40 結果発表!
体育祭の準備が始まり、あっと言う間に試験結果が発表される金曜日になった。この日は朝から落ち着かず、いっそのこと校内放送してくれればいいのに、と自虐的な考えすら浮かんだ。
美穂によると、貼り出された直後と言うのはやはり混み合うらしく、見に行くなら午後の授業が始まる前。つまり、お昼ごはんを食べた後が良いようで、あたし達はいつも通り外で昼食を済ませてから向かった。それでもやっぱり人が多い。ここは職員室前の廊下なので普段は静かにしている生徒たちも、ざわつきながら結果を見ている。さすがに先生達も今日ばかりは大目に見ているみたい。
結果は逃げないし変わらないんだから放課後でも良いじゃん?と思うかもしれないけど、不安要素は一刻も早く取り除きたいものでしょ?
一年の張出結果の紙を凝視。目指すは上位10位以内。なので1位から順に見ていくことにした。
1位は二宮君。う~ん。さすがですねぇ。それ以外は有り得ない!って感じかな?
それから2位、3位と続いて……。
「あった。8位だ……!」
あたしは周りの人に聞こえないくらい小さな声で確認し、胸のあたりで控え目なガッツポーズを取った。
これで次の期末考査を乗り切れば来学期A組間違いなしだろう。ってか入れなかったら怒られる。
一人喜びに浸っていると、美穂がツツっと近付いて来た。
「お、凄いじゃん。さすがは小悪魔なちだね」
「ありがとう。でも小悪魔は一切関係ないよね?」
「それはどーでしょーか」
わざと言ってるな。分かりやすく肩を上げてクルリと回ってみせた美穂に溜め息を吐いた。
「で、美穂はどうだったの?」
「あたしはいつも通り20位前後をウロウロしてますよー」
そう言ったので見ると、本当に22位だった。聞けば中等部頃からだいたいこの順位をキープしているんだって。ちなみに順位を上げるつもりは一切ないらしい。あたしがA組を目指していることを教えると、「A組なんて行けるか!」と言っていた。そこまで勉強は好きじゃないし、学力を争うつもりもない。B組が体に馴染んでいるからあたしは此処で充分!と胸を張って宣言していた。
胸張る意味は分からないけどね。
「そう言えば、三橋君も載ってたよ」
「え、嘘!?」
「嘘言ってどうするのよ。ほら、あそこ」
そう言って指差す先には“三橋侑吾”と間違いなく名前が載っていた。
目を擦り、もう一度確認。
うん、間違いなく書いてある。
「……うそぉ、30位だって……。……マジ?」
「いや、なちよ。幼馴染のアンタが信じないでどうするのさ」
「だって……。ねぇ」
あの侑吾君が?試験が終わると「記憶、飛んじゃったゼ!」的な発言をする侑吾君が?
……信じられん。でも何度見てもしっかり名前が載っている。
「あ、そうか。同姓同名だね」
「んなわけないでしょーが!」
はい、的確な突っ込みありがとう。
他の生徒の目も気にせずそんなやりとりをしていると、廊下の奥から速いテンポの足音が近づいて来た。
まったく!廊下は走るなよ!
その足音の方に顔を向けると見たことのある、と言うか見慣れ過ぎた茶オレンジ色の頭が手を振りながらこちらに向かってダッシュしてくるのが見えた。
しかも眩しいくらいの笑顔付きで。
「なこーーー!!」
「ちょ!?しー!!」
口に人差指を当てて「静かに!」と伝えたのに無視した侑吾君はそのままの勢いであたしを抱き上げる。軽いあたしは何の抵抗も無しに持ち上げられ、父親が娘を喜ばせようと抱き上げて回したり、高い高いをしたりするようにやられた。若干目の回ったあたしはされるがままだ。
最後に苦しいくらいギュッと抱きしめられる。
「見たか!?俺30位だって!」
「うん、見たよ。おめでとう。それより放して。さすがに苦しい」
「あ、悪い。嬉しくってさ!」
嬉しいのは文字通り苦しいほど分かった。でもその胸板で抱き潰すのはいただけないなぁ。
放されてまずは酸素吸入すべく深呼吸をした。ああ、空気が美味しい。味なんてないけど、スムーズに呼吸が出来るって素晴らしい。
「ねえねえ三橋君。なちってばあの名前を見て「同姓同名?」って言ってたんだよ」
「スー……!ごふっ!?」
「酷いじゃないか、菜子!」
「ごほ、ごほっ!?いや、ごめっ。今はもう信じてるから!」
もう!美穂が変なこと言うからむせちゃったじゃないの。
あたし達はもはやここが職員室前の廊下だと言うことも忘れて騒いでいた。いくら大目に見てくれるとは言え、やはり限度がある。案の定職員室のドアが開けられ、不機嫌そうに頭を掻きながら我がクラスの担任がやって来た。
「ストーップ。はい、そこまで。一応ここ、廊下だから。しかもこわ~いおじさん、おばさんの居るね」
「あ、先生だ~。ごめ~ん。つい盛り上がっちゃって。もう教室帰るから見逃して」
「すみません!俺も嬉しくて騒いでしまいました」
「ん。分かっているなら良い。授業が始まるまでに教室戻っとけ」
「……。ちょっと、これは何ですか?」
「ん?コレって?」
「……わざと言ってます?」
頭を掻きかき、スリッパをぺたぺた音をさせながら来た先生は、あたしの首根っこを掴んだ。そしてそのまま美穂と侑吾君に注意をし出したのだ。
「あたし猫じゃないんですけど」
「お前実家で飼ってた猫そっくりなんだよなぁ。だからつい昔の習慣でな。悪戯したらこうやってたもんだ」
しみじみと言う先生。どうでもいいから放してもらえませんかね。皺になっちゃうじゃない。
掴まれたまま恨みがましく見るあたしに苦笑いをし、ようやく放してもらえた。
「悪い悪い」と言いながら頭をくしゃっとされる。
また猫扱いかよ!!
「あ、そうだ!体育祭の組み分けについて五嶋先輩から何か事前に訊いてませんでしたか?」
「……記憶にないな。ほら、行った行った」
「ずるい!誤魔化した!」
「ほ~らなち。過ぎたこと大ちゃんに訊いてもはぐらかされるだけだよ。それより戻ろう。そろそろ保健室の魔女がキレるよ」
美穂が言い終わるや否や、職員室の奥にある保健室のドアが大きな音と共に開いた。同時にどう聞いても男性が怒鳴る。集まって居た生徒たちは蜘蛛の子を散らすように居なくなっていた。
……素早い。
感心していると、取り残されたのはあたし達だけになっていて、ズンズン近づいてくる十字先生の威圧感に潰され動けなくなっていた。
「五月蝿いわよ、ちんくしゃ!騒ぐなら外でやりなさい!」
「なんであたし限定なんですか!?」
「あんたが一番言いやすいのよ。そうだ、丁度いいわ。保健室にいらっしゃい」
「え、ちょっと!?」
返事する間もなく再び首根っこを掴まれ保健室に連行。ポカンとする美穂達に助けを求めるが、首を横に振り拒否された。誰も魔女には勝てないようだ。
あたしは咄嗟に一番近くに居た担任の腕を掴んだ。
よし!ナイスキャッチ!
絶対に放すものか。という意思を持って掴んだ腕はそう簡単に放れるものではない。先生は嫌がっていたがそのまま一緒に連れて行くことに成功した。
「ほら!横向いて」
「痛い!無理に向かせないでください!」
両頬を挟まれたまま、グキッと音が聞こえそうな強さで横を向かされる。そのまま上下左右傾かされ、十字先生はようやく満足したようだ。
無理やり引っ張って来た担任の先生は椅子に座って足を組み、スリッパをプラプラさせている。
「うん。傷はすっかり目立たなくなったわね。……まったく!まめに見せに来なさいって言ったのに来ないなんて!」
「もう良いかなと思ったんです。すみませんでした」
そうなのだ。十字先生は美意識が強く、顔に傷が残るなんて許せないらしい。だから週に2回は見せに来い、と言われていたのにあたしは傷が塞がったのを確認すると行かなくなった。だって面倒くさかったんだもん。足首の捻挫だって椿に何度も「走るなー!」と怒られた。どうやらあたしは自分の体を疎かにしてしまうようだ。
「で、何を廊下で騒いでたのよ?授業始まっちゃうから要点纏めて説明しなさい」
なんで命令口調?と思いながらも言われた通りにするあたし。……今現在肩身が狭いもので。
「今日試験の順位発表だったので。それとそこの担任が連絡を忘れていたことがあったので詰め寄っていました」
「そっか、今日だったわね。連絡を忘れるって……何したの?大澤ちゃん」
「……へ~。大澤って名前だったんだ……」
訊かれた先生はダルそうに立ち上がり、あたしの横に来ると拳骨を頭に落とした。「ひど~い!」反射で痛みのする箇所を手で押さえ、精一杯の抗議。
「酷いのはどっちだ?担任の名前を知らないなんて薄情な生徒だな、おまえ」
「うっ……。それについては申し開きようが無く……」
美穂が「大ちゃん」と言っていたので“大”が付く名字か名前なのだろうとは思っていた。入学して直ぐのHRで自己紹介されたが全く聞いていなかった。
だってほら!入学のときはどうやってイベント回避しようかそればっかり考えてたからさ!
……はい、すみません。醜い言い訳でした。ただボーっとしていて聞いていませんでした。そのまま過ごしていました。ごめんなさい。
「だめよ、大澤ちゃん。一応教師なんだから給料分は働かなくちゃ」
「良いじゃねーか。結局上手いこと別れたんだ」
少しも悪びれない大澤先生にちょっとイラッとした。
給料分て!それ以上はしないんかい!?
「……少しは反省してくださいね!?」
「悪かったって。放っておいて大丈夫な生徒って奴にはど~も甘えが出るみたいだな。今度は気を付けるさ」
「言いやすい」とか「放っておいても」とか、どういう意味なんだろうか……。そんなことを考えつつ、予鈴が鳴ったので急いで教室に戻った。美穂に訊いてみると「分かる気がする」と言う答えが返って来て、ますます意味不明。
「褒められてるのよ」
「え、褒めてたの?」
「……鈍いなぁ。鈍いのは一つの事だけに絞って欲しいものね。あ、先生来たよ!」
まだ話は終わっていないのに先生の登場で強制終了。
あたしはもやもやしたまま授業を受ける羽目になった。




