グループ降臨 上
この学校、鷺宮学院は昔潰れたかなり有名で大きいホテルを改築して作られた学校だ。それ故にこの学校に在籍している全ての人間はホテルとしての名残で残っている部屋に住んでいる。俗に言う寮だが生徒一人一人に対して部屋を一つ与えると言う破格の対応だ。
そんな誰もが羨む学園生活だが決して良い学校ではない。そもそもこの学校に入るには最低条件として必ず魔力を持っていないといけない。と、言うより魔力を持っている人は強制入学しなきゃいけないのだ。
何故か、その理由は同じ魔力を使って犯罪行為をする魔法犯罪者達を捕らえる事ができるのは魔力を持つ者のみだからだ。
つまり、僕ら魔力を持つ者、魔法使いは世のため人のために魔法犯罪者達を捕らえなきゃいけないのだ。もしくは人のために働かなきゃいけないと言う事だ。
最も、タダで、無償で奉仕するわけではない。それなりの待遇とかなりの大金を国から貰える。むしろそうしなきゃ全員が全員隠れて暮らしているかその力を自分の欲望のために使っているだろう。
そんな感じで僕らは良い意味で言うのなら正義の味方、悪い意味で言うのなら待遇が良い特殊警察のような存在なのだ。
僕は、毒ガスに満ちたこの光景を見ながらそう思った。
「………………いや、何があればこうなるのさ」
今考えたんだけど、仮にも警察官のような存在である筈なのに学校の一室を危険地帯に帰るような魔法使いと言う名前の外道な親友はどうなんだろうか?
まぁ、それはどうでも良いんだけど………それにしても相変わらず毒々しい煙を撒き散らしてるなこの部屋は。元々は科学室だったと言うのに今では科学毒殺室と言う名前の鷺宮学院立ち入り禁止危険地帯なっちゃってるし。
「本当、人使い荒いよな礼は…………」
そう呟きさっき礼に言われた事を思い出す。確か『本日午後五時にいつものメンバー改め私以外は非常識人は全員飛鳥の部屋に集合!』だったっけ?
一番非常識が具現化したような存在だって言うのに何を言っているんだか。と言うか何で僕の部屋で集合する事になるのだろうか?
「いずれにせよ、入らなきゃ行かないよなぁ………臭い付くから嫌なのに………」
はぁ、と溜息をついて科学毒殺室の扉を開ける。すると煙が一気にこっちに押し寄せてきた。
「ぶわっ! あ、相変わらず…………人を寄せ付けないような嫌な毒ガスだよなぁ」
あまりにもきつい臭いで中に入るのが嫌になる。だけどいつものメンバーは全員集合だと言う礼の、リーダーの命令がある以上クオにも一応伝えておかないといけない。
本当に厄介だよ。そもそもこんな危険地帯に行けるのなんか僕だけしかいないと言うのに………。
「まぁ良いか………取り合えず、クオー!! 居るかー!?」
毒ガスに塗れて前も見えないような教室の中で叫ぶ。すると毒ガスがいきなり消えうせていく。いや、何かに吸い込まれていく。
そして毒ガスが完全に消えさると一人の少女が椅子に座っていた。顔立ちはどちらかと言うと日本人よりだが金髪蒼目と言う似合わないはずなのに似合っているというミスマッチ、つまりはハーフだ。
そんな誰もが羨むような美少女が着ているのは神社とかでよく見かける方の巫女服ではなく、コスプレとかでよく見る脇が無い巫女服だ。これが彼女のあだ名の所以でもある。
「あんだよ………何か用か? 変態飛鳥くん?」
そしてこの口調、外道巫女と呼ばれるに相応しい態度、彼女こそ僕らの仲間の内の一人であり親友、如月クオだ。
「誰が変態飛鳥だよ。僕は近衛飛鳥だ、変態飛鳥と言う名前じゃない」
「それでも変態と言う事は否定しないんだな」
「うん、だって今さらだしね。後、出来ればその巫女服を肌蹴させたいとも思っているしそのまま襲い掛かってその胸を揉みしだきたいとも考えている」
クオは年齢のわりに結構胸が大きい、男なら誰もがそう思うことだろう。
「…………人間の屑がッ!!」
顔を真っ赤にして火炎瓶をこっちに投擲してくる。最も、その攻撃を受けるわけにはいかない。このまま突っ立っていると間違いなく火炎瓶は僕の顔面に当たってしまう。
だからその火炎瓶を右手で受け止めて、左手で火炎瓶の後方から飛来してくる三本のメスを指と指の隙間で切れないようにキャッチする。次に右手の火炎瓶を割れないように机の上に置き、メスを一本だけ右手に持ち替え、左手のメスは指の隙間で持つようにして駆け出した。
その瞬間、さっきまで自分が立っていた場所に紫色の液体がポチャンと落ちた。その落ちた場所はジュゥと焼けるような、溶けるような不快な音と鼻の奥を劈くような強烈な臭い………これは酸か。それも硫酸くらい濃度が高いやつって僕になんて物を使おうとしているんだあのアホ娘は!!
「外道巫女、人に硫酸使うな!! 本当に揉みしだくぞお前の胸を!!」
「最低最低最低!! この下種野郎、一回地獄に堕ちて常識って物を学んでこい!!」
「だからお前にだけは言われたくないんだよ!!」
そう言って僕はクオの太ももに右手のメスに魔力を込めて投擲する。だけど投げたメスは紫色の液体で優しく包み込み、固めて刺さらないようにした。
クオの魔法、それは魔力を毒に変換する毒生成だ。
魔法とは人によってそれぞれ違う力であり、ある種の才能の事を指す。だから魔力を水に変える事が出来る魔法使いもいれば、何も変える事も出来ない魔法使いだって存在する。中にはかなり強い力の持ち主も存在するのだが……今は関係ないだろう。
それよりも今は――――
「【毒生成】」
クオを止めなきゃいけないか………!
「【硫酸球】!!」
クオの右手から半径1メートルはありそうな毒々しい色をした球体を作り出す。そしてそれを僕に向かって投擲してきた。
この部屋の位置関係上絶対に回避できないような攻撃、それを見て僕は静かに笑う。
やっぱりと言うか何と言うか………いつものメンバーの中でも僕は一番普通なんだけどそれでも若干戦闘狂な面もある。だからこういう展開はむしろ歓迎するべきものだ。元々クオもこういうの好きだし、何だかんだ言ってアイツ今凄く笑ってるし。兎も角、この攻撃はかわせないし防いだら火傷するだろう。
だから、斬り捨てる――!!
そう判断した僕は左手のメスを投げ捨てて服の中に入れていた刀を取り出し、魔力を流し込んで刀を強化して球体を斬り捨てる。
「――――ッ!!」
斬り捨てた硫酸の球体が飛沫となって飛び散る。それの一滴一滴が人間の肉をいともたやすく溶かす魔法の液体、なんて言うつもりはない。
そもそもこれは魔力から作られた酸だ。いや、通常の酸では溶かしきれないような物質だって溶かす―――王水よりも遥かに格上の液体だ。それに対抗するには魔力を用いた武器、もしくは魔法でなければ防げない。
こういった攻撃は普通の人なら全身から魔力を出して防御する事のみに専念する。それならダメージは受けるだろうけど身体に後遺症も残らないし傷も残らない。
だけど僕は違う、と言うよりそんな事をして防いでも勝てないから。
だから刀を振るう、全ての飛沫を弾くように振りまわす。それでも足りないと言うのなら服に魔力を流し込めればいい。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
刀を何度も振るう、粒を刀で受ける。それでも足りないのなら魔力を身体から服で防げばいい。
そんな思いで刀を振るい、硫酸の飛沫を全て防ぎきった。
「本当、疲れる…………」
本当、久々にこういう戦闘をしたような気がする。最近テストのために勉強していたから身体を動かす事すら忘れていたような気がする。でも、まだまだ終わらないよ!
クオに接近し斬りかかる。だけどその斬撃がクオに当たる事は無かった。
何故なら毒を硬質化させた即席の盾で防がれてしまったから。しかも斬られないように力を受け流しながら完璧に防いだ。
これには流石のクオも驚きの表情になる。だけどすぐにいつもの何を冷静な表情に変わる。やっぱり状況分析が得意………って言うよりは馴れだろう。何度も同じような事を繰り返しているんだから馴れるに決まっている。
そう思いながら刀の切っ先をクオに向ける。まだ距離がある。僕の魔法は遠距離で戦う物じゃないのだからもう少し距離を詰めないといけない。
そう思っているとクオは薄く笑い、言った。
「ようやくいつも通りの動きに戻ったな」
…………え?
「やっぱりお前分かっていなかったのかよ………ここに入って来た時すっげぇ恐ろしかったぜ? なんたっていっつも釣り目にしているお前が凄く丸い目をしてたんだからな」
自分の目元を押さえて確認する。いつもより皺が少ない、クオの言うとおりだった。
礼が久々に召集するからちょっとはしゃいでいたらしい、反省しなくては……。
「………あー。クオ、礼からの命令……五時までに僕の部屋に集合だってさ」
「…………最初からそれを説明しろよな…………ったく」
完全にやる気が削がれたのか、はたまためんどくさかったのか今まで全身から放出していた魔力が消え去った。
「んじゃぁ、そういうわけで………僕は他の二人を呼びに行くから先に行ってて」
「ああ…………って、飛鳥………ちょっと待て」
「ん、何? あ、もしかして胸触らせてくれるの? 嬉しいなぁ」
「ちげぇよ! そうじゃなくて…………その………弁当」
「え? 弁当が何?」
「お前さ…………いっつもコンビニ弁当とかだろ? だからさ、私が作ってやろうかなって思って―――あ、勘違いするなよ!? 決してお前のために作るとかじゃないからな! ただ私の気が向いたからであって」
「本当!? いやぁ、助かるよ! ここ最近コンビニ弁当や購買のパンしか食っていないからさ」
「あ、ああ………そうか。なら明日このオレがお前がビックリする様なとっても美味い弁当作ってきてやるからな!」
ニカッと、元気な女の子らしい表情をしてそう言った。
クオは外道で非道で礼の三百倍くらい酷くしたような性格だけど、こんな風に女の子らしい部分がある。だからからかいたくなるんだよなぁ。
それに礼と違って胸も大きいし―――そう思っているとポケットの中に入っていた携帯が鳴った。音楽はアニメのオープニングテーマをピアノで弾いたものだ。個人的には物凄く気に入っているけどいつものメンバーの約一名を除いて不評だ。何故かは分からないけど不評だ。
そんな下らない事を思いながら携帯の画面を見て誰が電話をかけてきたかを確認する。
画面には『鷺宮礼』と書かれている。
何だ、礼か………一体なんだ? そう思いながら画面をスライドして耳にあて――
『どうせ私の胸は無いわよ、後で覚えておきなさい………!!』
怨嗟の念に取り込まれ、地獄の亡者にすら引けを取らないような礼の声を聞いてしまった。それから一秒も経たずに電話は途切れた。
背筋が凍るような感覚に襲われる。え、何コレ? 一体何があったんだ!?
訳が分からなくなって頭がおかしくなりそうだ。後で覚えてろなんて、僕まだ何も礼にしていないよ!?
「………礼の奴、いつのまに盗聴器を仕込んで―――」
「え、クオ今何か言った?」
「いや、何も言っていないぜ? 気にするなよ。それよりもマリアと道ん所に行かなくていいのか?」
「ああ、そうだったそうだった。じゃぁまた後で、クオ―――」
そう言ってクオの居る科学毒殺室から出る。さて、次はどこに行くとするか。
クオのところから近いのは道が居る美術室だろう、なら先に道の方に行くとするか。
そんな事を思いながら毒ガスで充満していた部屋から飛び出した。けど服に付着した毒ガスはどうしようか?
まぁ、放って置けば次第に薄まっていくし………道なら大丈夫だよね?
そう思いながら校内を走っているといつの間にか美術室につく。まぁ、十一階の隅っこにある科学毒殺室から階段で六階にある美術室までの距離からしたら特別どうって事は無いだろう。むしろ遅いほうだ。
くそ、やっぱり魔力使ったせいなのかな? 魔力って身体じゃなくて心が疲れるし……。
「て、今はそんな事はどうでも良いか………おーい道! 居るー?」
そう言いながら美術室の扉を開ける。中には絵を書いていると思われる美術部員が十人くらい居て、その全員が何かの絵を書いていた。モデルになっているのはギリシャ神話に出てきそうな彫刻だ。
やっぱり美術部員といったら彫刻だよね、うん。だけどやっぱりと言うべきか道の姿は居なかった。
何故居ないのか、この時間帯なら間違いなく居るはずだ。そう思った僕は絵を描いている同学年の女子生徒に声をかける。
「ねぇ、そこの君。道が何処に居るか知らない?」
「え、おねぇなら飛鳥ちゃんの後ろに居るじゃない」
何……だと? あまりの衝撃に心臓を握りつぶされるような感覚になった。
バッと後ろを振り向く。そこに立っていたのは肩まである髪をポニーテールにしている一人のイケメン、そう、彼こそ怪童道。仲良しメンバーの一人で―――
「あんらぁ~!! 似合う、似合うわぁ~!! あっちのも似合うかと思ったけどやっぱり飛鳥ちゃんにはそっちの服の方が似合うわねぇ~!」
おねぇだ。おかまではなくおねぇ、男でありながら女の心を持つ新しいニューウェーブ、それが怪童道だ。ってちょっと待て、今何て言った? 服がどうかって……ッ!?
「な、なんじゃこりゃぁ!! ななななななな、何だこの服は!!」
僕はさっきまでこの学校の制服を着ていた、それは間違いない。なのに今の僕は白色のフリフリが着いている水色の、女物の服を着ていた。一体どうして何があったらこうなるんだ!?
いや、知っている。僕は知っている、こうなってしまった理由も知ってるしこんな事をやる奴も知っている。目の前に居るおかま、おねぇこと道だ。
「おい道! お前何やってんだよ!! これを、こんなのを着せるなんて…………」
「やっぱり似合うわねぇ~! 顔立ちや紙の質から和服が似合いそうだったんだけどあたしの勘に狂いはなかったわ、ロリータファッションこそ飛鳥ちゃんに似合う服だったのよ~!」
「フザケンナァァアアアアアア!! 僕は男だぞ、そんなの似合うわけないじゃないか!!」
「フフフフ、コレを見てもそう言えるのかしら?」
道は大きめの鏡を僕の前に置いて無理やり今の姿を見せさせた。
鏡に映っていたのはフリフリのカチューシャを頭につけて、これまた同じようにフリフリの服を着ているアホ毛が長い大和撫子美人だった。顔立ちは可愛いと言った感じで足の毛も無く胸を除けば女らしいスレンダーな体系だ。
最もそれが僕であることは言うまでもない事実でしかないのが辛いのだが。
「本当に羨ましいわぁ~! 男の子にしておくには本当に勿体無いわねぇ………特にこの足! 第二次性長期を過ぎても男の子としての特徴が全く現れていないこの足! 物凄くぅ羨ましいわぁ~」
「う、うぐぅ………ほ、本当に泣くよ?」
女顔のこと物凄く気にしているって言うのにこの仕打ち、外道と自負しているクオでさえ無理やり女装させるような事はしない。
しないけどあいつが外道である事には変わりない。っていうかアイツ何勝手に仕事で仕方が無くやった化粧までした女装姿の写真を勝手に保存してアイドルの選考に応募してくれてんだ本当に……。
あの時は本当に大変なことになってしまった。今は亡き母さんから受け継いでしまったこの容姿のせいですぐに採用、来て欲しいと言われたことは今でも覚えている。
本当、あの時の事を思い出すと今でも胃が痛くなってくるよ……。
「そんな事より何の用かしら~? 飛鳥ちゃんがこんな所にまで出向くなんて……」
「礼からの伝言、僕の部屋に五時までに集合だってさ。多分仕事の事だと思うからなるだけ早く来た方が良いよ」
「あんらぁ、分かったわぁ~。礼ちゃんの命令ねぇ、了解よぉ~」
そう言うと道は木炭を持ち絵を物凄い速さで描いていく。相変わらず描くのが早い、しかも早いだけじゃなく正確に、そして独自のアレンジを加えて芸術性を高めている。
流石は怪童道、変態ではあるけど芸術に関しては右に出るものが居ない。芸術の天才だ。
そう思っていると道は書くのを止めてこっちに振り向いてくる。
「あら、どうしたのかしら~? 五時まで後もうちょっとなんだからあたし以外の所に言った方が良いんじゃないかしら~? もしかしてあたしが最後だったの~?」
「ううん、まだマリアが残っているよ。あの問題児が―――」
そう、本当に面倒くさい奴が一番最後になってしまった。とは言え先にすると他の皆に伝える時間が無くなるんだけど……。
「だったら速く行った方が良いんじゃないの~?」
その通り、本来だったらすぐにでもそうしているべきだ。だけど今のままではいけない。
「その前に制服を返してよ、こんな格好でアイツの前になんか出られるか」
「駄目よぉ~。さっきの制服、僅かながら毒生成で作られた毒ガスと硫酸が付着している。貴方には効かないかもしれないけどあたし達ならこの量で気分を悪くしてしまうわ~」
その言葉に美術室に居た全員がその場から立ち上がり窓を開けたりドアを開けたり、換気扇のスイッチを入れたりしていた。
そこまで酷かったっけ? クオの毒ガスって……?
「これはあたしが責任をもって消毒しておくからそれで我慢してちょうだいね~」
「…………せめてタキシードとか和服とか「無いわね、諦めなさ~い。貴方には似合わないしそっちの方がマリちゃんも礼ちゃんもクオちゃんも喜ぶんだから~」ですよねー!」
ああもうチクショー!! そう心の中で叫びながら美術室から飛び出した。
目頭が熱い気がするけど気にするものか! 泣いてなんかいないんだからなぁ!!
『まぁ、あるにはあるんだけどね~。やっぱり飛鳥ちゃんには泣き顔が似合うわねぇ~』
『『『それには同意します、おねぇさま!!』』』