66 メイズ
お久しぶりです。切るとこなくて、今回長めです。
宜しくお願いします。
そして今学期最後の授業を迎え、各授業で大量のテキストを渡された。げんなりするあたしを見て美穂が笑う。
そういう美穂だって苦手な教科のテキスト渡された時、「げっ!」って言ったくせに。
結局夏休みは寮が閉まる期間、家に帰る事にした。パソコンを持っていないあたしの元に、両親からポストカードが届く。――『お盆中は家に帰るから、なっちゃんも帰ってらっしゃい』とのメッセージ付き。
お土産は食べ物希望。そこんとこ、よろしく。
夏休み中は部活動も無いので家庭科室に置いてある私物を取に向かった時、久しぶりに顧問の多門先生に会った。
相変わらず眼鏡の奥の瞳は冷たく、あたしが手に持った私物の器具を見て嫌そうな顔をする。
挨拶をして帰ろうとすると「いつまで?」と訊かれた。
「いつまで?」だってさ。一瞬妖怪を思い出しちゃったよ。
言ったのは人間だけど、妖怪の方が可愛げがあるかも。
「……どういう意味でしょうか?」
「解らないの?君たちのやっている実りの無い部活動はいつまでやるの?て意味だよ」
「解りなよ」と馬鹿にした顔で言われる。
嫌味を言われると分かっていたからさっさと帰りたかったのに捕まってしまった。
あたしはこの先生の目が嫌い。声が嫌い。立ち振る舞いが、仕草が嫌い。
その全てが、自分が認めていない生徒を蔑んでいるかのよう。
何様ですか?ああ、教師様でしたね。
拝啓高橋先輩。あたしもこの人のどこが良いのかレポートに書いて提出してほしいです。
どんなに優れた内容でも評価最低しか付けませんけど。
「実り無いかどうかは部活動をしている生徒が決めることです。顧問であるにも係わらず、顔を出さずにいる先生には一生懸かっても理解出来ないと思いますけどね」
多門先生は顔色を変えることなく「あっそ」と言って職員室に戻って行った。
せっかく明日から休みなのに、入りから嫌な気分だ。
大澤先生、教師失格とか思ってごめんなさい。本当に失格なのはアイツです!
あ~もう!このイラつき、どう治めたら良いの!?
必要な荷物は殆ど持ち帰っていたが、意外と多くなってしまった。
それらを持って来た袋に纏めて入れると、結構重い。イラついていた気持ちが更に大きくなる。
親の仇でも取るかのような顔で生徒通用口を抜けると、見知っている後姿を発見。
ターゲット捕捉しました!!
「み~つ~け~た~~!!」
「え!?な、なに??」
混乱するその人はあたしの声に驚いて周囲を確認しだした。
荷物持ち&聞き役確保!!
「捕まえました!」
「ひぃ!?」
ちょっと、「ひぃ」は酷くない?まるであたしが変態みたいじゃない。
負んぶお化けよろしく背中にへばりつたあたし。
「だれ!?え、本当になに!?」と混乱状態。こんなことする人、この学園じゃ限られているだろうから、分かると思うんだけどなぁ。
「五嶋先輩、暇ですよね?ちょっと荷物持ちがてら付き合って下さいません?」
「え?菜子ちゃん??」
「当たりです。暇ですよね?行きたいところがあるので付き合ってください」
「行きたいところ?良いけ、ど!?」
「良い」と聞いた瞬間。「よし、行きましょう」と言って背中から手を放し、持っていた荷物を持ってくれるよね?みたいな顔で差し出せば、反射のように受け取った。
うん、良い反応。
「鼻息荒いねぇ。一体どうしたの?」
「一言余計です。今あたしは機嫌がよろしくないのです」
ほんとに機嫌最悪ですよ。
だから黙ってついて来て下さい。
そうして来たのは喫茶店『メイズ』。マスターが命名したらしいけど、『迷う』ってどうなんだろう……。
ドアを開けるとベルがカランと鳴った。店内にお客さんは数人で、奥の席で思い思いの時間を過ごしている。あたしはカウンターに座ってマスターと会話を楽しむことが多い。
ここにはコーヒーを味わいに来ているのは勿論だけど、マスターとお話しするのも目的なんだよね。
何と言うか、考えが纏るんだ。
「こんにちは、マスター」
「桜川さん、いらっしゃい。お久しぶりですね」
「学校の行事とか試験で忙しくて……。ずっと来たかったんですよ、あたしのオアシスなんです、ここ」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。そちらの方は?」
あ、すっかり忘れていた。
五嶋先輩はニコニコしていたけど、「忘れてんじゃねぇよ」って思って良そうな顔をしながらあたしとマスターを見ていた。
ごめんなさい、我に返りました。すみませんね、引っ張って来ちゃって。
「こちらは学校でお世話になっている先輩です」
「初めまして、五嶋悠斗と言います。菜子ちゃんに引っ張られてきました」
やっぱり怒ってるー!!
静かな怒りって怖いよ、前面に出して!
マスターはアワアワしているあたしを余所にのほほんと「仲が良いんですねぇ」なんて言ってる。
良くはないですよ。威圧感で押しつぶされそうです!
「先輩、荷物すみませんでした」
静かな怒りを収めようと謝りながら手を伸ばすと、やけに優しく微笑まれた。
ひぃ!と思わず悲鳴を上げそうになる。
「ここ、おごり?」
「……もちろんでございます」
説明もなく引っ張って来られ、荷物を持たされたあげく、着いたと思ったら自分の存在を忘れお店のマスターと話し込む後輩。
うん、怒っても仕方ないね!
本当にごめんなさい!!
ここは奢らせて頂きます。
「嘘だよ」と言う先輩に「いいえ、奢らせて下さい!」と食い下がった。
「じゃあ、またデートだね」
「わぁ、楽しみぃ」
「棒読みですね、桜川さん」
それ以外にこの感情をどう表せと?
「はい、お待たせいたしました」
「ありがとうございます、マスター」
「良い香りですね、頂きます」
あたし達はカウンターに席に座った。
いつ来ても良い香りのコーヒーは荒んだ心を癒してくれる。
良いお店見つけたよ、あたし。これが自画自賛ってやつ?
一口飲んでほっこりしていると、五嶋先輩がマスターに「美味しいですね」と言った。目尻の皺を深く刻み、「ありがとうございます」と言うマスター。このお店って時間がゆっくり流れている気がする。
普段の忙しない生活から解放される場所。切り離された空間。
「ここの店名、変わっていますよね」
「ええ、よく言われます」
一緒に頼んだデザートにフォークを刺して口に運ぶあたしの横で、五嶋先輩とマスターは楽しそうに話していた。
あ、それあたしも気になっていました。
フォークを咥えたまま頷くと、先輩に「行儀が悪いよ」と注意され、「四ツ谷みたいだ」と言われたのでもうしないと誓った。
「恥ずかしいのですが、若いころ自分探しの旅をしたことがありましてね。将来が何も見えなくてやりたい事も無い現実に焦り、嫌気がさしてリュック一つで各地を回っていたんです。答えも見つからないまま疲れ果て座り込んでいた時、香りに誘われて入った先がコーヒー店だったんですよ」
へぇ、こんなダンディで自分をしっかり持っているように見えるマスターにもそんな頃があったのね。人って見た目じゃ分からないわ。
マスターは懐かしそうに話を続けた。
「そのお店は微に音楽が流れ、カウンター数席とテーブル席が数席の小さなお店でした。店主は無愛想にコーヒーを淹れていましたね。私が注文すると無言で作業して、頼んでいないロールケーキを一緒に出して来たんです。驚く私に「疲れた時は甘いものが良い」と言ってまた無愛想に仕事を再開するんです」
だからか。マスターのお店も微に音楽が流れ、カウンター席とテーブル席が数席。
違うのは無愛想じゃないってところかな?
「迷って疲れた時、ふと立ち寄りたくなる店を作りたい。そう言っていました。私は酷く感激してその場で雇ってくれるように懇願したんです。……だから“メイズ”なんですよ」
「なら、このお店が?」
「ええ、継がせて頂きました」
「そうなんですか!?あたしマスターが開いたお店だと思っていました」
なんて恥ずかしい勘違い。
でもいい話が聞けたからいいや。
あたしがこのお店を見つけたのも香りに誘われたからなんだよね。来たくなる時は決まって迷っていたり、悩んでいる時……。
マスターと前の店主さんの想い通りのお店だ。
だからここに来ると落ちくんだろうなぁ。
その雰囲気を大切にして、守っているマスターに感謝です。そのおかげであたしはここに来られたんだから。
「と言うことはだ。もしかして菜子ちゃんは何か悩みがあるのかな?僕を引っ張って来た時も「機嫌が悪い」って言ってたよね」
ゔ、ちょっと忘れかけていたのに思い出させなくても良いじゃない。
ほら、浮かび上がって来たよ奴の顔が……。
くぅ~!忌々しい。
「いえ……。そんな大層な悩みではないんですけど」
「どんなことでもいいんですよ。ここはそういうお店なのですから」
マスターがそうおっしゃるなら愚痴、言わせて頂きます。
せっかくの美味しいコーヒーもデザートも味が落ちてしまうかもしれませんが。
「部活の顧問なんですけれど」
「ああ、多門先生ね。どうかしたの?」
「活動に顔を出さないのは諦めたんですけど、今日家庭科室に私物を取りに行ったとき会ったんです。その時部活をやる意味はあるのか、と訊かれたんです……」
「はぁ、あの先生らしいね。学園には学力主義の教師が多いけれど、多門先生はその筆頭だから」
「その先生はどんな人なのですか?」
マスターは洗ったカップを片付けながら訊いてきた。
係わりを持つことを避けて来たから詳しくはないが、自分が感じた事を混ぜて説明する。五嶋先輩も捕捉してくれたけど、やはり詳しくは知らないみたい。
拙い説明ながらマスターは「成程」と頷いた。
「その方は桜川さん達、特に学業以外で充実した学校生活を送る生徒が羨ましいのでしょう」
「羨ましい、ですか?」
とてもそんなふうに見えないのだけれど……。
あれが羨ましがっている態度なの?
見下しているだけじゃない。
「そうかもしれませんね」
五嶋先輩が同意した。
驚くあたしに笑って「分からない?」って訊いてくる。
分からないから驚いているのです。
「多門先生は初等部から黒白の生徒だったんだ。その頃から成績優秀な生徒だったらしいよ。部活動をやる同級生を見下すこともあったらしい」
「あの、五嶋先輩?多門先生について良く知らないとか言っていましたけど……嘘ですか?」
じゃなかったらそんな詳しくないよね?
学園の教師は卒業生が多くいるけど、多門先生もそうだったなんて初耳。
「多門先生の考えていることや思っていることは知らないから詳しくないよ」
「それ、本人以外には分からないことなんじゃ……」
恐ろしい……。この人、学園にいる人間なら知らない人居ないんじゃないの?
そんなことを考えていたら無言で微笑み返された。
うん、絶対に逆らっちゃダメだ。そんな気がする。
「好きと嫌いは違うようで同じなんです。それは相手に感情がある証拠。だから気になる。無関心なら桜川さんに部活の事で何か言ったりしなかったでしょう」
「種類は違うけど、前の二宮と一緒だね。コンプレックス、だよ。対象が複数の生徒って言うのはどうかとおもうけど」
ほんと、どうかと思うよ。
コンプレックスを持つのは勝手だけど、その相手が生徒って……。しかも威嚇っぽいことまでするなんて、教師として良いの?良い訳ないよね?
納得していないあたしの顔を観た五嶋先輩は苦笑いをし、「分からないでもないけど」とあたしの気持ちを察してくれた。
「コンプレックスは思春期に生まれやすいんだ。きっと多門せんせいはその気持ちを持ったまま大人になってしまったんだろうね。勉学においては優越感を、日常生活では劣等感を抱いた。しかも劣等感の方は自身でも気づかない内に大きくなって行った」
「大人になると日々の生活や人間関係で緩和されていくものなのですが、自覚していないと難しいでしょうね……」
そうですね、と五嶋先輩とマスターは頷き合う。
ごめんなさい、置いて行かないでくださいませんか。貴方たちの理解に付いていけていないのです。
え~と、要するにだ。多門先生は大人だけど心の奥底は子供、ってことで良いのかな?
で、その劣等感を拭うためには周りの人と係わることが大切、と……。
……無理じゃないかしら?だってあの人明らかに人間嫌いだよね?
「跪け、愚民共!」とか内心で思ってたりして。それは言って欲しいかも……。リアルで聞いたことない素敵な台詞……。
あ、ちょっと興味出て来た。
「菜子ちゃん。変なこと考えてない?」
「気のせいです、先輩。ぐみ…、いえ、何も考えてません」
おお、怪しんでる。気付かせちゃダメだ。頭可笑しいって思われてしまう。
「あのね、確かに多門先生はプライド高いけど、そこまで思っていたりはしないと思うよ?」
「……よくわかりましたね」
ショックよりも恐怖が先にきたよ。どこまでもお見通しですか?
先輩は「だって」と頭を抱えたくなる言葉を続けた。
「二宮のツンデレに面白いくらい反応していたからね。顔がにやけていて面白かったよ」
「気付いて欲しくなかったです。そしてできれば指摘して欲しくなかったです」
穴があったら入りたい……。マスターは落ち込むあたしを見て控え目に笑っていた。
ここまで来たら声出して笑って下さい。その方が救われます。
「生徒の桜川さんがそこまで考え込まなくて良いんですよ。周りの同僚の方、他の先生に相談してみてはいかがですか?」
「他の先生……。そうですね、丁度良いのがいました。今度相談してみます」
「それって大澤先生かな?うん、大澤先生なら適任だね。きっと十字先生も手伝ってくれるんじゃないかな」
大澤先生と十字先生のタッグか……。それは見ものだわ。ぜひ拝見したい。
そう思っていたらまた五嶋先輩に言われた。「趣味悪いよ」と。
いいじゃない、面白そうなんだもの!ゲスイ趣味、大いに結構でしょうが!
何が悪いんだ、って顔してたら「しょうがないなぁ」と言われ、「僕も似たようなものだけど」と開き直られてしまった。
コンプレックスって誰にでもありますよね。
でも、大人になると「なんであんなことで悩んでたんだろ」ってなることが多々あります。
多門先生はそうじゃない人。
大澤&十字に揉まれたまえ!




