72 友情も甘くはない
一時間後、寮の玄関で待ち合わせて出かけた。あたしはいつも通りワンピース。服一枚で上下が揃うなんて、なんて便利な洋服なのでしょう。
春夏秋冬、ワンピースに上着をプラスすれば完璧!
と言うより、菜子の見た目だとパンツスタイルが笑っちゃうほど似合わないんだよね。
椿はあたしがNGなデニムジンズに赤いノースリーブ。凄く似合う、カッコいい。良いなぁ、憧れるわぁ。
美穂はショートパンツに肩袖にフリルがあしらわれた可愛いピンクの洋服を着ていた。
女が三人で姦の字の如く、浴衣選びはあ~でもない、こ~でもないとなかなか決まらなかった。いつもはあたしも椿も買い物は即決な方だけど、浴衣じゃ無理もないよね。
「椿は赤色の浴衣が良いんじゃないかなぁ。椿の花は赤だし、きっと似合うよ」
「美穂がそう言うなら……。よし!なら椿の花の絵柄の赤い浴衣にしよう」
「あたしはぁ……。うん、大和撫子にけって~い。あ、なちは桜柄にしなよ。もちろん桜川だからね」
拘りないからなんでも良いけどさ。ちょっと駄洒落っぽくてイヤだな……。
それぞれ決めた浴衣の会計を済ませ、近くの喫茶店で一休み。店内は冷房が強かったので、日当たりの良い窓際の席を希望した。
暖かいけど涼しい変な体感温度だこと。
椿と美穂は冷たい飲み物を注文したけど、あたしは一人体の中から温まる品を注文した。
夏だからって冷たい物を取り過ぎるのは良くないんだよ。
「ところでさ、着付けはどうするの?髪は?」
惜しげもなく生足を組み、頬杖をついた美穂が言った。
あたしはただにっこり笑うだけ。
「何も考えていませんでした、って顔だね」
うん、正解!
浴衣の準備しか頭にありませんでした。……どうしようかねぇ。
「着付けは任せて、あたしが出来るから。髪は椿が出来るし」
と、事も無げに美穂が言った。
え、黒白学園では着付けか髪結いが必須スキルなの?などアホなことを真面目に考えていると、声に出していなかったにも拘らず二人には伝わったみたい。
深く、それでいて諦めたような息を吐いた。
「なちって顔に出るよねぇ」
「そこが可愛いところなんだよ」
なるほど、顔に出るのか。これからはポーカーフェイスが上手な女を目指そう。生きていくうえで役立ちそうだし。
しかしどうやれば会得できるのか……。あ、病的に上手い人が居るじゃないか!五嶋先輩なら良い手本になるよね。
一条先輩もポーカーフェイスとは言えなくもないけれど、あれは常時真顔なだけであって、ポーカーファイスが上手いって事じゃないから。
それにしても……。
「まさか美穂にそんな特技があったなんて知らなかった。椿も自分の髪をアレンジしているのなんて見たことないし」
実はあたしも着物、一人で着られるのです。ほら、前世の母親が着物で生活するお人だったからさ、必然的にあたしも習わせられたんだよね。
『歴史ある家の人間ですよ。これくらい出来なくてどうするのです』とか言ってさ。別に歴史長くないし。なに言ってんだって思っていたけど、言う通りにすれば五月蠅くなかったから黙って従っていたんだよね。
でも、着られるけど人に着せさせることは出来ない。
自分のネクタイは簡単に結べるけど、他人のネクタイを結ぶのって難しくない?感覚的にはあれと一緒だと思う。
同じ部屋で生活するようになって早4ヶ月。椿はずっとショートヘアのままで、少し伸びると自分で切ってしまう。
いつも器用だなぁって思いながら見ているんだよね。真似できない。
「実家が呉服店で、お母さんが着付け師なんだ。たまに手伝いをしているから、あたしも着られるし、着付けをすることも出来るの」
「うちもそう。両親が美容師で、兄さん二人も似たような仕事しているんだ。ま、あたしは興味無いけど小学生までは髪が長くて、兄さん達の練習台になっていたら出来るようになった。メイクも出来るからお祭りにはちょっとしていこうね」
お、お姉様と呼んでいいですか!?
なんか二人が急に大人に見えた。自分、中身は正真正銘大人なのにダメダメっすね。
はぁ、4カ月も一緒に居るのに二人のこと何も知らない。
ちょっとこれはヤバいのでは……。
秘かにショックを受けるあたしに、美穂が鋭く指摘する。
「なちの良い所は必要以上に干渉しない所だけれど、他人と深く関わろうとしない所は悪い所だよ。まぁ、短所と長所は表裏一体だからねぇ」
ゔ、ごく最近四ツ谷先輩にも似たようなことを言われたばかりだよ。やっぱりそう感じるのか……。
「でも。菜子は他人にと言うよりかは、自分も含めた人間に興味が無いように感じる時があるんだけど」
「あ、確かにそうかも!」
二人とも、ずいぶん良く分かっているじゃないの。まるで人間失格みたいに言ってくれちゃってさ。
友情って、友情って時に苦いものなんですね。
指摘されなくても薄々は気付いていた。あたしはシュラに愛に飢えた人生をやり直すため、生まれ変わらせてもらった(もらったって言い方が合っているのかは謎だけれど)。
人は信じない。他人との関係は狭く浅く。友人は居たけれど、親友と呼べる深い友情は経験していない。
こちらが与えた分だけ気持ちが返ってくる保障はないし、気持ちは見えないから怖かった。
それを今現在も引きずっている。
かなり根が深いと、我ながら呆れてしまう。
「菜子、あたしは菜子のこと好きだよ。もちろん友達としてって意味だけど」
「あたしも~。なちのこと言えないくらい友達は少ないけれど、なちのこと好きよ」
そんなこと言われたら柄にもなく泣いてしまいそうです。
二人は氷が解け、薄くなった飲み物を前に言った。
グラスの表面を水滴が伝い、テーブルを濡らす。まるであたしの代わりに泣いてくれているみたいだと思った。
その水滴を見ながらしんみりと椿が話す。いつもは溌剌と話す椿が物憂げに喋る姿は、妙な色気があった。
「想いって、伝えた分と同じ量が返ってくることは無いよ。多いか少ないかしかないんじゃないかってあたしは思うんだ。でも、想いを伝えなきゃ何も始まらないよ。友情も恋も」
「なちに一番大切なことは、まず自分を好きになること。いつも自分が分からないって言っているけど、自分と向き合ってないんだもん、分かるはずないよ」
自分と向き合う、かぁ。それが一番むずかしい。「これ、夏休みの宿題ね!」と美穂に課題を出された。答えがある勉強の方が、遙かに簡単に感じてしまう。
3人でお喋りをしながら寮に帰り、翌日見事に熱を出したあたしに椿が「知恵熱?」と訊いてきた。
100パーセントそうかもね~。
週一で更新しようと思っていましたが、明日からテニスの四大大会が始まるのでテレビに噛り付き状態になると思われます。
なので早いですが更新しました。
次は22日の19時に更新しますので、よろしくお願いします。
ふと、「毎日読んでくれてる人っているのかなぁ」と思いまいました。本当にいたら嬉しいことですよね。
よしっ、頑張るぞ~!




