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87 あんた花楓の彼女?

よろしくお願いします。

今日も朝から暑くて、見た夢のこともあって少しぼうっとしてしまった。朝食を作る手が何度も止まる。そして何度も思い返す。

夢の内容、シュラの言葉。久しぶりに会ったシュラの声は、どこか緊張したような声色だった。


「死ぬよりも辛いこと……」


なにより引っかかるのはそのこと。それがどんなことなのかは分からない。でも、シュラは言っていた。あたしなら絶対大丈夫だって。

それなら何が起こって自分を信じよう。きっと大丈夫だ。だからシュラはそう言ったのだろうから。


午後になり、椿と美穂を迎える準備をする。時間になったので侑吾君と一緒に駅まで迎えに行った。二宮君も同じ電車で来るらしい。そのことをどこで聞きつけたのか、彰君も一緒に行きたいと言い出した。曰く「僕だって兄ちゃんの友達お迎えしたい!」だそう。

めっちゃ可愛い。当たり前だけれど、侑吾君の許可をもらう前に二つ返事でOKした。


駅に着くとすでに3人は居て……。ん?おかしいなと目を何度も擦る。なぜならそこには小さな人影が1つ在ったから。

隣を歩く侑吾君を肘で突いた。


「ねぇ、なんか増えてない?」

「あ、悪い。言うの忘れてた。あの子は二宮の従弟で、今日どうしても一緒に行くって聞かなかったらしくて、連れて行って良いかって連絡が来たんだ」

「へ~、従弟かぁ。彰君と同じくらいの年齢かな?年上ばかりの中に居ることになるから、ちょうど良いかもね」


それがちょっと気がかりだったんだ。彰君と二宮君の従弟、良い友達になれるといいな。

彰君を見ると、初めて会う人たちを前に緊張しているのかと思いきや、好奇心旺盛に目を輝かせて待ち人達を見ていた。

こちらに気付いた椿が大きく手を振っている。彰君も真似をして手を振っていた。


「菜子、久しぶり!」


言うなり勢いよく抱きついてくる椿。ナイスバディに抱きしめられて悪い気はしない。

柔らかな胸と引き締まったウエストは当分、同室のあたしのものだ。変な男になんか渡すものか!椿によって来る男どもは密かに篩にかけて選定してやる!

毎日一緒に居たからか、数日離れていただけでも懐かしさが自然と込み上げてきた。椿も同じ気持ちなのだろうか。そうだったら嬉しい。


「あんたが菜子?」


聞きなれない幼い声があたしの名を呼ぶ。顔を向ければ二宮君に良く似た瞳と目が合った。「ふ~ん」と言いながら値踏みするようにあたしをみる。すると椿が背中に回していた腕を放し、ゴチン!と小さな頭に拳骨を落とした。

う、あれは痛いぞ。だけど、二宮君は自業自得とでも言いたげに頷く。美穂はそんな二宮君の後ろから窺うように顔を見せ、痛がる様子を見て声を殺して笑っていた。


「菜子さん、でしょ。まったく……。ちょっと、二宮。躾けがなってないよ」

「何度言い聞かせても直らないんだ。ちょうどいい、柳原。君に任せる」

「はぁー!?人任せなの!?」

「ぷくくっ。かなでぇ、よかったねぇ。綺麗なお姉さんが一緒に遊んでくれるってさ」


あたし達を置いて盛り上がる四人。いったい何がどうなっているのか……。美穂は“かなで”と呼んだ男の子の膨れた頬を指で突いている。


「あ~っと、二宮。そろそろ従弟を紹介してくれないか」


見かねた侑吾君が声をかけた。ナイスです。そしてハッとなる四人。すっかり忘れていましたという表情だ。


「すまない。この子は従弟の才原(さいばら)(かなで)。小学3年だ」

「お、彰吾と同じ年だな。良かったな、彰吾」

「うん!僕、三橋彰吾。よろしくね、奏君!」


なんかデジャヴ。相手が同性か異性の違いはあるけれど、侑吾君と初めて会ったときの再現を見ているようだ。

満面の笑顔で差し出された握手を求める手を、奏君は狼狽えて見ていた。

そんな奏君に対し、純粋に友達が増える喜びで一杯の彰君は首を傾げる。

すると、二宮君が奏君の背中を優しく押し、促した。おずおずと握り返された手。幼い二人は目が合うと照れたように笑った。


ヤバい。マジで可愛い。なにこの光景。超癒されるんですけど!

キュンキュンしているのはあたし一人だけど、良いじゃない。だって可愛いんだもの。

この光景が今日一日傍で見られるのかと思うと、考えただけで萌える。

四ツ谷先輩、この巡り合わせにあなたに対して一瞬の感謝を捧げます。一瞬ね、一瞬……。


あたしは少し屈んで新しく芽生えた友情を結ぶ二人の邪魔にならないように声をかけた。あたしも仲良くなりたい。そして、出来るならば萌えたい。今も充分萌えさせて頂いていますが、もっとを求めるのが人間ってものです。


「初めまして、奏君。桜川菜子です。あたしとも仲良くしてね」

「俺は彰吾の兄で侑吾だ、宜しく」


照れながら彰君と握手していた時と打って変わって、再び値踏みするような視線になった。まるで兄の彼女を値踏みする妹のようだ。

え、なんで?さっきまではあんなにほのぼのとしていたのに。


「よろしく……。菜子だっけ。あんた花楓の彼女?」

「……」


ん?空耳かな?年齢にそぐわない単語が聞こえた気がしたんだけど……。

侑吾君にも聞こえたらしく、二人そろって首を傾げ、キョロキョロと辺りを見回す。


「俺、俺が言ったの。本当に彼女なら別れてくれないかな。花楓にはもう相手が居るんだからさ」

「なっ、こら!奏!!いきなり何を言っているんだ!」

「だってお母さんたちが言ってたんだ。美穂と一緒になってくれれば良いなって」


「美穂ってこいつだろ」と慇懃無礼に美穂に対して指をさす。美穂はその指をぐっと握った。

いつになく好戦的で、笑顔なのにすごく怒っているのが分かる。


「か~な~で~……。それはお母さん達が勝手に言っていることだから、真に受けるなって耳タコになるくらい言い聞かせてきたはずよね~……」

「まったく!母さん達には頭が痛くなる……」


奏君は解放された指を擦りながら「だって~」と言い、美穂に睨まれて黙ってしまった。

う~んと。また置いて行かれているぞ。全く話が見えない。


「えーっとさ。どういう事?」


またもや侑吾君が訊いてくれた。ありがたいです。

椿は見守っているだけだったけど、事情は知っているらしく驚く様子はない。彰君にいたっては段々ヒートアップする会話に何故かわくわくしていた。


「あーっと。まず、僕の母と奏の母は一卵性の双子なんだ。だからなのか、姉妹の繋がりが強くてほとんど毎日会っている。そんな関係だから奏とは従弟と言うより、兄弟のような感じだな」


一卵性の母親と聞いて納得。初めて見たときからそっくりだなぁと思ってたんだ。でも、それと美穂の家とどう繋がるんだろう。


「真中の実家が呉服店なのは聞いているか?僕らの母親の実家は茶道の家元で、叔父が跡を継ぐことになっているが、実家に居たころは母親たちもやっていて、その縁で真中の母親と昔から仲が良いんだ」

「そういうこと。うちの父親、婿だからお店は母親が握ってるの。茶道は和服でやることが多いでしょ?御贔屓さんなんだよね。で、今でもよくうちのお店に来てくれるんだけど……」


なるほど、そう繋がるのか。幼馴染ってことだよね、あたしと侑吾君の関係に似ている気がする。

しかし……、親は仲が良いって理由だけでなぜくっ付けようとするのかねぇ……。

美穂と二宮君も同じように思っていたのか、重い溜息を吐いた。

分かる。分かるよ、その気持ち。

炎天下の中、長らく立ち話をしていたことに疲れたのか、椿が吠えた。


「あっつーーーい!!もう無理。二宮と美穂のことなんでどうでもいいじゃん!早く菜子の家に行こうよ!」


途中から会話に付いて行けなくなっていた彰君も、発端となった奏君も暑いと言い出した。

あたしも暑い。溶けてしまいそうだ。椿も訴えは良く分かる。だけど、どうでもいいと言われた二人は苛立たしげに横目で見ていた。

歩き出しても鬱憤は晴れず、美穂の小言は続く。しかし、椿はそんなのどこ吹く風。全く聞いていないどころか、侑吾君と喋りながら颯爽と歩いている。暑いと喚いていたのに、颯爽と歩く後ろ姿は凛として涼しげだ。


「まだ着いたばかりだというのに、僕はもう疲れたぞ」


前を歩く奏君に注意をしながら、二宮君がぼそりとこぼす。学校で見る姿と違う素顔は、思いのほか良いものだった。こんな風に誰かに自分のペースを乱されることは、なかなか無いのではないだろうか。

生徒会の一癖も二癖も人たちとの付き合いは慣れだが、あの人たちは分かっていて振り回すから性質が悪い。奏君は身内だから勝手が違うのだろう。親に任されてということも相まって、すでに疲労困憊といった様子だ。


「お兄ちゃんは大変だね。でも意外だった。あんなに可愛い従弟が居たなんて」

「可愛い?あれが?」

「そんな言い方しても本当は可愛いと思っているんでしょ?侑吾君もよく言うの。「彰吾は生意気だ!俺のことを兄だと思っていない、馬鹿にしてる!」って。でもね、知ってるんだ。そう言いながらしょうがないって笑って結局許しちゃうこと。だって兄弟だもん。やっぱり大切で大事なんだよ」


二宮君もでしょ?そう訊けばしぶしぶといった感じで頷いた。

彰君と楽しそうに、時に二宮君に注意されながら屈託ない笑顔で歩く奏君は、誰が見ても大事に育てられた少年にしか見えない。そこには両親はもちろんだけれど、二宮君の存在も大きいんだと思う。

兄弟が居ないあたしだからこそ分かる。確かに両親は頼りになる唯一の存在だけど、だからこそ言えないこともある。そんな時に手を差し伸べてくれる身近な存在が二宮君なのだろう。そうでなかったら今日みたいに知らない人たちの中に少年が混ざろうとは思わないんじゃないかな。

普段は寮生活で滅多に帰ってこない従弟のお兄ちゃんと、どうしても一緒に居たかったんだろう。彰君も侑吾君が実家に帰ってくるとべったりだ。


「あんなのでも僕にとっては大切な従弟だ。結局許してしまうのは家族だからだろう。三橋と同じだな」


奏君のことあんなのとか言っているけれど、照れ隠しで乱暴な呼び方しているのか丸分かりだ。学園に居る時より年相応の少年らしくて、可愛いと思ってしまった。

次回もよろしくおねがいします。

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