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82 親切は人によってはプレッシャー

自分の意志とは関係なく、お兄さんに会わせられようとしている多門先生は数分後、ぐったりして下を向き、無理やり腕を組んで引っ張って来た十字先生に「さ、行くわよ~」と腕を一緒に上げさせられ、先頭を切って歩いていく。

多門先生のお兄さんである啓一さんが経営するお店は、学園から歩いて10分も掛からない場所にある。本当に近くだ。

お店の前に来ると、多門先生は最後の悪足掻きとばかりに逃げ出そうとして十字先生に捕まった。


「お~ほほほっ。私って親切よねぇ」

「桜川さん、後生です。助けてください」


悲痛な救済の声を、笑顔で躱した。


「ここまで来たらなるようにしかならないですよ。入りましょう」


そう言うと、頭上に大きな石が降ってきたかのようにますます項垂れる。

店内に入るとお昼時だからか、若い女性で賑わっていた。中には黒白学園の制服を着ている生徒も居た。ちらりと視線を向けてくるが、直ぐに料理を口に運ぶ作業を再開し、一緒に来ている人と幸せそうに食事をしていた。

お兄さんが黒白学園の卒業生と言うこともあって、生徒手帳を提示すれば割引になるらしい。

だからかと納得し、案内に来た女性スタッフの後について席に座った。

ランチメニューを渡され、料理を注文すると店内をぐるりと見渡す。賑わっている割にはホールのスタッフはさっき案内してくれた女性と、若い男性が一人。奥の厨房にお兄さんが一人の少数経営のようだ。そう思っているとホールに居た男性が奥に入っていった。

忙しくなると両方をこなしているみたい。

飲食業って大変ねぇ。



運ばれてきた料理を見て、多門先生は静かに「いただきます」と手を合わせる。慌ててあたしも手を合わせた。


「う~ん。いつ食べても美味しいわ。そう思わない?信ちゃん」

「そう、ですね……。確かに美味しいです」


その言葉に十字先生は嬉しそうだ。

食べ終わる頃、奥から男性が出てきた。ホールに居た人かな?と思っていると、お兄さんだった。

あたしたちのテーブルに来ると、多門先生の横の空いている椅子に腰を下ろした。


「いらっしゃい、信次。味はどうかな?」

「今食べている最中です。話しかけないでください」


つっけんどんな言い方にも、お兄さんは嬉しそう。

食べ終わり、再び手を合わせる。もういいよね、とばかりにお兄さんは話しかけていた。


「信次、相変わらずチーズが好きだよね。変わってなくてよかったよ」


食べ終わったにも関わらず、口を開こうとしない。それでもめげずに話しかけるお兄さんは、確かに十字先生達の友人だと実感した。


「あ~美味しかった。さて、私たちは先に戻るから、兄弟水入らずで話しなさいな。啓ちゃん、せっかく信ちゃんを連れてきたんだから、逃がすんじゃないわよ」

「うん、ありがとう美晴(よしはる)。あ、お代は良いよ」

「何バカなこと言ってるのよ。お礼はあなた達の関係修復のほうが嬉しいわ」

「あはは、男前~。あ、良いのか。男だもんね」

「……ど突かれたくなかったらその口、閉じなさい」


急激に低くなる声色についていけなくなったので、さっさと自分の分の支払いにカウンターへ行くと、ホール担当の女性がいた。


「ありがとうございました。お口に合いましたか?」

「はい、とても美味しかったです」

「それはよかった」


優しい笑みだ。ホワンとしていて、思わずこちらまでつられて笑顔になってしまう。

学生手帳を出そうとすると、「大丈夫ですよ」そう言った。


美晴みはるさんの学校の生徒さんですよね。あの人が生徒を連れてくるって珍しいから、つい店長に聞いちゃいました。なんでも、ちんくしゃちゃん?と言うそうで……」

「……桜川と申します。その呼び名は十字先生しか使っていないので、忘れてくださって結構です」


……何をどう説明すればそうなるのか訊きたい。

成程、「安定バカ」か。納得だ。


支払いを済ませると十字先生もやって来た。女性は先生にお礼を言っている。きっとあの二人のことについてのお礼だろう。

この人がどういう関係で、どこまで知っているのか分からないけど、それは勝手に訊いて良いことじゃない気がするし、訊かなくても良いことだろう。



学園に戻ると再び保健室へ。十字先生は冷えたお茶を出してくれた。


「あの、本当に良かったんですか?多門先生を置いてきてしまって」

「良いのよ。あの兄弟には言葉を交わすことが大切だからね。啓ちゃんは今までも信ちゃんに想いを伝えてきたんだけど、意地っ張りだから、信ちゃん。全然聞こうとしなかったのよ。でも、今日は無理やりだったけどちゃんと啓ちゃんと向き合っていたから大丈夫でしょう」


「あ~、これで一つ肩の荷が下りたわぁ」そう言って背伸びをしていた。

あたしが心配したのはそのこともだけど、就業時間中なのに良いのかなぁという所だ。

……ま、いいか。あたしが気にすることじゃないし。


「う~ん。背伸びって気持ちいわぁ。と、言うことで、ちんくしゃ。信ちゃんが一緒に来ちゃったから言うタイミングが無かっただけで、あんた私に用があったんでしょう?ほら、早く言って楽になっちゃいなさいよ」


楽にって……。なんか嫌な言い方だな。確かにそうだけどさ。


「えっと、昨日のことなんですけど。四ツ谷先輩に一条先輩の為にあたしを引き合わせた、というようなことを言われたんです。それでショックを受けている自分がショックで……。いつの間にか四谷先輩や生徒会の人達のこと、信用してたんだなぁって思って」

「ふ~ん……。なるほどねぇ。つまり、四ツ谷に利用されたことにショックを受けたのね」


利用……。間違いじゃないけど、改めて言われるとやっぱり辛い。

今までのことは一条先輩の為にしていたことなのかと思うと、胸の奥がギュッと捕まれたような重い痛みが響く。

佐々木先輩から守ってくれたこともあたしのためじゃなく、一条先輩のためだったんだとか、今までの先輩と後輩との関係が偽りだったのかもしれないなんて考えてしまった。


「ちんくしゃ、今から一つ訊くけど答えたくなかったら答えなくていいわ」


先生の言葉に頷いた。考えても分からないことばかりだ。誰でもいいから縋りたい。


「四ツ谷とどういう関係になれば満足なの?」


しばらく逡巡したが、答えは出そうもない。

信頼が欲しかったのかと問われれば、そうかもしれない。友人のような砕けた関係になりたかったのかと問われれば、そうかもしれない。

考え込んで無口になったあたしを見て、十字先生は苦笑いになった。


「ま。今すぐに答えろって言っても、無理なことは分かっていたわよ」


なら、訊かないで欲しかった。おかげで益々迷走している。

十字先生はそんなあたしを尻目に過去を思い出し、遠い目になっていた。


「いいわねぇ。青春って感じがするわ」


そう言って「胸が躍る」と気分を高揚させる。


「……胸、無いくせに」


聞こえるか微妙な声量だったにも係わらず、しっかり拾った十字先生は、逆襲してきた。


「聞こえているわよ、ちんくしゃ。あ、男の私と同じくらいの胸しかないから僻んでんのね?気に病むことないわよ、これからじゃない!保証はしないけど」


最後の一言、余計だよね。

……なんだろう。イラッとする。

馬鹿にされていることは明白なのに、あまりにもいつも通りだし、言い返したら認めているみたいだし。

結局、受け流すことにした。


「はいはい、そーですね。人工的にしかたわわに実らせられない先生と違って、自力で実らせることができ可能性が残っているあたしは家庭科室に寄って帰ります。多門先生によろしくお伝えください」

「なによ、つまんない」


男なのに唇を突き出す姿は、女のあたしよりも様になっていた。

なんか悔しい。


完食したフルーツポンチの器を持って保健室を後にしたあたしは、何であんなに悩んでいたのかすっかりどうでも良くなっていた。

中身の無いくだらない会話も、時には必要みたい。




寮に帰り、五島先輩にメールを打った。

[明日、公園に行きましょう。現地集合11時でお願いします]


可愛気の無い、文字だけのメール。

ま、文章を作成した本人が可愛気を理解できないポンコツだからしょうがない。

そして直ぐに返信が届く。

[お誘いありがとう。明日で大丈夫だけど、現地集合はいただけないなぁ。駅に10時。一緒に寮から行かないところは妥協してあげる]


……先手を打たれた感が半端ない。

負けじとこちらも違う案を出したけど、妖怪口車は文章でもその力を発揮する。

見事な敗北でした。


前回、活動報告にも書かせていただきましたが、長い間休止してすみませんでした。

また宜しくお願いします。

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