54 希望通りにいかないものです。
お昼休憩のアナウンスがあり、あたし達は中庭に移動してそこで昼食を取ることにした。かなりの大所帯だ。生徒会のメンバーに家庭科部、侑吾君に椿に美穂。ぞろぞろと移動する様は注目の的。そのなかでもあたしに注がれる視線はダントツだった。
二年生の借り物競争から不機嫌になっていたあたしに、拍車を掛けるように注がれる視線。益々眉間に寄った皺が深く刻まれるのを実感しながら、家庭科部でお昼の準備を進める。
「さくらちゃん、怒ってるねぇ」
「まぁ、アレは仕方ないだろ」
「そうだね。ちょっと顔が良いからってあの男共は調子に乗り過ぎ。蘭、嫌~い」
先輩たちがひそひそと話しているのには気付いていたけど、ですよね!なんて声を大にして言う気力は無くなっていた。
あたしをこんなに不機嫌にさせた元凶の五嶋先輩たちに反省の色は見られない。
ホント、いい性格してるよ。君ら!
大体ね、お姫様抱っこで一緒にゴールって何!?そんなこと喜ぶのは遠巻きで見て、きゃーきゃー言ってるお嬢さん方くらいのもんだぞ!?
衆人環視の前でほっぺにちゅーって……。罰ゲームか!?
前世も今生も純日本人のあたしに心臓に悪いサービスは要らんわ!!
体育祭でイベントの発生は無いと油断していた。前に気を付けていたら後ろから突撃された気分。内容もゲームと違う。アレはもっと、胸がキュンっとなるイベントだったはず。あんな心臓がバクバク音を立て、血圧の上がりそうなものではなかった。
くそっ!なんだってのよ!!
ちょっとトイレにと、席を外していた侑吾君が戻って来た。その後ろには髪の短い女性と、ミニ侑吾君の姿が。
「なっちゃん!」小さな体で喜びを表現し、大きく手を振る彰吾君と恵さんが居た。
「恵さん、彰君!」
あたしは思わず立ち上がり、三人の元に駆けよる。
兄弟は揃って得意気な顔をしていた。
「着いたって連絡があったから迎えに行ってたんだ。驚いた?」
「うん。言ってくれたら良かったのに」
「兄ちゃんとおどろかそうって、ヒミツにしてたんだ!」
ああ、可愛い。彰君がするサプライズなら、どんな小さなことでも驚いてあげちゃう!
ぎゅっと抱きしめ、見つめ合ってニコニコと笑い合う。
また背が伸びたなぁ。子供の成長って、本当に早い。
彰君のお腹がキュ~っと可愛らしく鳴った。
「お昼ご飯まだなの?」
「そうなの。侑吾が早く来いって急かすから、彰吾が帰って来て直ぐ家を出たのよ」
恵さんが苦笑い気味に言った。
「彰君、学校は?」
「今日は午前授業だったんだ」
あ~……。所謂テンプレってやつかな?
確かに侑吾君ルートを選ぶと恵さんと彰君が来ていた。内容は……。残念ながら覚えてないけどね。
ってか、起こそうと思ってないのにイベントが起こってるのよ!?どーでもいいわ!!
「なら、お弁当あるから一緒に食べない?」
「いいの!?」
「うん。あそこのいけ好かない男と、オールバックの腹黒男のお弁当があるよ」
「……なっちゃん。怒ってる?」
「ううん。全然!」
あたしは最上級の笑顔で答えた。後ろからは「なこぉ~」と言う四ツ谷先輩の悲壮感漂う声と、「あはは!」と大爆笑の五嶋先輩の笑い声が聞こえて来た。
なぜ一条先輩を除外したかというと、ショックなことが起こるたびに捨てられた仔犬みたいな顔されちゃ堪らないから。なぜかあたしが悪いことしている様な感覚に陥るんだよねぇ。
「ありがたい申し出だけど、私たちは外で食べて来るわ。午後の競技に間に合うように帰って来るつもりだから」
「そうですか。あの人達、お昼抜きでも食に困らないので大丈夫ですよ?」
「いいわ。それにあの子達、お預けを言われた犬みたいになってる。意地悪しないであげてね」
恵さんに諭されるように言われてしまった。彰君にも「いじ悪はダメだよ」なんて言われるしまつ……。
確かに大人気なかったわね。小学生に言われちゃお終いだわ。反省。
「戻ったら侑吾に連絡入れるから」と、食事に行った二人を見送り、あたしは皆が待つ場所に戻った。
「なこぉ~。悪かったよ、機嫌直せ、な?」
「まさかここまで怒るとは思わなかったんだ。ごめんね、菜子ちゃん」
「止めなかった俺にも責任はある。すまなかった」
三人に平謝りされ、怒りは吹き飛ぶ。怒っていることがバカ馬鹿しくなってきた。
「もういいですよ。但し!二度とごめんです」
「それについては今後、俺が目を光らせよう」
とりあえずそれで話はまとまり、ようやくお待ちかねのお弁当だ。家庭科部の力作、とくとご覧あれ!
結果としては凄く喜ばれた。ちなみに、椿のお弁当は男性陣と同じ量だったけど、難なく平らげた。天晴としか言いようが無い。しかも、「う~ん。あと、おにぎり一個くらいなら食べられそう」なんて言っていた。
「美味しかったよ、ご馳走様」
「巾着寿司って美味いな。また作ってくれよ」
「唐揚げも良かった。外で食べるとまた違うな」
生徒会の称賛の感想を頂き、製作者側はご満悦。みんなで顔を見合わせて笑った。
「思ったんだけど、ここまで出来るなら、家庭科部で料理教室とかやってみたら良いんじゃないかな?」
五嶋先輩がそう提案すると、部長の橘先輩の目が光った。
そしてあたし以外は気付いていないと思うが、一条先輩の表情にも変化が。
「それって~、やったら予算上げてくれるの?」
「でも蘭たち料理はそんなに出来ないから、やるなら製菓になるね」
「それで良いんじゃない?お菓子と言えばある意味、女子の必須スキルでしょ?」
どうやら決まる前からやる気満々のもよう……。
いや、良いんだけどさ。料理教室って聞くと張り切る厄介な人が若干一名いるんだよね。そしてその面倒を見るのはきっとあたし……。
下っ端の後輩は後片付けに精をだした。チラリと様子を窺うと、一年生で固まって盛りあがっている。
二宮君の隙を狙ってデザートを奪おうとする椿。それを阻止しながら食べ進める二宮君。椿を止めようともせず、食後のお茶を楽しむ美穂。その様子を見ながら笑っている侑吾君。
うん!いい図だ。いい友人関係を築けているみたいだね。
それに比べて……。
「あの取り巻きなんとかしてよ~。ず~っと見てるなんて、どれだけ暇なのって思う~」と石井先輩。
「気にしなければいいでしょ?それとも自意識過剰なの?」挑発する五嶋先輩。
「ホント生徒会って嫌な感じ。さくらちゃんを巻き込んだら、家庭科部の先輩として蘭達が許さないから」頼もしいです、高橋先輩。
「そんなことより、料理教室本当にやるならおこぼれくれ!」欲に走り過ぎでっせ、四ツ谷先輩。
「やるのは良いけど、人数が集まらなければ活動なんて出来ないよ」現実を見る部長はさすがです。
「大丈夫だろう。それより、活動日は火・木が良いと思う」何気に曜日を指定する一条先輩。うん、そうね。その曜日は生徒会の活動日じゃないからね!すでに参加する気満々かよ!?
「と、いう訳だ、桜川。家庭科部で料理教室をやる。教師の許可が必要だから意見書を作成しておいてくれ」
「……はい」
有無を言わせぬ言葉に頷くしかなかった。そうとうやりたいらしい。家庭科部じゃなくて、生徒会長が!
あ~、これで決定したわ。マンツーマンのお料理教室が……。包丁とか持たせると危なっかしくてハラハラするんだよね~。
問題は参加希望者が大変な数になるんじゃないかってこと。そこらへんもしっかり決めなきゃ。
そしてお昼が……、終わった。
みんな満足気だった。それは嬉しい。気分が沈んでいるのは午後の最後にカーニバルがあるから……。
あ~、一瞬で終わらないかな。
午後の競技の合間を縫って用意するからホント大変。舞台裏はてんてこ舞いだね、きっと。
もう一つの目玉が騎馬戦。相手の額に巻いた色鉢巻を取るってやつですね。男子生徒が全員でやるから、かなり迫力があるらしい。
移動しながらそれとなく二宮君に大丈夫?と訊いてみた。
「大丈夫って、何がだ?」
「騎馬戦だよ。二宮君って、どこからどう見ても戦い向きじゃないじゃない。喧嘩とか、したことないでしょ」
「確かに殴り合いの喧嘩はしたことは無いが、それは経験が無くても良いことだろ。第一、僕だって男だ。桜川が心配するほど軟じゃない」
嬉しそうな、それでいてどこか複雑そうな表情で歩いて行ってしまった。
……キターーー!!
二宮君に言って欲しい言葉ランキングに入っている台詞『僕だって男なんだ』が!!
もっと違う場面で訊きたかったけど、グッジョブ!ちょっと照れた顔が尚良かったです!
ただ、残念なことに騎馬戦。体育着でやるんだよねぇ。
上半身は裸希望だったんだけどなぁ。
薄っすらと付いた筋肉。力を入れると割れる腹筋。組み合った時に現れる上腕二頭筋……。そして背筋!
見たかったぁ。日常でお目にかかることが無いから、こんな事が無い限りチャンスは訪れないのに……。
「裸体、見せてください」なんて言ったらただの変態だし。せめて、せめて腕まくりよろしく!
「なち?顔が可笑しなことになってるよ。ねっ椿?」
「へ?そう?」
「うん。なんて表現すればいいのか……。あ、あれだ!テレビの前で若いアイドルの裸見た時のうちの母親にそっくり!」
凄く的確な表現ありがとう。まさにそのお母さんと同じこと考えていました。
あたしは表情を戻した。中身は高校生からすればオバサンの域に一歩踏み込んだ25歳の妄想女だとしても、今は花の女子高生。外見が大事ですよね。
空のお弁当箱が入ったクーラーボックスを席に置いて、競技が見やすい場所に移動した。美穂と椿は違う組だけど関係ない。応援、と言うより女生徒は鑑賞に重きを置いているから。ただ戦う男が見たいだけ。
そして女子の障害物競争が終わり、いよいよ騎馬戦が幕を開ける……。
生徒会の活動日をすっかり忘れてしまいました……。
前に書いたっけ……(+_+)??




