74 優しい人が怒ると怖いですね
玄関のガラスドアの前に立ち、いざ行くぞと意気込んでノブに手を掛けた、が……。
ん、あれ?開かないよ。
鍵が閉まっているのかな?
と思ったけど違った。自分のものとは異なる大きく筋張った手が、押すドアを引いて開かないようにしていた。
違いますよ~、このドアは押さなきゃ開かないんです~。
誰ですか、こんな子供っぽい悪戯をするのは。
邪魔をする腕を辿って行くと、そこに居たのは大道寺先輩でした。
相変わらずの仏頂面。でも、いつもより数割増しで機嫌が悪そうです。
「大道寺先輩、おはようございますぅ。先輩もお出かけですかぁ?」
いつ、いかなる時も挨拶は大切なのです。
人としてのマナーをしっかり守ったのに、先輩は訝しげにあたしを見ていた。
何か失礼なことしたかな?可笑しなところはなかったはずだけど……。
「あのぉ、先輩?どうかしましたか?」
「三橋から連絡があった。多分大丈夫だと思うが、もしかしたら姫が具合悪いかもしれない。見かけたらよろしくと」
いつの間に連絡先交換したのさ。そう言えば放課後、よく一緒に居るのを見かけたっけ。侑吾君、お兄ちゃんに憧れていたから先輩を兄のように慕っているんだろう。良いことだ。
それはそれとして……。
ちっ、騙せたと思ったのに。よりにもよって刺客に大道寺先輩を差し向けるとは……!
先輩はノブから手を離すと、あたしの額に当てた。
あ~、冷たくて気持ちいい。
気持ちよさに目を閉じてうっとりする。
「先輩の手、冷たくて気持ちいいですぅ」
「熱があるからそう感じるんだ。……高いな。熱は計ったか?」
「いいえ。何度あるか自覚すると動けなくなるので計っていません」
あれって不思議現象だと思う。計る前は動けていたのに、体温が何度あるのか自覚した途端に体の力が抜けて動けなくなるの。
薬と食べ物の買い出しに行かなきゃいけなかったから、計ってないんだよね。
「これはかなり高いぞ……。その格好から見るに、出かけようとしていたな?」
「はい。薬とご飯を買いに行こうとおもいてぇ?」
あ、言動がおかしくなってきた。末期かも。
急がないと動けなくなりそう。
「馬鹿かっ!こんな高熱で出歩こうとするなんて……、何を考えているんだ!」
先輩は急に怖い顔で声を荒げた。
しょうがないじゃない。親は居ないんだから自分の面倒は自分でみないと。
子供だけど大人だから色々と大変なんだよ?甘え方が分からないんですぅ。
でも、でも……!
「急に大きな声出さないでください……。そんなに怒らなくても、いいじゃ、ないですかぁ……」
ほら、限界ギリギリだったのに先輩が大きな声を出すから、感情も涙腺も決壊しちゃったじゃないか!
あたしは寮の玄関先で立ったまま子供みたいに泣いてしまった。
熱のせいで感情のコントロールが出来ない。
先輩はしゃくり上げて泣くあたしをどうすれば良いのか分からず狼狽えて見ていた。「悪い」とか「ごめん」とか「俺が悪かった」とか言っていたけれど、一向に涙は収まる様子を見せてくれない。
あたしだって泣き止みたい。でも、止まってくれないのだ。
何事かと、寮に残っている生徒が野次馬のように集まり、様子を見ては気まずそうに去っていく。
ああ、このままじゃ大道寺先輩が悪者になってしまう。
早く涙を止めなきゃ。
その時、聞き覚えのある優しい声がした。
「桜川さん?どうしたの、何があったの?」
大道寺先輩を責めるかのような表情で間に入り、声を掛けてくれる。
でも、今はその優しさは更に涙を誘うだけです。
ますます涙腺崩壊。
何かされたのか、どうして泣いているのか。訊かれて必死に説明をした。
「なにも、されていません……。せんぱいは、悪くないですぅ」
説明はしたけれど、まったく説明にならなくて結局、大道寺先輩が話してくれた。
聞き終えた佐々木先輩は「ここじゃなんだから面会室を借りましょう」と言って肩を支えてくれた。
面会室は保護者が来た時に使う部屋で、寮監さんに許可をもらわないと使えない。
部屋に行くと椅子に座らせてくれた。その頃にはようやく落ち着きを取り戻しつつあり、今度は恥ずかしさに涙か出そうになってしまう。
「大道寺君から聞いたわ。気分はどう?」
「すみません、見苦しい所をお見せしてしまって……。大道寺先輩もご迷惑をおかけしました」
「いや、俺こそ悪かった。だがな、姫。体調が悪い時は出歩くなんて自殺行為だ。おまけに目は潤んでいるは頬はほんのり赤いわ……。誘われていると勘違いする馬鹿も居るんだぞ?」
なんか、以前帰省したとき侑吾君にもいわれたような……。男って、大人でも子供でも考えること一緒なの?
佐々木先輩は大きな咳払いを一つすると、一瞬汚いものでも見るかの様な目大道寺先輩を一瞥した。そして何事もなかったかのように話を再開した。
うん、ちょっと怖かったかな。
「熱があるのでしょう、どこに行こうとしていたの?」
「薬とご飯を買いに行こうとしていました。もちろん、買ったら大人しく寝るつもりだったんです」
「買い物に行く?病院に行こうとしていたのではないの?」
佐々木先輩は不思議そうな、それでいて初めて耳にする言葉が理解出来ないで困惑しているような顔をしていました。
涙もようやく引っ込み、冷静になった頭で何か問題でも?といった感じで頷く。
「あきれた……。ダメじゃないの!なんで熱があるのにまず病院に行かないの!?何かあってからでは遅いのよ?大道寺君、大至急タクシーを呼んでちょうだい」
佐々木先輩の迫力に圧され、分かったと言って電話を掛けだす大道寺先輩。当事者であるのに状況についていけていない自分。
え、これどうしたら良いんだろう……。
椅子に座ったままぼ~っとしていると、若干目つきの鋭くなった佐々木先輩に「何をしているの、あなたは保険証を持ってくるのよ!」と、付き添われるかたちで部屋を追い出された。
優しい女性だと思ったのに、中身は立派なお母さんでした。
その後、なぜか二人の先輩とタクシーに乗り込み、病院で診察を受け、処方された薬を持って再び寮へと戻って来た。
ちなみに病院で体温を計ったら38.8℃もあって、体温計に数値が表示された瞬間から記憶が曖昧になっている。
気付いたら自室のベッドに着替えて寝ていた。
「ん、あれ?あたし……?」
「起きた?少しでもいいからご飯食べてね、じゃないと薬飲めないでしょ」
どうして佐々木先輩が部屋に居るのか?いつあたしは部屋に戻って来たのか?そして誰が着替えさせてくれたのか?
まったく分からず動きが止まってしまった。
「佐々木先輩、あの、あたしどうしたんでしたっけ?」
「半分寝ていたから覚えていないのね。病院で診察を受けた後、寮に帰って来て部屋に着いたら自分で着替えてベッドに潜りこんだのよ」
わぁお。心神喪失状態でも、人間って日常的に行っていることを無意識に出来るんだ。素晴らしい。
ロフトベッドの階段を下り、床に置いてある椿とお揃いで買った座椅子に座り、テーブルに既に用意されていた御粥に目が行った。
「このご飯は誰が?」
「それは大道寺君よ。寮に戻ったあと、近くのスーパーで買って来てくれたの。他にもスポーツドリンクと、発熱時に使うシートも買ってきてくれたわ。具合が良くなったらお礼を言ってね」
「はい、もちろんです。先輩たちにご迷惑おかけして本当にごめんなさい……」
ご飯は紙皿に入れてあったので、食べた後はゴミ箱に捨てられるようになっていた。
どこまでも気を遣わせて申し訳ない。
「じゃあ、私は部屋に戻るから。連絡先置いて行くから、何か困ったことがあったら連絡してね」
「分かりました」
「約束ね?」
スッと小指を差し出してくる先輩。
ああ、指切りげんまんってやつですか。懐かしいですねぇ。
先輩が歌い、終わると何気なく「指切りげんまんって……」と切々と説明してくださった言葉が怖かった。
ひぃっ、約束します!全身全霊を掛けて誓いますぅ!!
先輩を見送り、部屋鍵を閉めてからご飯を食べ、薬を飲んで大人しく全力で寝たのは言うまでもない。
しかも、何度も誰かと指切りげんまんをする夢を見てしまった。
熱もだいぶ下がり、平熱より少し高いくらいになった頃、椿が部活を終えて帰ってきた。カーテンを開けると、夕日が沈みかける時間になっていた。
今日は練習試合だった椿はお疲れの様子で、床に座り込む。
「ただいまぁ。あ~疲れた。……菜子もお疲れ?」
「……訊かないで。熱は下がったから大丈夫」
しっかり寝たはずなのに疲れが残っているのは、間違いなく悪夢に魘されたから。
今日――お母さん(佐々木先輩)の言うことは、絶対!を学びました。
テレテレッテンテ~ン!菜子は賢さが上がった!状態です。
普段穏やかな人が怒ると怖いって本当なんだ……。都市伝説かと思っていました。
大道寺先輩が買って来てくれたレトルトのおかゆを椿に食堂のレンジで温めて来てもらい、食べてから薬を飲んでもう一眠り。
翌朝、すっかり体調は元通り。
運動する体力は悲しくなるほど無いのに、風邪を一日で治す体力には、中途半端な神のシュラに感謝してやらなくもない。と、上から目線で思ってみた。
FFよりドラクエが好きです(FFより簡単だと思っているので)。
でも、よくやるゲームはペルソナです。
積みゲーならぬ積み本が溜まってます。読まなきゃ……。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです(^^)