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49 約束は約束ですから

久しぶりに先輩達を書いた気がします……。

「どうしたの?今日はやけに気合入っていたわね」


放課後の練習後、新波先輩と二人になった時言われた。「はい、気合入りまくりです!」ガッツポーズして答える。


「昨日の今日でもう動いたの?」

「善は急げと言いますからね。どんな結果になったとしても、あたしは後悔の無い選択をしたいんです」

「私は外から見る事しか出来ないけれど、頑張ってね」


優しさと強さを兼ね備えた笑顔。それが今のあたしの背中をさらに押す。

人との繋がりには言葉だけじゃなく、心だって大切。先輩は心で応援してくれる。


片付けを終えたあたしと二宮君は生徒会室に向かった。先輩たちは組でカーニバルに係っていないので、大抵生徒会室で仕事をしている。それじゃ前と変わらないと思うかもしれないが、「準備や練習を抜ける時は一言残してから」を忠実に守っている。これには他の組の代表たちにお礼を言われた。


「行っても当分は雑用ばかりだぞ?備品の補充に、進行状況の確認。……あとは先輩たちの話し相手か」

「いいの。なんか今は動いて居たいんだよね」


転校した先輩に会う日は決まったが、それまで日がある。その間、大人しくしていられない。気分が高揚して落ち着かない。

向かう廊下でふと思った。あたし、相手の名前知らないままだ……。後で大澤先生に訊きに行こう。



生徒会室に入ると相も変わらず、先輩たちはソファで寛いでいる。

え~、仕事は?

不満が顔に出ていたのだろう、四ツ谷先輩に「今日は店じまい」と先に言われた。室内を見回し、自分の机の上を見ると真新しいプリントの山……。

顔出さない日が続いたからなぁ。明日からはまめに来よう。

夏休みの最終日みたいな駆け込み宿題は嫌だ。あれは頭が沸騰してしまう。早速確認するとプリントは各組の予算使用状況や備品供給状況など。これはあたしの管轄ではないと思うのだけど?


「あ、それ僕の。今置くところが無いから机使わせてもらったんだ」

「そうだったんですか。気にしないで好きに使ってください」


こちらこそ手伝えなくて申し訳ない。という気持ちを込めて言った言葉を、何をどう受け取ったらそうなるのか、五嶋先輩は「うん。菜子ちゃんを好きに使わせてもらうよ」と言いやがった。

違うから。あたし自身は提供していませんから。


「そうだ、菜子」

「なんですか?四ツ谷先輩」


四ツ谷先輩は何かの雑誌を見ながらあたしを呼んだ。こいこい、と手を動かしたので近づくと、今まで見ていたそれを見せ「これが食いたい」と言う。


「……勝手に食べれば良いじゃないですか」

「あ、ひでぇ。今度何か作ってくれるって言ったのは菜子だろ?」

「はぁ!?あたしがいつ………。あ!!」


思い出した。五嶋先輩とデートした日に確かに言った。でもあれは無効でしょ?

「嫌です」と言おうとして止めた。きっとあたしは四ツ谷先輩に嫌な想いをさせてしまう。お詫びにしては粗末だけど、ちょっとでも先輩に返せるなら……。そう考え、「良いですよ」と答えた。

素直に承諾したことに驚いたのか、先輩は身を乗り出して顔を覗きこむ。

下からはあまり見られたくないなぁ。


「大丈夫か?具合でも悪いのか?」

「……だいぶ失礼ですね。あたしが優しかったら可笑しいですか?」

「う~ん。可笑しいって言うより、珍しいかな」


会話を聞いていた五嶋先輩が横から一言。それはそれで失礼だ。その言い方だといつもは意地が悪いみたいじゃないか。

「もういいです」言いながら雑誌を取り上げ、リクエストしたページをみると“巾着寿司”と書かれていた。

見た目に惹かれたのか、思考が子供なのか。どちらにしてもそういうところは可愛い人だ。


「まじで?そっか~……。へへっ」

「何笑ってるんですか?」

「え?いや~。俺、親以外で手作りって初めてだから」

「大袈裟ですよ」


それでも嬉しそうに笑う先輩を見て、心が痛んだ。

後悔は無い。でも、やっぱり……。


「そうだ!体育祭、皆でお昼食べませんか?あたし作りますよ」

「良いね。菜子ちゃんが大変じゃないのなら是非、お願いしたいな。ね、一条?」


話しを振られた一条先輩。いつも通りに無表情だが、本当に少しだけ期待が込められた目をしている。そう考えると素直な人なのかもしれない。

あたしはちょっと意地悪になって「一条先輩は何が食べたいですか?」と訊いた。するとやはり、困ったように眉間に皺が寄った。

友人と出かけない、メールもしない人が、お弁当のおかずを訊かれて答えられるわけがない。

案の定真剣に考え込んでしまった。先輩の横に座り、雑誌を広げて見せる。


「凝った物は作れませんけれど、簡単なものなら大丈夫です。一緒に見ましょう?」

「ああ……。桜川は何が好きなんだ?」


まさか好物を訊かれるとは思わなかった。参考にしたいのだろうと思い「唐揚げですかね」。

本当は特に好きなおかずは無いが、パッと浮かんだ物がそれだった。

そう言えば運動会のお弁当、いつもお母さんと恵さんの手作りだったな。中でも唐揚げは侑吾君の好物だったっけ。だからそれが浮かんだのかもしれない。

先輩は「ならそれでいい」と言った。誰かが作ってくれるお弁当というものがどういうものか分からないのだろう。自分の意見が無い。それも仕方がないか、と納得した。


「僕は君が作ってくれるものならなんだって嬉しいよ」


いつの間にか隣に移動してきた五嶋先輩がそっと手を取りながら言った。普通なら勘違いしちゃうんだろうなぁ。「気があるのかも」って。でも残念、あたしには全く効きません。

取られた手をそのままに、「あ~。じゃあ勝手に作りますから」と動揺もせず言うと、残念そうに「つまらないなぁ」そう言って包んでいた手を放した。

先輩達に訊いて二宮君に訊かないわけにはいかない。「何が良い?」訊こうとしていたら、机の上に置いていた雑誌を熱心に見ていた。それはデザートのページでゼリーの特集記事。訊く前に答えが分かってしまった。運動後に食べるのなら丁度良いかも。


今のところ作るのは自分と先輩達と二宮君。プラス、侑吾君と椿もかな?作るって知ったら「俺も」「あたしも!」って言うのは目に見えている。あとは……。

いかん。大量にお弁当を作ることになってしまう。

よし!ここは家庭科部の力を借りよう。「部活動報告にもなりますよ」とか言えば了解してくれそうな気がする。それに生徒会の皆にはあたし意外の人間との交流を持って欲しいからね。



帰寮して椿にお弁当の事を話すと、想像通り「あたしも食べたいです!」と前のめりで宣言した。

うん、大丈夫。分かってた。

その後メールで侑吾君に。反応はほぼ椿と一緒。こうなったら美穂も誘おう、事後承諾で良いや。

家庭科部の力を借りる為、部長の橘先輩にメールした。直ぐに電話が掛かって来て「そのまま生徒会への部活記録として提出しよう」と逆に喜んでいた。

運動部や大会のある文化部と違って、家庭科部は生徒会への報告に毎回四苦八苦しているらしい。元はと言えば新波先輩発案の部だ。橘先輩たちは被害者だが部員なので、活動をしているという事実を周りに見てもらう必要がある。

ああ、可哀想。あたしが生徒会に居る間は精一杯フォローさせて頂きます。




日曜日を三日後に控え、すっかり聞き忘れていた転校した先輩の名前をようやく教えてもらえた。もっと早く聞きに行きたかったが、時間が少ないカーニバルの練習と、自分の発案で首を絞める結果になったお弁当について、家庭科部の先輩達と献立決めなどをしていたら時間が取れなくなってしまったのだ。

その間にも生徒会に顔を出したりして……、高校生活ってこんなに大変だったっけと一人首を捻った。

五嶋先輩からお弁当作りについて、部活動報告として上げて良いとお許しを貰ったので一安心だ。だがここでまたしてもあの人が名乗りを上げた。


「だから!これは部活動なんですよ。一条先輩が手伝ったらお料理教室になっちゃうじゃないですか!」

「良いじゃん、見学くらいさせてやれよ」


他人事だと思って四ツ谷先輩は言い捨てる。

アンタはあのレモンの蜂蜜漬けを忘れたのか!?

包丁も満足に握れない人なんだよ?

しかも口数が少ないこの人が見学なんかしたら横でじーっと見てるだけ!

やり辛いわ!!


結局この話は五嶋先輩が丸く収めてくれた。

曰く、「当日に会長が見学する時間があると思ってるの?」だそう。

確かに学校行事等は学生の自主性に任せられている。そこに会長が居なかったら何も始まらない。

一条先輩は不服そうに「……仕方ない」と折れた。

否、仕方なくないし。そもそも運営が貴男の仕事でしょうが。


「ところでさぁ。なんか最近俺らの知らないところで動いてない?」


四ツ谷先輩に急に話を変えて確信を射られた。あたしは咄嗟に「確かにカーニバルは部外者には秘密ですからね」と返したが、やはり納得いっていなさそうだ。

先輩達にはあたしが何をやろうとしているのか、決して知られてはいけない。


「本当に何も隠してない?僕らに秘め事なんて、寂しいなぁ」


絶対寂しいと思っていないだろうと思わせる顔で溜め息を吐かれた。そして徐々に壁際に追いやられていく。このままだとまた壁と腕に挟まれて逃げられなくなってしまう。その前にと、ヒョイっと腕の下を潜り抜け、逃走成功。と、思いきや……。逃げた先に待ち構えていた一条先輩の腕に囚われてしまった。

「高天、ナイス!」後ろで四ツ谷先輩が称賛している。

腕を突っ張ってようやく窒息の可能性からは逃れることが出来たが、今度はその隙間を確保したことによってより抱きしめられていると実感してしまう事になった。

一気に顔が熱くなる。赤くなった顔を隠そうと下を向くが、両手で頬を包まれ上を向かされてしまった。

絶体絶命のピンチ!

視線を合わせまいとすることしか抵抗する事が出来ない。


あ~。もう、何で分かってくれないのかなぁ。

誰にだって知られたくない事の一つや二つはあるでしょう?


しかし前回の佐々木先輩の事を黙っていたので、先輩達はあたしが嘘を吐いたり隠し事をすることに敏感になってしまったようだ。

良かれと思ってやったことが裏目に出る。良くあることだが今は出て欲しくなかった。


「本当に何もないんだな?」


上からの視線と真剣な声色にビクリと体が震える。

あたしは頬を包まれた状態のままコクリと頷き、恐る恐る視線を合わせた。


――またそんな顔をして……。


先輩は未だに護れなかった事を引きずっている。どんなにあたしが大丈夫だと言っても聞こうとしない。

今、目の前にある顔には苦悶が垣間見えていた。

こんな顔をさせたい訳じゃないのに……。


「本当に隠し事は無いです。だから無理やり聞き出すのは止めて下さい」

「……。言いたくない事なら言わなくて良い。だが、俺達はお前に何かあったらと思うと怖いんだ。小さな体で無茶をして、今度は髪を失うくらいじゃ済まないかもしれない。頼むから俺の目の届かないような所で危険に身をさらすのだけは止めてくれ」


「大袈裟です」と言えれば良かった。だけどあまりにも先輩の悲痛な声が、それを言わせることを拒否させた。

嘘を吐かなくてはいけない方も、嘘を吐いていると分かっているが何もできない方も、両方苦しいんだろうなぁ、と思いました。

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