お助けその7
俺は……死んだのか?
いや、……空が見える。でも、体が重くてすっげえ苦しい……。
あんな化け物……、に殴ら、れたら当然か。
……人生って不思議だな。
…………何が起こるか分かんねーや。だって、化け物って言う架空だと思ってた奴が目の前に現れて……、
俺を殴ってさ……。しかも、そいつが……姫を傷つけたあのハゲ……。
……約束したんだ。守るって――
――だから、だから動いてくれよ俺の体……!
俺は、まだ……負けちゃいけない!死んじゃいけない!
依頼を達成しないと行けねーんだ!
……だから動いてくれ!あの化け物を殴る力を!
「ハァ……ハァ」
肺を潰されたみたいだ。苦しくて、思わず吐血してしまう。……七海が、圭太が、姫が……このままじゃ……。
「……はっ……はっ……」
足がガクガクする。
腕が痺れてる。
震えが止まらない。
頭が痛い。
意識も薄れてる。
……でも
死ぬ訳には行かねえ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
やることはただ一つ。
俺は体中からかん高い叫び声を上げる。拳を握りしめ、足に力を入れる。
化け物がなんだ。ビビってる暇なんてねーんだ!!やることは何一つ!何一つ変わりゃしねーんだよ!!
『――』
「え……?」
頭の中に何かが走る。……ヒューマ……エネミーと、薄れている視界に、人影が映る。
「あなたの運命は二つに一つよ」
「……誰……だ……」
『さて……、邪魔者も消えたことだ』
「ひっ……」
其処には化け物と姫しか立って居なかった。圭太と七海は膝をつき、悔しそうに化け物を睨んでいた。……彼らの力では太刀打ち出来なかったのだろう。
……怪物など所詮は空想、……存在しないものだと思っていた。
だが、今目の前に居るのは人間ではない。確かに、世界は変わった。異形の者達が存在する世界になった。例えばドラゴンの羽を生やした女性や、魔術師と本当に異世界の存在だ。
だが、この化け物はそれに該当しない。
姫も理解していたし、二人も気づいていた。
この化け物が全く持って、光のないただの闇だと。
――化け物だと
『……たっぷり可愛がってやるよ』
「いや、来ないで……来ないで!!」
『叫んでも無駄なんだよ!』
秀久も居ない。二人も傷ついている。
姫を守る存在は居ない……。
だが、それでも抵抗したかった。姫は恐怖に包まれながらも、必死に体を動かし下がって行く。化け物もそれに合わせて近づく。
「来ないで……」
『弱々しくなってるぞ?んん?』
足が震える。そんなことは分かっている。目の前へ距離を詰めてくる化け物に恐怖している。
姫は唇を噛み締め、次の瞬間、鋭い眼孔を見せた。
「っ……」
七海ですら彼女のその表情に驚いている。
「……あの時の方がよほど怖かった。……痛かった」
『ああ?』
「……だから、今のあなたなんて怖くない!!私は、……私は……」
『うっせえな!!お前は俺の女だ!そんな強気な発言いらねーんだよ!』
「きゃ!」
化け物は、怒気を含めながら乱暴に姫の腕を掴む。
その感覚は、あの時のように気持ちが悪い。ぞわりと背筋に寒気が走り、今にも泣きたくなる。
(私、まだ……まだ諦めたくない!)
しかし、必死に抵抗するも、化け物から発する馬鹿力には適う筈もない。
やはり駄目なのか?化け物の腕が自身へ向かう。
暗い意識の中で一人の男性の姿が浮かび……姫はポツリと小さく呟いた。
「ごめんなさい……秀久先……輩」
……瞬間。
化け物の腕が姫の胸元近くで止まる。ギリギリと軋むような音がそこから鳴っている。
ハッと意識が返り、顔を上げると化け物の腕がどんどん離れて行く。化け物の呻きと、軋む音が止み、もっと大きな音が響く。
『ぐぁああああ!?』
「……」
打撃のような、それでいて破裂にも似た音だ。姫は、七海は、圭太は……目の前で化け物を蹴り飛ばした赤い化け物に釘付けだった。
だが、その姿は化け物と違って『人』だ。艶のある黒いスーツに真紅の鎧を身につけ、黄色い二つのゴーグルが光りを増す。
『……来いよ』
『キサマ……何者だ!!』
『オラァア!』
赤い戦士の蹴りが化け物の腹にめり込む。赤い戦士はそのまま振り切り、化け物を蹴り飛ばして壁に激突させる。パラパラと崩れ落ちるコンクリートの欠片。
化け物がめり込んだ跡がぼっこりと出来ていた。
赤い戦士は待った無しに、化け物へと一瞬にして詰め寄る。
『な!?速……ガフッ……』
『ハァアッ!』
右拳が化け物を殴りつけ、次の瞬間拳に炎が巻き上がる。
『ギャァアア!』
『だああっ!』
炎が巻き上がる拳でそのまま化け物を殴り飛ばし、化け物は再び地面を転がりながら壁に激突する。
「凄い……化け物をあんなにあっさり」
「……」
「が、頑張って下さい……」
赤い戦士は再び走り出し、赤い閃光を放ちながら見えない攻撃なのか、化け物が宙に上げる。火柱のように炎が化け物を突き上げ、天井を貫通する。
『決めるぜ……ハァアア……』
赤い戦士が拳を握りしめ、腰を落とす。高密度のエネルギーが右拳に集中して行き、渦のように炎が回転しながら圧縮される。
拳一つ分の炎となり、赤い戦士は化け物が落下すると同時に拳を叩きつけた。
『だああああああ!!』
『が……げ……ウグッ………………………………ウワアアアアアアア!?』
化け物の腹部を貫通した拳から炎が巻き上がり、次の瞬間爆発。広範囲に爆風が巻き起こる。
七海は爆風から姫を守りつつ、ゆっくりと晴れて行くのを見届けた。
「……や、やったの?」
『ああ。……もう大丈夫だぜ』
圭太の言葉に返し、赤い戦士は背を向ける。皆がただ呆然とする中、赤い戦士は真紅の光を発し、姿を消した。
あの後、俺は何とか生還した。まあ、奇跡と言えばそうかも知れない。
黒こげになっている、ハゲ頭と気絶している仲間達はしっかりと処分が下される。俺の仕事は終わりだ。
「先輩……私……」
「今まで、よく頑張ったな…けどさ…もう、大丈夫だ」
「……先…秀久先輩!!」
「はえ?…ってばっ!?こっち来るな!」
きっと楽になった…。そう思っていると、姫がバスタオルから飛び出して泣きじゃくりながら向かって来る。
いや、その…何故不味いのかは…。あの……
「あ、あれ…?これって」
「ヒメちゃんのブラだね」
「え……えええ!?」
俺の目の前には隠れていた綺麗な桜色の瞳と、綺麗な白い雪のような色白い体と…くびれた腰と…、む、むむむむむM…むむむMむ…M…MMむむ……むーーー!?
「先輩……先輩っ」
「胸に、胸に…柔らかな…ああああ!?」
ちょっ…!ちょっと!?いくらホッとしたからって…安心したからって…抱きつくのは駄目だって!すり寄られたら余計に柔らかな…揺れ…て…無理無理無理無理無理無理!!こういうの無理ーー!
「な、七海!七海ーー!」
「圭太君。とりあえず始末しようよ。……警察かなー?」
「うん。懲役にしようか」
「相乗りすんなあああああ!?てか俺は無害だああああ!!」
「……秀久先輩…?」
俺は必死に真上を見上げ視線を懸命に外す。ぬおおお!?何だこのコンボ!抱きつくからの名前連呼!?
てか、何で変えるんだよ!くぁああああ!とにかく、離れんかあああああい!
「………?…ぁ……ひゃあっ!」
「……うげっ……」
姫は声を上げると慌てて離れ、俺は反動に突き飛ばされた。
彼女は、慌てるようにトタタトタと体を丸めながら小走りで七海の下へ駆け寄るとバスタオルで身をくるみ、目じりに涙を溜めながら見上げていた。
当然……上目遣いになってしまうわけで……。
「……」
「いや、あのな…えと、これは…事故で」
「………ありがとうございます」
「けして狙ったわけじゃな……へ?」
「…………」
それだけ言うと、姫は顔をタオルに埋め、トレードマーク…大きなリボン以外はすっぽりと中に消えてしまった。
えと、これは…感謝…されてると見て良いんだよな?
「良かったですね部長」
「お疲れ様でーす」
「ああ、てか七海はあの時、何かしてくれよ!?流石にあんなことされたら…」
「ああ~。そういえば先輩、彼女居ませんよねー」
「そういえばという時点でお前馬鹿にしてんだろぉお!?」
そうですよ!どうせ彼女居ませんよ!彼女居ない歴十六年ですよーだ!
主に家庭、家族のせいでもあるんだけど……俺自体、女運悪いしさ…。
このままだと圭太に同情されかねないのでふてくされるのを辞め、七海に姫を回収して貰った。
……いや、回収してほしいとは言ったけどさ…。
「♪~」
「(ぷるぷる)あわあわ…う、動いてるぅ…怖いぃ」
リヤカーにタオルでくるくるに巻かれた親友を乗せて押している副部長と、タオルでくるくるに巻かれているから視界が見えないかつ小動物故に勝手に動いていることに震えている今日の依頼主。
つか、あれだな。……もしかしたら姫の奴。
「そうそう、姫ちゃん怖がり天然なので……気が無くてもああなりますので」
「へ?いや、……だって」
「言い忘れてましたが……姫って実は――」
……マジですか。
もう、何が正しいか分かんねーよ!
でも考えてみれば……姫が此処まで頑張れたのはあいつのお陰なのかもしれない……。
俺の言葉で行動に出たけど……それ以前に……あいつはずっと、限界まで苦痛に耐える強い精神が備わっていた……もしかしたら……。
「……いや、まさかな」
七海だしなーと自己解釈し、三人の後を歩く。これから始末書やら、ハゲ頭達のその後の相談やらとやることが一気に増てしまい、依頼所じゃなくなるだろう。
だけど、それでいい。それが俺達の部活の日常なのだから。
ただ、……今日の出来事は間違いなく俺達の日常に大きな変化を与えた。
それは俺には些細なことで、この世界には大きなことだ。