31 実は小悪魔なのです?
7/1よりタイトル変更させて頂きました。
今回は二宮君です。
あたしは25歳で死んで、生まれ変わった。そこは乙女ゲームの世界。でもちっともシナリオ通りになんて進まない。自ら入った家庭科部は良いとして、名前だけの登場人物、新波先輩との出会い。それだけじゃなく、名前すら出てこなかった佐々木先輩との出会い。一体全体どうなってるのさ!?
だから諦め、好きに生活することにした。
せっかく人生やり直せるんだもの、楽しまなきゃ損でしょ?
「はい、そこちが~う」
「え、どこ!?」
ノートと顔の距離がゼロに近い椿は、数学の問題を解いていた。式はどこまでも続き、白紙の既に半分が埋まっている。どう考えても間違っているのにムキになって答えを出そうとしていた。
そんな椿に容赦なくペケを出した美穂は赤ペン片手に大きく×を書く。
あ~あ、最初からやり直しだ。あたしは思わず苦笑い。
球技大会が終わり、来週から中間考査が始まるので部活動は活動禁止になった。黒白学園の四階は図書館のように自習室とPC室がある。自習室は四人部屋と、十人部屋の二種類があり、使用後は掃除をする。と言うことを守れば飲食持ち込みOKなのだ。
放課後、その四人部屋に五人で集まって勉強会だ。ちょっと狭いが窮屈に感じる程ではない。メンバーはあたしと椿、美穂。そこに侑吾君と二宮君を呼んだ。最初渋っていた二宮君も下から見上げるように顔をちょっと傾げて、「一緒に勉強、しよ?」と言ってやれば今のあたしならイチコロさ!
……本当は無理やり引っ張って来ました。見栄、張りましたけど、何か?
「菜子。ここは?」
「ん、どこ?」
「どこだ?……こんな問題も分からないのか」
侑吾君の質問に答えたのはなぜか二宮君。結構キツイ物言いなのに侑吾君はあまり気にしていない。まぁ、あたしが受験の時散々言ったから免疫付いたのかな。
二宮君は嫌々来たにも拘わらず、今では口煩いが楽しそうだ。ゲームの中でも生徒会の人達以外では係る人が居なかったから、今の状況はむず痒いけど、きっと楽しいのだろう。
今だってなんやかんや言いながら丁寧に教えているし。
「あ~、もう限界!!」
「聞き飽きたわ!」
パコンと丸めたノートで一発。
椿はもう限界のようだ。美穂はそんな椿イライラし始めている。もうダメね。
あたしは鞄からタッパーを取り出した。
「ちょっと休憩しようか」
「やったー!バンザーイ!!」
叫んだのは勿論椿。呆れかえったのは美穂と二宮君。侑吾君はホッとしている。やる気はあるけど頭が着いて行かないみたい。
タッパーの中身はブラウニー。勉強にはチョコレート、と勝手な考えで作った。けど、これは美穂のリクエストでもある。だから最初の一口は美穂の物。使い捨てのお手拭きを配り、家庭科室でポットに淹れたストレートティを紙コップに注ぐ。
机の上をサッと片付けて休憩。一口齧った美穂はホッと息を吐き、紅茶を飲んだ。
「あ~。甘いものってどうしてこう幸せにしてくれるのかなぁ」
「凄いな、大変じゃなかったのか?」
マジマジと見て、感心した二宮君は食べずに眺めている。
んな大げさな。これで褒められるとは思わなかったのでちょっと恥ずかしい。
「大丈夫だよ。これ、ホットケーキミックス使っているから簡単なんだ」
「そうそう。菜子って手際良いよね。毎回楽しみなんだ、あたし」
「なんだ、柳原も餌に釣られた口か?」
あ、それは言っちゃダメ!が、時すでに遅し。「え、釣る?」キョトンとした椿に追い打ちをかけるように「俺も同類」と侑吾君が言った。
頭を痛めながら仕方なく説明すると、あっけらかんと笑ってのけた。
「さっすが菜子。良く分かってる!」
「怒ってないの?」
「怒る?何で?勉強教えてもらって、お菓子作ってくれる友人に対してどうやって怒れっていうのさ」
じ~ん。感動。思わず隣に座る椿に抱き着く。今じゃこのナイスバディに腕を回すと落ち着いちゃうのよねぇ。ウエストが丁度回した腕にフィットするのよ。すっぽり収まるこの感じ、無駄な肉は無いし、羨ましい。
「菜子、足の調子はどう?」
「良いよ、走れないけど歩くのは問題ないもん」
「じゃあ、来月の体育祭は出られるね」
「……ん?体育祭?」
おや、聞き間違いかな?球技大会が終わったと思ったら体育祭だと?そんな……。え、本当に!?
素で驚いているとそのことに皆が驚いていた。侑吾君まで……。貴方だけはあたしと同じだと思ったのに。
「お前は、仮にも生徒会の人間だろう。年間予定表くらい頭に入れておけ」
「え、何それ?」
「菜子……。俺でも知ってるぞ。入学式の後のHRで配られたプリントに書いてあっただろ?」
あ~。あったかな?……仕方ない、諦めよう!
「椿、今度見せて」
「良いよ~。部屋に貼っとこうね」
「なちってしっかりしてるのかボケてるのか、いまいち分かりづらいよねぇ」
休憩を挟んで一時間程勉強すると下校時間になった。部屋の片づけもあるので早めに切り上げる。
自習室を出て寮への帰路へ着く。捻挫した足首はまだ少し痛い。日常生活には支障が無いので登下校は問題なく出来ている。でも、ちょっと階段は辛い。
こういう時、邪魔になりそうなくらい隣に居るはずの侑吾君は、椿と美穂に挟まれ盛り上がっていた。小さく聞こえてくる会話はあたしについてだ。「ボケ」とか「天然」とか「実はキツイ」とか「小悪魔」とか……。なんだ、悪口か?悪口で盛り上がっているのかお前らは!!てか最後の「小悪魔」って何さ!そんなスキル持ってたら人生苦労せんわ!!
プリプリ怒っていたら二宮君に笑われた。
「あ、悪い。……足、階段じゃ辛いだろ?荷物持つよ」
「じゃ、遠慮なく。お願いします」
折角なので好意に甘えることにした。二宮君とこうやって何もない日常の中、並んで歩くのは初めてだ。彼との出会いはゲームでも現実でも最悪だったけど、今はマシな関係に成れたと思いたい。
「……階段、怖くないか?」
下の方では椿の笑い声が響いている。日も傾き、オレンジ色の空が広がっていた。「怖くないか?」と訊いてきた二宮君は眉根を寄せ、眉間に皺を作っていた。まったくこちらを見ようとしない。視線は足元で固定されていた。
気を使っているのだろう。あの場に居合わせた後悔か、怪我をさせてしまったと言う罪の意識か……?そんな馬鹿な考えに自嘲的な笑いが出た。
「うん、大丈夫。そうだ!あの時は助けてくれてありがとう、まだお礼言ってなかったよね。助かった。二宮君が居なかったら大怪我してたよ」
「でも、捻挫させてしまったろ?その後も力になれなくて……ごめん」
もう、何で男って自分を責めるかな?本人がお礼を言ってるんだから素直に受け取ってくれれば良いのに。と言うのは勝手なんだろうなぁ。分かっているけど、何度も謝られると辛いのよね。
「平気だよ?髪は伸びるし、怪我は治る。ぜ~んぶ、元通りになるから!」
大げさなほど明るく言うと、目を丸くして驚いて、笑った。熱に浮かされて上戸に陥った時以来の笑顔だ。先輩たちと違って二宮君の笑顔は同年代の男の子って感じで見ていて気持ちいい。先輩たちの笑顔は無駄なフェロモン出ているから心臓に悪い。
「おっと」よろけて最後の一段を踏み外してしまった。とっさに伸びて来た腕が優しく抱き留めてくれた。別に大丈夫だったんだけどなぁ。そう思いながら胸に張り付いたまま見上げると目が合った。眼鏡の奥の目は、からかいが一切ない。真剣な瞳だった。
左腕は腰に回されたまま、右手だけが上がって行く。その手が髪を梳き、毛先で止まる。
「……本当に、短くなってしまったな」
「まぁね、でもシャンプーは楽になったよ」
「この傷は?まだ痛むのか?」
「たまに引き攣るけど痛くは無いよ」
寝癖が付き易くなると言う弊害もあるが。今のところ短いのも結構良いじゃん。といった感じだ。頬の傷も痛々しさは残るけど、痛みは無くなった。今はテープで傷を隠している。
髪、梳かれるのって気持ちいいな。眠くなっちゃう。二宮君も心なしか気持ち良さそうに見えた。
ここで悪戯心がにょきっ、と芽生えた。
ごめん二宮君。君の優しい心はとても嬉しかった。有難く受け取らせて頂いた。
絶対怒る。でもそれ以上に反応が見たい!
無事な右足で精一杯背伸びして頬に触れるだけの軽いキス。
案の定固まった二宮君を見て思わずニヤリ。するりと腕を抜け出し、前を歩く侑吾君にヘルプを頼むと直ぐに来てくれた。
変な格好のまま、佇む二宮君を見て不思議そうにしている。
「侑吾君、おんぶして。で、走って逃げて」
「何で?」
「良いから、早く!」
背負われるのと正気に戻るのが同時だった。けど侑吾君の足は速い。フフ、追いつけまい。
恥ずかしくないのかって?ぜ~んぜん。だっておんぶしてもらうの初めてじゃないし。むしろ慣れてるし。慣れてないのはお姫様抱っこだもん。
「―――っ!?桜川ーーー!!」
「キャハハ!!」
真っ赤な顔で追いかけて来た。あたしは楽しくて負ぶわれたまま大笑い。
申し訳ない、二宮君。あたし君に対してだけ「小悪魔」になるみたいです。