短編 霊狐といなり寿司
新シリーズ公開に伴って、[短編]という形での更新となりました。ちびちびと更新できればと思っています。どうぞ[居候狐]と[天使は悪魔にキスをする!!]をよろしくお願いします。
「ちょっとー!ジン君もこっち手伝ってよ!
早くしないと、また燈輔さんから怒られちゃうよ。」
未は世話しなく、手を動かしている。
「あの人、手伝いサボって何してんだろ。
」
陣は熱湯の中から、パックになっている油揚げを取り出す。
「だいたい、“霊狐は雛祭りの日、いなり寿司を食わないと毛が抜け落ちる”って本当なのか。
明らかに燈輔さんの欲望出ているだろ」
パックから取り出した油揚げをキュッと絞って酢飯を詰める。
「けど、沙希がハゲちゃったら嫌でしょ?
たまにはいいじゃない。
あの居候娘も起きてこないことだし…」
しかし、何故か陣の寝室のドアが開き、その居候娘が出てきた。
「残念でした!隣人(女)に愚痴られる気はありません♪」
「だったら、作るの手伝ってね。
半分はあんたのためなんだから!」
未琴は手際よく、いなり寿司を仕上げていく。
「沙希、霊狐っていなり寿司を食べないと、毛が抜け落ちるって本当?」
陣は燈輔のことを聞いてみることにした。
「毛が抜け落ちるのー!知らなかった....
だから、クソ親父はあんなに大量のいなりを……(笑)」
沙希は笑いを堪えきれず、
腹を抱えて笑い出した。
「ねぇ〜ジン。イクラと鮭は?
いなり寿司だし、あるよね!?」
「いや、そんなもん入れといたら、どっかの狐に食われるから。」
ナイナイ、陣は作業に戻ってしまう。
「沙希、一般的家庭のいなり寿司に、イクラなんて入らないから。
どうしても食べたいなら、ジン君の家から出てってね♪」
「そう、そう
未琴にわざわざ、ワタシ達の家に来てもらわなくても、
ジンと二人っきりで何とかできるから♪」
いつの間に着替えたのか、沙希はエプロン姿である。
「だいたい、人間なんかに美味しいいなり寿司が出来るはずないじゃん!!」
「何をー!
勝負よ。どっちがジン君好みのいなり寿司を作れるか!」
とうとう、二人が喧嘩もとい生産体制をとってしまった。
男の陣がここから追い出されるのも時間の問題だった。
『ピンポーン』
誰か来たようだ。
「はい、どちら様〜。
あ、清!久し振り」
玄関先に立っていたのは燈輔の妹、清だった。
「お久しぶりです、ジン様。
年明けの茶会以来ですね。
今日、兄さんの我が儘につきあわせちゃったみたいで、何かすみません」
「いや〜、未琴と沙希ががんばちゃっているから、特に問題ないよ!
ところで、いなり寿司を食べないと、ハゲるとか抜けるとか………」
「あ、あれ信じてらしたんですか!?
ふふふ♪なんか、悪いことしちゃいましたね(笑)
あれはウソです♪」
清は着物姿でうずくまると笑い始めた。
「あれは兄さんが、いなり寿司を沢山食べたいからついた嘘ですよ♪
事実、私はいなり寿司が不得手で、これ、持ってきました!」
清は大きめな包みを陣に渡した。
「お!散らし寿司かぁ!
最近食べてなかったんたよな♪」
包みを開けると、魚介類をふんだんに使った散らし寿司が入っていた。
「清、上がってくれ!
燈輔さんが来れば、食べ始めるから」
「恐れ入ります。」
清はちゃっかり、上座に座った
「出来たよ、ジン君!
わたしの愛情が詰まったいなり寿司を♪」
「ジン、食べて!
いなり寿司の希望と可能性を見事にコラボしてみたの!!」
うわー、とうとうやっちゃいましたよ。この狐.....
「正直に言うてみ、あんさん何を入れたん。」
陣の口調が可笑しいのはさておき、沙希の創作料理は時代の最先端を追い越してる。
彼女はとんこつラーメンに牛乳をいれ、クラムチャウダーのようだと完食したし、
他にも、半チャーと半うどんという新たなセットを編み出した。
「これなんてどう!胡麻ドレなり寿司。
意外に高いいなり寿司のカロリーを抑え、新たに酸味を加えてみました♪」
一見、普通のいなり寿司だったが、そこに胡麻ドレッシングを沙希はかけた。
「い、頂きます.....」
陣は未知のいなり寿司を口に運んだ。
「どう!ジンの評価は……」
いや、不味いでしょうとばかりに未琴は顔を歪めたが、
陣は意外にも......
「不味くはない…、ごま油の風味がなかなかいいかも!」
「でしょー!試食はしてないけど、絶対合うに決まってんじゃん!!」
沙希は自慢げにそんなに大きくない胸をはった。
「じ、じゃあ〜私のいなり寿司食べなさいよ!
一般常識ってものを思い出させてあげるわ!!」
未琴は一般常識的ないなり寿司を陣に差し出した。
「ん〜、何か微妙。
沙希のいなり寿司がさっぱり系だったから、味が濃…ふべらっ!!」
未琴が陣の左側頭部を膝でかちあげた。
「ジン君?もう一度よく噛みしめて考えて、チャンスをあげるから!」
いや、感想にチャンスもないでしょ。
と、ツッコミ返そうとした陣だったが、未琴のすごい剣幕に押されている。
「へたれ...」
清がぼそりと確実に聞こえる声で呟いた。
「ウルサい!清、ちらし寿司でも食べよ!
俺、清の料理がたべたいなぁ〜」
陣の猫なで声に、清の理性と遠慮というものを消し去った。
「ジンさま、私のことをそんな風に想って頂けたと.....
さぁ、ジンさま、私のところへ。」
清は物腰柔らかに話しているが、実際は.....
「清!何で、俺に乗ってんの!
流石に読者含めた、たくさんの皆さん前で何やってんだ!」つまり、陣は清に馬乗りにされてますね。ハイ
「ついでに私もいるのだがな。
最近、私のキャラがカマ風になっているんだが、
どう思う陣。」
いつの間にか、
きていた燈輔がいなり寿司をほうばりながら、自分のキャラについて語る。
「どうでも良いじゃないですか!今、アナタの妹に襲われいるんですよ。」
「何言っているんです?
私はフレンチキスで、ちらし寿司を食べて頂こうとしているだけですから♪」
「フレンチキスって、触れるだけって思われがちだけど、
実際、濃厚なキスのことを指しているらしいな。」
ここで、燈輔の無意味な雑学が炸裂した
「気づきませんでした、ジンさまはちらし寿司より、清の唇を......」
清は顔を真っ赤にして俯き、
震える声でその恥ずかしいセリフを言い、
下にいる陣に覆い被さった。
「ジン君は渡さない!」
未琴は陣の足を持つとそのまま、下に向けて引っ張った。
「のぉおおおおお!!」
現実、そんなうまくいくわけなくTシャツが捲れ、
陣の背中にダイレクトに床とこすれた。
清から離れた陣だったが、背中に駆け巡る激痛にのたうち回っていた。
「ジン、大丈夫?」
沙希が駆けつけたのが、また不運だった。
「きゃっ!?」
沙希の素早い動きにテーブルが邪魔だったらしい。
陣の太ももに沙希のかかとがダイレクトに踏み潰した。
「ぎゃあああああ!?」
陣の悲鳴は生きている人間のものじゃなかったと語る燈輔氏。
「陣叫ぶ、
痛み忘るるは
何処かな。」
字余りと、燈輔はしみじみといなり寿司を噛み締める。
「一服してないで、燈輔さん!
早く助けて下さいー!!」
そこには妖怪二匹と人間に追い詰められ、ガタガタ震えるジン君。
「良い人生じゃないか。」
燈輔はやつれる陣を肴に、いなり寿司を鱈腹食ったとさ。
おしまい......。
5月の国家試験を受けて以来の更新となります。 作者は何とか受かりました(祝!!)