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78 不器用で鈍感な彼

いつもありがとうございますm(__)m

花火大会が一週間後に迫り、椿の居ない寮部屋で一人寂しく過ごす。

廊下からは楽しそうな女生徒の声が聞こえて来るのに、部屋の中は静かだ。

……早めに帰ろうかな。そう思わずにはいられなかった。

そうと決まればやる事をやってしまわなければ。

夏休みでも生活のリズムを壊さないように、起きる時間は変えないようにしている。今は一限目が始まるくらいの時間だ。

うん、なら絶対に起きているだろう。

ずっと先延ばしにしていた一条先輩へのお願い連絡。今日しないと色々間に合わなくなる。

半ば強制的にさせられた五嶋先輩との公園デートもあるし、チケットは早めに渡さないと予定が立てられないたろうし。

夏の暑さでやる気を失い、後回しにしていたことが一気に押し寄せて来た。

これぞまさしく自業自得。……侑吾君を笑えない。



呼び出し音が数回なり、抑揚のない声が答えた。

そこには一切の感情が感じられない。初めて聞いた人間は不機嫌なのだろうかと疑ってしまうだろう。

でもそれは違い、これがこの人の通常。

あまり笑わないし、必要最低限のエネルギーで動くロボットみたいだ。


「おはようございます。今、大丈夫ですか?」

『おはよう。大丈夫だ、なにか急用か?』


用が無ければ電話しちゃダメなのかな?ま、用が無きゃ電話はしないけどね。

この人の頭の中はビジネス脳だと思う。携帯電話は用があるから電話をする、後日確認するためにメールを送る。くらいの機能しか使わないんだろうなぁ。


「お願いがありまして。以前、五嶋先輩に渡した水族館の招待券って、頂けませんか?」

『…………』

「あの、ダメでしょうか」

『…………』


無言……。今度こそ通信障害か!?

いや、違うよね。反応がないだけだよね?

電話はお互いの顔が見えないんだから、無言はNGだと思うの。これ、基本ですよね。


「一条先輩、聞こえていますか?」

『ああ。……五嶋か海と行くのか?』

「いえ、ちょっと訳ありで……」


あたしは五嶋先輩にした説明と同じことを話した。すると一条先輩は『分かった』と言ってくれた。

良かった、助かった。後はお菓子でも一緒に付けて渡せばお礼は完了。


「助かります。お二人には負担を掛けたくなかったので」

『いや、気にするな。そう言う事なら理解できる』

「あ、あと一つ。花火大会のことなんですが。話は聞いてますか?」


どうせあのお祭り騒ぎ男が伝えているだろうと思っていたけど、やっぱり四ツ谷先輩から聞いていたみたい。

当日は三人で行くそうです。だから待ち合わせ場所と時間をメールして欲しいと言われた。それは決まったら連絡すると答えると、『よろしく』と言われてなんだか申し訳ない気持ちになった。

お父さんの仕事の勉強に課題、やることはあたし以上にある一条先輩。無理をさせているのでは……。

そう思っていると、『ありがとう』そんな優しい声が聞こえて来た。


『海も俺もお祭りは幼い頃に見たきりだ。海は何度か遊んだみたいだが、俺はいつも見ているだけだった。あの場にはそぐわない気がして、いつも気後れしていた。自分は異端なのではと思って中には入れなかったんだ。だから今回、誘ってくれたことを感謝している。……ありがとう』

「……いえ。喜んでいただけたのなら嬉しいです。あの、先輩?」

『うん、何だ?』


子供の頃から自分の事を異端だと感じる人間が居るなんて……。それをいつも傍で見て、支えてきた四ツ谷先輩はどう思って過ごして来たんだろう。

だから今回、あんなに強引に行くと言ったのかもしれない。……一条先輩の為に。

変わりはじめた一条先輩に、異端ではないと気付かせたいのかな。普通の男子高校生なんだぞ、って。

自分が愚か者のように振る舞っても、それが大切な一条先輩のためになるのなら、悔しくも恥ずかしくも無いんだろうな……。

ちょっとカッコいいじゃないの、四ツ谷先輩のくせに。

なら、あたしも楽しませないとね。


「いっぱいお店見て回りましょうね。みんなで楽しみましょう!」

『そうだな、楽しもう。みんなで』


出店を見て回って、星空に打ち上がる花火をみんなで見る。一条先輩にとって、そのどれもが初めての経験だから、思い出として残るのなら楽しい思い出として記憶に残って欲しい。


「招待券のこと、ありがとうございます」

『いや、気にしなくて良い。父の会社がその水族館に出資しているんだ。だから招待券くらいだったら問題なく手に入る』


なにその上流階級的なおまけ……。羨ましいんですけど。

でも、高校生の一条先輩がなんで招待券なんて代物をホイホイ手に入れられるか分かった。

良く聞けば、それはお父さんから貰った物なんだそう。きっと、一条先輩のお父さんは友人と一緒に楽しんでほしくて渡しているんだと思う。だけど一度も利用した事が無く、余らせている。だから欲しいと言う人にはあげて、有効活用してもらっているんだって。

え~なにそれ、勿体ない。せっかくの無料チケットは使ってなんぼでしょうが!

しかし、いただけるのは嬉しいです。有難く有効活用させて頂きます。でもさ、一条先輩のお父さん的にはそれってどうなの?複雑だと思うなぁ。

だから、四ツ谷先輩と行けば宜しいのでは?そう提案すると、珍しく「……は?」と訊き返されてしまった。


「四ツ谷先輩と一緒に行けばよろしいのでは、と言いました」

『海と……。なぜ?』


なぜと来ましたか……。もしかして、五嶋先輩と同類?男同士ではお出かけしたくないお人?

なら仕方ない。一人で行ってくださいな。

一人で水族館かぁ。失礼は承知ですけど、想像だけで笑える。


『一緒に行こう、桜川』

「え?ああ、花火大会ですか。一緒に行きましょうね」

『違う、水族館だ。せっかくのチケット、使わないのは勿体ないのだろう?』


はい、そう言ったのはあたしですね。


『行ってくれたら招待券を渡そう』


……あの、あの一条先輩が五嶋先輩に毒されている!!

こんなところで取引を使うとは、侮れないわね。いつのまにかこの人まで成長しているとは。

その成長はちょっとだけ悪い方向に向かっている気がしないでもないけど。まあ、そこは良いや。

“タダより高いものは無い“だね。良いでしょう、それが対価ってもんですよ。受けてたちます!

幸いまだ朝と言って良い時間帯だ、今から出ても充分楽しめる。行くなら楽しみますよ、しかもタダだし。



ってことで、ちゃっちゃと準備して共有玄関で合流。他の先輩と一緒に居る時よりかは、若干注がれる視線が突き刺さる。

やっぱり一条先輩は別格なのかな?生徒会長で、文武両道で、上流階級のお坊ちゃまだもんねぇ。そりゃ注がれる視線も熱くなるわ。

羨望・嫉妬・愛憎……。色んな感情のオンパレード。でも、当の本人はどこ吹く風。全く気にしません。と言うか、気付いていません。

視線を注ぐ方々、残念っ!

人の感情に敏感だったら、形状記憶合金並みの人間には仕上がらない。話を聞くに、ご両親はいたって普通らしいから、元来の性格なんだろう。

どうやったらこんな人間に仕上がるのか、ゲーム補正的なヤツ?

観察するように見ていたら先輩に不審な目で見られたので、ヒロインスマイルで誤魔化しておきました。多少、訝しんでいたけど、それ以上訊いてくることは無かった。

前世では出来なかったことが出来、尚且つ通じると言うのは、あたしの内に妙な快感と、納得のいかない感情が生まれた。



五嶋先輩と一緒に電車に乗った時は気まずさとか気にならなかった。それは五嶋先輩が、あたしが気付かないよう、上手く気を使ってくれていたからだと思う。

けれど今はとても気まずいです。

一条先輩は口を開くこともなく、並んで座るあたしに視線を向けることもなく、同じ車両に乗り合わせた若い女性からの熱い視線をものともせず、ただ正面に映る景色をじっと見ていた。


沈黙の車両を降り、再びあの公園を通って水族館へとやって来ると、ありがたく先輩の持つ招待券を使い入館した。

立ち止まり、一歩下がって着いて来るあたしを胡乱気に見ている。

あたし、何か気に障るようなことしたかな?

思い当たることもないで首を傾げることしかできない。

先輩は何も言わずに再び歩き出し、館内の案内板に目を落としていた。


な~んか機嫌、悪いんだよね~。顔には出ない人なんだけど、醸し出す雰囲気って言うの?それが不機嫌ですって物語ってる。

本当は来たくなかったとか?でも、誘ったのは一条先輩じゃん。あたし、悪くないよね?


どう考えても理由が分からず、八つ当たりをされている気分になってきた。

先輩と違って顔にも態度にも出やすいあたしは不貞腐れ、振り返った先輩が思わずギョッとしてしまうような表情をしていたらしい。


「ど、どうした?不細工になっているぞ?」


そうさせているのは誰だと思っているのよ……。しかも、また不細工って言った。

忘れてないよ。入学式の後、桜の木の下で言われた「ずいぶん不細工なんだな」って台詞。

女はね、小さな事でも覚えている生き物なんだから!


「先輩が悪いんです。誘って来たのはそっちなのに、ずっと黙っているし、不機嫌だし……。あたし、何かしましたか?」


ちょっと喧嘩腰でそう言うと、驚き、謝る先輩。

謝られたって訳を話してくれなきゃ納得できないんですけど!





突然だが、先輩は目立つ。

艶やかな黒髪に整った顔立ち。どんな服でも着こなしてしまうスタイル。洗練された立ち振る舞いは、老若男女の視線を自然と集めてしまう。

そんな人が女であるあたしと揉めていたら、どう見るだろう。――答えは痴話喧嘩。

意図せず変な注目を集めてしまったあたし達に、ヒソヒソとそれぞれが想像したことを勝手に喋りあっている。

益々不細工になるあたしに慌てた先輩は腕を掴むと、外のテラス席へと引っ張って行った。

日陰になっている席に座らせ少し待つように言うと、自分は店内にあるお店で飲み物を買ってきた。それを差し出し、落ち着いたかと問うてくる。

グラスの中で揺れる氷を見つめながら首を振り、顔を上げて抗議の声を上げようとしたとき、先輩は「悪かった」と頭を下げた。

意表を突かれ、膨らんでいた不満は針を刺されたかのように萎んでいく。


「自分が情けなかったんだ。五嶋だったらもっと自然に桜川と接することが出来るだろう。海だったら桜川を退屈にさせることなく笑い合えるのだろう……。そう考えたら何も出来ない自分が情けなく、腹立たしく、どうすれば良いのかも分からない自分に呆れてしまったんだ」


と、言う事は、先輩はグルグル考えすぎて勝手に不機嫌になっていた、と……。それが表情には出ることは無かったけど、あたしにも分かるくらい雰囲気に出てしまったのね……。

はぁ、なんだ。なんと言うか、先輩らしすぎるその経緯を聞いて力が抜けてしまった。


「そうですね。先輩の考えている通り、五嶋先輩だったら段取りよく、あたしが普段通りに居られるようにしてくれるでしょう。四ツ谷先輩だったら自分の失敗談を交えながら、退屈しないように一杯喋ってくれるでしょう」


そう言うと、一条先輩はどんどん落ち込んでいく。それを見て、しょうがないなぁと言う気持ちになった。

ホント、不器用過ぎだよ。そんなに頑張らばらなくても良いのに。


「あたしはそんなことを一条先輩に求めていません。あたしだって椿のように明るく、誰とでも仲良くなれたら。美穂のようにさりげなく気を使って、でも自分の思う通りに出来たら。いつでもそう思っています。でも、出来ないんです。だって、一条先輩が一条高天であるように、あたしも桜川菜子なんですから」


今までの先輩なら、絶対に他者と自分を比べたりしなかっただろう。その先輩が誰かのようになりたいと言っている……。

誰かのためにこうしたい、自分の為にこうなりたいと言う気持ちは、当たり前にある感情。でも、一条先輩には無かった。

五嶋先輩が変わったように、一条先輩も確かに変わりはじめている。

きっと、良い方向に……。


人の成長を間近で見て、嬉しく優しい気持ちになったあたしに先輩は言う。


「何を言っているんだ?自分は自分であるなんて、当たり前だろう?誰かになれるわけないじゃないか」


……そう言う事じゃないんだよ!

不器用じゃなくて鈍感の方が正しかったみたいですね!!

勉強は得意なくせに、こっち方面は丸っきりダメって……。偏りすぎでしょ!


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