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61 このままでいたいです。

内容が、ないよう……(寒

ようやくテストが終わり、今日は順位発表の日。中間に比べて範囲が広かったので自信はなかったけれど、結果は一つ落として9位。これなら問題ない。来学期からはAクラスだ。

侑吾君は残念ながら、今回は30位以内に入ることが出来なかった。美穂が言うには、最初のテストで順位を落とした上位クラスの生徒がヤバイと思って勉強し始めるのが、この一学期の期末考査なんだって。

悔しそうに順位表を見ている姿が痛々しくて、なんて声を掛ければ良いのか分からない。3歳から幼馴染をやっているのに、こんな時は役に立てそうもない。


「よほど菜子の近くに行きたかったんだろうね」


椿が言った。肯定も否定も出来ず、ただ黙っていると、「姫」と久しぶりの愛称で呼ばれる。

この愛称で呼ぶ人間はこの学園に一人しか居ない。


「大道寺先輩。先輩も見に来たんですか?」


先輩は「ああ」と言いかけて止まった。

なんだ、どうした?充電切れですか?

しばらくじっと見ていると、いきなりカッと顔と言わず首や耳まで真っ赤か。

あ~。テスト勉強で忙しくてすっかり忘れてたよ。てか、どんだけ純情少年なんですか。

これ以上考えすぎて頭がヒートしない為に、真実を教えてあげることにした。ちょっと考えれば分かることなのに、思い込みって怖い。


良く考えてください。正面からぶつかったとしても、同じ場所を同時に怪我するなんて無理ですよね?だって鼻が邪魔でしょ?まず、あたしの口が先輩の額にぶつかって、次にあたしの額に先輩の口がぶつかったんですよ。

と言うことを説明すると、「あ……。ああ、そうなのか……」せっかく悩みの種を取り除いてあげたのに、歯切れの悪い返事。

まぁ、いいや。それより今はいつもの陽気さをどこかに置いて来てしまった侑吾君が先決でしょ。

そう思って振り向いたら背後に居た。叱られた子供の様に項垂れている。

あ~吃驚した。心臓に悪いって。気配まで迷子ですか?


「ごめん、菜子」

「え、いきなり何で謝ってるの?」


急に謝られたあたしはどういった反応を返せば正解なんでしょう?

いつのまにか隣に移動していた大道寺先輩も、侑吾君の暗い空気を感じ気にしていた。B組に入れないので落ち込んでいる。彼は風紀委員に入りたかったようです。と説明すると、「なんだ、問題ないぞ」そう言った。

え、問題ないって何?

頭上にクエスチョンマークが踊るあたし。先輩は苦笑いで教えてくれた。


「別にどのクラスの生徒でも風紀委員に入ることが出来る」

「だって、『B組には生徒会運営の風紀委員入る権利が与えられる。風紀委員に入るには風紀委員長の推薦と生徒会会長・副会長両名の許可が必要』って書いてあるじゃないですか!?」


スカートのポケットに入れっぱなしだった生徒手帳に記載されているそれを見せながら言うと、「それ、今は関係ないから」だって。

関係ないってなに!?


「最初は篩いにかけるための一文だったんだ。だけど今では風紀委員に入りたいって生徒も少なくてな、『風紀委員に入るには風紀委員長の推薦と生徒会会長・副会長両名の許可が必要』ってとこだけ採用されている。だから風紀委員に入りたいのなら俺と一条と四ツ谷が許可すれば問題ない」


……なに、それ。生徒手帳、意味ないじゃん。

でも、侑吾君の深く沈みこんだ陽気が回復したようなので、気にしないでおこう。

良かった良か、


「きゃあ!?」

「わはは、菜子。やった!!」


侑吾君に抱き上げられ、そのままクルクル回される。

いや~、目が回る。てか、目立つからや~め~て~~。

下ろされた時には世界が回っていた。なぜすんなり下ろしてもらえたかと言うと、保健室の魔女が吠えたのさ。騒いでいた他の生徒は引き波のように去って行った。

ずんずん歩いてきた十字先生は、襟をむんずと掴んで保健室に強制連行。

ずるい、またあたしだけが怒られてる……。


「いい加減にしなさいよ、ここは騒いでいい場所じゃないって分からないわけ!?」

「知ってますよ!そんなの小学生の頃に学ぶことです!」


自分は足を組んで椅子に座っているのに、なんであたしは床に正座させられてるの?しかも「あら、何で床に座ってるの?」だって。貴方がそこに座れと床を指差したんじゃないですか!!


「そう言えば、来週から夏休みね。ちんくしゃはどうするの?ずっと寮が開いているわけじゃないでしょ?」


十字先生は何も無かったように来週からの予定を訊いてきた。

いや、良いですよ?女性の話がコロコロ変わるのはいつの時代も変わらないことですから。あ、先生は男性でしたね。ほら、「女心と秋の空」って言うくらい移りやすい物ですからね。

と言うことを厭味ったらしく言ったら、すっごく渋いお茶を出された。なんて恐ろしい仕返しなの!?

口の中の苦みと戦いながら迫りくる夏休みについて考える。

確かにずっと寮に居る訳にはいかない。以前、お盆は開いていないと説明された。それにメンテナンスでその期間は長くなるらしい。

家に帰るのが正しい選択。でも、誰も居ない家だよ?恵さんが色々助けてくれるだろうけど、三橋家の負担にはなりたくないし……。いっそのこと、両親の居る海外に行っちゃおうかな。


「ちょっと~、聞いてるの?そうやって考え込んで言葉にしないの、あんたの悪い癖よ」

「……別に話す事じゃないから話さないだ、」


「けなんです」と続けようとしたら思い切り頬を抓られてしまった。綺麗に整えられた爪が光っている。


「生意気言ってるんじゃないわよ。あんたはまだ子供なのよ?素直に甘えなさい。可愛い見た目してんのに中身ババァよ、あんた」

「褒めながら貶すの止めて下さい」


抓られた頬を擦りながら十字先生を見れば、口パクで「バーカ」だって……。

男のくせに、何で一々綺麗なのさ!

おっと、今は嫉妬している時じゃなかった。夏休みの事を訊かれていたんだった。本当にそれについては深く考えてない。あたしが気にしているのは別の事。

話し、聞いてくれるだろうか……。


「ほら、その眼。言いたい事があるなら言いなさい。ここには私しか居ないのよ」

「じゃあ、あの……。クラスって、今のままで居ること出来るのでしょうか?」

「クラス?ああ!新学期クラス編成のことね、移動したくないの?」


あたしは素直に頷いた。今のクラスは居心地がいい。Aクラスに行ったら美穂が居ない。きっと勉強の事しか頭の無いクラスだ、あたしの事を見てくれる人は居ないだろう。クラスメイトが全員競い合うだけのライバルだなんて悲し過ぎる。自分から人との交流を求めることをしないあたしだけど、隣に人が居るのに机としか向き合わないのは寂しい。


「その気持ち、大澤ちゃんに言ってあげなさい。きっと喜ぶわ」

「あの、それって……」

「確かに成績が上がればクラスも変わるわ。それは個人に合った勉強をさせる為。でもね、意思は尊重してくれるの。今のままが良いなら無理すること無い。好きにしていいのよ」


保健室を送り出されたあたしは「走るんじゃない!」と怒られ、早歩きで向かった。場所は勿論、大澤先生の秘密の隠れ場。

先生は安定のやる気の無さで煙草を吸っていた。声を掛けると携帯灰皿で火を消してくれる。当たり前の行為が嬉しいなんて、恥ずかしいから絶対言わないけど。


「なんだ、クレームか?」

「なんでそんな考えになるんですか……。違いますよ、来学期の事で話があるんです」


「あ~、それな……」そう言って頭をガシガシ掻いた。

先生には頭を掻く癖と、手で口元を隠す癖がある。今のはちょっとイラッとしたのかも。

校舎の日陰になっているこの場所も、夏場は風が吹かなければジメッとした暗い場所。今日は生憎の曇り空だが、涼しい風が吹き抜けてくれるおかげで空気がさらっとしている。

コンクリートの冷たい感触を背に、あたしは大澤先生を見た。


「あたし、このままBクラスで居ちゃダメですか?」

「せっかくAクラスに上がれるのに良いのか?そのために勉強してきたんだろ?生徒会庶務はどうするつもりだ?」

「それは……。どうにかします!別にBクラスに居たとしても、成績を落とさなければ問題ありません。それにあたし、先生のクラスの生徒で居たいんです!」

「……俺の?」


こくんと頷く。確かにいい加減な所もあるけれど、あたしが知る教師の中で一番生徒に寄り添っているのは大澤先生だ。先生と居ると落ち着く。無理して頑張らなくても良いし、自分を作る必要が無い。要するに楽。

それって一番大切なことでしょ?

真っ直ぐに見つめる視線の先には、驚いた表情で固まる大澤先生の姿。ゆっくり動いたかと思えば顔を背け、口元を手で隠した。背けても見える耳朶は赤く染まっている。


「そう言ってもらえると嬉しいよ、教師冥利に尽きるってもんだ」

「じゃあ、このまま先生の生徒で居れるんですか?」

「分かった、編成会議で言っといてやる」


元々クラス変更になる生徒には、担任が上位クラスに入りたいかどうか面談を行うらしい。下位に落ちる生徒には夏期講習のほかに、補習を受ければそのままのクラスで居られるよう配慮しているとか。

風紀委員のこともそうだけれど、思っていたより寛容な学園なのね。入ってみると分かることって一杯ある。それは人にも言えることで、係わらないと見えてこない部分があると思うんだ。

このままで良いんだ。そう思ったらフワフワ揺れる心。もう直ぐ夏休みだし、知らない内に気分が高まっているのかも。

ようやくこちらを向いた先生と目が合った。上機嫌になっていたあたしは気が付いたらニコニコしていて、その顔を見て先生が噴出した。


「ホント、分かりやすいな、桜川は。……可愛いな」


自然に褒められていると思ったあたしは「はい!あたしは先生の可愛い生徒ですから!」なんて、頭の緩んだ返事をした。

ぼそっと言った「可愛い」と言う単語を聞かれていると思っていなかったのか、咳払いでテレを隠している。

そんなことをする大人の方が可愛いと、元25歳のあたしは思うんだけど……。


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