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60 口は災いの元と知っていたのに……。

寮に帰ると先に帰寮していた椿は待ち構えていたかのようにこう言った。


「勉強教えてください!!」


それはもう土下座せんばかりの勢いで、最初から手伝うつもりだったあたしは思わず笑う。「じゃあまたお菓子作らないとね」そう言うと子供の様に目をキラキラさせて大きく頷いた。


「そうだ、三橋から菜子に渡すよう頼まれたものが有るんだ」


椿から渡されたそれは綺麗な字で綴られた恵さんからの手紙。体育祭の感想と、大量の写真……。

恵さんが見学していた時間、あたしは競技に出ていない。写真はカーニバルの時の物だらけだ。


「ぬあっ!?」

「え、なに?なにごと!?」


思わず出たのは女にあるまじき奇声。プルプルと震える指先、それが持つのはカーニバルでの痴態が収められた決定的証拠。

鎖を引き千切り、ヒキガエルを伸し、二宮君とうっとり見つめ合い抱擁するあたし……。

なぜこのチョイスにしたんですか……。さすが恵さん。普通じゃ選ばない場面を撮る貴女、素敵です。

制服のまま床にあひる座りで見ていたあたしの後ろから覗きこんできた椿は大笑い。

別に椿を笑わせる為にコスプレしたんじゃないんですけど?「衣装楽しみ」とか言っていたくせに、それについての感想は無いわけ?

じと目で見ていたら目尻に涙を溜めた椿が、女性劇団みたいなイケメンフェイスで「可愛いよ」と言った。

笑いをこらえているのがバレバレ。肩揺れてるし。減点だな、これは。


「勉強の合間に食べるお菓子は椿の大好きなシナモン風味にしてあげるね」


最上級の笑顔で言ったあたしに、青い顔で素早く土下座で謝って来た。

大食いな椿だから好き嫌いなんて無いと思っていたけど実はシナモンが苦手らしく、コンビニで買ってきたお菓子を進めたら珍しく遠慮したので具合でも悪いのではと心配したあたしに理由を教えてくれた。

だからちょっとした仕返しのつもりで言ったんだけど、必死に謝る椿を見ていたら本当に可愛そうになったので止めてあげよう。



テスト一週間前のこの期間は部活動が無い。あたし達は中間考査の時と同じく4階の自習室に集まって勉強をしていた。今回も二宮君は参加してくれたが、無理やりじゃない。声を掛けたら「分かった」と快く着いて来てくれたのだ。


椿をあたしが、侑吾君を二宮君が見て、美穂は一人マイペースに勉強を進める。必死にノートに書く込む椿に美穂が、「そんなにやったって終わったら忘れちゃうくせに」なんて嫌味を言う。「テストが良ければなんだって良いの」と、椿が顔も上げずに言い返した。

そう言えば、中等部では美穂が勉強を見ていたんだったっけ。ハタと思いだし、椿の勉強を見てあげられないことに対して寂しさを抱えているのでは?そんなことを訊くと、何言ってんの?という顔をした後「子供の面倒を見る手間が省けたわ」と言った。

けれど椿が躓く度に気にしているのは、本当は心配しているからなんだと思う。でも気付かれたくないなんて、可愛いところあるじゃん、美穂ってば。


隣に目を移すとあたし達のやり取りなど一切耳に入っていない侑吾君が、二宮君にしつこく質問をしていた。その度に丁寧に教えて、分かると自分のことの様に褒めている。

今までこんな風に友達と勉強したことないだろう二宮君、最初は迷惑そうだったけど、今は頼られて嬉しいみたい。

いや~。青春してるねぇ、若者よ。



「あ~……。もうダメ」


丁度一時間が経った頃、椿の充電が切れた。集中力の限界です。

皆もそれが合図になり背伸びをしたり、立ち上がって体を解したりしている。


「じゃあ、休憩にしようか。今日はパウンドケーキだよ」


人一倍喜ぶ椿を見ながら用意を始めたが、大切なことに気が付いた。

飲み物が無い……。

あたしは「お湯もらってくる」と言い残し、自習室を出て二宮君と一緒に生徒会室に向かった。まだ見習いの庶務は鍵が無いのさ。

テスト問題の予想をしながら生徒会室に行くと、案の定と言うかなんと言うか、鍵が開いていて二人で顔を見合わせる。

そっとドアを開けるといつもは見ない真剣な顔で勉強をしている先輩たちが居た。邪魔をしない様にそっと中に入ったのに一斉に顔を上げた。


「し、失礼します~。電気ケトル貸してください」


パウンドケーキには紅茶かコーヒーだろう。という自分勝手な決定を遂行すべく、生徒会室の備品を借りようとするあたしって欲に走ってる?

とは言えお湯が欲しい。勉強で凝り固まった脳を解かすには、温かい飲み物が必要不可欠だと思う訳ですよ。

愛想笑いをしながら電気ケトルが置いてある場所まで来るとすでにお湯が入っていた。どうやら先輩達が使っていたようだ。ここは予備の方を使わせて頂こう。そう思い手を伸ばすと、「丁度いいや、コーヒー淹れて」当たり前のように言われた。

まあいいや、たまには聞き分けの良い後輩を演じてやろう。


「インスタントで良いですか」

「ドリップの方ね」

「……」


よりによって時間のかかる方を……。

手早く3人分のカップを用意し、ドリップコーヒーをセッティング。お湯をちょっと掛けて粉を蒸らす。

ああ、良い匂い。癒される~。そうだ、こんどマスターのお店に行こう。

いい感じに蒸れた所にお湯を掛けて行く。淹れ終えたカップを配っていると、やけに視線が絡みついて来た。

一緒に来た二宮君は自分の席で何かやってるし、五嶋先輩は相変わらずの嘘くさい笑顔で一条先輩と談笑している。と言うことは……。


「なんですか、四ツ谷先輩。言いたい事があるなら言ってください、視線が気持ち悪いです」

「いや……。べつに……」


おかしい……。いつもだったら「気持ち悪いってなんだよ!」って言い返すのに……。

口をパクパクさせてまるで池で餌を乞う鯉のようだ。


「あ、あり、あ、ああ、あり!」

「先輩?本当にどうしちゃったんですか?」


具合でも悪いのだろうか。変なモノでも拾い喰いしたんじゃないでしょうね。そっと手を伸ばし熱の有無を確かめようとした。

その手をパッと取って勢いよく立ち上がる四ツ谷先輩。


「だー!ここじゃダメだ、来い!!」


手を掴んだままどこかに向かう先輩に、引っ張られもたつきながら着いて行くと人気の無い部屋に連れて行かれた。古い教材などが置いてあるので物置に使われていたのだろう。埃が凄い、一刻も早く出たい。

用件を早く訊いてしまおうと顔を見れば眉間に深い皺を作り、睨みつけられた。


「もう、何なんですか!?」

「前置きしておく。俺は怒っているわけじゃないからな!」

「ならその眉間の皺と鋭い目つきを止めて下さい」


言われたて気が付いたのか自分で皺を伸ばし、目を擦る。若干余韻が残るがましになると、「よし!」と一人で納得してあたしを見た。


「菅谷の件だ。どうせお前だろ?」


今頃ですか!?随分と長い執行猶予期間でしたね。

今さら否定する気も無いので頷くと、あたしの意に反して深々と頭を下げる。


「助かった。久しぶりに大道寺ともまともに話せた。菜子のおかげだ、ありがとう」

「……怒ってないんですか?」

「最初に言ったろ?怒っているわけじゃないって。俺だけじゃなく高天も五嶋も同じ気持ちだ」


ストンと言葉が胸に落ちて来て、自然と涙が零れる。

慌てる四ツ谷先輩。それを見て泣きながら笑った。

大澤先生に大丈夫だと言われても、自分で自分の行いを認めても、やっぱり罪悪感は拭えなかった。余計な事をしたんじゃないだろうか。過去の傷をさらけ出させてしまったのではないか。

色んな考えが駈けめぐる中、先輩の言葉一つで軽くなる心は浄化の涙となって溢れ出た。



生徒会室に戻ると目ざとく赤くなった目を指摘する五嶋先輩。からかう様に責められた四ツ谷先輩は、言い返すことも出来ずに狼狽えていた。

完全に敗北した四ツ谷先輩はソファに沈み込み、イジメに満足した五嶋先輩は晴れやかだ。

一人何のことか分かっていない二宮君が「早く戻るぞ」なんて言う。

そうだった。みんなの事待たせたままだった。きっと椿はご馳走を前に「待て」と指示された犬のように主人の帰りを今か今かと待ち望んでいるだろう。


ケトルを持ち、戻ろうとした時「テストが終わったらご褒美をあげるね」なんて言われ、思い切り首を振る。

怪訝な表情で言った本人の五嶋先輩が見るなかあたしは、「先輩のご褒美は絶対ロクな事じゃない!」と拒否してしまった。

ハッとして口を手で覆う。しかし遅い。もうバッチリ聞いてしまった先輩はそれはそれは黒い笑顔で、「とっておきのご褒美を君にあげる」と言った。

サーッと血の気が引く。隣に居た二宮君は小声で「バカ」と的確な言葉をあたしに投げる。


ううっ……。なんであたしは変な所で素直なの?


ベソをかきながら戻って来たあたしに眩しいくらいの笑顔で「おかえり」を言う椿が羨ましい。ああ、あたしも貴方のように真っ直ぐに生きたい……。


いつも読んで頂きありがとうございますm(__)m

中々思うように話が進まず、申し訳ないなぁ、と思いながら書いてます^^;


何かあれば気楽にメッセージや感想をどうぞ。

お待ちしておりますv

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