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51 あなたに会いに来ました。②

なにぶん素人が描く文ですので、どうか大目に見てくださいm(__)m

嘘ではなく、あたしには菅谷先輩の叫びが理解出来る。

全て同じ経験をした訳ではないけど。

同じ思いをしても、傷や痛みは同じではないけど。

少なくとも、先輩の苦しみは理解出来る。


菅谷先輩はきつく眉間に皺を寄せ、疑いの眼差しであたしを見ていた。隣に居る先生も「何を言い出すつもりだ?」という空気を発している。


「分かるって、何が?俺が可哀想なことが分かるって言いたいのか?」


可哀想?

……。確かに可哀想かもしれない。でも、本人はそう思われるのを何よりも嫌がるはずだ。だって、あたしがそうだったから。

あの感情は“寂しさ”だった。

あたしは首を振り、否定した。


「違います……。幸いあたしの両親は極甘ですが、あたしに一番近しい人が、先輩と同じように親に見放されて育ちました。あたしはその人の苦しみを誰よりも近くで見てきた。……だから、先輩の気持ちが分かるんです」

「自分で経験した事の無い奴が、ただ身近で見てきたからって分かるはずないだろ」

「いえ、分かります。だって……。あの人は、あたしだから……」


言っていることの意味が分からない。そう顔に書いてあった。

あたしは自分の傷をさらけ出す事によって、菅谷先輩が少しでも前を向く勇気が出ればとポツリポツリ、遠い記憶を探って話して聞かせた。





母はいつも機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せていた。父はあたしに興味が無いのか、もの心着いた頃には抱きしめられた記憶が無い。

頭を撫でられることも、褒められることも、笑顔を向けられることも、転んだ時、手を差し伸べられることも無かった。


実家は代々地主の家系で、政治家なども多く輩出していたらしい。

飯島家の跡取りは母で、父は入り婿。そうなると欲しいのは男児。しかし、生まれたのは女児あたしだった。

だからなのか、母があたしにきつく当たっていても父は見て見ぬふり。


勉強が出来て当たり前。良い学校に入って、良い大学を出て、良い会社に就職する。これが絶対の決まりごと。

でも、あたしは部屋で勉強する事よりも近所の子供と遊びたかったし、テストで満点を取ることよりも、体育のかけっこで一番を取ることの方が得意だった。


自分の思い通りに育たない娘。精一杯やっても母の希望通りに出来ないのは、自分が悪いのだと思っていた。だって、そう言われていたから。

「ごめんなさい」。シャツの裾を握り締めて謝っても、帰ってくる言葉は「出来損ない」が多かった気がする。

ある晩トイレに起きた時、母が誰かと話しているのを聞いてしまったことがある。


「あの子には失望しました。何をやっても私の言う通りに出来ない、ダメな子です……。このままでは美代子のところの子を養子にするしかないかもしれません」


美代子とは母の妹。つまり、養子に迎えようとしているのは従姉弟だ。

あたしと違って優秀だと、何かにつけて比較していた。

トイレに行くために出てきたことも忘れ、急いで部屋に戻って“ようし”の意味を調べた。まだそれすらも分からない年齢だったから……。

辞書は無慈悲に教えてくれた。

あたし、捨てられるの……?

その晩は怖くて、布団の中で守るように自分で自分を抱きしめて眠りに着いた。


結局、受験はことごとく落ちた。思春期に入り、親の言う事が正しいと思えなくなっていたから、反発していたんだと思う。

地方の大学に受かった時、引っ越しを終えたあたしに母が言った。


「もう、戻って来なくて良いわ。あなた、要らないのよ」


ああ、やっぱりそうなったか。

あたしを見ているのに何も映さない目で見られると、寒気がした。

このとき、怒りも苦しさも湧いてこなかったが、なぜか寂しさだけが心に残ったのを覚えている。

それは愛されなかった事に対する感情だったのだろう。





「もがき苦しみ、手を伸ばしても、両親はその手を取ろうとすらしてくれない。それどころか嫌な物を見る目で自分を見てくる。……それが堪らなく怖くて、寂しかったと言っていました」


話し終えたあたしに対し、菅谷先輩は口を噤み、言葉を探している様だった。

確かに菜子の経験ではないが、蓮の経験である言葉には重みが有ったのだろう。部屋の空気が先ほどよりも重く、ねっとりと体に纏わり付いているかの様に感じられ、息苦しい。


「その人は、どうなったんだ?」

「もう居ません。事故で亡くなりました」


悲しみを感じさせない声色に、驚き目を丸くしている。

事情を知らない先輩からすれば、そこまで親しい人が亡くなり辛くはないのかと疑問を持つもの分かる。

でも、あたしにとっては自分の事だし。あの人達と関係の無い新しい生を生きるあたしからしたら、嬉しくはあるが悲しくは無い。


「先輩?親だって他人なんです。嫌だったら縁、切っちゃいましょう。捨てられたと思うのではなく、捨ててやったと考えてみては?それよりも今周りに居て、貴方を大切に想ってくれる大道寺先輩と四ツ谷先輩を大事にしてあげてください。亡くなったあの人も言っていました。親よりも温かい気持ちを教えてくれたのは友人だった、と。失いたくなかったから嘘を吐いたんでしょ?同情されたくない先輩の気持ちも分かりますが、もっと甘えて良いんです。そのくらいの器量、あの人達は持っていますよ?」


俯いたまま微動だにしない先輩の肩は、わずかだが小刻みに震えていた。

無言が支配する室内で、先生が動いた。鞄から取り出したのは体育祭の案内状だ。あたしが頼んで持ってきてもらったもの。住所は削除してある。

本当ならあたしの両親への案内状だけど、今海外で来られないから無駄にするくらいなら菅谷先輩に渡したい、とお願いして渋々了承して頂いた。

その案内状を机の上、菅谷先輩の前にスッと置いた。まだ、顔は上げない。


「体育祭の案内状です。よかったら来てください。新波先輩発案のくだらないカーニバルもありますよ」


あたしと先生は顔を見合わせ、頷くと立ち上がり、退出するためにドアノブに手を掛けた。その時、パーテーションの向こうから声が聞こえた。


「……その人は両親について何か言っていたか?」


僅かに声が震えている。


「許すことは出来ないけど、大切な友人を得ることが出来たのは両親のおかげ。そう言っていました。……すべてを許す必要はないと思います。でも、感謝の心を忘れる事だけはして欲しくないです」


パタンとドアが閉まる前、「ありがとう」と聞こえた気がした。

震えた声に熱が感じられたので、もしかしたら泣いていたかもしれないけれど、悲しみの涙じゃなければ良いと思った。



受付にパスを返したあと、先生がまた駅まで送ってくれた。静かな車内にはシトラスの香りが踊っている。


「今日はありがとうございました」

「いや、まぁ……。お疲れさん」


気の抜けた先生の声で緊張がようやく解けた。蓮の過去を話したのに、思ったほどショックを受けていないのは、もしかしたら先生が隣に居てくれたかもしれない。


「先生、今日の事は全部内緒ですよ?」

「言われなくても分かってるよ。あ~……、で?」

「で?とは?」

「お前のその知り合いは幸せだったのか?」


いきなりの質問に思わず顔を見る。耳朶が赤くなっていたので照れているもよう。気を使ってくれているらしい。


「う~ん。前半は微妙だけど、後半は幸せだったんじゃないですか?」


改めて考えるとどうなんだ?

トータルでは今も含めて幸せかな。

首を捻って答えるあたしに、先生は苦笑い。

「友人が居たならそいつはそれだけで勝ちだろ」そう言ってニヤっと笑った。


「……体育祭。きてくれるかな」

「さ~。そればかりは菅谷次第だろ」


そう言いながらも晴れやかに笑う先生を見ていると、これは来ると思っているな、と考えてしまう。


「取りあえずこの件はここまで。菅谷が来てくれたとしても、みっともない体育祭だと格好つかないぞ」

「分かってますよ!」


練習日は残り3日。

さて、精一杯やるとしますか!

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