3 勇者、興を削ぐ
「……おいジーさん、そいつは俺の剣だ。返してくれ」
「……ほ?」
無遠慮に足元まで寄った俺の言葉に、目の前のジジイはトボけたような声を上げる。
声のした方である俺の方を見てキョロキョローーー次いで足元を見て、糸のような目を微かに見開い……俺が驚くほどチビってか、ぶち殺すぞ。
「聞こえなかったのかよ、ジーさん。
それ、俺の。返してくれ」
「ほうかほうか、いやすまん。これは君のじゃったか」
ホレ、とわざわざ目線を合わせて、受け取りやすいように地面を水平に差し出してくる。完全にガキ扱いの態度だ。まぁガキだが。
「…………」
受け取ってから、一歩距離を取る。このまま頭を撫でられそうだ。
距離を取った瞬間、少し残念そうな顔をした気がしたが、気のせいだろう。
「ジーさん、ここらじゃ見ねぇ顔だな。他所もんか?」
少しぞんざいな言い方だったが、気にした様子のないジジイはホッホ、と笑っている。結構な子供好きかもしれん。
「おぉ、そうじゃそうじゃ。そう言う君はこの街の子なのかえ。
人を探していてのう、リアという女性は知らんか?」
「……先生の知り合いなのか?」
驚いた。わざわざ遠方から訪ねて来るような知り合いがリア先生にいたとは。
「先生?」
俺の言葉に、キョトンとした様子を見せるジジイ。可愛くねぇ。
先生、という呼び方は向こうには理解が無いようで、道すがら彼女のことを教えることにした。
孤児院のこと、子供達のこと。俺達は彼女を先生と呼んでいること。
粗方話し終える頃には、ちょうど外で洗濯物を干しているリア先生が見えた。
リア先生もこちらに気づき、
「……あら、ナギくん? と、そちらはーーー」
「ホホホ、久しいのうリア」
驚きに目を見張るリア先生に、呵々と笑うジジイ。やはり知り合いだったか。
「じゃあ、ジーさん。俺はもう行くよ」
「おぉ、案内ありがとうのう」
側に寄っていたため、上から頭を撫でられる。それを振り払って、俺は来た道を戻った。
「あ、ナギくんっ」
背にリア先生の声がかけられるが、例のごとく無視した。
◇◆◇◆◇
「……さて」
つっても、困った。
ジジイがしゃしゃってきた所為で今は剣を振る気になれない。興を削がれた、と言えばいいか。
普段なら鋭敏に研ぎ澄まされる感覚が、どうにも乱れに乱れて鈍らになってしまう。
「あー……」
頭をガリガリと掻きながら脳内でジジイに悪態をつく。奴がいなければ、いつも通り剣を振りながら夜を待てたというのに。お陰でこんなクソな気分で待たなければならない。
ーーーそこまで考えて、ハタと思い直す。
「……いや、待てよ?」
別に、わざわざ夜を待たなくてもいいのではなかろうか。
集中力を切ってくれたジジイだが、リア先生を止めているのも奴だ。
「…………」
身の丈ほどある木の棒を肩に担ぐようにし、孤児院を離れるように歩いていく。
リア先生が出張ってこなきゃ後は鬱陶しいガキどもだけだ。見つからないようにーーー最悪見つかっても適当こいて誤魔化せばいい。
「ーーーナギッ!!」
ーーーと、思ってたんだけどなぁ。
どうやら、面倒なのに捕まってしまったようだ。
渋々振り向くと、腰に両手を当て顔を怒らせた金髪の少女がいた。