53 否定をする大切さを学びました
『見事一位。おめでとうございます、会長。ちなみにお題は何だったんですか?』
訊かれた一条先輩は、ようやくあたしを降ろしてくれた。でも腕を腰に回されて逃げられない。
くそっ。忌々しい!!
あなたは気付いていないかもしれませんけど、全校女生徒の目に殺気が宿って、あたしに命の危険が迫っているんですよ。
一条先輩はあたしの気も知らず、ジャージのポケットから紙を出し、寺本に渡した。
『え~、何なに……。“可愛い異性の後輩”……?』
ピシっと空気に亀裂が走った。
“カワイイイセイノコウハイ”?え、何それ?どんな日本語?
『これは、告は、』
「違うと思います!!」
その単語は言わせません!
あたしは強く否定した。
「一条先輩にとって、異性の後輩はあたししか浮かばなかったのではないでしょうか。他の人を選ばなかったのではなく、ただ単に知っている後輩があたしだった。と言う理由だと思います」
強く言うあたしに気圧された寺本が一条先輩に『そうなんですか?』と訊くと、「そうだ」と答えた。安心のため息がそこかしこから聞こえてくる。あたしもひとまず安心。
この学校の生徒なら一条先輩が、生徒会の人間としかコミュニケーションを取っていないのを知っている。その生徒会に異性の後輩はあたしだけ。
ふぅ~。命拾いしたわ。
「ここは邪魔になるから移動するぞ」とエスコートされながらゴール前から退こうとした時、今度はお腹に腕を回され、腰の横にぶら下がる形で一条先輩から誰かに無理やり引き離された。
今度は何!?
突然のことに驚いて見上げる、あたしを荷物みたく抱えていたのは四ツ谷先輩だった。
「悪いな~、高天。借りていくぞ」
「……問題ない」
大有りだ!
あたしは抗議の肘での打撃を試みた。が、痛んだのはあたしの腕だった。
硬い!何で?
「残念。なんども同じ手を何度も喰らう訳ないでしょ~?」
「ちっ」
先輩は腹筋に力を入れて防御していたようだ。外でみせるおちゃらけた態度が更にあたしを苛立たせる。
そのまま荷物の様に持たれ、ゴール。
一体今日は何なの!?
『はい、副会長も一位ゴールおめでとうございます!』
「いや~。お題の人がゴールに居たんで助かったよ~」
あたしは四ツ谷先輩の腕に掴まり、なんとか上体を上げていた。普段使わない背筋が痛い……。明日は筋肉痛だわ。
『で、お題は?……え~何なに。“気になる人”』
「みんな今一番気になってる人物でしょ?」
『確かにそうですね!』
あたしは空気、あたしは空気……。
いま透明人間になれる薬があったら、土下座してでも譲ってもらう。
何度もお腹や腕を叩いていたら下ろしてもらえた。
よし、今度こそ逃げよう。誰の目にも触れない場所に避難するのだ!
「はい、ストーップ」
前を遮ったのは五嶋先輩。凄く得意気な笑みを携えてあたしの前に立ちはだかる。
その顔を見てピンと来た。
「先輩のせいですね?」
「僕?半分は正解。忘れちゃったかなぁ。僕はちゃんと言ったよ、「菜子ちゃんを使わせてもらう」って。何も言わなかったってことは、承諾を得たってことだよね」
「そんなのいつ……!」
「思い出したみたいだね。じゃ、次は僕のお題に付き合ってね」
そう言ってあたしを抱き上げた。不安定な態勢に慌てて、倒れないよう先輩の肩に手を置く。
普段見下ろすことってないから、この目線は新鮮だ。
そのまま歩き出すのでしっかりと力を入れて掴まった。
『いや~!生徒会の快進撃!五嶋さんのお題は?』
「僕はゴールの後、祝福のキスをしてくれる人だよ。さ、お願いね」
おお~!!と歓声が湧いた。
嘘でしょ!?公衆の面前でそんな痴態を晒さなければいけないなんて……。
許すまじ、五嶋……!
あたしはむにゅっと両頬を抓った。
ぷっ、面白い顔。
どうだ、あたしを抱き上げたままだと手も足も出まい。
「はにふるのは」
「抓っていますが、何か?」
ゆっくり下ろされ、向き合った。手はもう頬から離れ、左右に下ろされている。
スッと先輩が手を上げ、今度はあたしの頬を捕えた。なんだ、抓る気か?だが違った。少し傾けるようにされた頬に柔らかな感触が落ちる。悲鳴や歓声が起こる中、一人状況を認識出来ないでいた。
「残念。キス、しちゃったから僕は失格だね」
満足そうに笑う腹黒男……。
寺本が傍で喧しく実況しているが、全然耳に入って来ない。
トントン、っと自分の唇を指で叩いて見せる五嶋先輩。
……っこの、悪魔!!
「うわ~んっ!十字せんせ~~い!!」
「おバカ!そんなことで泣くんじゃないわよ!」
治療テントに泣き叫びながら駆けて行った。
「菜子!見てくれたか?」
「うん、見てたよ。良かったね、おめでとう」
総合学年選抜リレーに出ていた侑吾君がテントに嬉しそうに来た。スポーツ馬鹿。と言って良いほど運動が得意な侑吾君は陸上部のエースを差し置いてアンカーを務め、見事一位でゴールしていた。
嬉しそうに報告に来た侑吾君に対して、あたしは椅子の上で膝を抱え、無愛想に答えた。
「どうしたんだ?機嫌悪いな」
「説明したくない」
本当に知らないのか、首を捻って考えていた。あの騒ぎを知らないはずないのに、そう思ったけど、侑吾君ならあるかも。
なにせ彼は自分に関係の無いことには無頓着。自分に関係があったとしても結構、ぼっけ~としているけどさ。「え、そうだっけ」なんて台詞、何度聞いたか数え切れない。
「五嶋先輩に言われたことにたいして拒否しなかったお前が悪い」
侑吾君の後ろから来た二宮君にそう言われた。
なによ、あたしが全部悪いっての!?
ぎっ、っと睨んだら溜め息吐かれた。
「知っていたのなら教えてくれたらよかったじゃない」
「僕が知ったのは今日だ。それ以前にあの人が嬉々として進めたことを止めさせるのは、それなりの対価がいるぞ」
対価……。代わりに差し出せるのもなんて持ってない……。そもそも受け取りそうにないけど。
「ところで、なんでここにいるの?」
侑吾君は競技後なので救護テントの近くに居ても不自然じゃない。でも二宮君はスポーツ少年じゃないからリレーには出ていないはずだ。
あたしの疑問に可愛そうなものを見る目をしながら答えた。
「僕は退場者の案内だ。体育祭のスケジュールに書いてあるはずだが?」
「……見ていませんでした」
生徒会の生徒は運営にも携わっていて、案内等に駆り出されている。その紙を確かに受け取った。でも受け取っただけで確認していなかった。あたしは見習いだからやらなくて良いと言われていたからね。
「またか、菜子。勉強会の時も同じようなこと言ってなかったっけ?」
「言っていたな。三橋、桜川は昔からこうなのか?」
「概ね」
君に言われたくないぞ!
酷い、ぐれてやる!!
「ほら、あんた達いいかげん自分のクラスに戻りなさい」
「嫌です。ここに居たいんです」
頑として譲らず、身を小さくして椅子に居座った。
どうせ競技は出ないし、クラスや組の応援を頑張るって性格でもない。あたしが居なくても問題なく体育祭は終わることだろう。
「……そこの少年二人。このちんくしゃ運んじゃって」
「はい」
「了解です。菜子、行くぞ」
「嫌だ!あたしはここに居るんだ!」
頑張って抵抗したけど、捕えられた宇宙人みたいに両脇を固められ、無理やりクラスの応援席に連れて行かれてしまった。




