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76 狙われた獲物は逃げることが出来るのか?

いつも読んでいただきありがとうございますm(__)m

ドナドナの如く連れて行かれたのは喫茶店メイズ。すっかりお気に入りですか、そうですか。

でも良かった。ここならあたしの心も形を保っていてくれそう。

ドアベルが鳴るとマスターがあたし達に気付き、「いらっしゃいませ。本当に仲が良いですねぇ」と笑い皺の刻まれた笑顔で出迎えた。

五嶋先輩は「ええ、ありがとうございます」って肯定している。あたしはと言うと、再び荷物を人質(物質)に取られないように必死に守っていた。


「奥の席、お借りしますね」

「どうぞ好きな席にお座りください」


その席は以前、新波先輩と来た時に通された席だった。込み入った時には丁度いい席なのだと案内された席だ。

座る前に注文を済ませ、警戒しながら椅子に座る。そんな様子を見て、五嶋先輩は面白そうに笑っていた。

黒い、本当にあなたのお腹は真っ黒ですよ!笑顔まで黒いなんて末期ですね!!

こんなのをポーカーフェイスの見本にしようとしていたなんて……。考え直した方が良いかもしれないわね。

注文した品を持って来たマスターは、狩られる間際の兎のようにビクビクしているあたしを微笑ましそうに見ていた。

この状況のどこに微笑ましいシーンがあったのか、是非聞いてみたい。


「お待たせいたしました。では、ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます」


さらりとお礼を言う五嶋先輩。マスターは満足気な顔でカウンターに戻ってしまった。

一人にしないでぇ!今なら窓際の席でうたた寝している見ず知らずのおじ様でも一緒に居て欲しい気持ちです。


「さて。ああ、デートのことだったね。今度はどこに行こうか?」

「行きたいところは特にありません。しいてあげるのなら、部屋から出たくないです」

「それは約束を反故したい、って意味かな?それはダメだよ。そうだ、水族館に行く時通った公園に行こう。菜子ちゃん、お弁当作ってよ」


確かにあの公園は良かった。ぜひもう一度行ってのんびりと一日を過ごしたい。

今の時期なら木々の緑は更に深く色付き、水は輝いて木陰は憩いの場となっていることでしょう。

木陰の下で本を読んだら最高の至福の一時だよね。

でも、のんびり過ごすイメージは浮かぶけれど、その隣には五嶋先輩は居ない。

だけどこの先輩。そんなこと知ったことではないと、あたしのイメージに無理矢理わりこんでくる。

しょうがないよ、この人に勝てる気がしないんだもん。でもさぁ……。


「お弁当、めんどくさい。暑いの嫌い」


本音を口にしたら、呆れたように苦笑いをされた。

全く気にせず気持ちを出しますよ。あなたに対して遠慮なんかしていたら、あれよあれよという間に激流に流されちゃうからね。

気が付いた時には崖っぷちってなったら笑えない。


「冷たい後輩だなぁ」

「そうです。あたしは冷たい後輩なのです。可愛い後輩がお望みなら、二宮君を誘ったらいかがですか?」

「……二宮は確かに可愛いけど、なにが楽しくて男同士で手作り弁当を持って公園に行かなきゃならないのさ。嫌だよ」


なにがって……。例えばだけど、公園って言ったらこんな感じだよね、と思い浮かべてみる。

キャッチボールをしてみたり(この暑さの中やったら死ぬね)。

噴水で遊んでみたり(男二人でキャッキャうふふは見てる方も辛いかも)。


……ごめんなさい。きっと楽しくありません。

不機嫌な五嶋先輩の圧力で、二宮君が可哀想なことになることしか想像できませんでした。

それに、約束と聞くと佐々木先輩が教えて下さった“指切りげんまん”の歌の意味を思い出して、怖くて破ることなんて出来そうもない。

チキンです。あたしは正真正銘のチキンなのです。

佐々木先輩、あなたの教えはすでに立派なトラウマとなりました。


「……分かりました。お弁当を持って公園ですね」

「うん、宜しい。いつにしようか?楽しみだね、お弁当を持って公園なんて初めてだ」


思わず本音が漏れたのだろう。珍しく表情を崩し、綻んでいる。

子供っぽい所もあるんだ。ちょっと可愛いかも。

このお腹真っ黒な五嶋先輩を可愛いとか思っちゃうなんて、慣れって怖い。


「明日の予定は?」

「特にないですが、今日終わらなかった課題の続きをやろうかと思っています」

「菜子ちゃんは真面目だねぇ」


だって、黒白の課題って本当に大量なんだもん。最後の一週間で終わるような生易しいものじゃないのよ?

ああ、椿は大丈夫かなぁ。心配になってきた。あ!侑吾君も危ない気がする……。実家に戻ったら確認しなきゃ。

……今、あたし世話焼きおばさんに変身してた?危ないあぶない!あたしは高校生、あたしはピチピチの女子高生。制服マジックの使えるお年頃。

たまに言い聞かせないと中身がぽろっと出て来るんだよね。


「分からない所があったら遠慮なく訊いてね。電話一本、メール一通でいつでもどこへでも行くから」

「ありがとうございます。でも、大げさですね。自分の予定を優先してください」

「そんな寂しいこと言わないでよ」


試すように、反応を窺うように五嶋先輩は呟いた。

攻略対象者の中で自ら係わりを持とうとするのは、幼馴染の侑吾君を除くとこの人だ。以前水族館に行ったとき、『自分の気持ちが分からない』と言った。

では、今は?


相手の気持ちを確かめるのは凄く難しい。「あたしに好意がありますか?」なんて訊ける?どこの国の自意識過剰ヤローなのさ。さらりと言ってのける奴がいたら是非お目にかかりたい。

この人は頭の良い人だ。成績はもちろん優秀だけど、人間関係、はては社会生活においてもその頭脳を遺憾なく発揮できるだろう。

だから直接的な言葉は要らない。


「以前言っていた自分の気持ち、分かりましたか?」


それだけで充分だった。

先輩は一瞬目を見張り、手元のカップに視線を移し、真っ直ぐあたしを見た。


「うん、分かったよ。本当に自分の感情なのかはちょっと疑問なんだけれどね。……僕はね、菜子ちゃん。君が好きみたいだ。だからと言って付き合って欲しいということじゃない。今返事を求めたら、間違いなく振られるでしょ?」


切ない笑顔でそう言った。

好意を向けられるのは初めてだから素直に嬉しい。ずっと誰かの唯一になりたかった。でも、先輩の気持ちがあたしに向けての好意なのか、それが不安でもあった。


「先輩は自分の感情なのか疑問と言いましたよね。どうしてそう思たんですか?」


もしかしたらここに来て、ゲームのシナリオに引っ張られて生まれた偽りの感情なのではないのか。そう考えたのだ。

先輩は「恥ずかしいけれど」と照れくさそうに教えてくれた。それはこちらまでつられて照れてしまいそうな理由でした。


「実は、人を好きになったことが一度も無いんだ。だからこの気持ちが恋と言っていいのか分からない」


「早い子は幼稚園で経験する感情なのにね」と自分に呆れたように小さく零した。

確かに今の子達って早い。そんなに急いで大人にならなくても良いのにね。大人になったら出来ることは増えるけれど、制約も増えて好き勝手出来なくなる。

大人に憧れるのは自然なことだけど、子供だから出来ることを目一杯楽しいんで欲しいと思うのは、すでに社会人を経験したお節介な大人ならではの考えなのかもしれない。


「でもね、一つはっきりしていることがある。菜子ちゃんが男と話しているのを見るだけで、最高に嫌な気分になる。これって嫉妬、ってやつでしょ?」


肯定も否定もしづらい質問ですね……。

肯定をすれば返事は要らないと言っているけど、答えを出さなきゃいけなくなる。

否定をすれば先輩を傷つけてしまう恐れがある。

どう答えるべきか悩んでいると、「ごめん」と気を遣わせてしまった。


「この質問は卑怯だったね。でもね、これが本当の恋じゃなくても良いと思ってる。今までの人生の中で一番楽しいって実感できているから。これからも楽しい未来が待っているって期待できるようになった。これは間違いなく、菜子ちゃんのおかげだよ。ありがとう」


それこそ本当に大げさだ。

先輩がそう思えるようになったのは、気付かない内に自分が変わったから。

今までの世界よりもずっと広く見られるようになったから、楽しいと思えることが増えて、未来が待ち遠しくなったんだよ。


「誰かの役に立てることは嬉しいですが、あたしのおかげってことは無いと思います。先輩の世界に入る人が増えたからですよ。それは先輩自身が変わった証しです。

あ、どう変わったのかは訊かないでくださいね。自分で気付かなきゃ意味がないですから」


指摘されて自覚するのも良いけど、自ら気付くことにこそ意味が有る。気付けたら今よりももっとそれを大切に出来るようになるよ、きっとね。

先輩も分かっているのか、「そうだね」と嬉しそうに頷いた。


「僕が変われたんだから、菜子ちゃんも変わったはずだよ。自覚はあると思うなぁ」


言われなくとも分かっていますとも。その変わったことと、自分を見つめ直すこと。これが美穂から出された宿題だからね。


「話を戻すけど、デートは来週にしようね。花火大会の前に行って、四ツ谷に自慢してやるんだ」


……嬉々として言っていますけど、ずいぶん子供っぽい嫌がらせですね。

そうですか、そのためのデートですか。

ま、良いけどね。

と、げんなりした顔でホットミルクティを飲んでいたら爆弾を落として下さった。


「菜子ちゃんに男と意識してもらうためにこれからはもっと攻めるつもりでいるから、よろしくね。分かっていると思うけど、逃げられると燃えるタイプだから。僕は」


あ、ヤバい。顔が引きつる。

攻めるって、マジで……?

え、怖い。逃げたい。でも逃げたら余計燃えるんだよね?どうしようもないじゃない。


お会計時、体力と精神力を削られ、ぐったりしたあたしにマスターは言った。


「本当に仲が良くって羨ましいかぎりです」

「…………ありがとう、ございます」


マスターの悪気のない笑顔を曇らせるのが憚られ、しかたなくお礼を述べる。

五嶋先輩は大変満足気なお顔で頷いておりました。


……しんどい。


制服マジックが発動したことがない……。きっとファンタジーの世界でしか通用しないんだ。きっとそうに違いない……。


次の更新日は未定です。

なるべく早く出来るよう頑張ります。

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