8 春は出会いの季節です。
中学の卒業式が終わり、入寮の準備を始めた。
春休み中に入寮手続きをするのは地方から来る学生のためらしい。確かに早めにやらないと引っ越しが間に合わないだろう。
寮への引っ越しと、家の片付けがあったので早く入寮できるのはありがたい。
両親がギリギリまで一緒に居たいと言ったので、移動は結局侑吾君と一緒に4月に入ってからになった。
まぁ、あたしは家から電車で一本。しかも一時間以内なので大きなスーツケースに圧縮袋を利用して荷物を詰め込んだ結果、手荷物と合わせて一度で済みました。
足りないものはその都度買い足していけばいいし。
「初めまして、あたし柳原椿。椿で良いよ」
「あたしは桜川菜子。よろしく」
「菜子ね、じゃ、菜子って呼ばせてもらうわ。菜子は高校入学組でしょ?あたし持ち上がりだから分からないことがあったら訊いて」
「うん、ありがとう」
寮の同室者は侑吾君と同じD組の柳原椿さんという明るい女の子でした。
椿はあたしより背が高く、170㎝はありそうでした。風を切って歩く後姿が凛々しいです。
さばさばとした性格で深く干渉してこないので楽ですね。
べったりされるのはあまり好ましくないので。
「菜子ってB組でしょ?試験の時は勉強教えてよ」
「いいよ。じゃ、買い物行きたいとき付き合って」
「良いねぇ。女の子同士で買い物か、楽しそうだ」
クラス割は試験での結果で決まり、A組が各学年の優秀者を集めたクラス。B組が次に優秀なクラスでG組が一番下になります。
あたしは何とかB組に入ることが出来て一安心です。
寮は入って右側に寮監・寮母室、多目的ルームがあり、左側に食堂がありました。右側の棟は女子寮。左側の棟は男子寮です。
食堂の利用時間は朝は6時から7時半。夜は6時から8時。
各部屋にユニットバスが付いているので、お風呂は時間を気にしなくて良さそうですね。
二人部屋なので少し狭いですが特に不自由はなく、同室者にも恵まれました。
そしていよいよ入学式。
入学・4月と言えば出会いの季節です。もちろん乙女ゲームですから出会いイベントがあります。
――『入学式当日の朝。式の前に校舎裏の桜の木の下で生徒会長と出会う』 という事はその桜の木に近付かなければいいということですね。
メイン攻略対象者はベタに生徒会メンバーです。全員白制服なので白制服を見たら片っ端から避けようと思います。
決めたとおり校舎裏には行かず、教室に付いたら担任が呼びに来るまで大人しくしていました。 入学式はというと面白みのないものでした。
実質2回目の高校生……式が飽きるのは仕方ないことですよ。
校長の話が終わると生徒代表として生徒会会長が壇上に上がり、女子生徒からはため息が漏れました。
うん、確かに見目麗しい。 あの知性的な目で情熱的に見つめられたら腰が抜けそうだ。
黒檀のように艶やかな癖毛のショートカットが色っぽい。
声は何処か冷たい感じだった。
なんだろう……。感情がこもっていないような感じ?
式が終わって教室に戻る途中。イベント場所の桜の木が見えた。
あたしが両手を回した収まらないくらい立派な幹に咲く桃色が鮮やかな満開の桜。あの木に見とれていて会長と出会うイベントです。
放課後になって「朝じゃないし、行っても大丈夫かな?」と桜の誘惑に負けて辺りを警戒しながらも校舎裏に向かった。
校舎の中にはまだ生徒が多く残っていたが、目的の場所に近付くと人の気配は消え、風の音が聞こえるほど静かになる。
学校に咲く巨木桜。人の気配がない中で咲く様は青空に映え、幻想的でした。
ゆっくりと近づき幹に触ると、太陽の温もりを纏っていて優しい空間が広がっていました。
「誰だ。……新入生か?用がないなら早く寮に帰れ」
「……げっ!」
「げ?」
振り返れば奴がいる……。
入学式で挨拶をした生徒会長の登場です。 油断していたら後ろを取られました。
思わず「げっ」と言うと、それまで無表情を貫いていた会長がさすがに怪訝な表情をしています。
「いえ、すみません失礼しました。あまりにも綺麗だったのでつい見とれてしまいました。直ぐに帰ります」
目を合わさずに踵を返し、逃げるようにその場を後にしようとすると腕を掴まれ進めなくなった。
掴んでいる手をじっと見ていると「どういう意味だ」と訊かれた。
「どういう意味、と申しますと?」
「二度言わせるな。先ほど俺を見て何やら言っただろう」
「意味など有りません。帰りますので手を放してください」
本当に意味なんてない。シナリオを無視したイベントが発生したから思わず言っただけだし。
でも会長は納得していない。未だ腕は掴まれたままだ。
しかし「二度言わせるな」とは……。彼は俺様なのでしょうか?
これ以上一緒に居たくないのだが…。
「あの、いい加減放してくれませんか」
「お前は騒がないんだな」
「は?騒ぐ?意味が分かりませんが理由もなく騒いだら可笑しな人です。あたしは奇行に走るつもりはありません」
そんなに高くないと思っていた身長は侑吾君より少し低いくらい。あたしとの差は10㎝以上あって、平均身長しかないあたしからすると長く見上げるのは首が疲れます。
思わず眉間に皺を寄せるとお気に召さなかったようで、
「なんだ、その顔は」
「これがデフォルトです」
「ふん。随分不細工な顔なんだな」
「……は?」
不細工とおっしゃった?
この乙女ゲームの主人公のあたしに?
「……そうです、不細工なんです。会長はとても見目麗しい容姿で羨ましいです。惚れぼれしますね。では、さようなら!」
腕を引き、無理やり放して帰りました。 攻略対象者が癖のある人ばかりだとは理解していましたが、これほどまでに失礼な奴だとは思いませんでした。
自分の油断を反省しつつ、不機嫌な顔で寮の部屋に帰ると椿が「プリティフェイスが般若になってる!!」と驚いていました。
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だんだん怖くなってきました(>_<)
自分はちゃんと書けているのだろうかと……。
まだまだ出会いの季節は続きます。