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48 お願いをきいて

今、欲しい物を与えると言われたら“文才”と言う。

という前置きを先にして……。

下手ですみません<(_ _)>

翌日、あたしはいつもより早く登校し、職員室を覗き込んだ。だが目的の人物は不在。あの人が担当教科の準備室に居ることは無いだろうと考え、保健室に向かうことにした。

まだ部活動で朝練がある生徒くらいしか登校していない校舎はいつもより静かだ。だが体育館や校庭の方からは元気の良い声が高らかに聞こえてくる。校舎と言う無機質な物に息が吹きこまれ始めている様だ。


保健室に着くと入る前に軽くノックをし、中から許可が有ったのを確認してドアを開けると、目的の人物は椅子に座ってくつろいでいた。どこで淹れてきたのかステンレスボトルまで持ち込んで。

コイツ……、本当に教師か?

相変わらずヨレっとしたシャツを着ている。しかもノータイ……。クールビズにはまだ早いぞ!

アイロン掛けが面倒臭いんだろうけど、洗った後形整えて干せばある程度の皺は伸びるのに……。スーツはカッコ良く着こなして欲しい派のあたしからすると許せない。

考えが横道にそれてしまいそうになったので慌てて軌道修正した。


「おはようございます」

「あら、ちんくしゃじゃないの。早いわね」

「おお、早いな。なんだ、また俺の仕事手伝いたいのか?」


んな訳ないでしょーが!!

十字先生は白衣を身に纏い、備品の整理をしながら大澤先生の事を窘めている。まるで母親と息子みたいだ。

うちの息子ったら手が掛かってしょうがないのよ~。って感じだね。馬鹿な子ほど可愛いって本当なんだな。と妙な納得をしてしまった。

あたしは最上級にニッコリ笑い「せ・ん・せっ」と言いながら近づこうとすると、手をバッと前に突出し「断る!」と拒否された。


「……あたし、まだ何も言っていませんけど」

「女の猫なで声は碌な事が無い。俺は身を持って経験している」


何その凄い自信……。どんな悪女に騙されたのよ。とか思っていたら「こいつが女と仮定した話だが」と付け足した。言われた本人である十字先生は「失礼しちゃうわ」と頬を膨らませる。

生物学上は男……、なんだよね。どうすれば女よりも女らしい外見と中身を手に入れられるのだろう……。


「なら話は早いです先生を男と見込んでお願いがあります」

「待ちなさい、ちんくしゃ」


本題に入ろうとすると十字先生が真面目な顔で止めた。腕を組んで考え、髪を掻き上げ「男女の一線を越えちゃダメよ」なんて意味不明な忠告をした。


「は?何言ってるんですか?」

「とうとう思考回路まで変態になったか……」

「あら、違ったの?おほほ、ごめんなさ~い」


わざとらしい笑いだ。どんな想像していたんだか……。

大澤先生は疲れた顔でおもむろに立ち上がり、あたしの肘を掴む。予期せぬ行動に一瞬固まってしまった。


「ここじゃ話にならん。場所、変えるぞ」


そう言って了解を取る前に肘を掴んだまま歩き出す。突然動き出すものだから足元がもたつき、そのまま先生の横をすり抜け床に目がけて転ぶ。と思い、衝撃に備え目を瞑ったが何時まで経っても痛みは無い。

ゆっくり目を開けるとあたしは先生の腕に抱き留められていた。

ああ、良かった。ほっとする暇もなく「案外とろいな」と、カチンとする言葉が降って来た。

誰のせいだと思っているんだ、この野郎!!

ゴスっ。脇腹に一撃が炸裂。モーションが取れなかったので力一杯殴れなかったのが悔やまれる。


「……受け止めてやったにも関わらず、いい度胸じゃねぇか」

「自業自得って言葉、知ってます?」


至近距離で睨み合う二人に注意が入った。それは仁王立ちする魔女。


「私の城で揉めるんじゃないわよ……。埃が舞うでしょーが!!」


怒らせてはいけない人間をこれ以上不機嫌にさせる訳にはいかず、お互い渋々一時休戦。


「……今は勘弁してやる」

「それはあたしの台詞です」



爽やかな朝(梅雨入り前だから曇り空だけど)には似つかわしくない殺伐とした空気を保ちつつ、以前有難いお言葉を頂いた場所、小会議室に向かった。

この部屋には内鍵も外鍵も付いているが、先生は施錠せずそのままにした。それは男性教諭と女生徒が二人きりで室内に居る、と言うことに対して良からぬ(馬鹿な)考えをする輩がいる為だろう。それにこの部屋は使用頻度が少ない。生徒の中にもこの部屋の存在を知らない人が居るはずだ。

先生は窓際に立ち、腕を組んでこちらを見ていた。あたしは座らず向かい合う様に立つ。


「で、俺を男と見込んでの頼みってのはなんだ?」

「その前に一つ。あたしがこれから言う事は、例え十字先生にも言わないでいただけますか?」

「俺だから話すんだろ?自分が信用した相手を信じろよ」


確かにそうだ。そこはあたしが失礼だった。

でもこれは本当にデリケートな内容だ。絶対に話しが漏れることは避けたい。

だが相手を信じなければ頼める内容でもない。

あたしは失礼を詫び、それから話した。


「先生は去年喫煙して教師を殴った男子生徒を知っていますか?」

「……ああ。誰に聞いた?あいつらが口を割る訳ねぇから……、新波か。ちっ、余計な事を」

「なら話は早いです。その男子生徒に会わせてください」


大澤先生は一部の生徒からの信頼が厚い。それはやる気がなさそうに見えて、実は生徒に対して熱心だからだ。嫌っているのは見た目に反応する生徒だけ。中身を見ようとせず、外見だけで判断する生徒は少なくない。

先生はこの話を聞きたくなかったようで、露骨に嫌な顔をしている。そこにあたしが“会いたい”と言ったものだから目を見開き、「馬鹿な事言ってんな」と低い声で返した。


「自分がどれ程馬鹿で、どれだけの人の傷をえぐろうとしているのかは分かっています。それでも誤解をしたまま一方的に相手を憎む大道寺先輩を放って置けません!」

「誰が解決することを望んだ?大道寺か?四ツ谷か?誰もお前にそんなこと頼んじゃいねぇだろう!」

「ええ、そうです。お節介ですよ!でも、転校していった先輩が現状を知ったら後悔するはずです」

「それはお前の主観だ!!本人たちが望んでいないことをして、何を得る?結局は自己満足だろうが!偽善的な行動で誰かを救えると本気で思ってんのか!」

「偽善でも善です!」

「屁理屈言ってんな!」

「屁理屈も立派な理屈です!!」


お互い前のめりになりながらの言い合い。

誰かの為に動く事の何がいけない?

偽善であろうが何だろうが、自分が手を差し伸べられる距離に居て、何もしないなんてことは出来ない。

可能性があるなら動くべきだ。


こんな考えを持つようになったのは佐々木先輩との事があったから。

傷つき、誰かを憎む人がどうなるのか知っている。

再び立ち上がる強さが人にはあると言うことも知っている。

それに、転校した先輩には個人的に会ってみたい。同じ境遇の人と傷の舐め合いをしたいからじゃない。

伝えたい事がある。きっと気付いていないことを。


先生は頭をガシガシ掻き、くそっとこぼした。


「桜川。おまえ分かっているって言ったな?どんな結果になるか分からないのに良いのか?憎まれる相手が増えるだけだぞ?」

「覚悟は出来ています」

「どの程度の覚悟だ」

「覚悟は見せるのもではなく、自分の内に持つものです。新波先輩に話しを訊こうと決めた時から心は決まっていました」


部屋は先ほどまでの言い合いが嘘の様に、二人の息遣いだけが小さく響いている。

命が吹きこまれ始めた校舎はさらに、明るい灯をともすかの様に震えていた。それは足の裏を通して伝わって来る生徒の存在。もう直ぐ朝練も終わり、学校が始まる合図。

逸らすことなく真っ直ぐ見つめる先には苦い顔をし、目を瞑って眉間に皺を深く刻んだ先生。

「言わないでくれ」と頼んだ男子生徒と、「会わせてほしい」と言っている現教え子。相反する二人の生徒の頼みだ。そりゃ跡が残るくらい深い皺も刻まれるだろう。

ゆっくりと目を開けた先生は「あ~……。分かったよ!」と投げやりに言った。


「会わせてやる。お前が面白半分で手を出すような奴じゃないのは分かっているからな」

「それじゃあ……!?」

「今週の日曜空けとけ。会わせてやる」


転校した先は通信制の高校だ、登校は週に二日程度。きっと日曜日が登校日なのだろう。

あたしは嬉しさのあまり、勢い良く先生に突進していった。その先は厚みのある大人の胸板。勢いそのままに抱き着き、「ありがとう」と何度も繰り返す。


「お、おい……!?」

「本当にありがとう。絶対に先輩達には内緒ね?いつも不良教師とか言ってるけど、良い先生なのちゃんと知ってるよ」


言うと先生は照れたのか横を向いてしまった。耳朶が赤く染まっていたので間違いなく照れている。

あたしは上機嫌で、自分がどんな大胆な事をしているのかも自覚ないまま抱き着いていると、廊下を走る慌ただしい足音が聞こえて来た。直ぐに校内にチャイムが鳴り響く。


「大変!教室に行かなきゃ」


背中に回した腕を解き、ドアへ駆け寄る。出る間際振り返って最後に感謝の挨拶。


「先生ありがと!大好き!!」


そのままドアを開け、教室に急いだ。

自分に出来ることは限られている。その中で、どんなことをして何を成すかは自分次第だ。

迷いは禁物。それは渋々ながらも頼みを聞いてくれた大澤先生への裏切り。

きっと相手の先輩には嫌われ、憎まれ、罵詈雑言を浴びせられるだろう。でもそれは既に覚悟している。

大道寺先輩と友人で居たい男子生徒。男子生徒の頼みを聞いた四ツ谷先輩。それによって四ツ谷先輩を憎むようになってしまった大道寺先輩。


当事者ではないから複雑に絡み合った糸を解くとこが出来る。その役目は関わりを持ったあたしだ。

第三者の介入で拗れることもあれば、またその逆もある。

決戦は日曜日……。


「絶対にやってやる!」


あたしは廊下を走りながら大きな声で言った。周りに居た人たちに可笑しな目で見られたが、今は全然気にならなかった。

十字先生には内緒。でも絶対バレバレだと思う。

新波に訊けって言ったの十字だし……。

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