39 哀れな生け贄は着せ替え人形
[親指姫]
親指姫はチューリップの花から生まれた親指ほどの大きさしかない小さな女の子。
ある日、ヒキガエルに誘拐されてしまう。魚達の助けで何とか脱出したけど、コガネムシに誘拐され、置き去りにされてしまう。
秋になって、親指姫はノネズミのお婆さんの許に居候することに。でも隣の家の金持ちのモグラに結婚を強要された。しかしモグラの家にいた瀕死のツバメを介抱し、結婚式の日に親指姫はツバメと共に、花の国へ向かう。そこで親指姫は、花の国の王子様と結婚する。
「これをどうやって表現するんですか?」
あたしは配られた“親指姫”のあらすじを読み終えると新波先輩に訊いた。すると先輩は「パチンッ」と指を鳴らす。サッと後ろから眼鏡を掛けた女生徒が現れた。その女生徒は眼鏡をくいっと上げると自信ありげに「お任せあれ」と言った。
「この子は私の友人で演劇部の監督・脚本担当の本田よ。本田、面白可笑しく、でも子猫ちゃんにピッタリな本を書いてらっしゃい!」
「ま~か~せ~てぇ!うふふ……。楽しぃぃ!!」
「着せ替えるわよ~!!」
先輩たちの異様な興奮を目の当たりにし、あたしは声も無かった。
月曜日は組み分けと、簡単な会議で終わった。運動会ではないので競技の練習は無い。あっても本番前の全体練習日に通して確認するくらい。あるのはカーニバルの練習だ。本番まで放課後は集まっての会議・練習で潰れるらしい。特に“姫”と“王子”と“騎士”は忙しくなるみたい。
でも生徒会の活動もあるから本当に多忙な毎日になりそう。
「……大変そうだな」
「そう思うなら助けて」
悲惨な生贄決定になりそうな予感プンプンのあたしに二宮君が慰めの声。とりあえず、脚本が無くちゃ始まらないと言うことなので、完成まであたしと二宮君は生徒会に戻ることになった。
「あ、そう言えば、衣装の予算ってどうなってるの?白だけでも大がかりになりそうなのに、組は四つもあるんだよ?」
初めての体育祭。ましてや持ち上がりではないので分からないことだらけだ。そんなあたしの疑問に答えたのは演劇部の本田さんと盛り上がっていた新波先輩だった。
「大丈夫よ。衣装は中等部と大学部の演劇部から借りられるから。もちろんここの演劇部からもね」
「足りるんですか?そもそも“カーニバル”は何年か前からの行事だって聞きましたけど、誰が発案者なんですか?」
生徒会からの予算で四つの組、それぞれに渡る金額はそう高くない。衣装や山車はどうするのだろうと思っていたけれど、付属の学校から借りることが出来るなら問題ないのだろう。
あたしはついでとばかりに、なんとなく答えの分かっていることを訊いてみた。
新波先輩は急にその豊満な胸を張る。
羨ましいですね。見せつけているんですか?
「私よ!中等部の生徒会に入った時に高等部に提案して実現してもらったの。私が高等部に上がった時の楽しみとしてね!」
そう言うのを職権乱用と言うのでは?
でも、自分の欲を満たすために入るのが難しい生徒会に入って、それを実現させてしまうなんて……。なんてすごいバイタリティーの持ち主なの。
と言うことは、競技不参加許可を出したのも先輩なのよね……。
感謝……、しなくちゃ?
「えっと。あたし達、生徒会室に戻ります。誰かに言った方が良いですか?」
一応生徒の声を聞くために居るのだ。急に居なくなるのは悪いだろうと思って訊くと、代表者に一言行ってから抜けるように言われた。
白の代表者はこの間、バカ王子を回収した風紀委員の先輩だった。
「すみません。生徒会室に戻らせていただきます。何か用があれば遠慮なく呼びに来てください」
「ああ、姫か。分かった」
姫って……。確かに姫に選ばれたけれど、そう呼ばれるのはとても気持ちが悪い。そう言うと「だって俺、君の名前知らないし」と真っ当な事を言われ、名乗っていないことを思い出した。
「桜川菜子です。生徒会の見習い庶務をしています」
「俺は風紀委員の委員長をやっている大道寺だ。よろしく」
ゲームでは生徒会の男子生徒しか出てこなかったので、他の男子生徒と知り合うのってなんか新鮮。少し話したあと、ちょっと感動しながら講堂を出た。
すると生徒会室に向かう廊下で何故か声を掛けられまくる。
「あなた達、生徒会の人間よね?」
「なぁ、四ツ谷知らないか?」
「五嶋君が居ないのよ~!」
「会長はどこだ!!」
どうやら皆さん人探し中らしい。あたし達は「知りません」と謝りながら進み、生徒会室に行くと鍵が掛かっていた。おかしいと思いながらも二宮君は鍵を開け、中に入る。続いてあたしも入ると電気が点いていた。
室内をぐるりと見渡すと机ではなく、ソファで寛ぐ先輩たちを発見。途端、二宮君の雷が落とされる。だけどそんなことも意に介さず、堂々としたものだ。
「別に良いでしょ。仕事はしてるんだから。組ではカーニバルに係ってないし、生徒会室に居てなんの問題があるって言うのさ?」
「だよなぁ。俺だって裏方ですらないし。こうして珍しく生徒会の仕事をしていることを褒めて欲しいくらいだ」
完全に開き直った先輩たちを前に、さすがの二宮君も言葉が無い。ならどうして鍵を掛けていたのか訊いた。
「イベントってさ、どうしても気分が高揚して積極的になるでしょ?いつもは寄ってこない生徒も必要以上に纏わり付こうとして疲れるんだよ」
「そーいうこと。だから邪魔されない様に生徒会室に鍵かけて仕事してるの。立ち入り禁止って知っているくせに突撃掛けてくる奴がいるからなぁ……」
あ~、それは……。ご愁傷様です。
顔が良いっていろんなことでマイナスになるのね。
あたしは先ほどから一切会話に加わろうとしない一条先輩が気になった。良く見れば疲れた顔をしている。以前の二宮君の発熱の事もあり、あたしは自然と首に手を当てた。
熱くない。熱はないようだ。
突然の事に驚いた先輩は当てていたあたしの手を取った。
あ、ヤバっ!また無意識で失礼な事をしちゃったかも。
慌てて謝ると先輩はキョトンとした顔をした。
「大丈夫だよ、菜子ちゃん。一条の奴、どうしても“王子”をやって欲しいって、ここに来るまで追いかけ回されていたんだって。それで疲れが出ただけだから」
「先輩たちは何故やらないんですか?美味しい特典があるのに」
あたしが不思議そうに訊くと、そのことに対して不思議がられた。
しかし、一条先輩をここまで疲れさせるとは……。恐ろしい執念だわ。
「美味しい特典って不参加権だろ?別に欲しく無いしな。必要な競技だけでて、後は適当に逃げながら委員の仕事でもするさ」
「それにね。僕達が“王子”になると“姫”が大変なことになるから」
「確かに大変な事になりそうですね」
あたしは深く頷きながら納得した。同じ生徒会の人間でも、二宮君は騒がれるタイプではないので問題ないのだろう。それに白にはあの新波先輩が居るし。その新波先輩の命令で王子になった二宮君に文句など誰が付けられようか……。
念のため二宮君の携帯番号とメアドを訊いた。忙しくなるとどこに居るか分からなくなるから訊いておくようにと、白の代表者に言われたからだ。
その後、体育祭の予算振り分け確認の書類作成や、会場の設置位置・協議の流れなどの確認プリントを作り、終わると寮に帰った。少し遅れて返ってきた椿は部屋に入るなり床に倒れ込む。驚いて駆け寄ると、「お腹……へった」とこぼす。
呆れながらも鞄を受け取り、励ましながら食堂へ向かった。
大食い選手権開催中の看板を出したくなるくらいの勢いで食べ進める椿をよそに、あたしはいつものペースで食べ進めた。
最後にお茶を流し込んで漸く人心地着いたようだ。
ちなみにあたしはあと半分残っているけど自分のペースで食べますよ。椿に合わせていたら胃が痛くなっちゃうもの。
あたしの食べる横で椿は愚痴り始めた。でもまだお腹一杯にならないのか、知り合いから残り物を恵んでもらっている。
「もう聞いてよ~。あたし五嶋先輩と一緒の青なんだけどさぁ。来ないのよ、先輩。生徒会は連絡が取りやすいように分かれてそれぞれの組に入ってるのに、肝心な人間が居ないのよ!?……まいった」
「なんか、ごめん。先輩たちなら生徒会室に居ると思うから、用が有れば行くと良いよ。……鍵は閉まってるけど」
「それじゃ意味ないのよ!生徒は立ち入り禁止!しかも絶対居留守使うに決まってる!」
うん、ごめん。あたしも予想でしかないけれど、今日の様子を見るに居留守、使うね。
先輩たちも大変そうだけど、真面目に取り組む生徒も大変だ。
そんなふうに他人事のように思っていたのに、翌日から巻き込まれることになった。
本人が捕まらないのなら、関係者を使え!がスローガンとなり、あたしは知らない生徒から度々先輩たちの居場所を尋ねられ、仕方なく電話をするが繋がらない。頭に来たので生徒会室に乗り込むと、涼しげな顔で書類作成に取り掛かっている先輩たちを発見。
「いい加減にしてください!纏わり付かれるのが嫌なのは分かりますが、真面目に取り組んでいる生徒も居るんです!逃げてばかりいないで先輩たちも参加してください!!」
ドアを開け、姿を確認するやいなや怒鳴った。
目をぱちくりさせ、「でもよぉ」と言い訳をしようとする四ツ谷先輩を一蹴。
「でもじゃない!!早く行きなさーい!!」
全員立たせることに成功。今後、生徒会の仕事で抜ける時は組の代表者に一言伝えることを約束させた。そうすればここまで混乱させることも無いだろう。
渋々出て行く先輩たちの背中を見てちょっと悪いことをしたかなと思ったけれど、後輩に怒られるようじゃ同情の余地無し。その項垂れた背中を見て咄嗟に一条先輩の腕を掴む。
「突然すみません。今回の事で連絡先を知らないことに不便を感じまして、良ければ教えてください。知らないの、一条先輩だけなので」
「……俺だけ?」
「はい。四ツ谷先輩も五嶋先輩も知ってます」
「……そうか……」
いつもと変わらない顔で影を落としながら携帯を取り出した。それにはあたしがプレゼントしたインディゴブルーのストラップが付いていた。
本当に付けてるんだ。四ツ谷先輩が言っていたけれど、実際に見ると嬉しいものだなぁ。
あたしがじっとそれを見つめていると、「どうした?」と訊かれた。
「本当に付けてくれてるんですね。嬉しいです」
気が抜けたような顔で思わず笑ってしまった。嬉しくてつい頬が緩む。
目的を忘れない内にとあたしも携帯を取り出し、番号とメアドを交換し合った。
「メール、送って良いのか?」
「良いですよ。四ツ谷先輩なんて本当にくだらない内容ばかり送って来ますから。……もしかして、電話もメールもした事無いですか?」
ストラップをプレゼントした日、必要性を感じないから友人とは出かけたことが無いと言った一条先輩。もしやと思い恐る恐る訊くと肯定されてしまった。
なんと!まさかこの文明の機器を使わないとは!!
良く訊けば用事が無い限り連絡を取ったりしたことはないらしい。
ああ、また頭の痛い問題が……。
何で四ツ谷先輩はずっと一緒に居たくせに一条先輩に無駄な事をさせなかったのさ!
「あたし前に言いましたよね「何事も経験です」って。メールの内容なんて重く考えないで良いんですよ。挨拶だけだって良いし、その日あった出来事を送ったって良いんです。先輩はもっと世界を広げた方が良いですね。丁度四ツ谷先輩と言う軽い友人が居るんですから使ってください」
またもや人生説教をしていると、もうとっくに行ったと思っていた四ツ谷先輩がドアを開けて入って来た。どうやら廊下で聞き耳を立てていたらしい。
「菜子、軽い友人ってなんだ?それに俺のメールはくだらなくないぞ。真面目に送っているんだ」
「真面目?アレがですか?↓の矢印を打ちまくって、最後に「バカが見る」って内容が?」
「面白いだろ?」
「時間の無駄です!!「おはよう」の一言の方がどれ程重みがあるか…!」
あたしと四ツ谷先輩がくだらない言い合いをしていると、一条先輩が関心していた。
「メールとはそういうものか」
「ええ、まあ。概ねそうです。友人同士のメールの内容なんて深く考えないで良いんですよ。だから送ってみてください」
「このバカに」最後にそう付け加えて言うと、四ツ谷先輩が頬を引きつらせていた。
「ほぉ……。言うようになったじゃないか。今度こそ毎朝毎晩、一緒に食事してやろうか?」
「出来るものならどうぞ。別にもう怖くありませんので!」
始めの頃は裏表が激し過ぎて怖かったけれど、今は怖くない。ただの友人想いの馬鹿な先輩だ。そして親父属性。
もう脅しには屈しない!
睨み合う中に割り込んでいたのはこれまた聞き耳を立てていた五嶋先輩。ちなみに二宮君は講堂でカーニバルの話し合いに参加中。
「はい、ストーップ。せっかく菜子ちゃんが呼びに来てくれた訳だし、そろそろ各組に行こうね」
寒々とした笑顔に圧倒され、大人しく言葉に従った。
だって、五嶋先輩怖い。なによりも、誰よりも今は一番怖い。