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64 料理教室は誰のため?①

試験が終わり、来週から夏休みだと言うのに何故か開催されることになった家庭科部の料理教室。もう来学期からで良いじゃん。全員一致の見解を見せた中、反対したのは部外者の生徒会長。そりゃもう、表情筋どこ行った?と確認したくなるくらいの真顔で、「やりたい」と権力者から言われたらやらないわけにはいかない。

しかたなく部長の橘先輩が幽霊顧問の多門先生に掛け合い、急きょ開かれた。一条先輩はどうしても長期休暇前に一度やりたかったらしい。何故かと問えば何やら考え込んでしまったのでそれ以上訊くのを止めた。

参加メンバーはあたしが誘った美穂と先輩方が声を掛けた先輩数名。

残念ながら美穂は私用があって本日の教室は欠席。「次、次は参加するから!」と言い残して帰って行った。参加者の中に嬉しい人を見つけ、思わず駆け寄る。その人は駆け寄るあたしを笑顔で迎えてくれた。


「佐々木先輩、お久しぶりです!」

「今日はよろしくね、桜川さん」


少しぎこちなさも感じる笑顔だけど、もうすっかり暗い影は無くなっていた。

四ツ谷先輩への想いで嫉妬という気持ちに支配され、制御できなくなるほど自分を見失っていた佐々木先輩。

あの事件から会うのは初めてだけど、あたしの中に恐怖心は一切なかった。それどころか元気そうな姿を見て嬉しくなる。もう大丈夫だと思わせる表情に安心した。

ニコニコと見つめるあたしに釣られるように佐々木先輩も笑っていたが、スッと笑顔が引いてしまった。どうしたのかと不思議に思っていると、グイッと体を後ろに引かれた。

誰がそんなことをしたのかと見れば、そこには警戒心を剝き出しにして佐々木先輩を見る一条先輩が居た。

あたしを自分の背に隠して、腕を掴んだまま放さない。

なんて失礼なことをするんだ!そう思い止めるように言おうとした時、佐々木先輩が「ごめんなさい」と頭を下げた。


「あの時はごめんなさい。貴方たちの大切な後輩を傷つけてしまって……」


もう終わったことだと、気にしないでほしいと言いたかったけど、それを一条先輩の背中が阻む。


「謝っても許されないと分かってる。でも、気持ちだけは伝えさせて」


先輩の横から覗き込むようにしてようやく見えた佐々木先輩は、迷いなくあたしを見た。もう、あの弱々しい瞳の女性は居ない。ここに居るのは強い意思を持つ綺麗な女性。


「ありがとう。あなたのおかげで目が覚めた。……直接言いたかったのだけど、時間が掛かってしまってごめんなさい。私が弱かったから桜川さんを巻き込んでしまった。……あなたビンタ、効いたわ」


苦笑いでそう言う佐々木先輩はチラリと一条先輩を見る。あたしは制服の背中を引っ張って「どいて」と合図をすると、渋々と言った感じでずれてくれたが、でもまだ隣に居て、佐々木先輩を見張っている様な態度にちょっと嫌な気分になった。


「これからは怯えてないで顔を上げることにしたの。挨拶もするし、声も掛けるわ。友人に成りたいと思ったら、まず自分から行動することが大切だって、桜川さんが教えてくれたから」


晴れやかな顔で笑う佐々木先輩は、見ていて眩しいくらいだった。スッと差し出された手を握り返せば、また「ありがとう」と言われる。

そんなに感謝されることはしていない。結局傷つけてしまったと後悔し、周りの人たちに慰められるという体たらく。佐々木先輩がまた笑えますように、力強く前を向いて歩いてくれますように。そう祈るしかなかった小さな自分。

あたしの方が言わなければいけない言葉でしょ?


「あたしこそありがとうございます。佐々木先輩が笑ってくれて嬉しいです。顔を上げてくれて嬉しいです。また会えて、こうしてお話し出来て本当に嬉しいです」


一気に言ったあたしの言葉に、薄っすら涙を浮かべ「私も嬉しい」そう言った。

佐々木先輩の変化を認めた一条先輩は、ようやく肩の力を抜いたようだ。やっと優しい空気が場を包み始めた時、咳払いが聞こえた。


「え~、ゴホン。そこのお三人方。始めても良いかな?」


気が付くとエプロンを付け終え、それぞれの場所に移動し終わっていた。残っているのは手を握り合っているあたし達と、ずっと傍に居た一条先輩。慌てて空いた場所に三人で移動する。

すっかり本題を忘れていた。今日のレシピは“ホットケーキ”簡単なようで実は奥が深く、難しい一品。

不器用な一条先輩に果たして出来るのだろうか……。そう考えていたら早速問題発生。なぜか卵を持ったまま動かない。

材料の分量はパッケージに書かれている量をきっちり守る。結局これが一番美味しく出来るんだよね。

ホットケーキミックスの量を量り、ふるいにかける。ボウルに牛乳入れ、さぁ卵を入れましょうと言う時に固まってしまったのだ。


「あの~。まさか、どうやって割ればいいのか分からない。なんて言いませんよね?」


同じテーブルで作業する佐々木先輩も、動かなくなった一条先輩を不思議そうに見ていた。

恐るおそる訊いたあたしに、一条先輩はたっぷり間を取り、「すまない」と言った。

驚く佐々木先輩。ええ、初見は驚くのも無理はないと思います。でも、これくらいで驚いていては身が持ちませんよ?なんせこの人、包丁も触ったことなかったんですから。きっと今手にしている卵も初めて触れる物体だと思われます。


「最初は加減が分からなくて潰してしまうかもしれませんから、違う容器に入れましょう。殻が入るかもしれませんからね」


一つ卵を手に取り、割ってみせた。牛乳の中に落ちた卵の黄身は、割れることなく白い液体の中に揺蕩っている。

納得した顔で早速実践。いい感じに罅は入ったが、残念なことに黄身も潰れ、殻も入った卵が容器に落ちた。

混ぜてしまうから潰れていても問題ないのに、悔しそうに潰れた黄身を見ている。

殻を取り出してもらい、牛乳の入ったボウルに入れてしっかり混ぜる。ふるいにかけた粉を入れ、へらを使って混ぜる。コツは混ぜすぎないこと。底からすくうように上げて落とす、を10回ほど繰り返す。粉っぽくても問題ない。

温めたプレートで焼く。数か所プツプツしてきたら裏返し、つま楊枝か何かで刺して何も付かなければ出来上がり。

初めて一人で最初から最後までやった一条先輩は、いつのも真顔だったけど、どこか嬉しそうに見えた。



皆が焼き終わる頃、片付け要員に連絡を入れると新波先輩まで付いてきた。もちろん新波先輩は労働と言う対価を払ってホットケーキにありつこうとする人たちを横目に、橘先輩が作ったホットケーキを当たり前のように食す。

橘先輩も諦めている様で、文句も言わず紅茶まで用意している。


ああ、なんてマイペースかつ堂々としているんだろう……ちょっと憧れる。

そんなふうに生きてみたい……。


女生徒の憧れである生徒会のメンバーが揃っても騒ぐことなく、友人同士で談笑しながら手を動かす参加者の生徒達。さすが橘先輩たちが声を掛けただけはある。

前に石井先輩が生徒会を特別視していないと言っていた。今日いる参加者は同じように生徒会のメンバーに興味の無い生徒のようだ。


「菜子、洗い終わったぞ」

「ありがとう、侑吾君。そこに置いておいて」

「姫、これはどこだ?」

「あ、それは場所が違うので後で片付けます」


風紀委員に入れることになった侑吾君は、時間があれば大道寺先輩の手伝いをしているらしい。今日も侑吾君にメールしたところ、大道寺先輩と一緒に居たようで、「一緒に来なよ」と誘ってみた。

相変わらず安定の“姫”呼び……。誰も気にしなくなったことに「これで良いのか!?」と疑問が湧いたが、だからといって直してはくれないだろうと思い、指摘していない。

ゲームでは隠しキャラの大道寺先輩。確か“姫”なんて呼んでなかったと思うんだけどなぁ……。

あ、そうだ!ゲームじゃカーニバルでフェルスティン役は違う人だったんだっけ。あたしはなんかの競技で足を挫いて、それで同じ組の大道寺先輩が治療ブースまで運んでくれる、って内容だった気が……。

ダメだ、思い出せない。なんでこう記憶が虫食いなのかなぁ。

あの中途半端な神様はそこんところ修正してくれなかったようだ。……役立たずめ。


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