34 女は外見じゃないと思うのです!
試験最終日の前日夜。またもや椿が叫んだ。
「ビクトリーーーー!!」
「はいはい。良かったね」
どうやら今までで一番の出来らしく、明日で終わる解放感から叫びたい衝動に駆られた模様。
でもね、椿。
「ここ、防音じゃないから静かにしようね」
「分かってるんだけど……。あたし今、走りたいかも!!」
「まだ一日残ってるから勉強した方が良いよ」
「……了解」
現実を思い出し、一気に元気が無くなった。可哀想なことしちゃったかな?
そう言えば明日は昼終わりなんだよね。
帰ってからコンビニにしようか。学食にしようか。いつも通り購買か。
「ねぇ、椿。明日のお昼どうするの?」
「ん~、お昼ぅ?決めてないけどぉ。明日は部活も無いしぃ」
机に突っ伏したままペンを動かす椿に訊いた。
完全にやる気を失っている。語尾が伸びてますよ~。
椿も決めてないならせっかくだし、一緒に食べたいよね。
「家庭科部に遊びに来ない?試験明けお祝いにお昼作ってあげる」
「本当!?行く、絶対に行く!!」
反射のように顔を上げた。目だけじゃなく、全体がキラキラして見える。
生きてる、って感じがするなぁ。
「じゃあ、明日終わったらスーパー行って材料買って来よう」
「うん!あ~楽しみ。これで明日乗り越えられそうだよ。あ、材料費は折半ね」
「分かった。よろしく」
試験は最後まで調子良く出来た。結果は週明けに出される。しかも上位30名は貼り出されるのです!コレに入っていないとA組はおろか、B組からも落とされてしまう。目標は10位以内なので考えただけで緊張する。
D組に椿を迎えに行き、家庭科室に荷物を置いて財布だけ持ってスーパーに向かった。何を作るかは行ってから考える。
スーパーには主婦ばかりで学生は居なかった。制服なので目立ったが、下校の生徒が外を通るのでサボりとは思われることは無いだろう。
「何が食べたい?やっぱり量有った方が良いよね」
「それは勿論!今は野菜カレーの気分だな」
「野菜カレーね。ご飯はレトルトで良いか」
お米はさすがに値が張るのでパックライスで済まそう。椿は2パックだろう。今の時期だと茄子とトマトが良いかな。肉はひき肉でいいや。あとはルーとトマト缶と玉ねぎと……。
必要な材料を指を折りながら考える。椿の持つかごに入れ、買い忘れが無いことを確認して会計を済ませた。今回は折半なので寮に帰ってから徴収する。
学校に戻ると早速調理。材料は熱が通りやすい物なので早く出来た。と言っても、お肉以外は生で食べられるものだから生でも気にしない。胃に入ったら何でも同じ。
レンジで温めたご飯をお皿に移し、カレーを盛る。なんと椿は大皿に2パック移して食べるようだ。生大食いチャレンジだ!
「あ~、良い匂い~。桜ちゃんの手作りだねぇ」
「え、どれ。本当だ、欄も食べた~い」
「そっか、私らも作れば良かったな」
鼻をひくひくさせながら先輩たちが入って来た。学食で済ませて来たので、今から食後のデザートを作る
んだって。別腹ってやつだね。
椿は早くも残り半分。対してあたしは1/4を食べたところ。あたしが遅いのではない、椿が異常なのだ!!食べ終わると鞄からお菓子を取り出し食べ始めた。
マジか!?ほんと、どうなってるの貴女の胃袋!!
あたしが食べ終わるころ、室内は甘い匂いに包まれる。どうやらデザートが完成したようだ。「あなたもどう?」と橘先輩に言われ、「頂きます!!」と元気よく答える椿……。見ているだけでお腹一杯になるよ。そう思いつつ、デザートを前にすると食べたくなる。人体の不思議。胃が動いて入るスペースを空けるんだって。凄いよね。
片づけを終え、皆で食後のお楽しみ。ホットケーキミックスを使ったクレープだ。中身は自分で入れる。あたしは生クリームと、缶詰のミックスフルーツ。口の中で甘さがとろけて美味しい。最近作ってばかりだったから、人の手作りは久しぶりだ。温かみがあって心がほっこりする。
「そう言えば~、桜ちゃん球技大会の日、一条君に抱っこされてたよねぇ」
「大騒ぎだったよ。取り巻き達の顔、面白かった。蘭はこのまま現実見て諦めれば良いと思うの」
「変な気起こさなきゃいいけどね」
「大丈夫ですよ~。菜子って小さいけど強いから」
椿がそう言うと「分かるー!」と盛り上がった。褒められている気がしないのは何故?
黙々と食べていると、休日の予定を訊かれた。試験明け、部活の無い生徒は大抵部屋で寝て過ごすらしい。この学園の試験はレベルが高い。だから終わると皆、出歩く気を失うんだって。活動は日曜からが常。
だから五嶋先輩は試験明けの土曜を指定したのね。生徒が外に出ないから。
そこで思い出す。服……どーする?からかわれるのを覚悟で思い切って相談するか。
「あの……。外出時の服っていつもどうしてます?」
「それは~、人や場所によって変える物でしょ?」
「だね。一人なら適当に、友達とは楽に、彼氏なら相手の好みに合わせて。とかね」
「蘭は自分の好きな服装だよ。相手に会わせるのなんて面倒くさいもん」
成程。でも先輩の好み知らないんだけど。この場合はどうしたら?
思い出せ~。ゲームではデートイベント在ったはず!
……、ダメだ。所詮AVG。ルート選択だから服装選べないし、イベント絵は服を事細かに見せてくれない。
自分で考えるしかないのかぁ!!
「そっかぁ、そう言うものなんだ」
一人頭を抱えていると、椿がぼそりと言った。独り言だろうが、耳に入ってしまったので気になる。どうしたのと問うと、何とも言えない顔で答えた。
「中学生の頃さ、好きな男の子と出かけてその時に告白したの。そしたら「俺より背の高い女はちょっと」って言われて……。それは言われ慣れていたからあまり気にしなかったけど、「柳原と俺の服、趣味違うし。合わないと思うんだ」って言われたのは、未だにしこりになっててさ」
「つまらない話でごめんね」と悲しそうに笑う椿を初めて見た。その場にあたしが居たらコテンパンに潰してやるのに!そんなつまらない理由で勇気を振り絞って告白した女の子を振るなんて許せない。しかもこんな綺麗な椿を!
その時の事を思い出したのか、暗くなってしまった椿に抱き着いた。いきなりだったので驚かれたがそのまま腕に力を込める。
「椿はちっとも悪くないよ。思春期の男の子だから背の事気にしたんだと思うけど、そんなちっぽけな理由で振る奴は器も小さいんだから!それに服の趣味なんて人それぞれじゃない。相手に無理に合わせたら椿らしさが無くなっちゃう。外見を気にするような男じゃなくて、椿の内面を好きになる人は絶対居るよ!あたしが保証する!」
「そうだねぇ。若いうちは外見重視って子が多いかもしれないけど、年を重ねれば内面を見られるようになるよ。だから椿ちゃんは今のままで良いと思うの~」
橘先輩と高橋先輩も見守るように優しく笑いながら頷いていた。
回していた腕を解くと少し潤んだ瞳と目が合う。照れくさそうに笑う椿がとても可愛く見えた。
「ところで。桜ちゃんはなんで服の事訊いて来たの?」
「ただ単に訊きたかっただけじゃないのか?」
「珊瑚はダメねぇ。全ての物事には意味が有るのよ~。」
ヤブヘビ?からかわれるだけでは終わらなそうだぞ、これは。
曖昧に笑って誤魔化そうとしたが無理だった。鉄壁のディフェンス!逃げ道ナシ!!
諦めて五嶋先輩と出かけることになったと白状した。「男の子と」だけでは絶対に納得しないだろうことは目に見えていたので、誰と行くかも正直に話す。
案の定先輩+椿の厭らしい笑みは絶えない。
「あーゆータイプの男は隠すと剥ぐよねぇ」
剥ぐの!?あたし剥かれるの!?
隠さない服って何?下着とか?
それって公然わいせつ罪とか言う罪状でしょっ引かれるよね?
「ニコニコ笑いながら攻めるタイプの男には、正攻法も通用しないから大変だよね。蘭は絶対にイヤ」
「生徒会の中では一番難しい相手だね。……ご愁傷様」
五嶋先輩って憐れまれる程危ない相手だったの?
うわっ、可哀想って顔で見られてる!
笑うな椿!さっきまで泣きそうな顔していたくせになんて早い変わり身なんだ。
怯えていても仕方がない。ここは素直に助言を求めようじゃないか。
「では、どのような格好が望ましいと思いますか?」
ごくりと唾を飲み下す。心の準備はOKです。どんと来い!
厄介な相手に対する服装、その答えは!?
「わからなーい♪」
「……」
はい、しゅーりょー!!
がっくりと項垂れる。 その日の夜。五嶋先輩からメールが届いた。