89 今の世の中肉食系!
よろしくおねがいします。
「さぁ!全員そろったのでさっそく食べに行きましょう!あ、間違えた。会場に行きましょう!」
「あはは。まだまだ暑いのに、柳原さんは元気だねぇ」
「ええ、それがあたしの良さですから!」
なんか今、パァンッて視界が弾けた気がした。もやもやしていた靄が晴れていく感覚がする。
「椿、大好き!!」
「え、なに急に?」
今更だけど、あたしってば椿の明るさにかなり助けられて来たんだなぁ。
いきなり抱きつかれてクエスチョンマークが乱舞する椿をよそに、さらに力を込めて抱きついた。
「見ろ、彰吾。あれが百合ってやつだ」
「ゆりってなに、奏君」
「奏、アンタそれ以上よけいなこと言うとあたしの拳が落ちるわよ……」
そんなやり取りを横目で見つつ、先輩たちを見ると不思議そうに年少二人を見ている。なんだ、侑吾君も二宮君も二人が一緒なの伝えてなかったのか。
百合発言に硬直していた兄二人はハッと我に返り、先輩方に弟を紹介していた。
奏君は四ツ谷先輩にぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、「なにすんだ、この寝癖やろー!!」と悪態を吐いている。それに焦った二宮君が普段じゃ考えられないくらいの素早さを発揮して、奏君の口を手で塞いで回収していた。
花火を見るのはちょっと離れた公園。大昔はお城だったらしく、見晴らしが良い。でも、花火大会の会場からは離れているからなのか、あまり人は来ない穴場スポットになっていた。
道中屋台で食べ物を買い込んで、公園に向かおうとしていたんだけど……。
「花楓!あれなに!?」
「兄ちゃん!あっち、あっち行こう!!」
「たこ焼き!焼きそば!クレープ~!!ヤバい、ひゃっほう!行くわよ、ちびっこ!」
とまぁ、年少二人組+椿がはしゃいじゃって……。付き合って走り回るお兄ちゃん達は大変だ。「椿!アンタ、奏と同レベルになってどうするの!!」と美穂に怒られても気にしない椿は、ガキ大将よろしく子分を引き連れてたこ焼き屋の屋台に突進して行った。あれがホントの肉食系女子。
残されたのはあたしと先輩方。
「え~っと。ああなった椿は止まらないので、侑吾君に時間になったら公園に来るようにメールしておきます」
すでに人ごみに紛れて姿は見えないけれど、しょうがない。付き合いの長い美穂ですら止められないのだから、半年ほどのルームメイトのあたしにどうこう出来るはずないでしょう?
メールを打ち終わり、気が付けば一条先輩が傍らに立っていた。
「あれ、二人はどうしたんですか?」
「海と五嶋は適当に見てくると言って行ってしまった」
これは、あれだな。四ツ谷先輩が一条先輩とあたしを二人きりにしようと画策した結果だな。間違いない。
しょうがない。ここで突っ立っているわけにもいかないし、ここは乗ってあげましょう。不本意ですけれども。
「せっかく来たんですしあたし達も見て回りましょう。五嶋先輩が付いていますし、二人は大丈夫ですよ」
「そうだな。祭りと言うものを初めて間近で見たが、こんなにも高揚するものだとは思わなかった。桜川の浴衣姿も見ることができたし、良いものだな」
「花火大会は五嶋先輩のお誘いで、浴衣は四ツ谷先輩のリクエストですけどね」
「……そうだったな。まぁいい。次の機会に期待しよう」
え、何を期待するの?菜子、分かんない。
嘘です。ちょっと予想は付いています。嫌だ~。なんなんだろう、この真綿で首を絞められるようなこの感じは。何であたしが望んでないのにみんな好き勝手動くの?相手の気持ちは無視ですか?そうですか。
良いでしょう。受けて立ちますよ。前世をちょっと受け入れたあたしに怖いものなどないのだ!
かかってこいや!!
と、思ったのは遠い過去……。本当は10分くらい前のことです。現在、あたしは一条先輩と手を繋いで歩いております。
だってね!この人、目を離すとすぐ迷子になるんだもん。人だかりを見つけるとそこに突撃をかけ、待てという制止も聞かず、挙句の果てにはあたしに向かって「迷子になるな」ときたもんだ……。
はぁっ!?それをあなたが言う!?
と、言うわけで、ちょっとキレました。なので笑顔でにこやかに「離れないように手を繋ぎましょう」って言ったら喜んで繋いでくれました。
よし!これでよけいな手間が省けたわ。一々恥を捨てて「せんぱーいっ。こっちですー!」なんて叫ばなくて良くなった。
公園に着くとすでにみんな居て、あたし達が最後だったようだ。繋いでいる手を見て気に入らないといった感情を隠すでもなく見せる五嶋先輩に対し、四ツ谷先輩は一瞬視線をこちらに寄越しただけ。
「仲良く手を繋いで登場とは、僕に見せつけたいの?」
その言葉にカチンと来た。
人がどんな苦労をしてここまで来たと思ってるのよ!あたしは一条先輩の保護者じゃないの!後輩なの!
そんなに気に入らないのなら、一条先輩に言ってほしい。「その世間知らずをどうにかしろ」って!
爆発しそうになる怒りを腹のうちに収め、ふぅ~と長い息を吐く。そうでもしないと、思っていることが言葉として出てしまいそう。
それは誰のためにもならないし、自分に良くない。誰かを傷つけてしまいかねない言葉は口に出すべきではない。
「え、怒った?ごめん、からかったとかそういうのじゃないんだ。ちょっと嫉妬しただけだよ。だから無視するのだけはやめて。謝るから」
無言で顔を背けたあたしに、五嶋先輩は本気で焦っているようだった。
「これあげるから機嫌直して、ね?君に嫌われるのは耐えられない」
ずいっとリンゴ飴を差し出してきた。しかし、機嫌を取るための手段が食べ物って……。椿じゃないんだから。いや、それは椿に失礼か。
何度も謝罪するその姿に折れ、差し出されたリンゴ飴を受け取ると、ようやく安堵していた。
受け取るあたしもあたしだわ。でも、これで機嫌が治ったと思わないでよね。と、鋭い視線を向ければ柔らかな笑顔で見つめられた。
なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。これって客観的に見たらただの痴話喧嘩?は、恥ずかしい!!
あほらしくなったあたしの体から、急激に力が抜けていく。もういいや、どうでも……。
「ほら、行きましょう。もう始まっちゃいますよ」
促して先を行く後を追うように、小走りで着いてくる。どうやら五嶋先輩は好意を持った相手に嫌われることが怖いようだ。それは前世のあたしとは違って、単純に経験の差だろう。初恋とか言っていたし。
花火が始まった。そこかしこから歓声と感嘆の息が漏れる。見上げる先には夜空に咲く大輪の花。
ふと視線を感じ、そちらを見れば、四ツ谷先輩と目が合った。合流してから全く目を合わせなかった先輩が何故?そう意志を込めて見返すと、先輩は何も言わず花火ではなく、あたしを見つめ続けた。
花火の音も、人の喧騒も耳に入らない。静寂が支配する。
だが、終わりは唐突に。椿がいきなり肩を組んできた。
「たっまや~~!」
……ご機嫌である。ちらりと四ツ谷先輩を見るが、視線すでに花火に向いていた。
消化しきれない、ぐちゃぐちゃになった感情が胸の内を渦巻いた。
次回もよろしくお願いします。