75 藪を突いて出てきたのは蛇ではない
夏休みの宿題は最後にまとめてやる派です\(゜ロ\)
夏休みだからと言って一日中のんびりしていられる訳ではない。目の前に堆く積まれた大量の課題達……。
一教科に一テキストは当たり前。
終わるのだろうか……。いや、終わらせなくちゃいけない。そして身に付けなければいけない。なぜなら、夏休み明けの初日には実力テストがあるから。範囲は課題から出されると言う……。
え、この大量のテキストの中からですか?終わったとしても覚えられませんよ!という言い訳は通じない。それが黒白学園。
だって、授業を受けていれば試験勉強は必要ないでしょ?な人たちの集まりなのさ。置いて行かれてなるものか!!
あたしの中の負けず嫌い魂に火が付いた瞬間でした。
ファイヤー!燃えるぜ青春!!
色は青って言うより灰色だけどね!
「ミ~ン・ミンミンミンミ~~ンッッ!」
「……」
「ミ~ンッ……」
「喧しい!!」
エアコンの風が苦手なので窓を開けて勉強していたら蝉に邪魔されました。
パシンッと鼻息荒く窓を閉めると、途端に室温が上がる。
そして廊下からは生徒の賑やかな声。
ああ、ダメだ。これは耳栓が必要な環境だ。でも持ってない。窓を閉め切って勉強したら死んじゃう……。
よし、図書室へ行こう。
はい、ということでやって来ました学園の図書室。夏休みも開放されているけど、利用する生徒は少なくて集中するにはもってこいな場所。エアコンを付けなくても窓から入って来る風が気持ちいい。校庭からも遠い位置に併設されているので、部活の喧騒も僅かしか聞こえない。無音より、多少の音があった方が勉強には良いって聞いたことがあるから、まさしく理想。
直射日光も無いので快適、快適。
ずっと同じ教科をやっていると飽きるので三教科ほど持って来て、一教科終わる毎に少しの休憩を取った。
「う~んっ」
座ったまま背伸びをして凝り固まった筋肉をほぐす。すると忍び笑いが聞こえて来た。
図書室に来たとき、既に居た数名の生徒はもう居ない。クルリと後ろを見れば何やら分厚い本を持った五嶋先輩が居た。
「お疲れ様、はかどったようだね」
「こんにちは。五嶋先輩も課題ですか?」
「ううん、僕はコレを借りに来たんだ」
見せてくれた本は理解したくない本でした。タイトルは『人を意のままに動かす方法』……。うん、見なかったことにしよう。
この人はこれ以上誰を意のままに動かしたいと言うのだろう。恐ろしい人っ!
先輩は当たり前のように向かいの席に腰を落ち着けた。
頬杖をついて、ただあたしを見ている。居たたまれなくなったので手を止めてちょっと訊ねてみた。
実は、大道寺先輩と佐々木先輩にお礼をしていないのだ。もちろん言葉では伝えたし、医療費は自分で払った。しかし!タクシー代は佐々木先輩、御粥とかは大道寺先輩が出して下さったようで、支払って下さったお金を返そうとしたら、これはお世話になったお礼だからと受け取ってくれなかったのだ。
そこで思い出したのが五嶋先輩と行った水族館。あの時、先輩は無料の招待券を持っていた。その入手ルートを教えて頂こうと言う寸法です。
こちとら無収入の学生。そのうちバイトでもしようかと思っているけど、この環境じゃあちょっと難しい。だから五嶋先輩だ。この人なら独自の入手ルートを持っている気がする。
「先輩、前に一緒に行った水族館のチケットなのですが」
「うん、なに?また一緒に行きたいの?」
「いえ、全く。全力でお断りいたします」
「全力でって……。悲しいなぁ」
嘘つけ、悲しいって顔してないじゃないか。むしろ面白くてたまらないって顔してますよ。そんなこと言ったら喜んじゃうから言わないけど。
「あのチケット、どうやって入手したんですか?」
「う~ん……。タダで教えるのは面白くないなぁ。四ツ谷に邪魔されて二人きりでデートする機会を逃したからね。今度、二人で出かけるって約束してくれたら教えてあげる」
きったねぇ!可愛いかどうかは分からないけど、ひごろお世話している後輩が訊いているのに取引かよ!?
しかもあのバカって明らかに四ツ谷先輩のことだよね!?酷い人っ!
ま、それでこそ五嶋悠斗と言えなくもない。
しかたない。背に腹はかえられない、か……。
「分かりました。どこへなりとお供しましょう」
「ありがとう。あのチケットは一条から貰ったんだよ」
なにぃっ!?くそっ、損な取引をしてしまったじゃないか!
知っていれば直接本人にお願いしたのに!!
絶対に確信犯だ!酷い、鬼、悪魔っ!
「でも、なんで急にそんなこと訊くの?どうしても欲しい理由があるんだよね?」
やぶ蛇!?って使い方あってるかな?自信ないぞ。追い詰められているには違いないけど。
嘘、吐いたらどうなるかなぁ……。
……想像したら背筋が寒くなっちゃった。また風邪引いたかな?
怖いので正直に話しましょう。今回は問題を起こした訳じゃないし、怒られる要素は無いはず。
「この間風邪を引いてしまって、その時に大道寺先輩と佐々木先輩にお世話になったんです。タクシー代と食事代を出して下さって、お礼は言ったのですがお金は受け取ってもらえなかったので、二人が気を揉まない方法でお礼がしたくて……」
貰った無料招待券だったら負担にならないだろうし、それに何か手作りのお菓子でも付ければ喜んでもらえるかなと思ったのよね。
優しい二人だし、本当に助かったからちゃんとお礼がしたい。そう言うと五嶋先輩の笑顔に影が射した気がした。
あれ、寒い?本当に風邪、ぶり返したかな?
そうか、クーラーが付いているんだ。間違いない。ん、でも窓は開いているよ。
……ええ、分かっています。この冷気の発生源は前の席に鎮座するこのお方です。十分すぎる程理解していますとも。
良い笑顔だよ。でもね、目が笑ってないんだよ。ちゃんと弧を描いているんだけど、笑ってないって分かるから余計怖い。
「そうなんだ、それはお礼しなきゃね。僕からもした方が良いかなぁ。菜子ちゃんがお世話になりました、って。……アイツはまだ騎士のつもりなのか?だとしたらおめでたい奴だ。ね、そう思うだろ?」
ね?って訊かれても答えられませんよ。仲直り、したんですよね?なのに何?その殺伐とした空気はどこから湧き出ているんですか……。
「と、とにかく!あたしはお礼がしたいんです。教えて下さってありがとうございました。早速、一条先輩連絡してみます」
勢いに任せて立ち上がり、手早く荷物を纏めて逃げ去ろうとした。が、この腹黒男は読んでいたようで、タイマーとして使うため机の上に出していた携帯をすかさず奪う。
手癖まで悪いのか!?救いようがないですね!!
「……なんでしょう」
「まだ話は終わってないよ。ちゃんと座ろうね。あと、図書室では静かにしなきゃ」
「静かにしなければいけないのなら、ここで話すのはいけないことですね」
「うん、そうだね。だから外に行こうか。一条に連絡するのはその後でもいいでしょ」
ああ、見えない蜘蛛の糸で絡め取られていく。
逃げ道はないの!?後ろ・前・左・右……。残念、どこにも道が無い!!
「あ、あは?」
「うん。はい、行きますか」
苦し紛れの乾いた笑いは見事にスルーされました。
藪を突いて出て来たのは蛇なんて可愛らしいものではなく、身から出た錆でした。
菜子はまた賢さが上がった!
いつもありがとうございます。
気が付けばもうすぐ2年が経とうとしています。
1年くらいで終わりになるだろうと思っていたのに何故こうなった?それは自分のせい……(-_-;)
いい加減、愛だの恋だのが発展してくれないと話が進まないので、夏休みに乗じて無理矢理色を入れてやろうと思います♪
次は2/7の20時更新予定です。よろしくおねがいしますm(__)m




