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65 料理教室は誰のため?②

参加者が談笑しながら舌鼓を打つ中、ようやく片づけを終えたあたし達は隅のテーブルでお茶会を開いた。「私に淹れさせて」と申し出てくれた佐々木先輩に甘え、そちらは任せてあたしはお皿の用意をする。

本当は出来たてが一番美味しいんだけど、家庭科部じゃあたしが一番の下っ端。というか、一年はあたし一人だからね。どうしても補佐が多くなってしまう。

上下関係を気にしない部の先輩たちだけど、あたしが気になる。だって中身は25歳の元会社員ですから。古臭いって言われるかもだけど、先輩を敬うって大切だとおもうの。



「なんか、高天が焼いたホットケーキ……形が変だな」

「そうだね。菜子ちゃんや佐々木さんが作ったものと比べると、分から易いくらい不器用なのが現れているよね」


そんなハッキリと言わなくても……。あ、ほら!落ち込んじゃったじゃないの!

無表情で落ち込むの止めて!何考えているのか分からなくて怖いから!

空気だけがどんどん沈んでこっちまで暗くなっちゃう。


「でも、一条君一生懸命だったのよ」


佐々木先輩が淹れ終わった紅茶を配りながら一条先輩のフォローをした。一条先輩の前にカップを置くと、「ありがとう」とお礼を言い、言われた佐々木は吃驚して、それから「どういたしまして」と微笑む。

四ツ谷先輩と一緒のテーブルで気まずくなったりしないかな、そう思っていたけれど、二人は楽しそうにしていたので、四ツ谷先輩の中ではとっくに終わったことなのだと理解した。

訊いたらきっと、「昔は気にしない。大切なのは、今だろ?」そう言うに違いない。


「ねぇ、一条。なんで急いで料理教室をやりたかったの?」


あたしがずっと疑問に思っていたことを、五嶋先輩が尋ねる。すると、ギュッと眉間に皺を寄せ、言い辛そうに口を開いたが、返答を訊いて思わず「え、本当ですか!?」と訊き返してしまった。

心外だ、そう言いたげに頷く一条先輩。

う~ん。あたしの予想を超える答えです。

一条先輩は夏休み中、習った料理(お菓子)を自宅で練習しようとしていたらしい。

形状記憶合金ばりの無表情のお坊ちゃまが自宅でホットケーキ作り……。

あ、だめだ。顔が緩む。

堪えきらなくなったのは勿論四ツ谷先輩で、周りに人が居ることも忘れて大爆笑。気に障った一条先輩が「笑うな!」と珍しく不貞腐れた大きな声を出した。


「悪い悪い。だって高天がホットケーキって……。しかも自宅でって……。あはは!可笑しい!そりゃ、小父さんと小母さんも驚くだろうよ」

「でも良い傾向なんじゃないかな。食べさせてあげたら?きっと喜ぶよ」

「まぁ喜ぶだろうが、食すのは海だ」

「へ、俺?」


急に指名された四ツ谷先輩は間抜けな顔で驚いていた。

笑われた仕返しとばかりにしたり顔で頷く一条先輩。


「甘いもの、好きだろ?腹いっぱい食わせてやる」

「いや、好きだけど……。え、マジで?」

「良かったね四ツ谷、頑張って。一条って完璧主義者だから、納得するまで作り続けると思うよ」


最後に五嶋先輩は、「太らないようにね」と爽やかな笑顔で言った。

太ってしまえ、腹の底から笑ってあげるわ!

黒いあたしが顔を出した瞬間だった。


「意外……。四ツ谷君て、あんな風に笑うのね」

「そうですか?だいたいあんな感じですよ。いつも五嶋先輩にやられっぱなしです」


「そうなの?」と驚く佐々木先輩。まるで眩しい物を見るような目で三人を見ていた。


「……私、本当に何も見えていなかったのね。ただ憧れて、近くに行きたいと思って……。気付いたら周りが見えなくなっていた」

「それは以前の佐々木先輩です。今の佐々木先輩はこうして見えているじゃないですか。これから知っていけばいいんです。やり直すこと、始めることに手遅れは無いですよ?」


あたしの言葉に目を丸くして手を止めた。

すると、黙々と食べていた大道寺先輩が「姫の言う通りだ」と言った。


「すべての過去がやり直せる訳じゃない。けれど、やり直すことが出来ることがあるのも真実だ。いつまでも過去を悔いて下を向くより、前を向いて周りを見た方が良い」

「……大道寺君もやり直したい事があるの?」

「ああ。馬鹿な自分を目覚めさせてくれた姫のおかげで、こうしてここに居られる」

「そうなの……。桜川さんは凄いわね」


あたしは別に凄くない。どんなにあたしが手を差し伸べたって、周りが声を掛けたって、本人にその意思が無ければ無意味だ。

二人の先輩が前を向いて居られるのは、本人が頑張ったから。あたしはただ、切っ掛けを与えたに過ぎない。

こうしてちっぽけな存在のあたしが、誰かの笑顔に繋がったら嬉しいと思う。




皿も洗い終わり、参加者も帰った頃。大澤先生は遅れてやって来た。

来ても何もないんだけど……。


「あれ、もう終わりか?」

「あ、大澤先生だ!何しに来たの?蘭達、もう帰るよ」


高橋先輩に言われ、「だよな~」と力の抜ける返答。

ホント、何しに来たんだ?


「橘、多門先生は?」

「今日はいらっしゃっていません。職員室に居るのではないですか?」


橘先輩の多門先生への感情が分かる声色だった。

ズバリ無関心。……分からないでもない。


「またか……」

「もういっそのこと、大澤先生が顧問になったらどうですか~?あの人居ても居なくてもかわらないしぃ。一切係わりたくないし~」


我が家庭科部で顧問の株は大暴落を起こしています。

支持者は誰も居ません。

多門先生のファンの女生徒の事を石井先輩は「視力検査した方が良いよねぇ」と言って。高橋先輩は「蘭には理解出来ない。どこが良いのかレポート書いて欲しい」と言っていた。

橘先輩は多門先生について「知らない。知りたくもない」だそうです。

大丈夫かな、うちの部……。


「“多門先生”な。……そう簡単にいかないだろう?俺にも受け持っている部はあるし、第一名前だけでも貸してくれって言ったのは新波じゃなかったか?」

「誠に遺憾ながらその通りです。人数と顧問が揃えば部として成立するからと、押し切った前会長の所為です」


橘先輩の言葉に苦笑いするしかない大澤先生。

顧問を簡単に替えられるのなら、とっくに替えている。

出来ないでいるのは部成立の折の義理があるからだ。そんなの気にしなければいいと思うけど、必ずしも替わった教師が部活動に理解のある人物とは限らない。

なら、口出ししてこない多門先生で良いか。というのが先輩たちのたどり着いた答え。


「桜川。俺の分は?」

「ある訳ないですよ」


何言ってるの?馬鹿なの?


「だよな~。じゃ、今日はもう終わりだろ?ほら、帰った帰った」


……このやる気無し男め!

次参加したとしても何も与えてやらない。決めた!


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