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38 新波馨という人間

「よし、じゃあHR始めるぞ~」


テスト休みの土日が過ぎ、また新しい週が始まった。担任のゆる~い朝の挨拶でHRの内容が話される。

あたし達B組の担任はこの学園にしては異色の教師で、勉強ばかり頑張っても仕方ない。とか言ってしまう人だ。だから学力主義の教師からは嫌われているが、あたしは好き。なによりこの先生の纏う空気がゆっくり流れている様で「焦る必要はない」と言ってくれている気がする。

……ホント、気がするだけだけどね。

顔は良いのにぼさっとした外見の所為で女生徒は汚いとか言ってるけど、臭くないし髭が生えてるだけじゃん。充分綺麗だと思うのはあたしだけ?


「あ~……。そうそう、体育祭な。組み分けして、今日の5・6時限を使って組ごとに会議だとさ。男女別にくじでもなんでも作ってさっさと決めろ」


そう言うと体育祭の説明が書かれているだろうプリントを黒板に貼り付け、職員室に戻ってしまった。どうせ次の授業があるまで隠れてタバコでも吸うつもりなんだろう。不良教師め!

担任が逃げたので仕方なくクラス委員が進行を務める。手際よくくじを作り、出席番号順に引かせ、黒板と体育祭組分け名簿に名前の記入をさせた。


「はい、じゃあ黒板のプリントを各自で確認し、時間になったら移動してください」


あたしは引いたくじを見る、そこには『白』と書かれていた。覗き込んできた美穂が「ヴァイスだね。あたしブラウだよ」と言う。

……ヴァイス?ブラウ?


「何その読み方」

「なんか、何代か前の先輩が普通じゃつまらないからって変えたんだって」

「へ~……」


なんか臭う。音の響きからしてきっとドイツ語。ドイツ語と言えばあの先輩……。

どうか変な事に巻き込まれませんように。そう願って席に着いた。





授業はテスト返還と説明で終わってしまった。当分は他の教科も同じだろう。順位は今週の金曜に発表され、成績上位者は職員室の廊下に貼り出される。もう結果は出ているけど、確認するまではやきもきしそう。

昼休みが終わり、体育祭の組み分け場所に向かった。組は四つに分けられていて、ヴァイスシュヴァルツロートブラウ。白は講堂だ。適当な椅子に座り、ボーとしていると上級生らしき人が壇上に上がり、進行を始めた。だけどそこに邪魔をする人間が現れる。

あたしは頭を抱えたい衝動と、今すぐ隠れたい気持ちになりながらもなんとか座り続けることに成功。その原因となった人はマイクを持って生きいきと喋っている。

あー……。嫌な予感って当たるものよね。

新波先輩と同じ組なんて……。終わった。


「一年では知らない子もいるでしょうから私が説明してあげるわ。競技内容は他の学校と変わらない。ただ目玉があるのよ、それが……。コレよ!!」


親指で指した後ろではスクリーンが降り、体育祭の光景が映し出された。

何て派手な演出……。

映像は普通の競技を早送り。いや、そこも見せてよ。という突っ込みはきっと聞き流されるので飲み込む。見て欲しい時間になると再生ボタンを押した。

その映像はまるでパレード。アホ過ぎて開いた口が塞がらない。


「どう!これが我が校の目玉の仮装……じゃなかったカーニバルよ!肉は頂いても問題ないけどね!陽気に騒ぎなさい!!」


説明によると、カーニバルと呼ばれる仮装大会には“フェルスティン”と王子プリンツ”と呼ばれる主役が居るのだそう。その他の人達は“騎士リッター”と呼ばれる。

そんなのに選ばれたら羞恥の極みだ。そう思っていたにやはり思い通りにはいかない。あたしは新波先輩に名前を呼ばれ、前に来るように言われた。手には白組の名簿を持っている。あれであたしの存在がばれたようだ。

抵抗を試みようをしたが、返って喜ばれてしまいそうなので大人しく従う。壇上に上がると「子猫ちゃん!」と抱き着かれ、頬ずりされ……。もう、好きにしたらいい……。


「あなたの名前を見た時から“姫”は決めていたのよ。もちろんやってくれるわよね」

「すみませんが辞退させていただきます。指名より先に意見を聞くべきです」

「そう?勿体ないわね。“姫”か“王子”に選ばれると強制参加競技以外には出なくて良い権利が与えられるんだけど……」

「素敵ですね先輩。是非やらせていただきます!」


今、確実にこの場に居る生徒たちから現金な女だと思われたことだろう。だが運動嫌いなあたしにとってはもはや救いの手に思える。

恥がなんだ。面倒がなんだ。たった一日、恥辱に耐えれば終わる。それだけだ!

その後、参加競技決め。あたしは学年別に出なければいけない競技のみの参加になったので、気が楽。全員の競技が決まるとカーニバルの会議に移った。



「あれ、二宮君も白組だったの?」


カーニバルの主要メンバー内に二宮君の姿を発見。驚いていると呆れた顔で「当たり前だ」と言われてしまった。


「生徒会の人間は全員バラバラに組に入る。僕とお前は一年だから二人で一人前だと、五嶋先輩の提案で同じ組になったんじゃないか。担任から聞いていないのか?先輩は伝えたと言っていたが……」

「……初耳です」


あんの不良教師!上手くばらけたから良かったものの、違う組になっていたらどうするつもりだったんだ!?煙草の吸い過ぎで煙と一緒に記憶まで出て行っちゃたんじゃないの!?

あたしの静かな怒りはさておき、カーニバルでは何をやるかと言う話になった。審査基準はテーマに沿ったストーリー構成・演出が出来ているか、が基準になるそう。もう流されることにしたあたしは話し半分でぼけっとしていた。そこに声を掛けられた。今回あたしのパートナーになった“王子”の先輩だ。


「君が桜川さんかぁ。生徒会のお気に入りなんだって?噂になってるよ」


何だこの軽い男は。

挙句の果てに「菜子ちゃんて呼んで良い?」と訊かれた。

皆は話に夢中でこちらに気付いていない。失礼な男でも一応は先輩だ。ここは冷静に拒否しよう。


「別にお気に入りという訳ではありません。あたしも生徒会の役員というだけです。どんな噂があるのか知りませんが、そんな事に踊らされるほど馬鹿ではないので先輩にどう思われようとかまいません。あと、名前は他人行儀に『桜川』で結構です」


なんでこんなのが王子なわけ?一言喋ったら分かったわ、馬鹿で軽薄なアホんだらじゃないか。だれだ、こいつを王子にした奴は!?

つっけんどんに言い放った言葉に、バカ王子はケラケラと笑う。

気持ち悪い。ってか、気分が悪い。

距離を空けようと動くとバカ王子も動く。手を取ろうとしてきたので「触るな!」という意味も込め、乱暴に払いのけた。


「君、面白いね~。ねぇ、彼氏いるの?いないなら俺とかどう?」

「例え今すぐ恋人を作らなければいけない状況になったとしても、貴男を選ぶことはありません!」


感情が高ぶり、思わず怒鳴ってしまった。近くに居た人が何事かと見てくる。

何故か悔しかったあたしは対峙することを止めない。こんな奴に負けたくなかった。

気持ち悪く笑うバカ王子とあたしの間に、スッと誰かが入って来た。長く、艶やかな黒髪を揺らし、自信溢れる背中を持つのは今、この場に一人しか居ない。

新波先輩は「ハッ!」と気合を入れると、バカ王子の横顔を蹴り抜いた。

予期していない事が起こったバカ王子はそのまま横に吹き飛び、「何すんだテメー!」と怒りの声を上げている。しかし新波先輩はそんなことでは怯む様子を見せない。逆にどんどん近付き、未だ床に座り込むバカ王子の胸ぐらを掴んだ。


「女はアンタの欲求を満たす道具じゃないんだよ。これ以上醜態晒したいなら相手になってやる。その時は顔の形が変わるまで蹴り飛ばしてやるから覚悟しな!」


男もたじろぐ啖呵を切り、バカ王子を突き飛ばした。講堂内は静寂に包まれ、全員の視線が転がっているバカ王子に注がれている。


「風紀委員!こいつを摘まみだせ!」


風紀委員の手によってバカ王子は連れて行かれた。


「良い!?何か不満があるなら私に言いなさい!全部受け止めてあげるわ。でも私は黙って従う女じゃないからそれを承知で来なさい!」


講堂にいる生徒に向かって声を上げた。途端に称賛の声と拍手が沸き起こる。

あたしは初めて『新波馨』と言う人を見た気がした。これがカリスマ性と言うのだろうか。先輩に付いて行けば間違いないという気にさせてくれる。湧き出る自信が人に与える影響は大きい。皆、コレを感じ取っていたのだろう。この人が前生徒会長と言うのは納得だ。


「さ、仕切り直しよ。王子が居なくなっちゃたわねぇ……。よし!二宮、貴男がやりなさい」

「……それは強制と受け取って良いですか?」

「当たり前でしょ。私のこの子に何かあったらどうするの?貴男が守るのよ」


「私のこの子」って……。

とても自己中な意見だけど、パートナーが二宮君なら安心だ。あたしからもお願いすると仕方なく了承してくれた。


「なにをやろうか。出来れば子猫ちゃんを引き立てるモノが良いわよねぇ」


皆が「う~ん」と考え込む中、あたしはなるべく目立たないモノが良いと考えていた。

結果として“親指姫”になったが、その理由が「小さいから」だった……。

喜んで、良いの?


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