表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

お助けその5

涼宮さんはぐしぐしと涙を拭うと少しだけ微かに口の端を上げてくれた。

涙の跡を親指の腹で軽くなぞってやると、泣いていたせいで紅潮していた頬と鼻がより濃ゆく染まっていく。……恥ずかしそうに俯き加減でそっとこっちを覗き込む仕草は大人しい小動物を連想させた。


「さ、さーて出来れば今日中に解決したいな。……涼宮さん、あいつって放課後何をしてるか分かるか?」

「……あ……え、と……その、昨日まではずっと私を……」

「あー悪い悪い。先は言わなくていいよ」


なるほどな……入学当時から約三週間までずっと涼宮さんは痛めつけられていたのか……。

不甲斐ないと自分を殴りたいが今はそんな状況じゃない。

夕焼け空に染まった町から視線と体を屋上の床に移し、ぽつりと涼宮さんへと尋ねた。


「……なあ涼宮さん……あんたが何時も苛められていた状況……悪いけど教えてくれねぇか?」


そっと視線を彼女へ映すと肩が微かに震えていた。悪夢を思い出させてしまうのは彼女にとっては辛いことでしかない。


思い出すという行為は、その時の状況、状態、表情、感情など……体験した…記憶していたことを吐き出すと同じ。それが悪い記憶であれば、苦悩しか蘇らないのだから……。


「……場所は……いつも……同じでした」


涼宮さんは俺へと振り向き、揺るぎない夕焼けによって赤く染まった瞳で語り始める。

まるで……決意したように……その瞳には強い意志が見えた気がしたんだ。


「……彼は……憎しみが籠もった瞳で……数人連れて私を男子トイレに」

「男子トイレ?……そんなことをしたら……いや、待てよ」


あった。そんなことが出来て、尚かつ誰も寄り付かない場所が……。

俺は意識を集中させると、意識が一点へと集まっていく。

そして、俺の頭の中に無数の記憶が本のように捲られ、一つの記憶が抜け出すように現れた。


 ――去年の夏。

七月二十四。俺が部活勧誘していた日に迷い込んだある場所。其処は……十年前に潰れた廃校。


『だから入らないって!』

『何でですか!?人助けする部活なんですよ!?今なら飴もオマケで……ああー!ちょっと逃げんなぁああああ!!』


『あ、あの……部何で逃げるんだあああ!』

『きゃあああ!?来ないでよ!』

『ごふ!?』


『ですから、今なら飴が……』

『ふんふん』

『あの、聞いてます?』

『ふんふん』

『いや、さっきからふんふんとしか……』

『ふんふん。ちゃんと聞いてるよ?魔法少女アズサちゃんが最高なんだよね?ふんふん』

『ちがぁああああああああう!!』



「おおう!?」

「!?……ひ、秀久くんん!?」

「あ、ああ…悪い」


最悪だ。何か嫌な記憶までセットで脳内に蘇った……。

でも、必要なことは分かったし、良しとしますか。


「涼宮さん。何か脅されたりしなかったか?」

「……あ、……えと、何時も教室で待たされていました……。逃げたら『お前の恥ずかしい写真バラまく』と」

「何じゃそりゃ。……時間とかは?」

「……夕方の……今頃で……」


夕方の今頃……。

空を見上げると既に青い色は消えていて、正に赤く。ん?

待てよ……涼宮さんは確かニ年四組だったな。


「あのー……秀久くん?」

「ちょっと待ってろ」


もう一度意識を頭に集中させながら涼宮さんをじっと見つめた。近くに関係者が居れば、こうした方がより特定てか、思い出しやすいんだ。

 ――今年。

二週間前…の木曜日か。ニ年四組はレクリエーションだったな…。

昼間に弁当忘れたからパン買ったら盗まれて……。だっ……違う違う!その時に押されて、誰かの胸をー。


「あ」

「……?あのぉ……」

「ああ推定Eだったな。本当はFに近いけど」

「?」


って馬鹿かああ!?これは昼間に間違えて胸触ってしまった時の記憶じゃん!!てか、あれ涼宮さんだったのかよ!


……これでは駄目だと頭を振り、再び集中すると夕焼け、つまり夕方の時間帯が蘇った。


『……はぁ、今日も部員が集まらねえ……。せめてあと一人欲しいんだけど……』


『さてと……あの女はちゃんと居るかな。まあ、逃げられねーが』


『……あ、ちょっと其処のハゲアホ!』

『ああぁん?誰がアホだ!!』

『あ、ミスった。あまりにもアホ面で』

『ぶっ殺すぞ!?』

『まあまあ、それに俺、先輩だぞ?…それより、暇なら部活に入らないか?』

『ああ?誰が馬鹿面な奴の部活に入るかよ!じゃあな』

『ちょっ……今なら…チョコレートが』

『馬鹿面の奴から貰うチョコレートなんかねえよ!!ぎゃははははは!』


『あ、てか誰が……誰が馬鹿面だああああ!?』



あの時の時間帯は四時二十分だったな。

俺は息を吐いてから軽く深呼吸をした。


「ひ、秀久くん?」

「涼宮さん……今すぐ行こう。待ち伏せだ……てか行こう。絶対に行くぞ!!」

「秀久くん、あの、怖いです……」


あのハゲ頭……。

遠慮しないでぶん殴っておけば良かったのに……あの時の俺の馬鹿!!


踵を返し、震えている涼宮さんの腕を掴むとさっさと屋上から出て行く。

相手が相手なら……穏便に済ませようかと思ってたけど、遠慮はいらねえよな。


「ひ、秀久くん……その私……なるべく、会いたくないです」

「は?」

「……あの、ごめんなさい……怖くて……その」

「また……襲われると思ってか?」

「……はい……」


その場で立ち止まり振り返ると、不安で一杯なのか…顔を歪めている涼宮さんの足がカクカクと震えていた。昨日今日まで苛められていた相手であろうが、涼宮さんは会いたくないのを無理やり我慢させられていたに違いない。


「……心配すんな。任せとけ。俺が守ってやるよ」

「…で、でも」

「それとも俺が頼りないか?」


涼宮は口ごもりながら少しだけ俺から距離を取ると「はい」と小さく呟いた。



な、慣れっこだからいいけどさ、涼宮さんのような小動物にまで言われると……正直、自信無くすぜ……。


「あぅ……ごめんなさい!その、」

「良いんだ涼宮さん。クラスじゃ俺、一番頼りないらしいし」

「あぅう……ごめんなさいごめんなさい!」


体をガクリと落とし、地に跪いた状態の横で涼宮さんが必死に……しかも目じりに涙を溜めながら謝っていた。うわ何て優しい小動物!!

……てか、此処廊下だよな……周りからの視線が辛い……。

大半が俺に対する怒りで、恐らく涼宮さんを泣かしたのだろうと誤解している……。いや、一応は合ってるけどな?


そういやうなだれてる時間は無いと思い出した俺は、身を起こすと再び涼宮さんの手首をそっと掴んだ。

びくっと反応はするが嫌がる素振りは見せない。大体で察してくれたのだろうか?


「涼宮さん、あんた自身さ、前進しなきゃ始まらないんだよ」

「……前進ですか?」

「うーん、簡単に言えばな、涼宮さんてホントおどおどして大人しいけどさ、それじゃ駄目なんだよな」

「あ……ぅ」


アニメで良くある、矢印の針が突き刺さったように体をカクカクと左右に揺らしながら、涼宮さんはショックしながら体を縮こませた。

やべ、流石にズバズバ行き過ぎたか。


「つ、つまりはな……勇気を出してみるのも大事じゃないかってこと!」

「……勇気」

「それだけでも出来れば……涼宮さん絶対前進出来るから」


涼宮さんは暫く下を向いていたが眉を寄せ、唇を結ぶと、俺の目を強い眼差しで見る。微かに肩は震えている。でも、何かを決心してくれたんなら……十分に伝わってくれたんだろう。

「行くか」と言いながら返事を待たない内に進み始めた。

だが涼宮さんは何も言うこと無く、俺の後ろを付いて来る。右に巻いている腕時計を見ると待機時間まで少しだ……。

足を早めようと大股で踏み出した途端、大音量で放送の呼び出しが掛かった。


『――二年二組。上狼秀久君…至急体育館まで来て下さい。繰り返します――』


「んげ……!マジかよ!」

「秀久くん……。呼び出しが……」

「分かってる!……けど、七海や圭太は他の依頼に回してるし……」


心配そうに覗き込む涼宮さんをチラリと見ると、余計に額の汗が滲む。正直言って俺は今、かなり動揺して肩が震えている。

くそ!……何でこんな時に……。


「どうすれば……」

「……」


このままじゃ結局涼宮さんは……。駄目だ!今何とかしないと……。


「ぁ……あ、あの!!秀久くん!」

「!……涼宮さん?」

「大丈夫です!私、一人で何とかしますから!!」


気迫に圧され、大きく開いた瞳の先には先程まで震えていた空乃では無く、揺るぎない決心を胸に秘め、有無言わせない表情をした涼宮さんが映る。滲んでいた汗は、俺の頬につたっていき静かに床へと落下していく。


「………だけど」

「……私、やってみます。本当は怖くて逃げ出したいです。でも、少しだけでも前進……したいんです!!」

「……涼宮さん」


あぁ……これはきっと駄目だと言っても下がってくれるわけないよな。


『――やってみたいんだ!僕は誰かのヒーローになりたいんだ!』


ぽかんと開けていた口を閉じ、端を上げる。……真っ直ぐに立ちこっちを真剣に見つめる涼宮さんに答えるように俺も目もとを引き締め、真っ直ぐと彼女の可愛い表情を表す一つとも言える赤色の瞳を見た。

時折見せてくれても、殆ど髪で隠れてたからたまにしか分からなかったけど……とても綺麗だ。


「分かった。……すぐに戻るから、危なくなったら逃げろ」

「はい!」


彼女の決意を無駄にしない為、俺は彼女の横をダッシュで通り過ぎる。

さあて、ハゲ頭に一発入れたいし、さっさと用件済ませるか!


「……心が惹かれる……」



――おかげで、彼女の小さな呟きは上手く聞き取ることが出来無かった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ