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29 有難いお言葉をいただきます。

「さ~て…。どうしてくれようか?」

「………」


はい!あたしは今LL教室より救出され、保健室の隣、小会議室で五嶋先輩にお説教され中。他の皆さんはそれぞれの競技に戻ってしまいました。

「先輩も出場選手なんじゃないんですか?」と訊けば、「そんなの、代わりはいくらでも居るからね」と一人残ったのです。

膝詰で説教!にならなかったのは捻挫しているから。なので椅子に座っての説教となりましたがこれがまた……、キツイ!!

まぁ、こうなった経緯をご覧あれ。





倒れ込んだ佐々木先輩を息荒く見下ろしていると、慌ただしい足音が幾つも聞こえて来た。

まずい!と思った時にはもう遅く、かくて扉は開かれる。

大きな音を立て、乱暴にドアを開けて入って来たのは侑吾君だった。次に生徒会のメンバー。そこに二宮君の姿は無い。まだ保健室に居るのだろう。

直ぐにあたしを見つけた侑吾君は無事を確認してほっとした顔でいたが、頬の傷と片方の髪房を失った姿を認識し、「菜子!?」声を上げ、慌てて駆けよって来た。


「菜子!傷が……!」

「傷!?見せてみろ」


侑吾君の後ろから一条先輩が覗き込み、頬に引かれた一線の傷と、そこから流れ落ちる赤い滴を見て声を失っていた。

二人が動揺して動けなくなっている中、冷静だったのはやはり五嶋先輩で、あたしと佐々木先輩の距離を取らせる為に動く。

「足は?」見ただけでは分からない捻挫の具合を訊いてきた。足の痛みは逃げ回り、最初より熱を持って痛みを主張している。「すみません」それだけで通じたようで、「失礼」と断りを入れ、抱き上げて近くの椅子に座らせてくれた。

心配そうに見つめる三人の間から、佐々木先輩の前に膝を落とした四ツ谷先輩が見えた。

佐々木先輩はしきりに「ごめんなさい」と涙を流し謝罪している。それを否定するでもなく、容認するでもなく、ただ静かに見ていた。




「俺が運びます」と侑吾君が言い、負ぶわれて保健室に運ばれ、あたしを見た十字先生は、「キャーーーー!!顔が!女の命(髪)がぁ!!」と叫んで今にも卒倒しそうでした。

不揃いな髪のまま再び一から治療を受ける。顔の傷は出血量は多かったが傷自体は浅く、まめに薬を塗れば治った痕も目立たなくなるだろうと言われ、一安心。もし気になる様なら目立たなくなる化粧の仕方を教えると十字先生は言った。先生のテクは是非教えて欲しい。

足首は再びアイシングからやり直し。その後湿布を貼られ、土日外出禁止令が出されてしまった。


ま、いっか。大人しく試験勉強してよう。

傷だって大したことなかったし、髪は本当に悔しいけどそのうち伸びるしね。

いや~。女って開き直ると強いなぁ。と、自分で思ってしまうあたしって図太いのかな?


「で、問題はその髪ね」

「そうですけどその前に、五嶋先輩!佐々木先輩は?」


あんたねぇと先生には呆れられたが、四ツ谷先輩が何処かに連れて行った佐々木先輩が気になった。壊れた心のケアは注意が必要だ。罪を認め、人を傷つけた恐怖で震えている先輩をこれ以上追い詰めてはいけない。そんなことをしたら戻って来られなくなってしまう。

五嶋先輩は呆れた顔をするも優しく笑って、子供を褒めるようにあたしの頭を撫でる。

座っているので見上げる形になった五嶋先輩の顔は、初めて見る優しさに包まれた笑顔で、不覚にも泣きそうになってしまいました。


「君は優しいね。大丈夫だよ、四ツ谷は佐々木さんを責めたりしない。君が着けた決着に口出すほど愚かじゃない。今は女の先生が付いてくれている。安心して良い。それより今は自分の事を考えようね…?」

「……はい」


せっかく優しかったのに、いきなり黒い笑顔が発動した。

そんなこと考えてないで今は自分の事考えろ!今からどうなるか分かってんだろうな!?

と、言う事でしょう。

分かっていますとも。お説教でしょ!?



「私が揃えてあげるわ」と立候補した先生に髪はお任せ。壁に寄りかかるように立っていた侑吾君は、短くなっていく髪を悔しそうに見ていた。一条先輩は悲し気にあたしを見ている。

軽くなった頭を振る。首で揃えられた髪が肌をくすぐった。


「やっぱり私って上手いわぁ。……せっかく綺麗な髪だったのに、勿体なかったわね」

「いいんです。髪は伸びますから」


困ったように笑った十字先生が、ふわりと優しくあたしを抱きしめた。

良い匂い。香水かな?

目を瞑って身を任せてみた。そんな気分だったの。


「もう気を張らなくて良いのよ。頑張ったわね、偉かったわ。でもね、あんたが傷つくと悲しむ人が周りに居るって分かりなさい。それと、皆には謝るんじゃなくてお礼を言いなさい」

「お礼、ですか?」

「そう。『心配させてごめんなさい』なんて言われても嬉しくないの。逆に守れなかったって傷つけるだけよ。だから『心配してくれてありがとう』って伝えるの。想ってくれた心が嬉しかったって」

「……でも先生。あたし佐々木先輩を苦しめました。確かに酷いことされたけど、きっとそれ以上に追い詰めてしまった。もしかしたらもう、笑えなくさせてしまったんじゃないかって考えると、…怖いんです」


あたしの髪は切られ、頬と足首を怪我した。でもそれはいつか治る。でも心は?もしかしたらあたしが壊してしまったかもしれない。それが怖かった。傷つけられたことより、傷つけてしまった事実が襲ってきて、どうすれば良いのか分からなくなる。思考の渦に巻き込まれて溺れそう。

カッコ良く佐々木先輩に『自分の行動に責任が取れないようなことするな』と言っておいて怖いなんて情けない。

先生は背中に回した手で小さい子をあやすようにトントンと軽く叩いた。一定のリズムを刻むそれは強張っていた体を柔らかく解かしていく。


「あんたは充分やった。間違ってないわ。あとは本人しだいよ。あの子の心まで負う責任なんて無いの。大丈夫、大丈夫よ……」

「……はい」


あたしを想う優しい言葉は心を解かし、暖かな涙となって流れ落ちた。

不思議と声は出なかった。涙は静かに流れ、先生の白衣を濡らした。

先生の言う通りだ。他者の心を背負う力なんてあたしは持ち合わせていない。それは先輩の心の強さにかかっている。ただ信じるしかないんだ。佐々木先輩には、また再び笑える強さがあるって。




「そう、十字先生の言う通りだ。桜川さんは充分頑張ったよ。だから次は僕の話を聞いて欲しいな」


涙が止まったのを見計らい、五嶋先輩はそう言った。一条先輩が止めるが、今じゃないと意味がないと突っ撥ねる。どうやらかなり怒らせたみたい。

落ち着いたあたしを見て安心していた侑吾君も、五嶋先輩の怖さを目の当たりにし、顔を引きつらせ固まっていた。

だから言ったでしょ。不穏な空気を感じたら逃げてって。ま、あたしは失敗して喰われそうになっていますけど。


「一条、三橋君。二人は競技に戻ってくれ。一条、後は任せた。十字先生、隣の小会議室お借りします」

「分かったわ、使いなさい。ちんくしゃ、自分を想ってくれる人の言葉。有難く受け取って来なさいな」





そして有難いお言葉を受け取るため、ドナドナの如く隣の小会議室に来たしだいです。


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