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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

メリー•クリスマス

作者: 星屑蒼空

 雪の降る夜だった。

 山奥にひっそりと建つ小さな木製の家。屋根は積雪の重みで少し沈み、ドアはもう容易には開けられなくなっている。

 部屋の中央に暖炉があり、ぱちぱちと火の粉を飛ばす。その正面に、一人の男がゆらゆらと揺れる椅子に座っていた。

 ここには男一人しか住んでいない。家族も信頼できる友達もおらず、その瞳にはただ揺れる炎の赤だけが映っている。

 暖炉の音を除くと非常に閑散としており、男は動く気配すらも見せない。まるで、ここだけが世界から切り取られたような空間だった。

 ようやく薪の一本が炭化したかという時、刹那ドアから白い紙が舞い降りてきた。

 もちろんここには男しかおらず、また訪ねてくる者もいない。その前に雪の降り積もる最中、山奥へわざわざ赴こうとする奴はいないだろう。決定打としては、このドアには郵便物を受け取る小窓がついていないことだ。

 男はため息をつき、揺れる椅子から立ち上がる。重い足を動かし先程の紙の元へと行くと、またもやため息をついた。

 文面にはこうあった。


『メリークリスマス。今夜あなたの願い事を叶えに行くわ』


 差出し名もなければ宛名もない。誰かの嫌がらせでもないだろう。傍から見ても怪奇現象であるはずなのに、しかし男は驚きもせずもう一度ため息をついただけだった。


「またか……」


 ぼそりと零した言葉は、この現象が何度もあったことを示している。そう。男には度々このような手紙が来たことがあった。

 最初の手紙は一ヶ月ほど前だったか。確か十二月に入ったばかりだったような気がする。



 その頃はここには住んでおらず、街中で仕事をしていた。仕事自体には精を出していたが如何せん交友関係は悪く、あまり良い結果を残していたとはいえなかった。

 仕事場での嫌がらせや上司からの無理な注文に、いらだちも募って限界も訪れかけていた時、一通の手紙が届いた。


『メリークリスマス。二十五日後にあなたの願い事を叶えに行くわ』


 たったこれだけの内容。当初はファンシーな嫌がらせだな、と軽く思っていた。

 しかし、しつように何度も似たような手紙が届き、男はいつのまにか一種のノイローゼにかかっていた。

 手紙は1日一通届き、その度に日にちが減っていった。

 そのカウントダウンも加勢してか男の容態はどんどん悪くなり、仕事にも支障をきたすようになってしまった。そうなると当然起こることがある。

 社内いじめだ。

 手紙のカウントダウンが十を過ぎた頃、逃げるように退社し祖母が暮らしていたという山奥の家へと引越ししたのだった。

 だが、悪夢は醒めなかった。

 届いたのだ。

 誰も来るはずがないのに関わらず、今までと同じように手紙が。


『メリークリスマス。九日後にあなたの願い事を叶えに行くわ』


 男の精神は急速に壊れ始めた。食事をまともに取らなくなり、風呂にも入らなくなった。ここではガスも水道も通っていないので自分ですべてやらないとだめだ。無論、圏外である。食べ物は、引越しの際持ち込んだやつしかない。

 しかし、カウントダウンが残り三日となった時点で男の様子はがらりと変わった。

 あまり動くこともせず、暖炉の前で炎を見つめることしかしなくなったのだ。何かしらの悟りを開いたのか、手紙が届いてもあまり反応を示さず、ため息ばかりついていた。

 そうして二十五日――

 カウントダウンが、終わった。



 男は窓辺に寄り、銀一色の世界を眺める。その瞳には雪の銀だけが映り、感情は示していない。

 空は朱に染まりつつあり、もうじき夜が来るだろう。雪を降らす雲が茜色に煌めていてる。視界の隅には白い月が顔を出していた。

 数分、男は動かなかったが不意に振り向くと、またもや暖炉の前に座った。

 陽炎のように揺らめく炎は、一見嘲るようだ。きぃきぃと椅子の軋む音が響き、吐き出す息が蒸気となって上へと昇っていく。

 嗅覚が一瞬外の空気を感じた。匂いというよりも冷気に近く、鼻の奥につんときた。

 刹那の間だったがそれが終わると、男の膝に手紙がのっていた。男は落ち着いた様子で文面に目を通す。


『メリークリスマス。今山を登っているの。あなたの願い事を叶えに行くわ』


 やはり今夜この手紙の主は現れるのだろう。何故だろう、という考えはもはや男にはない。狂った精神は思考を蝕む。

 男の瞳には感情は映らない。ただ目の前の事象を視認するのみ。

 時刻が十一時をさした。またもや手紙が男の元へと運ばれてくる。


『メリークリスマス。今あなたの家の近くにいるの。あなたの願い事を叶えに行くわ』


 もうじき、やって来る。何が来るかなんてわからないし、考えることもしない。

 気づけば外の音が激しくなってた。天候が悪くなったのだろうか。優しく降っていた雪は、打ち付ける豪雨のような吹雪へと変わってた。風は強く、窓を外そうとするかのように吹き付ける。

 しかし、男は暖炉の前、揺れる椅子の上でただ炎の赤を瞳に映すだけだ。

 そして、手紙が届く。


『メリークリスマス。今家のドアの前にいるの。あなたの願い事を叶えに行くわ』


 男は静かに立ち上がると、ゆったりとした動作で玄関まで歩いていく。

 ドアノブに手をかけたところで、足元に手紙が落ちているのを見つけた。


『メリークリスマス。今あなたの後ろにいるの』


 男はすぐさま振り向き、そして言葉を失った。


「――ッ!」


 雪を被った大きな木偶人形。背丈は男と同じぐらいか、それ以上。サンタクロースのような赤い服を着ているが、赤の種類が違っていた。

 朱い朱い血のような朱色。いや、黒く変色しているので本物の血だろう。元は純白だったのであろうが、今や無残な色となっている。

 関節部分が剥き出したその先に、一つの赤黒い袋。ここで初めて男は、酷い腐乱臭を感じた。ろくに物を食べてないはずなのに胃の奥から何がこみ上げてくる。結び口が緩くなっていたのか、中身がごろんと飛び出す。

 それは――人の頭。

 丁寧なことに目玉はくり抜かれ、耳は落とされてあった。

 流石に男も驚きを感じ、この異常なサンタクロースに視線を戻すと、軽く悲鳴を上げた。

 顔には、目があった。耳があった。

 本来の木偶には顔がない。のっぺらとした木目である。しかし、いま目の前に立つサンタにはしっかりとした目と耳があった。

 人間の目玉と耳が、そのままつけられていたのだ。


「あ、ああ……」


 付け焼刃のようにつけられた目玉が男を捉えた。そしてゆっくりと手を伸ばし、男の首を掴み持ち上げる。

 がはっ、と息を苦しそうにする男の視界に、ギラりと光るものが入った。血の滴るノコギリ。それがいつのまにかサンタの手に握られている。

 粘着性のある不快な音を男は耳にした。


「うわあああッ!」


 口が、浮かび上がってきていた。

 人間であるならば口が存在している場所に、死んだ魚が水面に腹を出すようにじんわりと浮き出し始めていた。

 みちゃあ、と黄ばんだ唾液が糸を引く。虚構のような闇色の口奥から、艶めかしいくらいに濡れている赤く長い舌が覗いていた。

 男は視界が眩んでいくのを感じている最中、ある言葉を聞いた。


「メリークリスマス」


 そして――――


みなさん、メリークリスマスっ! てへぺろっ☆

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