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47 先輩たちの過去

いつもありがとうございますm(__)m

今回は重いです。

他の生徒や教師に聞かれるのは避けたいと新波先輩に言われたので、あたしは喫茶店に誘い、「いやん。子猫ちゃんと初デートね!」とはしゃぐ先輩の背中を押すように向かった。

学園の敷地内は寮に帰る生徒とすれ違う。先輩に気付いた人は気軽に声を掛けて来て、先輩は上下関係なく接していた。

「新波せんぱ~い。またねー」手を振りながら帰る女生徒に笑顔で応え、「気を付けて帰りなよー」と同じように手を振ってその後ろ姿を見送る。

そして小さく口を動かした。丁度風下に居たあたしがようやく聞こえるくらい小さな声で「みんな、いい子なんだよね」と。



人混みを縫い進み、裏通りに出る。ひっそりと営まれている喫茶店。ドアをくぐり、中に入るとマスターが暖かな笑顔で出迎えてくれる。


「いらっしゃい、桜川さん。今日は綺麗な方をお連れですね」

「はい、学校の先輩なんです。ちょっと相談に乗ってもらいたくて」

「そうでしたか。では奥の席をお使い下さい」


マスターの心遣いに感謝し、先輩が任せると言ってくれたのでいつも通りブレンドを注文した。奥の席は柱が丁度目隠しになり、他のお客の視線を遮ってくれる。なるほど、ここは相談ごとなどにはもってこいな場所だ。

コーヒーの濃い香りが店内に立ちこめ始めた。大好きなブレンドを運んで来たマスターの手にはクッキーが有り、「お喋りには必要でしょう?」と茶目っ気たっぷりにウインクまでして見せた。


「良い方ね。子猫ちゃんは素敵なお店を知っていて羨ましいわ」

「偶然見つけたんです。このコーヒーの匂いに誘われて歩いていたらここに着きました」


そう言うと、「猫より仔犬の方が良かったかしら」と笑った。

先輩と向かい合ってコーヒーを飲み、カップをテーブルに置くとそれが合図だったかのようにゆっくりと話し始めた。


「あれは私が会長職を引退して直ぐだったわ。だから去年の話なんだけど……。もう、何年も前の事のように感じるわね。その頃はまだ大道寺とあの子たちの仲も良くは無いけど悪くも無かった。お互いに協力していたのよ」

「じゃあ、先輩は直接係わっていないんですね?」

「ええ。これは自分たちの問題ですのでって門前払い。……頼もしいけれど、頼ってもらいたい気持ちもあるなんて我が儘かしら」


そしてまた一口含んで飲み込み、両手を添えてカップを置いた。自嘲的な笑い顔を薄く作り、深く重い溜め息を吐く。

シンと静まり返った店内では学校で見る先輩と違って、本当に物語の中に出てくる綺麗な人だと実感する。一つ一つの動作、表情までもが作られたかのようだ。

本来、会長になった者は二学期一杯までその任期を務めるのが慣例だが、あまりにも一条先輩の出来が良かったからとっとと譲ったと言った。

要するに、やりたい事やりつくしたから飽きたそうです。この人だから許されたんだろうなぁ。


「……高等部入学組の男子生徒が問題を起こす、って教師と生徒間から相談の様な事をされていたの。教師は教師で対応していたんだけれど、やっぱり生徒の方が気付くことも多いから気にかけてくれって。大道寺は責任感が人一倍強いし、ルールを守る事を最大の是としていたからその男子生徒にきつく当たったりしていたわ」


確か椿も大道寺先輩を真面目な人だと言っていた。なら学校のルールを守らない生徒に対してそれを強要するのは安易に想像できる。でも高校生っていう年頃の男の子に対してそれをするのは逆効果になるのではないだろうか。

先輩はあたしの考えを肯定するように頷いた。


「押さえつけられることに対して反発するようになった。そこに助け船を出したのが四ツ谷よ」

「……四ツ谷先輩?あの人そんな器用なこと出来るんですか?」

「意外?でもね、あの子普段はああだけれど、誰かの為に動く力は強いのよ」


「意外です」と素直に返した。確かに一条先輩に対しては補佐的な役割をする人だと思っていたけれど、まさか他人にまでそんな事をするとは。

あたしの反応に先輩は笑った。


「四ツ谷は理論的に攻めるのではなく、まず日常に慣れさせることから始めるように言ったのよ。ほら、大道寺って一条のみたいに他人の気持ちに鈍感でしょ?だからその子を取り巻く環境に目を向けるようアドバイスしたの」


おお、まともなアドバイスだ!そんな器用な事出来るならぜひあたしに対しても気を使って欲しい。

確かに高校生って微妙な時期だもんね。子供だけど、大人の世界に踏み出し始めた年齢。一本の線の上に立って揺れている年頃だ。

問題のある子は家庭や友人関係に何か原因があることが多いと思う。かく言うあたしもそうだったし。

親の世話になりたくなくてもならざるを得ない。社会に出る勇気もまだない。両親が居る16歳くらいの子供が一人、社会に出る勇気を持っている人間なんて一握りだと思う。

そしてその男子生徒も親との確執が有ったらしい。四ツ谷先輩の言葉を受け、男子生徒の気持ちをくみ取るようになると見えて来たそうだ。


「その子、両親が離婚してどっちも引き取りを拒否したらしいわ。高校生なんだからどうにでもなるだろう、って。実の親に要らないって言われたのよ?……どんな気持ちだったのか私には想像すら出来ない」

「そう、なんですか……」


一瞬心臓がドクンと鳴った。先輩にまで聴こえてしまうのではないかと思うくらい大きく動いた。

だがそれは杞憂に終わり、先輩は続きを話している。


「結局親権は父親に移って、母親は新しい旦那さんと暮らし始めたんですって。でも父親もその子を全寮制の学校に追いやったんだからやっていることは同じよね」


それから大道寺先輩は見かける度に声を掛け、試験の前には勉強を教えるようになった。たまに四ツ谷先輩も混ざり、他の人から見たその三人は仲の良い友人に見えたそうだ。


――問題は新生徒会になって直ぐ起こった。


「男子生徒の喫煙が教師にばれたのよ」

「停学、ですか?」

「なら良かったんだけどね……」


と言うことはそうはならなかった、と。停学より重い罰は退学しかない。でも喫煙で一発退学はやり過ぎだ。


「見つかった時、その子落ち着いていたらしいわ。それで注意した教師を殴ったのよ。騒ぎにならなかったのは授業中だったからね」


それから男子生徒は生徒指導室に連れて行かれ、話を聞いた生徒会の先輩方が部屋に向かった。中に入って男子生徒に殴りかかったのは四ツ谷先輩だったそうだ。

「なんで大道寺の信頼を裏切るような真似をしたんだ」と怒りを露わにして……。

掴み掛かったまま放そうとしないしない先輩を引き剥がし、五嶋先輩が宥め役になった。四ツ谷先輩の力を抑え込めるのは一条先輩くらいだったので、いまにもまた殴ろうとする四ツ谷先輩を羽交い絞めにして抑え込んだ。


「バカよねぇ。そんな事をすればどうなるかなんてちょっと考えれば分かるのに……。でもね、本当は良い子達なの。……だからその子も本当はそんなことしたくなかったんですって。でも、どうすれば良いか分からなくなってしまったって蹲って泣いたそうよ」


喫煙して教師を殴った男子生徒。泣きながら退学にしてくれと叫んでいたそうだ。


ある日、親権をもつ父親から絶縁状が届いた。法律上、実の親子であるので効力は無いとしても、男子生徒の心を壊すには充分だった。母親に連絡を取ると自分はもう関係ないと言われ、父親に話を聞こうにも連絡が取れない。もう自分はこの世に一人きりにされた……。そう思った時、なにもかもどうでも良くなったそうだ。


自主退学も考えたがそうすれば必ず大道寺先輩は理由を聞きに来る。嘘をついてもあの性格だから本当の事を言わない限り納得しないだろうと考えた。

男子生徒は自分のことを気にかけてくれる大道寺先輩に同情などして欲しくなく、自分が過失を犯して退学になれば恨みや軽蔑の念は持つだろうが、同情されるよりはましだと思い、行動に移したそうだ。


「……その後、どうなったんですか?」

「一条達が話を聞き終えて学園に残るよう説得したけれど、本人が辞める事を譲らなかったそうよ。だからせめて退学ではなく、転校は出来ないかって教師と相談して……。今は働きながら通信制の高校に通っているって聞いたわ」


そっか、良かった。

男子生徒はいつの間にか友情を感じていた大道寺先輩に同情などされたくなかった。友人だから対等な立場で居たかったんだろう。


「で、問題はこれだけじゃなかったの。その子、転校は受け入れたんだけど、絶対に理由を大道寺に話さないでくれって言ったのよ。身を切るような願いを無視するなんて出来ないでしょ?だから理由を問いただしに来た大道寺に四ツ谷が「問題を起こしたから退学にしてやったんだよ」って言っちゃったの」

「うわぁ……」


それが今朝の怒りに繋がるのか。

同じように気にかけていた友人を守るどころか退学にした人間が何言ってんだ!と言うことだろう。

はぁ、成程。こりゃ根が深い。

簡単なのはなぜ男子生徒が居なくなったか説明してしまうことだろうが、生徒会の人間を嫌っている大道寺先輩は先輩方の言葉を信じないだろうし。かと言って当事者でもないあたしが言うのは絶対違う。

一番良いのは転校した生徒が直接説明することだ。でもそれは傷をえぐることになる……。

まいった。なんて重い問題だ。あたし一人でどうにか出来ることじゃなさそう。


「これがあの子達に遭ったことよ……。話を聞いた子猫ちゃん。あなたはどうするつもりで訊いたのかしら?」


美しく微笑む新波先輩だが、その眼は容赦なくあたしを貫く。手に負えない事なら係わるなと目が言っている。

あたしは冷たくなったコーヒーを一気に飲み、カツンとテーブルに置くと手の甲で口を拭った。


「半端な気持ちで聴きだした訳じゃありません。悪役になってでも、お節介だと言われても良いです。誤解は解かせていただきます!」


「じゃないと自分がスッキリしません」と堂々と伝えると、先輩は高らかに笑い「幸運を祈るわ」と言って優しく微笑んだ。


絶縁状について詳しくはわかりません。うろ覚えの知識です。


考えていたより重い話になってしまいましたが、明るい方に持っていけるようにしたいと思っています。

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