少年日記 side~五嶋~
前半ちょっと四ツ谷視点です。
*** 四ツ谷 ***
黒白学園生徒会役員と言えば、この学園の中でも一目置かれる存在と言っても過言ではない。
破天荒な新波馨会長を始め、個性的な面々が揃っている。
中等部在籍中から進学後も生徒会に入ることが決まっていた。まぁ、それだけの実績や成績は残して来たので当然だが(ほとんど高天と五嶋の功績だが……)。
そんな生徒会役員は教師からの信頼も厚い。今日もまた生徒会室に教師が訪れ、会長に話をしている。内容は最近同級生からもちょくちょく相談されている事と一緒だった。
――高等部入学組の中に素行の悪い生徒が居るのでどうにかして欲しい。
それは教師の仕事だろうよ。
生徒会は言い方を変えれば何でも屋みたいなものだ。お願いされれば自分達で出来ることは解決する。要は教師の手の届かない事をしている、ってこと。
「で、どうしますか?」
五嶋が新波先輩に訊く。窓際に立ち、開けた窓から緩い風が吹きこむ。先輩の長く艶やかな黒髪がふわりと広がった。
ほんと、この人黙っていれば綺麗なのに……。
生徒会一年の間では“残念な美女”と呼ばれている。ばれたらどうなるか分からないが、無事ではないだろう。
屋上で裸踊りとかなら平気でやれと言いそうだ。「しょうがないからパンツくらいは履いても良いわよ」とかめっちゃ良い笑顔で言うんだろうなぁ。
うわっ。有り得そうで怖い。
「五嶋、高校入学早々問題起こす生徒ってのはどんな奴だと思う?」
「そうですねぇ。アウトローに憧れる、家に問題がある、友人と上手くいかない。とかですかね?」
「分かってるじゃない。じゃあ、私が言いたいことも分かるわよね?」
「慎重に、ってことですか?」
五嶋の答えに満足気に笑って頷くと、「これは先輩や教師が出張るのは良いと言えないからね」気付いたらいつの間にか任されてしまっていた。
高天は早速逃げた、自分には向かないと分かったのだろう。確かに他人の気持ちを汲み取ることに関しては此処に居る誰よりも下手だ。逆に相手を逆上させてしまいかねない。それは五嶋も同じ。正論をぶつけて相手を潰す恐れがある。
結局、問題の生徒への対応は俺がすることになった。
「宜しくね、四ツ谷。僕が係わったら相手の子が不憫だから」
「……頼む」
五嶋と高天がそう言い、丸投げされ少し得意気に「おう!」と返事をする。普段自分に何か回ってくることは少ない。これは数少ない出番だ、否が応にも気合が入る。
*** 五嶋 ***
数日後、任された当初は文句ばかり言っていた四ツ谷と難しい顔をした大道寺、そして問題視されていた生徒の菅谷が3人で仲良くつるむ姿を目にするようになった。
「上手くやっているみたいだね」
「まぁな。でもよ、大道寺ムカつくんだぜ。四ツ谷は他人と係わること好きじゃないのに、なぜ俺達に構う?って事ある毎に言うんだ。これが俺の仕事だからだよ!て言えるか?」
仕事?本当にそう思っていたらそんなに嬉しそうに言わないだろ?
きっと四ツ谷にとっても、僕達以外に初めて出来た友達なのかもしれないね。
傍から見ると四ツ谷には友達が多い。それは表の顔しか知らない人間が集まって居るからだ。本当の四ツ谷はいつでも悩み、自分で解決し、常に一条の味方であろうとする。
良い顔をしていれば余計な敵は作らないで済むし、笑っていれば余計な事を訊かれることも少なくなる。それは生きる術で、実は傷つきやすい自分を守るための術。
僕は君たちが好きだよ。
不器用な一条。一生懸命な四ツ谷。実に人間的で良い奴らだ。
だからこんな事、僕は許せないんだよ……菅谷。
目の前で蹲り、謝罪の言葉を紡ぐ菅谷を僕はただ見ていた。心は急激に冷え、小さく震える菅谷に対して怒りを覚える。
「退学にしてくれ」擦り切れそうな声で訴える菅谷。いっそ望み通りにしてやろうか、なんて考えも浮かんだが、それでは四ツ谷が浮かばれない。
一番悔しいのはお前だよな、四ツ谷。そんなに強く自分の手を握り締めるな……。見ていて痛々しいよ。
騒ぎを聞きつけた大道寺。口論になった二人を宥めながら僕は最低な事を考えていた。全てをぶちまけてしまおうと思っていたんだ。
菅谷を守って、折角友人になれた大道寺に責められる四ツ谷を守りたかった……。否、違うな。弱い菅谷が許せなかっただけなんだ。
なぜ四ツ谷が傷つかなければいけないんだと考えたら、最低な人間になっていた。
四ツ谷と大道寺の関係が拗れたまま一年が過ぎた。その間に中等部の時からの後輩、二宮が生徒会入りし、残念な美女――もとい新波先輩が会長職を引退し、一条が会長に。一条の右腕には四ツ谷が就任した。僕は会計で充分。表だって動くのは好きじゃない、裏でこそこそしている方が性に合っている。
菜子ちゃんが係るようになったのもこの頃。可哀想に、巻き込まれちゃって。ま、巻き込んだのは僕なんだけどね。
その可愛く、素直で不器用な菜子ちゃんは、目を離すと考えもしなかったことを引き寄せるみたいだ。
佐々木さんに襲われるというアクシデントに見舞われたくせに、その襲った相手の心配をする菜子ちゃん。佐々木さんを思い、涙を流す。
その涙を見た時、なんて綺麗なんだ。そう思った。同時に興味が湧いた。どうしたらそんなに他人を思いやることが出来るんだ、と。
四ツ谷と似ている。君を知ればあの時、菅谷を庇って大道寺に責められていた四ツ谷の気持ちが分かるのか?
僕の世界は狭い。家族と生徒会のメンバー、それだけだ。クラスメイトはただの同じ時間を過ごす他人くらいにしか思ったことがない。
感情が動かない。自分と、心の内に入れた人間にしか心が動かない。
寂しい人間だと言う奴がいるが、そう思ったことは無い。そう思うこと自体が寂しいのかもしれないけれど……。
体育祭の準備が始まり、菜子ちゃんが大道寺と係わることが増えた。
正直、面白くない。なにが「姫」だ。
その頃から菜子ちゃんの様子がおかしくなった。妙に神妙な顔つきになったり、誤魔化すような嘘を吐いたり。
なにかあったのは分かっていた。でも、プライベートなことなら詮索するべきじゃないと思ったんだ。なにを考えていたのかは、体育祭の後、明らかになった。
――「お前らに会いたいって奴が来ている」
菅谷に転校先と働き先を紹介した大澤先生に、生徒会の2年と大道寺。この面子に会いたいなんて言う人間は、僕の記憶には一人しか居ない。
まったく。ホント何をしでかすか分からない子だね、菜子ちゃんは。
君の言葉に突き動かされ、勇気を振り絞った菅谷は崩れ落ちそうになりながらも頑張っていたよ。
結果的に四ツ谷と大道寺の間に在った誤解は解け、以前のようにとはまだいかないけれど、友人関係に戻れたようだ。
「気になる?一条」
「別に」
そっけなく答えているけどさ、眉間の皺がいつもより深いこと自覚しているのかなぁ。
体育祭を終え、僕たちは話し合った。当たり前だけど、菜子ちゃんを責める人間はいない。ただ、ちょっとしたお仕置きは必要かなって僕は思うんだよね。だってあの子、その内大変な事に巻き込まれてしまいそうなんだもん。そうなる前に勝手に首を突っ込む癖、治してあげなくちゃだろ?
眉間の皺を刻んだまま期末考査の勉強を続けている。
そんなに気になるなら、あの時止めればよかったのに。
菜子ちゃんに直接どうしてもお礼を伝えたいと言った四ツ谷に、僕たちは頷いた。今回、一番お世話になったのは四ツ谷だったから。
生徒会室を出て行ってしまったのは、お礼なんて言い慣れていない四ツ谷の照れ隠し。僕等が居る前じゃ恥ずかしくて、吃音しか出てなかったしね。
「それにしてもさ~。大道寺と菜子ちゃんの同じ場所に出来た傷。どう思う?」
一条のピクリと眉が動いた。
自覚無いくせに独占欲だけ立派に育てちゃってさ。それじゃあ菜子ちゃんも困るだろう?
不器用な一条は、どんどん人間的になってきた。一生懸命な四ツ谷は表の顔で良く笑うようになった。
これは全部、菜子ちゃんの功績によるものだ。
うん。何かご褒美をあげなきゃね。なのに君ときたら千切れんばかりに首を振って、
――「先輩のご褒美は絶対ロクな事じゃない!」
なんて……。
これは期待されていると受け取って良いんだよね?
ああ、テスト明けが楽しみだ。
初めて五嶋視点を書きましたが、分かったことがありました。
それは、誰よりも熱い男だと言うこと……。意外な発見です(・_・;)