56 カーニバル
花びらが一枚一枚捲れて輝く朝日で目を覚ました。
ん~。と背伸びをすると、目の前にヒキガエルのドアップ!!
驚いたあたし――改め親指姫は渾身の右ストレートを繰り出した!拳は見事ヒットし、ぐはっとのけ反るヒキガエル。ちなみにヒキガエルはバカ王子だ。
新波先輩に無理やり押し付けられた役で、最初はかなり嫌がっていた。
「何で俺がカエルの役なんだよ!?どう考えても王子しかないだろ!」
あ~。バカ王子再びか?期待を裏切らない男だな、あんた。
皆が呆れる中、腕を組んで見据える新波先輩。
「何を言っているの?貴方以外にこの役が似合う人は居ないわよ。醜く、傲慢で、自分を美化しているピエロの様な貴方以外にね……」
し~んと静まり返る室内。なんてはっきり言うの、新波先輩。
喚き暴れると思ったバカ王子は予想に反して落ち込んでしまった。
そんな状態にした本人である新波先輩はそっと肩に手を置き、
「でもね、貴方が嫌がる役と言うことは、他の人だってやりたがらない役ってことなの。その役を貴方が進んでやれば、人の為に動く男として認めてもらえるわよ?」
そう悪魔の様に囁く先輩。目を輝かせ「俺、やります!」なんて挙手しちゃうバカ王子。
ああ、馬鹿と鋏は使いようって言うもんね。みんな口に出さなかったが、同じことを考えていたことだろう。
ヒキガエルを伸し、逃げ回るが捕まり洞窟へと連れ去られてしまった。
山車の岩が取り外され、洞窟の中の様子が客席に見えるようになると、ヒキガエルはあたしに足枷を嵌めて外に出て行ってしまう。
前後左右を確認し、誰も居ないことを確認したあたしは思いっきり足枷を引き千切る。
客席から笑い声が聞こえて来た。
ですよね~。こんな力技、姫らしくないもんねぇ……。
あたしも反対したんですよ?でも、「子猫ちゃんにしおらしい姫は無理だから、笑いを取りに行きましょう」と言われ、確かにその通りなので言い返せなかったのさ。
足枷を外し、自由になったあたしは山車を歩き回る。すると穴を見つけ転がり落、そこにはノネズミノお婆さんが居た。ゆっくりしていきなと促され、腰を下ろすと傷ついたツバメが居た。介抱し、元気になったツバメと共にお婆さんにお礼をすると、穴から出て山車から降りた。山車の周りを一周すると早替えをした山車は色とりどりの花が咲き乱れている。
再び山車に乗ると反対側から王子の衣装に身を包んだ二宮君が現れた。ほうっと客席のお姉様方からため息が漏れる。
うん、確かに化けたよね。
白いシャツにシルバーのアスコットタイ、ワンポイントの赤いピン。シルバーのベストにネイビー色の上下で金の刺繍が上品に入り、上着の後ろの裾は長く二つに割れている。
いつもの落ち着いた髪型とは違って五嶋先輩の様に後ろに流し、眼鏡ではなくコンタクト。こういう格好を見ると「本当にゲームのキャラなんだ」そう思わずにはいられない。文句無しに恰好良いです。
王子が手を差し出す。その手をそっと取ると、ボロボロだった服が左右に引っ張られ、中から花をイメージして作られた服が現れた。
淡い桜の花びらのような色合い。スカートの裾も花びらを模したものになっている。
見つめ合った二人はゆっくりと近付き、やがて抱きしめあうと、花びらが舞いだした。
ふぅ~終わった。良かった、ダンスが無くなって。
本当は手を取り合った後ダンスをする予定だったが、それだと時間内に収まらないと言うことでカットになった。
裏にはけたあたしを待っていたのは大道寺先輩だった。未だ山車の上に居るあたしに手を差し伸べてくる。
堅物だと思っていたけれど、実は結構紳士的な人であると知ったのはつい最近。
でこぼこになった山車の上は慎重に歩かないと転んでしまいそうになる。演技中は平らになっている場所を歩いていたが、あたしは出された手を見て足場が不安定なのをわすれて思わず取ってしまった。その時、「あ、やべ!」と誰かが言った。途端に山車が左右に揺れる。
「うわっ!?」
こんな状況でも、もっと女らしい声が出ないものかと呆れてしまうが、出ないものは出ない。
腕を伸ばしたままの格好で、咄嗟に受け入れ態勢になってくれた大道寺先輩にぶつかる様に落ちた。
後ろでは二宮君が「桜川!!」と叫び、大道寺先輩の焦った顔が眼前に迫る。
ごちん!と鈍い痛みが額と口を襲った。
一緒に倒れ込み、あたしの下敷きになってしまった先輩は顔を真っ赤に染めてあたしを見ていた。
「う~……いたたた。先輩、大丈夫でしたか?」
先輩の胸の上に乗ったままだったあたしは、颯爽と山車から飛び降りて来た二宮君に胸の上から退かされ、服の埃を払われる。
なんて甲斐甲斐しいんだ君は。
「お前!怪我してるじゃないか!」
「え、怪我?」
「あ、くそ。ハンカチが無い」そう言いながらポケットを探っている。
そりゃ衣装にハンカチはないでしょうよ。と言うか、君はいつも持ち歩いているってことだね?女のあたしより気が利くじゃないか。
ふと気が付くと大道寺先輩は仰向けから立膝を着いた態勢になっていたが、顔は赤いままだ。手を口に当て呆然と地面を見ている。
騒ぎを聞きつけた新波先輩が救急箱を持って駆け付けてくれた。キャー!と悲鳴を上げ、丹念に治療を受る。どうやら怪我は顔らしく、「子猫ちゃんの顔に傷が残ったらどうしましょう」なんて言いっていた。
口元を気にする大道寺先輩……。ヒリヒリと痛む額と、血のにじむ唇……。
「あ、成程!」
「どうした、頭を強く打ったか?」
それは失礼だろ。
訂正しようとおもったけど、やめた。それよりも今は青少年の方が大事よね。
「あの~。大道寺先輩?」
腰を落として覗き込むと、目が合った途端に跳び上がって狼狽える。
「いや、あの、その……!」
耳朶まで真っ赤に染まり、頭から湯気が出そうだ。口を隠し、「違う、違う」と首を振る。
あ~……、初めてだったのね。……奪っちゃった?
何て言えば良いの?「ごめんなさい」?「ごちそうさまでした」……は絶対に違うか。
しかし……。なんて初々しい反応するんだろう。背の高い無愛想な男が照れるのって萌えるわ。意外な発見。
「受け止めて頂いてありがとうございました。巻き込んでしまってごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。俺こそ悪かったな。あんなところから降りなければ、怪我しなかったのに」
どうやらこちらが気付いていませんという体を取っていれば、大道寺先輩もいつも通りで居られるようだ。二人で謝りあっていると、新波先輩が「あなたまで怪我してるじゃない!こっちいらっしゃい」と連れて行ってしまった。
「大道寺先輩はどうしたんだ?様子がおかしかったが……」
「さぁ?気のせいじゃないかな」
二宮君が鈍くて助かった。生徒会の先輩たちに知られたら大変だもんね。
邪魔になるからと移動し、衣装のまま閉会式に参加した。列に並ぶとクラスメイトがじろじろ見てきたが、誰も話しかけようとはしない。あまりクラスに馴染めていないのだ。唯一美穂が「綺麗!可愛い!」と言ってくれた。
優勝は五嶋先輩が所属する青。式の後、おめでとうございますと声をかけると、「戦いはね、戦略が大事なんだ」なんて爽やかな笑顔で言うものだから怖くなった。
これで全て終わった。後は着替えて片付ければ体育祭は終わりだ。教室へ戻ろうとした時、「桜川!」と大澤先生に呼ばれた。先生の後ろには生徒会の先輩と、一人そっぽを向いている大道寺先輩が居た。
美穂と侑吾君、椿と二宮君も一緒に居たが、先生はあたしに向かって手招きする。
「どうしたんですか?」
どうしたのだろうと皆が首を傾げている。声が聞こえないくらい離れると先生が言った。
「菅谷が来てる」
汗が吹く風で冷たくなり、体を冷やしていく。
生徒達のざわめきが遠くで聞こえる……。