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69 質問返し

答えに対してなにが不満なのか分からないまま食べ進めたけど、別腹にも限界が訪れた。じっと前の席に座っている四ツ谷先輩を見ていると、「食べれば良いんだろ」そう言いながらお皿を自分の方に引いて行く。

助かったと胸を撫で下ろしながらも、結局自分も食べたかったんじゃん、と思った。


「食べながらで良いので聞いてくださいね」


アレからずっと考えていた。

ただ美味しく定食とパンケーキを食べていた訳じゃないんですよ。

まず思い浮かんだのは「立ち位置ってそんなに重要?」だった。

親しい先輩じゃダメなの?

あたしに何を求めているの?

でも、そうやって気にするってことは、不安だということだ。気にする切っ掛けを与えたのはあたしだから、きちんと答えなくちゃと思考を廻らせたけど、答えは見つからなかった。


「あたしにとって先輩たちはやっぱり先輩のままです。でもただの先輩じゃなくて、頼りにしているし、頼って欲しい。すごく近い存在なんです。こういうの、特別って言うんでしょ?」


半分は残っていたパンケーキをあっという間に平らげ、ポカンと鯉のような顔をして固まっている。

言葉を咀嚼しているにしては間抜けすぎ。


「特別な、先輩?それって喜んでいいの?」

「さぁ?受け取る本人が決めてください。じゃあ、逆に訊きますけど、先輩たちにとってのあたしって何ですか?」

「そんなん……。あれ、なんだろ?後輩には違わないよな……。友人?いや、違う。やっぱり後輩……」


あらま、考え込んじゃったよ。

ほ~ら困ってる。ポディションの確認って難しいでしょ?

腕を組んで本格的に悩みだしたので、こちらから質問してみることにした。


「一条先輩は?」

「高天はパートナーかな」


うん、それは分かる。

四ツ谷先輩が公私にわたって支える相手だからね。


「五嶋先輩」

「親友?」


そこで疑問符付けないでよ……。


「二宮君」

「大切な後輩だな」


大切とか恥ずかしげもなく言えちゃうくらいの相手なんだろうな、二宮君は。可愛がってるもんね。


「クラスメイト」

「……モブ?」


最低だ、こいつ!

あたしも人の事言えないけど、最低だよ!

普通言葉にして言わないよ!?


「そんなものですよ、ポディションなんて。先輩たちは先輩だし、椿と美穂は友人で、侑吾君は家族です。それが変わるときは何かを得て、何かを失うと時だと思っています。それが何かは分かりませんが……」

「うん、分かるよ。でも、それでも欲しいと思ったら気持ちは抑えられないよな」


それからはなぜかしんみりしてしまって、二人して明確な答えも出ないまま話を終えた。

会計を済ませ、外に出ると夕方の時間帯にもかかわらず太陽は輝き、燃えるような暑さを天から振りまいている。

寮へ帰る道のりの話題は一条先輩の事だった。セットのように一緒に居る相方は、今日どうしたのかとふと疑問に思ったの。


「高天は実家だ。親父さんに付いて回って仕事の勉強してる」

「勤勉ですねぇ。……一条先輩はお父さんの仕事を継ぐんですか?」

「本人はそのつもりらしいが、親父さんは好きな事をして欲しいと思っている。だけど高天からしたら余計なお世話なのかもしれない。だってすでに好きな事をしているわけだからな。仕事を覚えることも自らが望んでしていることだし。

考えてもみろよ。家庭科部の料理教室は高天の欲の結果だろ?あいつは意外と我が儘で好き放題しているんだ。長年傍で見てきた俺が言うんだから間違いない」


うんざりしている様で、嬉しそうに言う四ツ谷先輩を見ていると、男同士の友情って良いなと思える。

侑吾君とは家族に近い関係だけどやっぱり他人だし、恋人が出来たら今までのような関係には戻れないと思う。

そこがポディションの難しいところ。ずっと同じではいられない。


「一条先輩と言えば、ホットケーキですね」

「あ~、それな……。昨日、連絡してたわ、用意しておいてくれって……。しかも10袋……。どんだけ食わせる気なんだろうな?俺、休み明け体形変わっているかもしれないけど、笑うなよ」

「失笑してあげます」


失笑、それは思わず笑ってしまうこと。

さすが試験上位者の先輩は意味が分かっていたようで小突いてきた。

こういうやんわりとした関係が良いなぁ。壊したくないよ。って思っているんだけど、ぐいぐい来る人が居るんだよね。その名も五嶋悠斗。携帯が震えたので確認したらメールが届いていて、[デートはいつにしようか]とだけあった。

あたしは携帯をそっとバッグに仕舞う。

うん、なにも見なかった。気のせい気のせい。

四ツ谷先輩に「どうした?」って訊かれたから、「迷惑メールです」って答えておいた。

バックれてしまおう、そうしよう。

とはいかなくて、この暑い中寮の玄関先で爽やかな笑顔でもって出迎えてくれた。

「おかえり」なんて笑って言っているけど、その笑顔が怖いです。隣に立つ四ツ谷先輩が「五嶋、怒ってる?」と小さく訊いてきた。


知らない、考えたくない。

怖い、マジで怖い。

その胡散臭い笑顔も、爽やかな青いシャツも、なにもかもが怖い。


「デート、だったのかな?菜子ちゃん?」


あーあー。何も聞こえませ~ん。

親友が何か言っていますよ、四ツ谷先輩。

ってことで、あとをよろしくお願いします。


「こんにちは、五嶋先輩。四ツ谷先輩、あたし部屋に戻りますね」

「ちょっと待て菜子。お前、なに逃げようとしてんだよ」


ちっ、ばれたか。

さりげなくフェードアウトしようとしたら気付かれ、腕を取られてしまった。

耳元に顔を寄せ、あたしにだけ聞こえる声で「一人にすんな!」と懇願される。

え、でも親友なんですよね?なら大丈夫でしょ。


「ねぇ、二人とも。ここは邪魔になる、多目的ルームに行こうか……」

「……はい」

「わかりました……」


有無を言わさぬ圧力を以って黙らせる五嶋先輩。

最強はこの人で決定?





「ふ~ん。三橋君が実家に帰ったから、暇そうな四ツ谷と映画ねぇ……。楽しかったかい?」

「あ、ああ。怖かったけどな」

「良かったね、四ツ谷」


例によって部屋の外鍵を何故か持っていた五嶋先輩は『使用中』のカードを下げ、中から鍵を掛けた。

冷房が効いているからから涼しいのは当たり前なんだけど、空気が寒い。四ツ谷先輩はこの室温の中、汗を掻いている。きっと脂汗だ。暑さから出た汗じゃないな、アレは。

親友?なんだよね、二人は……。


「どんな話をしたのか知りたいなぁ。教えてくれるよね、菜子ちゃん」


おっと、矛先がこちらに向いたー!!

丸テーブルだから隣に二人が居て逃げられません。完全に包囲されました!

あたしは、にへらぁと笑って誤魔化そうとしたけれど、無理でした。

うん、分かってた。人生あきらめが肝心、ってね。


「休み明けの四ツ谷先輩の体形について、です」

「ああ、一条のか。で、他には?」


まだ訊くか!

五嶋先輩は胡散臭い笑顔のまま待っている。

見る人が見ればかなり爽やかで整った顔だけど、中身を知っているあたしからしたらこの顔の時はヤバい。じわじわ追い詰め、囲い込み、逃げられなくしてから捕食するハンターだ。


「先輩たちはあたしにとって先輩だけど、特別って話をしました。以上、解散!!」


言うなり立ち上がって逃げ出す。内鍵は室内からなら簡単に解除できるから五嶋先輩に開けてもらう必要は無い。時間との戦いだ。

しかし、あともう一歩というところで捕まった。

内側に開くドアをバンッと閉め、出口を封じる。

え~ん、怖いよぉ……。

いや、まじで泣きそうなのよ。中身は25のいい歳した大人だけど、怖いものは怖い。何年経っても変わらないから!

ゆっくり振り向くと、最上級に黒い笑顔の五嶋先輩が覗き込むようにしながらドアとの間にあたしを囲む。

近いから、そして威圧感が半端ないから!


「特別って、どんな意味か訊いても良いかな」

「言葉通りの意味です。それ以上でも以下でもありません」

「まぁ、菜子ちゃんの特別ってその他大勢の人間より親しい、って言う程度だろうけど、今はそれでいいかな。ちょっとは色恋に前向きになってきた?」


図星……。


「確かに先輩のおっしゃる通りです。ですが、色恋についてはご期待に添えそうもありません」

「ふ~ん……。いいよ、その内誰かが無理やりにでも目覚めさせると思うから。……それは僕かもしれないよ?」


無理やりは遠慮したい。特にあなたは嫌です。初心者向けな方をお願いします。

そんな嫌な顔しなくても、と言いながら五嶋先輩は包囲を解いてくれた。

あ~、心臓バクバク鳴ってる。

五嶋先輩は暇を持て余し、テーブルに溶けんばかりの勢いで体を投げ出していた四ツ谷先輩に、置いてある自販機からこの時期何故かあったホットのコーヒーを買い与えていた。


「あ、そう言えば。僕とのデートはどうしようか。水族館は行ったから、遊園地が良いかな?」

「……どうしても行くんでしょうか」

「ん、何か言ったかな?」

「いいえ、何も……」


約束は守ってもらうぜ!そう言いたそうな黒い笑みだったので、逆らわない方が賢明と判断。

しかしデートか……。真夏に屋外は嫌だな、茹蛸になってしまう。


「プールか海は?」

「絶対に嫌」


ホットコーヒーを飲んでいた四ツ谷先輩が横から口を挟む。

プールに海?論外でしょ。

この体形で水着は罰ゲームだよ。

ある種のマニアには受けるかもだけど、そんな人種に見せたくない。自画自賛しちゃう外見だけど、それとこれとは別。


「なら、夏だから花火大会やお祭りだね」

「……夕方からなら良いです」

「うん、そうしようか」

「はい、はーい!!俺も行きたい!」


話しが纏りかけた時、また四ツ谷先輩が口を挟む。

あ、死んだ。絶対やられる。

予想通り五嶋先輩に胸ぐら掴まれ、地を這うような低音で「馬鹿か?」と囁いているのに、顔は笑っているからさらに怖さ倍増。


「祭りなら俺も行きたい。花火なんて何年も観てねぇよ。行きたい!」

「デートの意味、知ってるか?グループ交際を求めている訳じゃないんだよ」


駄々っ子vs腹黒……。

もういいじゃん、みんなで行けば……そうだよ!みんなで行けば一回で終わるじゃない。

ゲームのイベントとか丸っきり無視の生活の流れになってきたから分かる。このままでいけば全員とデートすることになると。

一人と行ったと分かったら俺も僕もと言うに決まっている。なら全員で行けばいい。

あたしって頭良い。


「じゃあこうしましょう!毎年、侑吾君と彰君と行っている地元の花火大会があるんです。それにみんなで行きましょう。きっと楽しいですよ?ここから一時間くらいだし」

「……君がそう言うなら今回は妥協してあげる」

「菜子、良い事言った!よし、決まりな。菜子は浴衣着て来いよ」

「え~、歩きづらくなるから嫌です」

「良いね、きっと可愛いよ。僕が妥協してあげたんだから、菜子ちゃんも……ね?」

「……はい」


こうなったら美穂と椿も誘っちゃえ。そのまま家に泊まってもらってパジャマパーティーだ!

結局話し合いが終わった時には夕食の時間になっていて、3人で食べるとこになった。

周りの視線が痛かったけど、前より負の視線は減った気がする。

良い傾向……なのか?


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