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一分一秒を争う現場のお話。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 作戦に抜かりはありません。

 現在テーブルの下で丸まっている黒猫はどこからどう見てもミミです。

 三十匹からなる黒猫を二人で方々から掻き集め、そこから厳正なオーディションを第五次まで重ねて、選びに選んだミミ中のミミです。

 何なら本物よりもミミらしいかも知れません。 


「あれー? かわいい猫さんだね。どこの子かな?」


 ご主人様は私への返事より先に、開扉一番、開口一番、そう仰いました。

 ……一秒たりともごまかせませんでした。

 私は自分の声が震えないように気を付けながら、それとなく確認を取ります。


「でも、あれですよね。ミミにちょっと似てますよね?」


 ははは。とご主人様が笑います。


「全然似てないよー。それにこの子は男の子だよ」と。


 まさかの失態! いや、むしろひっくり返さずして雌雄を見分けられるほどにご主人様に猫スキルがあったとは……抜かりに抜かりました。


「で?」


「へ?」


「ミミは?」


 これくらいの危機に陥ることは予想してはおりましたが、あまりにも早い! まだ扉を開けてから二分と経っていません。


「ア、アイタナさんが、二階で一緒に遊んでいるみたいですよ?」


 私は不自然にこの場にいないもうひとりの名前をあげます。


「へえー、もう仲良しになったんだね。やっぱり猫同士だね」


「そうですね」


 なんて曖昧な返事で交わすも、ご主人様はその足で階段を登ろうとします。


「ど、どちらへ?」


「どちらって二階だけど?」


「ど、どうしてまた?」


「あ、あいにゃんとミミが仲良くしてるところみたいもん」


「ああ、でももう寝てるかも知れませんし」


「じゃあ、なおさら寝顔を見なくっちゃ」


「わ、私の寝顔を見ませんか?」


「ふーちゃん、起きてるじゃない」


「寝ます! 今ここで!! 三秒、いや二秒で、ぐぅ~……」


「僕はこの状況を一体どうしたらいいの?」 


「あくまでこれは寝言ですけど、先に湯浴みに行かれてはいかがでしょう? ぐぅ~」


「うん。あとでね」


 そう言って階段をぎしぎしいわしながら二階へと進むご主人様。

 もうこうなっては手段も理屈も道理も選んでいられません。

 私は背中からご主人様にぎゅっと抱きつきます。


「ご主人様!」


「ちょ、ちょっと! ふーちゃん、当たってるよ! 何か当たってるから!!」


 当ててますから。


「今日はフランシスカを先にかわいがってくださいまし」


「まし?」


 しまってしまいました! 不自然な語尾になりました!!


「ま、まし、ましゅまろおっぱい……」


 全然らしくないこと言っちゃいました! やっちゃいました!!


「ねえ、ふーちゃん。僕に何か隠し事してない?」


「しません。してません」


 死にたくありません。


「今、素直に白状したら許してあげるけど?」


 許してくれるわけがない。

 愛猫のはらわたをぶちまけましたなんて白状して許してくれる人間なんて世界中探したっていません。


 ご主人様は十一歳の幼い身体で私を引きずりながら、そのまま残り数段となった階段を登り切ります。


「アイタナさん!」


 私はご主人様の部屋の向かいにある扉に向かって、精一杯の祈りを込めて声をあげます。


「にゃ、にゃにゃにゃ! ふにゃふるしすー!!」


 部屋の中からは完全にパニクった声が返ってきます。

 そしていよいよご主人が扉を手にしたそのタイミングで私は目を瞑ります。

 生まれて初めて神様というものにお願いしました。

 間に合わなかったらブッコロスと。


 にゃーん。


 それはあざとい雑音混じりの作りものの声ではなく、正真正銘の猫、ミミの声でした。

 

「ミミ」


 ご主人様がそう呼ぶと、ミミはその足の間で八の字を描くようにして身体を擦りつけます。

 部屋の奥では魂が抜けきったように放心しているアイタナさん、そしてその脇には裁縫箱。


「ささ、ご主人様。もうよろしいでしょう? 湯浴みに行きましょう」


「うん……ねえ、何隠してたの?」


「な、何も隠してませんよ! フランシスカはいつだって身も心も素っ裸ですよ! そうだ、汗かいたので私今から素っ裸になります! どうぞご覧ください!!」


 そう言ってブラウスのボタンを引きちぎる勢いで急いではずすと、ご主人様は「わわわ……」と慌てて部屋を飛び出して行きました。


 扉がバタンと閉まるのと、ミミの臓物がドシャッとこぼれるのはほぼ同時でした。


「全然時間稼げてにゃいじゃにゃいか!」


「仕方ないじゃないですか! 偽ミミの正体を一瞬で見破られたのですから!!」


 私達は罵り合いながら、ミミの身体に再び中身を詰め込みます。

 

 何がどうなったのかと申しますと、アイタナさんの同種の血では回復はできても蘇生できなかったものの、私の人狼の血を使えば蘇生させることができました。

 しかし、潰れてしまった中のモノまでは修復することはできず、言うなれば半生、ゾンビ猫としてミミは復活を遂げたのです。

 そして、その血の配分や縫合作業などですったもんだした結果今に至るというわけなのです。

 そしてそして、今日から私達の日課にミミの朝ごはんに自分たちの血液を混ぜるということが加わったのです。


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