爆発オチ
先に攻撃をしたのは女の子の方だった。両手から炎の玉のようなものを弾丸のように飛ばしてきた。が、鼻で笑ってしまいそうなほど鈍かった。
「【火炎魔法・火炎鳥】!」
だがそれは相手に油断を誘わせる為のものでしかなかった。
火の玉は形状を変え鳥の姿になり、一気に加速する。
「ッ…………炎斬!」
刀に魔力を込め切り払う。けど炎の鳥は刀を避けるようにして旋回したため三羽ぐらいしか切り払えなかった。斬り損ねた鳥はそのまま距離を取りつつも周囲を回り続ける。
一体何をする気だ?
「展開【縛鎖炎】!」
ドン、と軽い音をたてて人の鳥は爆発し、炎の鎖を展開する。
それは僕の両手両足に繋がり手かせ足かせになった。
なるほど、これは相手を拘束するための魔法か。しかもこれ炎で出来ているから拘束と同時に相手にダメージを与えられる仕組みになっている。実に厄介だ。
「この魔法はわたしの持つ魔法の中でも一番強い拘束力を持つ………これで貴方は身を守る事が出来ない」
そう言って左手を燃やしながら少女が近づいてくる。
だけど対策が無いわけじゃない。と、言っても対策って言っても僕にしか使えないような手だけど………。
「これで終わり…………【炎熱魔法・炎熱廻拳】」
握りこぶしじゃなく貫き手にし、腕の捻りを加えてそのまま心臓を貫いた。
「がはっ!!」
口から生暖かい鉄の味がする赤い液体を吐き出す。
「いくら不死と言われる貴方でも全身の細胞を燃やし尽くしてしまえば死ぬはず―――」
不死と分かったのならとりあえず燃やせばいい、そう判断した女の子は全身の血管に魔力を送り込み身体を燃やそうとする。
「さ、せ、る、かァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「がっ!?」
炎の手枷を強引に引き千切り女の子の顔面を思いっきりぶん殴る。
ズボッ、と身体を貫いていた手が血塗れの状態で引き抜かれる。
すっごく痛いがガマンできないわけじゃない。なんて言える程、我慢強い性格じゃない。今すぐにでも泣き出してしまいそうなほど痛い、痛いなんて目じゃないほどやばい。
ただ熱い、しかも炎で焼かれているから痛みも決してなくならない。ジクジクとした激痛が引かずにただただ身体にうったえる。
「ぎぃ…………がっふ………ウガァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」
痛みで気を失う前に不変魔法を発動して身体を元に戻す。
これで僕の魔力は大分使った。不変魔法は魔力の消耗も激しく、【無邪気な道化】なんかはどんなに損傷していても全身をすぐに元通りする事ができるが僕の持つ魔力をかなり喰う。
普段なら常時発動で元に戻すことができ放って置けばすぐにとはいかないが一時間程度で完全に元通りになるが、今は戦いの場だ。しかも相性最悪の相手、温存する余裕すら無い。
「ぜぇ………きっつ、やっぱ一日に【無邪気な道化】を二回も発動するのは無理があったか………」
でもまぁ――――それに見合うだけの価値も手に入れたしね。
「さぁて………君の素顔を見せてもらうよ」
ピシシ、と音をたてて女の子が被っていたバイザーが砕け散る。
その下は綺麗で端整な顔立ちをした美少女と呼ぶに相応しかった。藍色の瞳がサファイアのようでとても美しかった。礼たちとは違うけど可愛いとも言えるだろう。
だけど何処と無く悲しんでいるようにも見えた。
「く………」
「それなりに硬い金属を使っていたようだけど僕の魔力を流してしまえば台無しだ」
僕の魔法はかなり面白く変な性質を持っている。それが二重魔法の特性なのだけれど。
「さぁて…………少し余裕もでてきたし、世間話とでもいこうかな? ジャンヌ・ダルクさん」
「…………やっぱり知っていたんだね」
「知らないほうがおかしいよ。正確な名前はアリシア・ティアーナ・ジャンヌ・ダルク。歴史上で聖人の英雄、そして魔法使いでもあった女の人の子孫なんだから」
魔法使いって言うのは何も二十一世紀から生まれたと言うわけじゃない。始めて魔法が観測されただけだ。
それ以前にも魔法使いは確かに居た。だけど殆どが魔女狩りのような数と物量、そして家族を人質にしたりするなど魔法使いに効果的な方法で殺しまわっていた。
だから魔法使いに日本人の名前が多いのだ。
ジャンヌ・ダルクはそんな中、どんな方法を使ったのかは分からないが生き延びて結婚し、子どもを作った。
そしてそれが脈々と受け継がれ、目の前に居る世界有数の魔法使い、アリシア・ティアーナ・ジャンヌ・ダルクが生まれたんだ。
「そうだね…………わたしは確かにジャンヌ・ダルクだよ。でも、英雄だったご先祖様と違ってわたしは自分の守りたいものすら守れていない!」
恫喝と呼応するかのように火の玉を放つ。
刀で火の玉を切り裂くがさっき放たれた火の鳥と段違いだった。
魔力は精神的なもの、魂と言ったモノから生成される特殊なエネルギーだ。そう科学者達は解析しているけど実の所は不明だ。でも確かなのは身体を動かすのに栄養が必要なように魔法を使うのに魔力が必要、その魔力は精神の状態で左右され空っぽになると強制的に眠る事になる。
「だから、君を殺してでもわたしは守るんだ! あの子たちを、わたしの家族を!」
ジャンヌ・ダルクは間違いなく心が負の方向に偏っている。それが意味する事はつまり、魔力消費量が激しくなっていることだ。
「そうしたいのなら僕を殺してみせろ! ジャンヌ・ダルク!」
「そうさせてもらうよ!!」
ジャンヌ・ダルクは床を蹴って近づき炎に包まれた両手を振るおうとする。
「させるか!」
刀を振るってジャンヌ・ダルクの攻撃を防ぐ。
いくら魔法の炎と言えど複数の魔法金属を合成して作った特注品であるこの刀を溶かすことはできず、逆にカウンターとして攻撃が炸裂しようとする。
魔力を込めていない為、殺傷力にはいささか欠けるが、それでもその一撃をまともに受けたら致命傷レベルになるだろう。
「つぅ………!」
一瞬でそれを理解したのか身体を大きく仰け反って斬撃を回避する。が、回避した瞬間に蹴りをジャンヌ・ダルクの脇腹に蹴りを叩き込む。
「ぶっ………がはっ!!」
予想外の一撃が決まったからか驚愕の表情をして口から血反吐を吐き出した。
魔力で強化されている蹴りはジャンヌ・ダルクに確かなダメージを与えた。だがそれだけだ。決して彼女を気絶させるに値するダメージを与えたわけじゃないからすぐに動いた。
ジャンヌ・ダルクは背中から炎をロケットのように噴出し空を飛び、回し蹴りを顎に叩き込もうとしてくる。
「くらうか――――がっ!?」
回避しようと後ろに下がろうとした瞬間、急に加速し強烈な一撃をお見舞いされる。
普通なら脳みそがシェイクされ平衡感覚のバランスが崩れるが流石は不変の魔法と言うべきか、状態異常にならないからどんなに攻撃を受けても大抵の場合は常に最高の状態でいられると言うのはかなり良い。
まぁそのせいで魔法の恩恵に肖れないんだけど………。
心の中でそう思いながらいったい何が起きたのかを確認する。その答えは見ただけですぐに分かった。
「なるほど………ね。踵から炎を噴射して強引に加速させたわけか」
「正解、その通り。まぁ知られて困るような魔法の使い方じゃないから良いんだけど」
これは想像以上に厄介かもしれない。この炎の魔法、使い方に応用性がありすぎる――ってよく考えたら礼とかクオもそうだった。
本当に良いよな、応用性がある魔法使いってのは。複雑すぎて使い勝手が悪い魔法ばっかりだよ僕のは。
「次の攻撃は避けられるかな?」
そう言って右拳を前に向かって振るう。
一見、何もしていないように見えるが絶対に何かがある。間違いなくこれは魔法だ。
目を見開いてよく観察する。水の粒のようなものがこっちに飛来してきているのが分かった。
一体なんだろうか? そう思った矢先に水の粒がボンッ! と音をたてて爆発した。
それほど威力の高くない爆発だったからか大したダメージにはなりはしなかった。
「あっつ……!」
だけどもの凄く熱く、一瞬で顔から汗が吹き出た。その汗が目に入って視界不良になる。
一体何が………?
「今の攻撃に気を取られている場合じゃないよ」
汗が入り前が見えなくなった目を擦っているとジャンヌ・ダルクの声が耳元に響いた。
咄嗟に顔を横にずらす。チッと、何かが頬を掠った。
それがジャンヌ・ダルクの拳だって事は見なくても分かってしまう。
「目を閉じたたままじゃぁこのラッシュはかわせないよ!」
腹部に拳が叩き込まれる。しかもその一撃一撃が重く、炎を点している為、かなり響いた。
衝撃だけで全身が崩れ、熱さで内蔵が焼けているのが手に取るように分かる。
だけど、それでも僕は死ねない。死ねないんだ!
「…………ルグゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
叫び声を上げ、反撃する。刀を手放して直接ぶん殴る。
「させるかっ! 【炎熱魔法・炎鎧】」
直撃する直前にジャンヌ・ダルクの全身が炎に包み込まれる。
それはまさしく炎の鎧と言えるだろう。だが、
「関係あるかァぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!」
最初から喰らう事を覚悟してさえいれば炎の鎧なんか怖くはない!
「ガァア!?」
炎に包まれた身体に僕の拳が突き刺さる。魔力で強化しているため、口から血を吐き出す。けどそれは僕も同じだ。
どれだけ我慢していたって炎は焼くためにあるモノ。魔法であってもそれは変わらない。
結果的にカウンターとして僕にもダメージが来る。
でもそんなのを一々考えていたらマトモに攻撃する事ができない。
だから両腕を捨てる、そう判断した。
「ウガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
叫びながら両手で何度も拳を振るう。何度も、何度も振るった。
肉が焼け、血が飛び散り、痛覚すら感じなくなっても殴るのを止めない。
どうせ後で戻すんだからどうなっても良い、そんな事を考えているんだろ? と皆が居たら間違いなく言うであろう言葉を思い出す。そして驚愕する。
これ、走馬灯じゃないか――――ッ!?
何だ、今………ゆっくりとだけど、一瞬………ジャンヌ・ダルクの左足が燃えていたような―――ええい、ままよ!!
己の直感を信じ、床に落ちている刀を足に突き刺す。炎とは違う別の痛みに耐えて足を振り上げる。
それと同時にジャンヌ・ダルクは燃え始めた左足を振るった。
だけど左足は盾として振り上げた刀の刀身にあたり、ザクっと音をたてて切り裂いた。
「―――――ッ!! グゥ………!」
確かに決まった、そう感じたであろう一撃が防がれ逆にダメージを受けてしまった。
それが決め手となったのかジャンヌ・ダルクはジェット機のように一直線に僕から離れて、壁に激突した。
「っく………はぁ、今のは流石に危なかっ…………かはっ」
ジャンヌ・ダルクは話している途中で急に咳き込み、懐からある物を取り出して口に当てた。
陽炎のせいで見え辛いがあれは多分小型酸素ボンベだろう。でも何でそんな物を今出しているんだろうか?
そう言えば心なしか炎もさっきより勢いが少なくなっているような、無いような―――、いや、間違いなく炎の勢いは衰えている、それもかなり早い速度で。
それは炎で作られた結界を見ただけで分かること。
ついさっきまであんなに轟々と燃え盛っていたのに今では燻っている小さい火種くらいにしかなっていなかった。
一体何故? そう思っていると酸素ボンベをつけゆっくりと呼吸をしていたジャンヌ・ダルクは静かに呟いた。
「バックドラフト」
「…………え?」
「室内のような密閉された空間で火災が生じた場合のみに発言する現象、密閉空間だから酸素の供給が無いから火は不完全燃焼となって勢いが衰える。すると部屋一杯に可燃性の一酸化炭素ガスが詰まっている状態の時に窓を開けたりすると化学反応で大爆発を起こす現象のことなんだ」
「それが一体―――え………ちょっと待って」
ジャンヌ・ダルクが言った言葉を頭の中で反復する。
バックドラフトと言う言葉には聞き覚えがあるが詳しくは知らない。だからジャンヌ・ダルクが言った言葉が真実かどうかは分からない。
だけどもし真実だとしたらそれはかなり大変なことになるだろう。
足に刺さっていた刀を抜いて構える。
「どうやら分かったらしいね。君の想像の通り、この部屋には殆ど酸素が残されていないんだ。不死の君には分からなかったかもしれないけど………」
「だから酸素ボンベをつけたのか………」
一応不死である以上基本的に死ぬことが無い。どんなに酷く、生物が生きられないような環境であったとしても生きていける。
ぶっちゃけ宇宙空間でも普通に行動可能だ。
だからこそ気付けなかったんだ。不死であると言う事が、本来死んでしまうような環境にも生きていけることが今、牙を剥いたと言う事に。
「それにしても結構博識なんだ。尊敬するよ」
何とかしてジャンヌ・ダルクがこれからやろうとしている事を止めさせよう。
そう決意した僕は自分が知らなかった事を知っていたジャンヌ・ダルクを褒めて話しを逸らそうとする。
「そんな見え見えの罠に引っかかるほどわたしって馬鹿に見えるかな?」
「少なくともアホの子には見える」
心の底から思ったことを素直に言う。するとジャンヌ・ダルクは数秒、固まった。
そしてその数秒後にいきなり笑い出した。
「…………フ、フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」
ジャンヌ・ダルクは面白おかしそうに笑いながらスーツのポケットに手を突っ込み、ゴソゴソと探り何かを取り出した。
それは手に収まる程度の大きさで長方形状になっている物だった。
「………ミニカー?」
と、言うより子どもが持っていそうな玩具だった。
「【炎熱魔法・オートバースト】」
ポイ、と後ろに向かって持っていたミニカーを投げ捨てた。
「先に謝っておくね、ごめんなさい。色々と頭にくるような事を言っていた気がするけど結局君はずっと手加減して戦っていたんだね。本気を出せばわたしなんかすぐに殺せた筈なのに」
「殺す事が決して解決に繋がるとは限らない、うちのゴキ娘の受け売りだからな。少なくとも、僕にはアンタみたいな必死になって戦っている人を殺すことなんて出来ないよ。まぁ相手の命を奪うことなんて、もう二度としないって約束してるから」
「アハハハハハハハ…………何て言うか………あんなに殺すつもりで戦っていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい子どもっぽい理屈なんだね。それがとても羨ましいよ。わたしには貴方のように今までの不幸の全てが吹っ飛ぶほどの出会いをしなかった」
「だったらこれからすればいい。何なら僕と一緒に夜の街でデートでもやってみない?」
「わたしは同性愛者に見られたくないんだけど」
「うわ、それ結構ショックなんだけど…………」
自分の容姿についてはもうどうしようも無い為諦めているけど面と向かって言われるとマジで泣きたくなる。
「アハハハハハハハ、ゴメンね。だから君には言うよ」
カツン、軽くて硬い物が床に落ちた。
「わたしは炎の魔法を使うことができる。それによって起こる現象、一酸化炭素や爆発も防げるんだ。流石に酸素は無理だけどね」
それは当然だ。魔法使いであっても生き物である以上、不死の様な例外を除いて酸素は絶対に必要だ。
「兎に角、貴方のもう一つの魔法がどんなものかは分からないけどバックドラフトを防げるような魔法では無いと言う事だけは分かるんだ。これから起こるバックドラフトは魔法によって引き起こされる現象だから君にも効くと思う」
「まぁ、だから止めようとしているんだけど―――」
「でも、これでわたしの勝ちだよ」
ギャルギャル、そんな音をたててジャンヌ・ダルクが投げたミニカーが勝手に動き出した。
そしてその行く先にあるのはドア――――!
「させるか―――!!」
「もう、遅い…………【起爆】!!」
カチリ、そんな間抜けな音をたててミニカーがドアにぶつかり光輝き、視界を一面真っ白に染める。
それと同時に刀に魔力を込めてもう一つの魔法を発動させ、振るった。