0-3 勇者、泣き喚く
世の中にテンプレというのは幾つあるだろう。
在り来たりな夢物語。
ありがちな英雄譚。
一切合切ご都合主義、一時の苦楽は主人公を彩る花の一輪に過ぎず、役目を終えればただ散りゆくだけ。
何もかも決められたお話、ただ波に乗っかるだけである程度は面白くなるという薄いお話ばかりだ。
白状すると、俺はテンプレという物があまり好きではない。
あまり簡単に未来を予測できるのはつまらないし、そも未来など知ってはいけないことだ。
週刊誌のマンガだって、予想通りの展開では極限につまらないだろう。それとそう大差ない話だ。
ーーーけど。
「アダぁー……?」
黄ばみ、薄汚れた物ばかりの衣類、波打つカーテンの隙間から差し込む陽光。空気は湿気と共に質量を得ているようで、不快指数がこの上なく上がっていく。
お世辞にも、環境の良い場所ではない。
そして身動きの取れない自分、口を開けばただ呻きのような声が漏れるだけ。
「だ、ダァ……?」
ーーーな、何が?
そう呟くことすら今の自分には叶わない。ただ、喋れない。呻くことしかできない。
何が起きたというのだろうか。
ここは何処だろう。
一体自分はどうなってしまったというのだ。
あらゆる疑問が脳裏を掠め、しかし消えない。
それが、どうしようもなく不安を掻き立てる。
そしてーーー
「ぁ……」
涙が、ポロポロと零れて止まらなかった。
泣き声は抵抗することすら出来ず喉から出る。
「ーーーぅあぁぁ」
ただ、泣いた。
誰かに知らせるように、自分の存在を知ってもらうために。
掻き立つ不安を拒絶するように、一人は嫌だとただ泣き喚く。
「ーーーーー?」
「あぅ……」
そんな俺を不意に、優しく抱く腕が現れた。
細く、柔らかい。知らない言語だが、高い声音は正しく女性のもので、体全体を優しく包むように抱かれた俺は、いつの間にやら泣き止んでいた。
「ーーー……ーーーーーー」
「ぅー……」
優しく左右に揺れながら、背中もまた優しく叩かれる。トン、トンとリズムの付けられたそれがまた心地良い。
(暖かい……)
体だけではない。
どこがかは分からず、しかしどこかが暖かい。
不思議な温度に包まれて、俺瞼はゆっくりと下りていった。