、何だというのです。シノムは……ちょっと…」

 シュデルが目をつぶった。

「わかった、わかったから、ちょっとだけ、声を小さくして…」

 シノムの皿をテーブルに置いた。ムーが取ろうしたのを、オレは襟首をつかんで阻止した。

 シュデルが手で耳をふさいだ。

「わかった、シノム、わかった。伝えるから…」

 どうやら、シノムの皿が怒鳴りまくっているらしい。

「…店長、シノムから提案があるそうです」

「提案?皿から?」

 シュデルが耳をふさいだ状態でうずくまった。

「…店長、シノムと呼んで……ください」

 シノムの皿は短気で大声らしい。

「わかった。シノムの提案を聞こう」

 シュデルが立ち上がった。

 シノムの声は相当な音量だったのだろう。ふらついている。

「シノムが働いて、金貨100枚を稼ぐそうです。その金貨は店長に渡すから、桃海亭に住む権利を寄越せと言っています」

「金貨100枚オレに渡すから、売らないでくれってことか?」

 シュデルがまた耳をふさいだ。

「違います、違います。店長、全然違います」

 様子からすると、シノムの皿にわめかれているようだ。

 これほど、魔法道具に手こずっているシュデルを見るのは初めてかもしれない。言うことを聞かないセラの槍のようなものはいるが、それらの道具もシュデルは特別な存在なので、シュデルが本気になれば従う。

「シノムは、自分は金貨7枚で買われた。その代金として店長に金貨7枚を払う。残りの93枚でここに住む権利を買う、と言っているのです」

「住人、じゃないな、住道具にさせろと、いうことか?」

「そんな感じです」

「シュデルはどう思うんだ?」

「僕は反対です」

 また、耳をふさいだ。皿にわめかれているようだ。

「店にいる。話がついたら、来い」

 オレはつかんだままの襟首を引っ張って、ムーと食堂を出た。

「ボクしゃんがもらうしゅ。それで解決しゅ」

「あの皿が、ムーの言うことをきくと思うか?」

「ボクしゃんを誰だと思ってるしゅ」

「その様子だと、自分の言うことをきくように、魔法道具の製造技術でシノムの皿に手を加える気だろ」

「ちょいちょいしゅ」

「改造したときに壊れる確率は?」

「20パーセントくらいしゅ」

「金貨300枚の取得を優先する。欲しければ自分で作れ」

「できないしゅ。あれは失敗作しゅ。設計図通りにつくっても、設計図通りのものができちゃうしゅ」

「そういえば、さっき聞きそびれたが、あの皿の能力は…」

 シュデルがすごい勢いで階段を駆け上がっていった。皿を持って駆け上がるスピードじゃない。

 食堂をのぞいてみると、テーブルの上にシノムの皿が残っている。

「ボクしゃんがもらうしゅ」

「話がややこしくなるから、部屋に戻っていろ。あとで、どうなったか説明するから」

「皿を部屋に持っていっていいしゅか?」

「本気で聞いているのか?」

「皿しゃん、あとで貸してしゅ」

 未練を垂れ流しながら、2階にある自室に戻っていった。

 食堂に残ったのは、オレとシノムの皿。

「シノムの皿と言ったな。オレはお前の声が聞こえない。だから、いくらわめいても無駄だからな」

 テーブルに乗っているシノムの皿は、当然だが動かない。

 動かなくても生き物なら気にしないが、普通の皿に話しかけるのはオレとしても抵抗があるが、そうもいっていられない。

「先ほど言ったとおり、お前は魔法協会に売る。これは決定だ。この店の店主はオレだ。だから、いくらシュデルに文句を言っても、この決定は変わらない。たとえ、お前が金貨1000枚を稼ぐからここの置いて欲しいといっても、オレは置くつもりはない。これから魔法協会に行って、お前を売る契約をしてくる。引き渡しは明後日くらいになるから、それまではここに置いてやる。道具と話せる人間はシュデルしかいないから、何か話したいことがあるなら、それまでに話しておけ」

 オレは2階にいるシュデルに店番をするように声をかけて店を出た。魔法協会にどのように話を持ちかけようかと考えながら、往路をゆっくりと歩いた。




「店長、あの」

「ダメだ。もう話はついている」

「でも」

「終わった話だ」

 一昨日、オレが魔法協会から帰ってくると、食堂でシュデルがシノムの皿を抱いていた。皿が泣いているから売らないで欲しいと頼まれた。もちろん、オレは断った。その後、皿は相当荒れたらしい。派手に泣いたりわめいたりしたらしく、シュデルは皿に振り回されていた。

 次の日もシュデルは荒れた皿に振り回されていた。夜になって、皿の方から妥協案を出してきた。オレの言うことを何でも聞く。わがままは言わない。働けと言えば働く。だから、桃海亭に置いて欲しい。もちろん、オレは断った。皿はまた荒れてシュデルを振り回していたが、オレはさっさと寝た。

 そして、今日。皿に伝えていたとおり、魔法協会が午後からくる。

 朝からシュデルはオレを説得しようと何度も話しかけてきた。皿の方ずっとわめいているようでシュデルが何度も耳をふさいでいた。

「もう少しで来るからな。ちゃんと別れを言っておけよ」

「店長、お願いです」

「シノムの皿だったな、お前も今のうちにシュデルに別れを言っておけよ。まもなく、永遠に会えなくなるんだからな」

「店長、待ってください」

「ほら、急げよ」

「シノム、君からも」

 また、シュデルが耳をふさいだ。

「おい、皿。なんで売られるのかわかるか?」

 シュデルが黙った。話を聞いているらしい。

「シノムは、自分は特別な能力をもった貴重な皿だ。貧乏な桃海亭の店主は高く売れるから売るんだ。それと…」

「ちゃんと言え」

「…店長は何の能力もないただの人間だから、自分に嫉妬しているのだろうと」

「売られる理由がわかったか?」

 こっちはシュデルへの問いだ。

 シュデルがうなずいた。

「わかりました。シノムには僕からわかるように言います」

「それじゃ、意味ないだろう」

「少しだけ時間をください」

「こいつはすごい能力を持っているのかもしれない。だが、魔法道具としては失敗作だ。店にはおけない」

「店長、お願いです」

 窓の外に数人の魔術師が見えた。

「魔法協会の魔術師たちが来たようだ。皿、元気でな。まあ、研究のためにバラバラにされかもしれないが、まあ、それも運命だと諦めろ。オレにはお前より金貨の方が価値がある」

 シュデルが耳をふさいだから、大声でわめいているのかもしれないが、オレは無視した。

「お別れだ。皿」

 店の扉が開いて、魔術師が入ってきた。

「初めまして、私は魔法協会本部の研究所で魔法道具を担当していますサルマン・グロコットといいます。シノムの皿が入荷された連絡を受けました。本当にみつかったのでしょうか?」

「遠方から来ていただきまして、申し訳ありません。これがシノムの皿です」

 黄ばんだ磁器の皿を渡した。

「たしかに外見はシノムの皿に見えます。試してもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」

 言ってから、シノムの皿がどんな能力をもっているのか知らなかったことを思い出した。

「では、これを」

 魔術師はシノムの皿をテーブルにおくと、肩からさげた袋の中から、ビーカーを2つ出した。

 片方に何かの粉をいれた。

「こちらの粉から10グラムの粉をこちらのビーカーに移動させてください」

「へっ?」

「何か?」

「いいえ、何も」

 粉の瞬間移動の能力とは想像もしていなかった。

 1分ほど待ったが粉は移動しなかった。

「本当にシノムの皿ですか?」

 オレではなくシュデルに聞いた。

「はい、シノムの皿です」

「しかし、移動しないようですが」

「少しだけ、お待ちください」

 そういうとシュデルは息を吸い込んだ。

「シノム!」

 大声で怒鳴った。

「君は魔法道具だ。人に使われるために生み出された。君が魔法道具として生きていくならば、人に使われることを拒否するな。魔法道具として使われるのがイヤだというなら、今、僕が君を壊す。そして、野菜や肉を乗せる皿として、いつまでも大切に使ってあげる。それがいまの僕にできる君への精一杯の愛情だ」

 シュデルにしては頑張って皿を怒っているが、皿を大切に思っているがバレバレだ。皿がそれをわかっていて、どう動くか、そこが問題だ。

 ビーカーに入った粉が浮き上がった。瞬間移動ではなく、ただの移動のようだ。ゆっくりと移動して、隣のビーカーに入って落ちた。

 魔術師は棒はかりを取り出すと、移動した粉の入ったビーカーの重さを量った。

「間違いないようですな。では、これを」

 懐から出した金袋をオレに渡した。

「ありがとうございます。シノムの皿のこと、よろしくお願いします」

「店長」

 小声だったが、悲愴に満ちた声だった。

「箱をこちらに」

 別の魔術師が木の箱を取り出した。開くと木のくずが詰まっている。緩衝材のようだ。

 そこにシノムの皿を乗せた。

「店長、シノムの皿が」

「バカ野郎とでも言ったか?」

「いいえ、店長に『お世話になりました』と…」

 その先は、かすれていて声にならなかった。

 オレは渡された金袋を開いて、逆さにふった。

 落ちてきたのは金貨3枚。

 それを指に挟んで、シノムの皿に見せた。

「これはお前を研究所に貸し出す1ヶ月のレンタル料金だ。桃海亭は貧乏なんだ。売る前に、まだまだ働いてもらうからな。研究所でしっかり働いて、そして、帰って来い」

「店長!」

 研究所の魔術師たちが不思議そうな顔をした。

 オレが魔術協会本部に報告したのは、シュデルの能力の影響下にはいった道具が出たこと、それがシノムの皿であること。さらに追加で話し合ったのは、確認のために来た魔術師に、金貨3枚で1ヶ月間レンタルすること。

 本当に売ったらシュデルが落ち込んで動けなくなる。だが、シノムの皿が人に使われる魔法道具であるという自覚を持てなければ、売るしかないとも思っていた。

「シノムが、シノムが」

「今度こそ、バカ野郎か?」

「いいえ、一生懸命働いて帰ってくるから」

「から?」

「住皿として認めて欲しいと」

「すみません。よろしければ、金貨4枚プラスで貸し出し期間を3ヶ月に延長しますが」

「店長!」

「よろしいのですか?」

 協会の魔術師が顔を輝かせた。

 よほど、シノムの皿を使いたいらしい。

「はいはい、喜んでお貸しします」

「シノムの皿が言い過ぎたと謝っています」

「3ヶ月間、しっかり働いて、ついでにしっかり考えてこい」




「シノム、これを頼むね」

 食堂で夕飯の支度をしているシュデルが、粉の袋を開けた。粉がふわふわと飛んで、ボールに入る。

「間違ってるしゅ、間違ってるしゅ」

 怒ったムーが、カップをガジガジとかじっている。

「秤だろ、使い方としては間違っていないだろ」

「よくないしゅ!」

 3ヶ月後、シノムの皿は戻ってきた。

 短気なのは治らないが、わめくことはなくなったようだ。

 はかることは好きなようで、シュデルの料理の計量をいつも手伝っている。

「料理に使うなんて、宝の持ち腐れしゅ」

 シノムの皿というのはムーが説明だと秤らしい。

 それも現在の技術では不可能なことができる高機能の秤らしい。

 たとえば、A液にB液を足す実験をするとき、極微量のB液を正確に加えるのは難しいが、シノムの皿はそれができるらしい。実験する魔術師にとっては喉から手がでるほど欲しい道具らしい。

『魔法でできないのか』とオレがムーに聞いたら『ウィルしゃん、どんな魔法で0、00001ミリリットルを正確に量れましゅか?』と聞き返された。

 ムーがそっとシノムの皿に近づいた。

「ボクしゃんが使いこなしてあげるしゅ。あとでチョイはかってしゅ」

「イヤだそうです」

 シュデルが冷たく言い放った。

「ボクしゃん、シノムに言っているしゅ!」

「シノムは口をきけないから、僕が伝えているんです」

 研究を進めたいムーとシノムの皿を使わせたくないシュデル。

 このままだとムーとシュデルの争いが長引くことになる。

「シュデル、シノムはムーの手伝いをしたくないと言っているのか?」

 シュデルが黙った。

 答えたくないらしい。

「もうひとつ、聞いてくれ。はかる物体が見えなくても、それをはかることが出来るのか?」

「できないそうです。シノムの周囲50センチ以内に見える状態で置かないと測定不可能だそうです」

 ムーの部屋に置いたものを、部屋の外からはかることは不可能のようだ。だからといって、ムーの実験材料を食堂に持ち込んだら、シュデルが怒り狂いそうだ。

「オレからの妥協案だ。朝の8時30分から9時まで、ムーの部屋の前の廊下で、ムーによるシノムを使っての測定を認める。それで、どうだ?」

「朝、早すぎるしゅ!夜の10時とかにして欲しいしゅ!」

「オレやシュデルは店の仕事があるから、店が開く前の時間でないと難しいんだ。そうだろ、シュデル」

「はい、僕は店長の案でいいと思います。シノムも引き受けるといってくれています」

「ひどいしゅ!」

「ならば、シノムの使用はあきらめるか?」

「あきらめないしゅ!」

「なら、いいな?」

 ムーが渋々うなずいた。




「眠い………しゅ…」

「残念だったな、もう20分早ければ、シノムを使えたのにな」

 寝坊助のムーは朝8時30分に起きるのは難しい。

 約束が取り決められてから2週間、使えたのは2日だけだ。

 その2日も、どうしてもはかりたいものがあったらしく、徹夜をして、はかってから寝た。

「10時にして、しょ」

「店が開いているときは難しいだろ」

「夜の11時でもいいしょ」

「シュデルが寝る時間だ」

 ムーがミルクの入ったカップをガジガジと噛んだ。

「緊急の時には使わせてもらえることになったんだろ、それであきらめろ」

「ボクしゃん、いつも緊急しゅ」

 ムーがションボリした。

 研究者というものは、そういうものかもしれない。

 寝坊したムーはシノムの皿が使えず、しかたなく、徹夜した。翌日も翌々日も徹夜した、その次の日、急展開が待っていた。

「シノムがムーさんのお手伝いをしたいそうです」

「はあ?」

「本当しゅか!」

「いままでにない色々な珍しい物をはかって、はかることの楽しさに目覚めたそうです」

「いま、珍しい物って、言わなかったか?」

「うれしいしゅ!いっぱいはかってもらうしゅ!」

「僕が料理に使うとき以外は、好きに使っても構いません。どうぞ、大事に使ってあげてください」

「シノムは魔法協会ではかる仕事をしていたんだよな。なぜ、珍しい物をはかったっていうんだ。魔法協会にもない珍しい物を桃海亭ではかったのか?」

「大切に大切に使うしゅ。絶対に壊さないしゅ」

「壊れにくいようシノム専用の木箱を用意しました。どうか、それに入れたままで使ってあげてください」

「ちょっと、待て!」

 オレの大声に、シュデルとムーがオレを見た。

「いま、珍しいものをはかったっていったよな?ムー、何をはかったんだ?」

「珍しいもの?店長の聞き違いではありませんか?」

「よくある粉しゃんや液しゃんだしゅ。危ないもはないしゅ」

 シュデルは皿の幸せを優先する。

 ムーは研究を優先する。

「わかった。いままでのことは不問に付してやる。だが、これから先、危険なものは絶対にはかるなよ」

「わかったしゅ」

「わかりました。シノムに言っておきます」

 注意した5分後、オレはまた怒鳴ることになった。

「なんで、オレの部屋ではかるんだ!」

「ボクしゃんの部屋はシノムには危険がいっぱいしゅ」

「部屋を片づけろ!」

「店長の部屋には何もないからシノムも安心です」

「ベッドもあるし、数枚だが服もある!」

「廊下は、店長も僕も頻繁に行き来しますから危険です」

「シノムをパリンしたら、ウィルしゃん泣くしゅ」

「お前ら、とっとと出て行け!」

 ムーとシュデルで相談して、ムーの部屋の一角にシュデルの道具でシノムを置いても安全な場所を作ったらしい。そして、ムーの研究を頻繁に手伝っているらしい。

 丸く収まったと思いたいが、オレはどうしてもそう思えない。

 料理をしているとき、シュデルとシノムの皿が雑談していることがある。

「今日もムーさんの手伝いをしたんだ。シノムは偉いね」

 このあたりなら聞き流せる。

 だが。

「真っ赤なグチャグチャを銀色のデロデロにいれたら、赤緑のビクビクになったんだ。それは驚くよね」

 シノムの皿を使用禁止にしようか、オレは真剣に考えている。





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