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68 ポディション

お昼を食べて帰ろうということになり、歩きながらお店を探していた時、「あれ~、桜川さんじゃない?」と懐かしい声で呼ばれた。

後ろから声を掛けられたならばこの喧騒だ、聞こえない振りを通すことも出来ただろう。しかし、それは前からやって来て立ちふさがった。


「久しぶり。あれ~、三橋君は居ないの?あ、新しい彼氏?さすがモテる人はちがうね」

「元気そうだね。侑吾君は実家に帰ったよ。この人は委員会でお世話になっている先輩なの、失礼なこと言わないで」


ムッとした顔のその子は中学の同級生だった。名前は確か駒場こまばさんだったと思う。高校デビューってやつなのか、茶色く染めた髪の毛先を巻いて、それは下着ですか?と問いたくなるような際どい服とミニスカート。そこまでいくと下品じゃないかな。若気の至りってやつですか?ま、精々今を楽しむが良いよ、大人になってから後悔するのはあなたですから。


「失礼?違うでしょ、本当のことじゃない」

「駒場さん。前から言ってるけど、侑吾君は恋人じゃない。幼馴染だよ」


バチバチと見えない青い火花が散る。

あたしと駒場さんは犬猿の仲なのだ。なぜかと言えば簡単な理由で、駒場さんは侑吾君の事が好きだった。多分今も気持ちは変わっていないのだろう。だからこその態度。

怖い顔のままあたしの事を上から下まで見た後、鼻で笑った。


「ただの幼馴染ならいつまでもベタベタするのは可笑しいよね、まだ一緒にいるんでしょ?三橋君、志望校変えたって聞いたし、なんで桜川さんに合せなきゃいけないの?」

「ベタベタなんてしてないよ。クラスは違うし、部活も委員も違う。高校だって決めたのは侑吾君で、あたしは一緒に行って欲しいなんて言ってない。なにも知らないのに言いがかりつけないで」


駒場さんとはずっとこんな関係で、最初は無視していた。だけど、どんどんあからさまな態度が目立ち、ついに切れたあたしは言い返した。

「そんなに好きなら、侑吾君に告白すれば?」と……。

言われた直後の駒場さんは、なにを言われたのか理解するのに数秒の時間を要し、突如般若のみたいに顔を歪め、頬を叩こうとしてきたが黙って叩かれるわけがない。ひらりと躱した。その勢いのままだった駒場さんはあたしの横を通り抜け、リノリウムの床に膝を着いた。

見下ろすあたしと跪く駒場さん。これが原因でイジメの加害者となった。

でも、ちゃんと見ている人は居てくれて、教師の誤解は解け晴れて無罪放免。

以来、ず~~っと仲が悪い。この一件で大人しいイメージが崩れ、“漢桜川”なんて一部の生徒で呼ばれるようになってしまった。

影で呼んでいたみたいだけどね、知ってましたよ。


「まあまあ、女の子がいがみ合うのは良くないよ~」


四ツ谷先輩は軽い調子で間に入って来た。

駒場さんは初めてちゃんと顔をみたのだろう、ぽーっとしている。

なによ、ただの面食いなだけじゃん。


「すみませ~ん。ちょっと興奮しちゃいました」

「桜川と三橋と同じ中学校だったんだ?」

「そうなんです~。今日は休みだから少し遠出しようとおもってぇ」


……キモっ!

語尾伸ばせば可愛いとでも思ってんの?

石井先輩とは大違いだわ。


「へ~。俺らは映画観に来たんだ。誰も一緒に行ってくれないからさ、丁度良い所に居た桜川を引っ張って来たの。これからお礼をかねてご飯食べに行くんだ。えっと、駒場さん?も楽しんでね」


四ツ谷先輩が厄介払いするなんて珍しい。

言われた駒場さんはすごく機嫌で、「は~い。じゃあね、桜川さん」なんて言って去って行った。

これは先輩の演技が上手いのか、気付かない駒場さんが凄いのか、はたしてどちらだろう。

そんなことを去っていく後姿を見ながらぼんやり思っていると、「菜子」と呼ばれた。「なんですか」と振り向いて見た顔には、不安の色が見え隠れしている。

どうしたんだろう、駒場さんの勢いに呑まれて疲れたのかな?


「菜子のなかで俺達のポディションってどこ?ただの先輩?それとも同じ学校の人間?」

「……いきなりどうしたんですか」

「なんとなくだけど、菜子ってクラスが別れたらそれまで一緒だったクラスメイトと疎遠になるタイプじゃないか?今の子だって話し出してようやく名前を思い出しただろ」


そんなこと無いと言えなかった。大げさな言い方だけど、人との別れは必然だから当たり前だと思っているし、元気でやっているならお互いそれで良いと思ってもいる。

相手がどこで何をやっているかは興味が無い。駒場さんも話している内に過去を思いだし、引っ張られるように名前が記憶から出て来た。しかも下の名前は完全に忘れている。


「それの何がいけないんですか?もしかして先輩は『友達100人』とか夢見てるんですか?……あたしは数多くの友人を欲しいと思ったことがありません。自らが傍に居て欲しいと願った人が数人いればそれでいいんです」

「言っていることは分かる、俺も同じ考えだからな。だから尚更怖いんだよ。お前にとって俺達ってなに?」


あたしにとっての先輩達……?

生まれ変わった世界の恋人候補達。でもそれ以前に色々とお世話になっている先輩。

係わらないと決めていたのに、なんで今一緒に居るんだろう……。

この関係が楽しいと感じているのも事実。一方で面倒だと感じているあたしが居るのも事実。

どうしよう、分からない。

あたしは一体どうしたいんだろうか。


黙ったまま俯くあたしに、先輩が歩くように促した。

気付けば道行く人の妨げになっていたようで、避けて通り過ぎる人に不快な目を向けられている。


「あ、すみません……。えっと、ご飯でしたよね。駅の方に美味しい定食屋さんがあるんです。そこに行きましょう」


歩き出した先輩との間には微妙な距離が出来ていた。それをどうすることも出来ず、目的のお店まで来ると向かい合って座る。

先輩は店内を珍しそうに見渡していた。

定食屋さんに来たこと無いのかな?


「女の子でこの店のチョイスには吃驚した」

「椿の趣味です。あの子、安くて美味しくて量が多いお店を執念深く調べているので。バレー部は別名を食い倒れ部と言います」


命名はあたし。椿に言ったら「超ウケる~!!」とお腹抱えて笑っていた。どうやら気に入ってくれたようで、名前に負けないようにこれまで以上に食べると宣言していた。

休日の練習は午前で切り上げになるから、お腹を空かせた部員で食い倒れツアーに繰り出すらしい。

最近は本人より椿の体形を気にしている気がする。

椿はあたしの理想とするスタイルを持っているから、鑑賞して目の保養をするためにもあの体形は維持してもらわないと。


「菜子、お願いだから真似はしないでくれ」

「お願いされても出来ないことはあります。椿の真似なんかしたら胃袋はち切れちゃいますよ」


急になに言ってるんだ?

もしかして、四ツ谷先輩の頭の中ではふくよかな桜川菜子が形成されているのでは?

絶対そうはならないですから!

奇跡的に生まれ変わって手に入れたかわゆい外見は死守します!


注文し、運ばれてきた本日のおススメ定食を美味しく頂き、さて本題と言った流れになったが、定食屋というところは長時間居座る場所ではない。ひっきりなしに注文の声が飛び交い、がやがやと騒がしい。

食べ終わると会計を別々に済ませ、また場所を移動することにした。

次はのんびり出来る喫茶店を目指す。

雲が多く空を占め、日差しもまばらにしか届かなかった先日が懐かしい。いつの間にか梅雨は明け、空には目が眩むような強い光を放つ太陽が君臨していた。

なるべく日陰を求め歩いて行くと、やがて甘い香りが漂ってきた。

そこはパンケーキが売りのお店で、若い女性に大人気。お昼を過ぎた今の時間体お客はまばらで、待たずに入れそうだ。


「ここで良いですか?」

「……男が入っても浮かない?」


あ、いちおう気にするのね。

四ツ谷先輩は中を窺い、男性客を見つけると安堵していた。

「今はスイーツ男子って言葉もあるんですよ」と教えてあげたら、「俺は辛党だ」と言っていたけど背中を押して店内に押し込んだ。

嘘つきには制裁を。だってあなた、つい最近勝手に持って来た蜂蜜をたっぷりかけてホットケーキ食べてたでしょ。


中はポップというよりシックで落ち着いた雰囲気。テラス席も在ったけど冷房の効いている店内を希望した。

夏は苦手。でも、冬はも~っと苦手。

もうね、ぶるぶる震えちゃって背中が痛くなっちゃうんだ。

人目があまり届かない奥の席に通され、腰を下ろすと早速メニュー表と睨めっこ。選んだのは季節の果物パンケーキと、レモンティー。先輩はアイスコーヒーだけだった。

目の前に色とりどりの果物が乗ったパンケーキが運ばれてくると、満腹だったのに食欲が出て来た。さっそく一口食べると自然と笑みが零れる程よい甘さと、果物の酸味。


「幸せ~」

「甘いものは別腹ってやつだな」


あたしは先輩と違って大盛り頼んでないですので、まだ少し余裕があったのですよ。


「知らないんですか?別腹というのは胃が動いてスペースを空けるんです。それが別腹です」

「知ってるよ。でも俺の胃は動きそうにない」


頬杖をついて気怠そうに言った。

フォークにパンケーキと生クリームを少し乗せて差し出せば身を引いた。さらにずいっと差し出すと、躊躇しながらもパクリと喰い付く。


「……そんなに甘くないな」

「ええ。この間、四ツ谷先輩が食した物よりは全然甘くないと思います」

「さようですか。……しかし、菜子さん。こうゆうことは良くやるのか?」

「こうゆうこと?」


すると先輩はさっきの事を一人で再現してみせた。


「あ、嫌でした?すみません、気付かなくて」

「違くて。自分が使った物で他人が食べることに抵抗ないのか?だって間接キスだろ」

「無いですねぇ。嫌いな人にはしないし、小さなころから侑吾君としてたし。今更気にしても仕方ないですよ。さすがに本当のキスは出来ませんけど」


さらっと言うと、先輩は呆れた顔をしていた。


「菜子、頼むからもう少し男心を分かってくれ。でないとこっちが辛い」

「は?意味が分かりません」


あたしの答えに四ツ谷先輩は深く溜め息を吐き、アイスコーヒーを啜った。


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