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88 馬子にも衣装

よろしくお願いします。

家の前で一旦別れ、準備に取り掛かった。出かける前に入れて出たエアコンのおかげで部屋は天国だ。

まずは汗を洗い流すため、お風呂に案内しようと荷物を置いている二人を振り返ってみれば、部屋の中を興味深げに見渡していた。

なんかちょっと気恥ずかしい。


「これが菜子の部屋かぁ。寮じゃあたしに遠慮して物を置かないのかと思っていたけど、違うんだね。凄くシンプルだ」

「そうだねぇ。ぬいぐるみとか、可愛らしい小物があると思ったけど無いね。あ、でもカーテンとベッドは可愛い」

「片付け易くするために物はあまり置いてないんだよ。カーテンとベッドは……、お母さんの趣味です……」


へ~と相槌を打つ二人の背中を押してお風呂に案内した。これ以上見られる訳にはいかない。何故ならば、クローゼットには肥やしとなっているお母さんの趣味丸出しの洋服が掛かっているから。

あんな少女趣味で乙女チックな服、あたしには着こなせません。ひらひらでふわふわできらきらで……。本当に無理。あ、考えただけで立ちくらみが……。

カーテンとベッドは妥協に妥協を重ねて、可愛らしくも落ち着いたものをお願いした。それでも美穂が一目見て可愛いと思うほどにはメルヘンチックで、天蓋付きベッドが良いというお母さんを、涙ながらに説得したのは懐かしい思い出だ……。


お風呂の一番手は椿。美穂は着付けがあるから最後に入ることになった。冷えた部屋で冷たい麦茶を飲んでいると、お隣の三橋家から笑い声が届く。


「……ちっ。奏のやつ調子に乗りやがって」

「み~ほ。ブラックになってるよ」


見えないはずの奏君に向かって舌打ちをする美穂。「あらいやだ。おほほ」と手で口元を隠した。


「でも知らなかった。美穂と二宮君も幼馴染だったんだね」

「なちと三橋君みたいな仲じゃないけどねぇ。迷惑極まりないよ。まぁ、花楓ちゃんも最近は丸くなって話しやすくなって付き合いやすくはなったかな」


「親の期待に応えるつもりは全くないけどね」と強めの拒否は忘れずにしている。

それにしても……。


「ちょっと~。なに、その顔」

「え、出てた?ごめん。だって美穂が二宮君のこと、花楓ちゃんて呼んでたんだなぁと思ったらにやけちゃった」


指摘するとガーンとのけ反った。そんなにショックだったのだろうか。

美穂は照れ隠しのようにコホンと小さく咳払いをした。


「小さいころはお互いにちゃん付けで呼んでたんだ。小学生の高学年辺りからだったかぁな、いきなり「僕を呼ぶときは名字で呼んでくれ」って」


その時のことを再現するように、掛けていないメガネのブリッジを中指で触る振りをした。あまりにも二宮君らしいセリフにぷっと笑いが漏れる。光景が目に浮かぶようだ。


「ショックだった?」


こんなこと訊かれると思わなかったのか、ちょっと目を見開き、う~んと呻った。


「分からない……。親が仲良くても、お互いが同じように仲良しなわけじゃなかったし。でも……うん、やっぱりちょっとはショックだったのかも。一人だけ大人に向かって行っちゃったような気がしたんだよねぇ。今は理解できるけど、当時は幼かったから」


そうだよねぇ、その年の頃って思春期に入るくらいだもん。周りの同性にからかわれたりしたのかも。そう考えると、侑吾君は変わらないなぁ。幼いころの不要な騎士道貫いてるもんなぁ。同級生にからかわれたことはもちろんあったけど、あの性格だから「なにが可笑しいんだ?」って逆に問い詰めてたもんなぁ。相手は引いてたよ、たしか。

微笑ましく聞いていたら美穂が「なち達は……、やっぱりいいや」と言うのをやめてしまった。


「なに?途中でやめると気になるよ」

「どうだったの~って聞こうとしたけど、馬鹿らしくてやめた。三橋君の性格からして過保護が変わるわけないもんねぇ」


あははと乾いた笑いが出た。そうよね、あの子、分かりやすい性格してるもんね。この夏休み中のメールのやり取りを見せたら「どこのお父さんだ!」って突っ込みもらうこと間違いなしだと思うな。


「あ、一つだけ訊いていい?」


訊かれてうんと頷く。訊かれて困ることは特にないから。


「もし、三橋君に付き合ってほしいって告われたらどうする?」

「断るよ。同じ気持ちの想いを返せないのに応えることの方が失礼だもん」

「想いが向くまで待つ、って言われても?」

「断るね。好きになる保証が無いのに待っていてなんて言えないよ。あたしさ、侑吾君には幸せになってほしいんだ。三歳からず~っと一緒で誰よりも近くで見てきた幼馴染から言わせてもらうと、あたしが居るから他の子を見ることが出来なくなったんだと思う。自惚れとかじゃなくてね」

「ふ~ん。そういうものなの?当たり前だけど幼馴染って言っても色々な関係があるんだね~」


美穂に二宮君に付き合って欲しいって言われたらどうする?と聞いたら、恐ろしいこと訊かないで!と怒られた。

そんなに真剣に怒ることないのに……。


お風呂から出た椿と変わるように今度はあたしが汗を流しに行く。戻ってくると綺麗に着付けを終えた椿が姿見の前に立っていた。思わずほぅっとため息が出る。相変わらず綺麗だ。なんとなく自分の体を見た……。うん、未来に期待しよう。

美穂に着付けをしてもらって、終わると椿が髪を結ってくれた。だいぶ伸びたとはいえ、以前に比べると短い。それでも椿は綺麗に纏め、結い上げる。


「凄い。椿って器用なんだね」


姿見の前に椅子を持ってきて座り、髪を結ってもらう。終わると手鏡を背後で持って合わせ鏡にして全体を見せてくれた。

ただの大食いじゃなかった。器用な大食いだった。

「いや~照れるなぁ」とへにゃりとを顔を崩す。


「というか、菜子が不器用過ぎ。長い時も纏めるだけだったよね。せっかく綺麗な髪なのに勿体ないってずっと思ってたんだ」

「う゛。だって面倒なんだもん」


髪をいじる時間があったら一分一秒でも長く寝ていたい。そう思うのはいけないことでしょうか?

自分はこの栗色のゆるふわ髪で満足しちゃっているので、あまりいじりたくないというのも理由。

椿は髪型をどうするのかと訊くと、短いのでアレンジは出来ないらしい。でも、その短い髪が逆に色っぽい。

美穂の用意も終わり、時間になったので侑吾君に電話をして家の前で合流した。



「ふ~ん。あれだな、馬子にも衣装と言うやつだな」


見るなり偉そうに言った奏君に、美穂の拳骨が投下された。「生意気言ってんじゃないわよ、このガキ!」「そう言う美穂がガキだろう」「なんですって~!!」とぎゃいぎゃい騒ぐ二人を残し、あたしたちは歩き出す。後ろを見れば言い争いながら器用に着いてくる美穂と奏君。電柱も華麗に避けるのはもはや神業。


「放って置いていい。いつものことだ」

「そうそう。いつものことなのだ~!」


二宮君が言うのは理解できるとして、椿は知らないよね。さっきから侑吾君と屋台の話ばかりしてるし、心はすでにお祭りに一色じゃないですか。

花火大会の会場に着くと時間前にもかかわらず、多くの人で賑わっていた。さまざまな屋台も立ち並び、年少二人と侑吾君、椿はさっそくどこから回るかと相談している。


「六時に待ち合わせだったよね。人も多いから時間に余裕を持ってもう行こうか」

「そうだな。あのはらぐ……、じゃない。遅れたら五嶋先輩に何を言われるか分からないからな」


今、腹黒って言おうとしたよね。あ~良かった。そう思っているのはあたしだけじゃなかった。でも確かに、こんな時に待ち合わせ時間に遅れたら、あの真っ黒い笑顔でお出迎えされちゃうわけだ。

うん、それは全力で回避の方向で。始まる前から凍りつきたくはないです。

待ち合わせは近くの小学校。お祭りがあるときには校庭に落し物や迷子の案内所のブースが作られている。ちなみにあたしと侑吾君の母校。彰君に至っては現在通っている学校でもある。


「さて、どこに居るかな」


あの人たちのことだから、待ち合わせ時間前に来ているはず。キョロキョロ探していると、人だかりを発見。

……居た。若い女性達が遠巻きに見ている。まるで獲物を狙う野生動物だ。いまの世の中は肉食女子が多いって言うからなぁ。しかし、あの中に行くのかぁ……。

躊躇していると、二宮君が携帯を取り出した。


「どうしたの?」

「こちらに来てもらった方が早い」


言うなり場所の変更を伝えていた。

ふぉー!頭良い!……いや、考え付かなかったあたしがダメなのか。

人通りの少ない場所に移動すると、遅れて先輩たちが来た。


「ごめん、撒くのに手間取っちゃった。学園の女生徒なら笑いかければ追ってこないけど、さすがに外だとダメだね」


たぶん、笑いかけて追ってこない女生徒は貴方が怖いからですよ。その黒い笑顔が。しつこくしようものなら、何倍もの棘を持った言葉で攻撃されるって学習したんでしょうよ。


「お、ちゃんと浴衣着て来たな」

「ええ、ご注文通りです。四ツ谷先輩どうですか、あたしたちの浴衣姿は?」


本当は四ツ谷先輩と会う前緊張していた。「そのために高天に菜子を会わせた」この“そのため”とはどう考えても恋愛的な意味だろう。その時のことを思い出すだけで、また心臓がギュッとなる。


「まぁ良いんじゃないか。高天はどう思う?」


そう言って一条先輩をあたしの前に誘導している。

……やっぱりおかしい。四ツ谷先輩が浴衣を着ろって言ったのに何もないなんて。それにまたはぐらかされた。それはあたしのことをどうも思っていなくて、一条先輩とくっ付けようとしているということなんだろうか。

ああ、なんか泣きそう。こんなことにショックを受けている自分が馬鹿みたいだ。

ん?なんであたしショック受けてるの?


「3人とも良く似合っている。桜川はピンクの桜柄なんだな……」


一条先輩は嬉しそうに眼を細めた。先輩があたしに対してイメージしている色と同じ色を着用していたからだろうなぁ。

嬉しそうな顔を見ても心が晴れない。なぜか心はもやもやしていた。


次回もよろしくお願いします。

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