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喧嘩するほど仲が良い?

 ああ、どうしてこうなったんだろうなぁ。そう思いながら僕こと近衛飛鳥は窓側の席で烏龍茶を飲む。

 口の中を烏龍茶独特の苦味と風味が駆け巡るのを頭の中で感じ飲み込む。

ああ、美味しい。心の中でそう呟いて飛んでいる鳩を見て心を和ませる。

――うん。分かってるんだ。こんな風に時間稼ぎしてもいつかは終わりが来るって。

だから、自分の手で終わらせてしまおう。

僕は振り返り、後ろで騒いでいる小柄で髪をツインテールにしている少女を見やる。

「ねぇ……礼。何してんのさ……」

 声をかけるとツインテールの少女、鷺宮礼はこのクラス、いや、この学校の理事長(仮)だ。知らない人はありえないと思うだろう、僕もそう思った。だけど目の前に居るこの少女には現実と言う物が一切通用しない。

そもそも常識と言う物が存在していない。こいつはそう言う奴なんだ。

「見て分からないかしら?」

 小首を傾げるその様子は間違いなく可愛い。だけど、油断してはいけない。

 コイツのせいで僕の正気は少しずつだが減っていっているんだ。コイツは人間の皮を被った悪魔なんだ。いや、悪魔の方がまだ生易しい。

「分かるよ。でも今ここでやるべき事じゃないような気がするんだけど?」

「一つ言っておくわ。人間とは無意識的に新しい事を拒む習性があるのよ。まぁ、貴方にも分かりやすく言うのであるならば―――創造の内に破壊あり!!」

「だからと言ってこんな教室で料理なんか作るんじゃねぇよ。常識を考えろ常識を!!」

「もちろん、ちゃんと考えているわ。だからこうして新鮮な内に調理しているんじゃない」

「お前、僕の話ちゃんと聞いているのかおい? 百歩譲って作るのは良しとしよう。だが――」

 今この場に居る全ての人間が思っていることを代弁する。

「何もこの教室でマグロの解体なんかしなくても良いじゃないかよ! 生臭くてしょうがないんだよ!! いや、マグロは美味しいよ? でもここでやるとか頭わいてるんじゃないのか!?」

「私が食べたいと思った物はいつでも食べられる。そんなに欲しいのなら少し上げようか?」

「あ、貰うよ。ってそうじゃない、少しは常識ってものを考えろって話だよ」

「一つ………教えてあげるわ、飛鳥。常識ルールって言う物はね、破る為にあるのよ」

「せめて人として最低限の常識くらい守れこのゴキブリ娘!!」

「誰がゴキブリ娘よ男の娘が!! 本当にマグロあげないわよ!!」

「すんません。それだけは勘弁してください」

 弱っ――そんな言葉がどこかからしたような気がした。

しょうがないだろ? 僕はマグロが好きなんだ。しかも目の前にあるのは大間産の本マグロだ。食べたくないわけが無いじゃないか。

「出来ればカマトロの部分をお願いします。ワサビ醤油で食べたいです」

「駄目、このマグロは私の物よ。油でカリッと揚げてフライにするのよ。それ以外は認めないわ」

 な、何だと……? この女、まさかこんなに新鮮なマグロを刺身で食べないだと?

 ふざけるな、何だその冒涜は……許さんッ!!

「このゴキ娘!! マグロは刺身が相場って決まってるだろうが、そんな事も分からんのかお前は!! たとえ刺身でなくても寿司とかたたきとかもっと良い物があるだろう、それなら納得するし横道な楽しみ方だ。なのになんで邪道にするんだよ!!」

 右手の人差し指で礼を指しながらそう言うと鼻で笑い、嘲笑する。

「王道と言う誰もが楽しめる物からあえて邪道な道を選ぶ。それがこの私、鷺宮礼の選択よ!」

 礼は誇らしげに、無い胸を張ってそう言った。

「おい、今何か失礼な事を考えなかったかしら? 具体的にはこの私の胸を見てちょっとあれな事考えなかった?」

「いいや、何も思ってないよ」

 そう言うと礼は何を勘違いしたのか顔を紅くする。

「へぇ~、嘘なんかつかなくてもいいのよ。この美しい芸術品のような身体を見たのだから。別に恥ずかしがらなくても―――」

「ごめんなさい、まな板だなって思ってました」

 自分を美化するような言葉をこうも言えるよな、ナルシストなんじゃないのか?

 そう思っていたら蹴りが飛んできた。それをかわそうとしたら速度が急に上がり、そのまま顎に喰らった。綺麗に決まった。

身体から力が抜けて倒れそうになり、その拍子で偶然礼の下着を見てしまった。

ふむ、ピンクか。ちょっと子どもっぽいような……はっ、殺気!?

「死ねっ!!」

 そう言って礼は僕の顔面に踵落しを決めた。見事な一撃だった。受けた僕でさえ惚れ惚れするような一撃だった。脳みそが揺れて意識を手放しそうになるのが分かる。だけど僕は倒れなかった。本当に気持ち悪い、食欲とかが一気に無くなってきた。

 でもマグロを食べるまで、僕は死なない!!

「死ぬものかぁ!!」

「な、嘘………? 私の一撃は完璧に決まった筈なのに……」

「はんっ! あの程度の攻撃で僕が倒れると思ったか!! 毎日お前と一緒に居たらそれくらいの事なんかで意識を失う事ができるものか!!」

 本当、今でもついさっき起こった事のように思いだせるよ。それが自分の死に直結するような事じゃなければ良かったのに……。

「兎に角、マグロのフライは認められない。だから今日は徹底的に話すぞ」

 そう言うと礼は笑いながら言う。

「……成る程ね、またアレをやるのね。前回は餃子につける物を決める事だったかしら?」

「ああ、その通りだよ。僕は醤油とラー油、礼はポン酢とからしと言うあれだよ」

 あれは本当に大変だった。何せその程度の事で三日間徹夜で語り合ったのだから……。

 結局、決着はつかず二人揃って眠るように気絶したんだっけ? ちょっと思い出せない。

 何せあの時はハイになっていたのだから。そう思っていたら礼は急に笑い出した。

「フフフフ、あの時は結局引き分けで終わっちゃったけど………今回は負けないわよ」

「僕もさ。あの時のような変な終わり方にはしない。今日こそ礼をギャフンと言わせてやるよ!」

 さぁ、始めようか!

「「第百三十一次・食べ物討論会を!」」

 この日、この場所、この教室で僕と礼の対決が始まった。

「いや、お前等二人で分けろよ。てかそんな巨大な奴を一人で食えるのか? 後百三十一回もこんな下らない事やってんのなお前等」

 な、なんだと……? この討論会を……下らない事だって?

「黙れ、貴様みたいな食べる事に関して無欲な奴にこの素晴らしい議論に口出しする権利は無い。だから妹にエロ本を買ったところを見られて現在進行形で口きいてもらえないんだぞ?」

「そうよ、山下君だったっけ? そんなだからこの前、彼女に自分の性癖がばれてドン引きされた挙句こっぴどく振られるのよ!!」

「お前等鬼か!? てか何で俺のプライベートを知ってるんだよ!!」

「「クオから聞いた」」

 僕等が口をそろえてそう言うと山下君は目から滂沱の如く血涙を流し「あの外道巫女ォオオオオオオオオオオオオ!!」と叫んだ。

 てか血涙って出るものなんだな、初めて見たよ。物凄く怖いけど……。

「まぁ、これで邪魔者は居なくなったわけだし続きをやろうか」

「そうね、じゃぁ早速――」

 再び第百三十一次・食べ物討論会を行おうとすると礼の顔が一気に真っ青になった。どうやら僕の後ろに居る何かを見てそうなったらしいのは明白だ。

 何事かと思い後ろを振り向こうとして気付いた。いや、気付いてしまった。と、言うか何で今の今までこんな奴の気配に気付く事が出来なかったのだろうか。

 普通に考えたら気付く、筈だ。こんなクラスに通っている時点で常人とは呼べない存在だ。正直否定したいけど僕もそうなのだから。

「近衛に鷺宮、貴様等また問題を起こしているようだな」

 野太くあつぐるしいと言った第一印象を植え付けるであろう男の声は僕らに対し静かにそう言った。それがどれほど恐ろしい事か、僕には分かる。

 息が出来ない、圧倒的存在感だけが持つ威圧感が僕を支配する。それは礼も同じようだが。

「沈黙は肯定、そう受け取るぞ。それにこの現状を見れば大方検討がつく」

 後ろに居る男、名前は壱拾月弥生は声だけで判断するのなら女の子っぽい名前に反しガチムチで恐ろしいほどの戦闘力を保有している、そう思いこんでしまうくらいに声が低いこのクラスの担任だ。

もっとも、戦闘力については本当に高いんだけど。って言うか何でこの教室に居るんだよ。昼休みの時って職員室に居るもんじゃないのか?

 そう思いながらもこの場から逃走する手段を考え―――

「…………逃走ダッシュ!」

 ――る前に礼が百八十度回り、窓の方に走り出した。逃げ出したのだ。

「っておい! 僕を見捨てるのか!?」

「見捨てる? はっ、精々私が逃げ切るための道具になってくれたまえ飛鳥君よ!!」

 口調がどこかの敵の親玉のようになっている礼、ってそれ失敗フラグ……!?

 心の中でそう叫ぶと僕の腕からカチャリッと音が鳴り、今まさに窓から飛び降りようとしている礼の腕に鎖のところが光になっている手錠がはめられた。

 取り合えず思うことがある。何故礼の腕にはめられた手錠が自分の手錠と繋がっているのだろうと。

 その答えは礼が完全に姿を消してから明かされる。

「ぐぇっ!? ちょ、えええええええ!?」

 手錠が付いている方の腕が引っ張られてそのまま窓の方に引き寄せられていく。

「キャァァアアアアアアアアアア!?」

 窓の外で礼の悲鳴らしき叫びも聞こえる。どうやら向こうも似たような状況らしい。

 顔を窓の外に出して下を見る。するとそこには右手を思いっきり上げてぶら下がっている礼が居た。

 非常にまぬけな姿だ。つい笑ってしまう。

「ちょ、飛鳥助けて! このままだと右肩がもげそう! てかもう脱臼もしてるし――」

「僕を置いて逃げ出した報いだ。しばらくそこで間抜けな姿をさらしてろゴキブリ娘」

「な、何ですって!? 飛鳥の鬼畜! 変態! 不死! ロリコン! 同性愛者! 女装趣味!! 性別を間違えて生まれた男、その名は近衛飛鳥ァ!!」

「ちょ、誰が女装趣味だゴラァ!! あれはマリアと道が無理やりに着せた事で…………まぁ、悪くは無かったけど…………って、てめぇなんて事を言わせやがる!! いっぺん死ね!!」

「お前が死ね、このアホ毛!! 男として見てほしいならせめて男っぽくなれよ!!」

「喧嘩するほど仲が良いとはこの事を言うのか、まぁ貴様等に限った話であるだろうがな」

 その言葉を聞いた瞬間、僕は後ろにあの教師が居た事を思い出す。

「それよりも近衛、そろそろこっちを向いたらどうだ? いい加減、先生の言葉を無視し続けるのはどうかと思うのだが?」

 確かに正論、だけど本能的な恐怖で後ろを見ることが出来なくなっている僕にとってはそれはかなりきつい事だ。ギャップが凄いのだから。とは言え、流石にそろそろ振り向かなくちゃいけない。このままだと補習室とかに連れて行かれそうになるかもだし。

 覚悟を決めて後ろを振り向く、そこに居たのはちょっと特殊な形状の帽子を被っている女の子みたいな容姿をして、スーツを着た男の子が立っていた。

「ようやくこっちを向いたか………で、何を騒いでいたのだ?」

 そんな男の娘と呼んでも過言ではない少年の口から出たのはさっきの暑苦しいと呼んでも過言ではない、そんなマッチョマンの声音が飛び出て来たのだ。

 それのギャップがあまりにも凄すぎて「ぶふぅっ!?」と噴出してしまった。そしてそれはこのクラスに今いる全員に当て嵌まった。皆が皆、口元を押さえて静かに笑う。ちなみに礼は窓の外で未だに騒いでいる上、壱拾月先生の事を心の底から恐れている為笑う事はないだろう。

「どうした近衛、いったい何がおかしい?」

 なのにこの先生はその事を知らない、気付こうとしない。これにはあの外道と呼ばれたクオでさえこれは本人には言えない事なんだ。

 でも一体何があったらここまで成長しないんだろう………壱拾月先生って今年で四十七歳なんだよな? それにしては本当に成長していないんだけど、もしかして不老不死なのか?

「まぁいい………それよりもお前等二人にはこれから職員室に来てもらうぞ。説教したい事も沢山あるしな」

「いやぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

「キャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 壱拾月先生の説教、それは僕らに対し絶対的な攻撃力を発揮する。それがたとえ無生物であったとしても、人類に対して絶対的な戦闘能力を持っている存在でも、クトゥルフ神話の邪神であったとしても勝利を収めるだろう。

 それくらい酷いんだよこの少年(偽)は。

「でわ、逝くとしようか」

「ちょ、先生何か言葉が間違っていませんでしたか!?」

「べつになんも間違っていないぞ。そうやって時間稼ぎをするのもいい加減にしたらどうなんだ?」

「だからちが―――――ギャァァアアアアアアアアアアア!!」

「右腕が物凄い勢いで引っ張られるぅううううう!! 今なら全関節を外したパンチが出来そう!!」

 こんな状況なのにそんな事が言えるお前が羨ましいィ!! って、ちょ………ギャァー!!


 そんなこんなで僕達は職員室に連れて行かれて、気が付いたら保健室のベッドの上に眠っていた。

 本当、何が起こったって言うんだろうか?


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