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50 あなたに会いに来ました。①

菅谷すがやはじめ。これが転校した先輩の名前。

今は個人運送会社に勤めながら学生生活を送っているらしい。この会社を紹介したのが、実は大澤先生だと言うことを、大変照れながら本人が教えてくれた。


――「気付かなかった、なんて言い訳だ。だから出来うる限りの手助けをしてやりたかったんだよ。……後悔しても遅いがな」


先生は現在ではないどこか過去を見つめた目で言った。

でも人には手を差し伸べられる限度がある。気付けなかったなら、それは仕方がなかったのではないだろうか?あたしが言うと、「痛いくらい分かっているさ」と呟いた。



約束の日曜日が来た。午後3時頃、あたしは待ち合わせの駅に居た。そこはいつも学園の生徒達が遊びに出る方向とは反対で、駅自体もこぢんまりとしている。

改札を出ると直ぐ見えたのは地元の商店街。

お惣菜屋さんに、今では街で見かけなくなった小さな本屋さんまである。地元の人を支えるお店が色々揃っていて、懐かしさを覚えるような風景がそこには在った。


活気のある店主の声や、地元の人達の声を耳にしながら辺りを見回す。

約束の時間だ。左腕に嵌めた時計をチラリとみる。

あたしは時間に遅れることを嫌うので、5分前行動が身についていた。と言っても、公共機関を使った場合は上手くいかないけどね。

その時、黒の軽自動車がこちらに向かって来た。フロントガラスから見えたのは大澤先生だ。

先生は助手席側をあたしが立っている方にして車を停めた。中から「乗れ」と言っているのが動かした唇で分かった。

はいはい。乗りますよ。

ガチャっと開けると薄っすらと柑橘系の香りがする。

助手席に乗り、シートベルトを締めたのを確認し、アクセルを踏み込んだ。


「迷わず来られたか?」


意地悪く笑いながら訊かれた。

良い性格してるよ。だって待ち合わせの駅、学園の最寄り駅から一本なんだもん。どうやったら迷うのさ!

だから「ええ、分かりやすい道案内の紙を頂いたので」と嫌味っぽく返してやった。


運転席でハンドルを握る先生はちょっと窮屈そうに見える。

この車、本当に先生の物なのだろうか?

良い所のお坊ちゃんで、身長だって高い。この間受け止められた時に分かったが、体も引き締まっている大人の男の体格だ。

う~ん。やっぱり窮屈そう。


「これは実家から借りて来た母親の車だ。俺の車だと知っている生徒や教師もいるからな。一応変えて来た」

「それはわざわざありがとうございます。じゃあ、この匂いも先生のお母さんが使っている香水か何かですか?」


クンクンと鼻を動かしながら訊くと、「お前は犬か」と呆れられてしまった。


「きつかったら窓を開けて良いぞ」

「いえ。あたし、この香り好きです」


柑橘系だからきっとシトラスの香水か何かだろう。

何気なく好きな香りだと言うと、何故か「軽々しく好きとか言うの、やめた方が良いぞ」と耳朶を赤くした先生に注意を受けた。

なにさ。素直に好意を伝えることの何が悪いってのよ。




菅谷先輩が通う高校は駅から車で5分程と近く、車に乗ったと思ったら直ぐに着いた。徒歩でも良かったのではないかと思ったが、車にしたのは人目に触れる時間は少ない方が良いだろう、との先生の考えに賛成したからだ。

なにせ今日のあたしは休日だが学園の制服に身を包んでいる。こちらにお邪魔するのなら制服が正しいと思ったからだ。

だが、この高校には制服が無いらしい。

私服で来れば良かったかも。凄く目立っている。

受付で先生が話をしている間、視線が纏わりついて鬱陶しかった。


「ほら、これ付けろ」渡されたのは来賓用のパスだ。これを下げていないと生徒なのかお客さんなのか分からないからだろうか。そのあたりの詳しい事情は子供なので分かりません。

まあ、前世でもこうして他校を尋ねる機会なんて無かったからどうなのか知らないけどさ。

そうして案内されたのは職員室の隣にある会議室だった。その室内のパーテーションを挟んだ奥、ソファが置かれた場に通された。

あたしと先生は並んで座り、菅谷先輩が来るのを待った。


覚悟を決めて来たが、やっぱり緊張する。隣に座る先生も学校で見せるような顔ではなく、髭を剃って真面目な教師みたいだった。

そう、今日の先生は無精髭を綺麗に剃り、髪も整えている。ワイシャツだって皺も無い下ろしたてのようだ。スーツも体に合ったサイズの物をピシっと着ていて、最初見た時思わずガッツポーズしそうになった。


あたしの舐め回すような視線に気付いた先生が、ちょっと距離を取ろうとする。

うふふ、眼福。これは先輩達に出せない大人の色気よね。

スーツ、万歳!!



何時の間にやら緊張が何処かに行ってしまった頃、パーテーションの後ろでドアが開くのが分かった。

迷いなくこちらに向かってくる足音。姿を現したのはまだあどけなさの残る少年だ。


「よう、菅谷。久しぶりだな。元気そうでなによりだ」

「久しぶりですね。一体今日は何の用ですか?俺だって暇じゃないんだ。話があるなら……」


繋ぎの洋服で現れたのが菅谷先輩だった。先輩は大澤先生の隣に座るあたしに気付き不審な目を向けて来た。そして制服がどこの物か分かるとあからさまに嫌そうな顔をした。

踵を返して去ろうとする先輩を諌めたのは先生で、不機嫌そうに向かいの椅子に腰を下ろす。だが決してこちらを見ようとはしない。


当たり前か。問題を起こした前の学校の制服なんて見たくもないだろうしな。

改めて挨拶をすると「で?」それだけ訊かれた。

一体何の用なんだ?目が問いかけてくる。

ピリピリとした重い空気が室内を占めている。唇が渇き、喉が潤いを求めていた。


「急に来て申し訳ありません。でも、どうしても会いたかったので……」

「俺に?はっ!?意味がわかんねぇよ」


厄介事は御免だとでも言いたそうだ。


「大道寺先輩と生徒会の先輩方をご存知ですよね?その人たちが今、どんな関係なのか知りたくありませんか?」


一瞬、菅谷先輩の目が揺らいだ。

やっぱり気にしていたんだ。


「お前は何だ?アイツらと、どんな関係があるんだ?」


「アイツらに言われて来たのか?」動揺と怒気を孕んだ声で訊かれた。

あたしは首を振り否定し、「勝手に調べました」と答えた。


「酔狂なことだ。探偵にでもなりたいのか?」


バカにした言い方だった。

当たり前だが、全くあたしを信用していない。


「あたしは今、見習い庶務として生徒会に所属しています。大道寺先輩とは体育祭の組で一緒になりました。どちらの先輩方にもお世話になっている身です」

「その見習いが俺に何の用だ?」

「菅谷先輩が転校した理由を大道寺先輩に直接話してあげて下さい」


菅谷先輩の目が大きく見開かれ、直後「バンッ」と大きな音が響いた。

それはテーブルに叩きつけた先輩の手で、怒りに震えていた。

腰を浮かし、今にも跳びかかてきそうだ。


「ふざけんなっ!一体何がしたいんだ!?」

「四ツ谷先輩が貴方が転校した理由を大道寺先輩になんと説明したかご存知ですか?退学にしてやった。……そう言ったんです」


「……!そんな、じゃあ、大道寺は……」ソファに深く腰を沈めた菅谷先輩は両手で頭を抱え、「何だってそんなこと」と繰り返していた。

やっぱり知らなかったんだ。

隣に座る大澤先生は一切口を出さず、ただ静かに先輩の様子を窺っていた。


「菅谷先輩が事の真相を直接説明すれば誤解は解けます。あたしや先生達じゃ意味が無いんです。まして生徒会の先輩たちの言葉なんて信じません。……菅谷先輩だけなんです、亀裂を修復できるのは」


そういうと、先輩は弱々しく首を振、「無理だ、嫌だ」そう言っているのが小さく聞こえた。


「お前に何が分かる……。俺の苦しみの、何が分かるってんだ!あぁ!?」


顔を上げた先輩の目には涙が溜り、今にも零れ落ちそうだ。

悲痛な叫びがひしひしと伝わって来て、あたしまで胸が痛む。

誰にも分かるはずない。そう思って今まで生きて来たのだろう。


「分かりますよ」


真っ直ぐ菅谷先輩の目を見つめたまま、あたしは気付いたらそう口にしていた。

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