27 スローモーション
球技大会本番。今日はさすがに朝練が無いので、登校は椿と一緒だ。教室に着くと美穂と一緒に更衣室で運動着に着替え、嫌だと拒否したが認められなかった二宮君のお迎えで生徒会室に行くことに。
美穂には会場で合流する約束をした。これも四ツ谷先輩に言われていたことだった。
『いくら人目があるからと言って一人にならないこと』耳たこになるくらい言われたので忠実に遂行する。
生徒会室に行くと既に全員揃っていて、普段は見られない指定の運動着姿だった。制服のシャツと違った素材のティシャツ……。ちょっと、色っぽい。
胸筋が、上腕二頭筋が、腹斜筋が、背筋がぁぁ!!
厭らしい目でじっとり見ていたら「ん、なんか寒い?」と五嶋先輩が言った。あたしは「そうですか」としれっと答えるが、内心「あっぶねぇ!」と焦っていました。
実はあたし筋肉大好きなんです。ソフトマッチョ大好き!あと声も好き。重低音ボイスとか最高だと思う!耳元で囁かれたら腰抜ける自信があるわ!
トーナメント表を持って各会場に張りに行くことに。校庭は四ツ谷先輩と一条先輩。第二体育館は五嶋先輩。第一体育館があたしと二宮君だ。第一体育館は二階建てで、一階でバドミントン。二階でバレーと卓球が行われる。
体育館で待機していると、HRを終えた生徒が入って来た。美穂と合流したのを見届けた二宮君は、自分の競技が行われる二階へ行ってしまう。「ふぅ」と思わず出た溜め息を慌てて手で止めた。心配してもらっている身で何様だ!?
試合は……ええ、予定通りストレート負けでしたよ。……嘘です。真剣にやって惨敗でした。横で見ていた美穂が指差して笑っていたけど、美穂の試合内容も同じようなものだったので、終えて戻って来た美穂に「凄い試合だったね」と笑顔で言ったら抱き潰しの刑を喰らった。
椿といい美穂といい……、なんでそんなに発育が良いのさ!?
食い物か?運動か?遺伝かぁ!?
遺伝…?遺伝なら、希望はある!寝る子は育つって言うし、今日から早寝早起きを心がけよう!
仲良く一回戦負けをしたあたし達は、椿の応援に行く前に家庭科室に差し入れを取に行った。味見で美穂に食べてもらうと「美味!」を貰ったので一安心。
それをもって早速第一体育館の二階へと急いだ。
館内は一階のバドの試合とは比べ物にならないくらいの盛り上がりだった。椿の姿を探すと第二コートで試合中。
あたしと美穂は終わるまでステージで待機。
第二コートは奥なので遠いが、椿の動きは目立っていた。前衛のレフト側に居ると言うことはエースなのだろう。部活でも一年で早速レギュラー入りした椿だ。クラスで編成されたチームではエースなのは当たり前か。
椿がセッターに「持って来い!!」と叫んだ。スパイクに入る助走。ぐっと膝を曲げ踏み込んだ足。全身をしなやかに躍動させ、反り返った体。その反動を利用して上からたたき込んだボールが相手コートに綺麗に落ちた。
「カッコいい」思わず見惚れた。あたしのルームメイトはとんでもなく良い女でした。
ああ、汗がライトに照らされてキラキラ光っている。……眩しい。
相手は三年生だったにも拘わらず、14-25と快勝した。半袖の上に長袖のジャージを羽織った椿があたし達に気付き、この場に居る誰よりも輝く笑顔でやってくる。
「あの子、男子より女子ウケが良いの」
「納得」
美穂が言った言葉に一切の否定は無い。あたしだって惚れそう。色恋に興味は無いけど、椿が男だったら惚れていると思う。優しくてカッコ良くて背が高くて……、ついでに爽やか。まさに女子の理想でしょ?
ひらりとステージに上がってくる椿。同性が見惚れる女だねこりゃ。
座った椿に除菌シートを渡し、次に漬けたレモンと蜂蜜、炭酸水を入れた紙コップを渡した。
「まずはこれね。本当はスポーツドリンクにしようと思ったんだけど、せっかくだから。運動したばっかりなんだからゆっくり飲んでね」
受け取った椿はまず匂いを嗅いだ。
椿は物の匂いを良く嗅ぐ。癖なんだそう。
それから「くぴっ」と口に含み飲み込んだ。
「美味しい!」
「あたしも!なち、あたしにもちょうだい!!」
美穂にも同じ物を渡し、次に本命の蜂蜜漬け。
「すっぱ~い。でも甘くておいしー!」
「なち~。今度は椿だけじゃなく、あたしにもなんか作って?」
「うん、良いよ。じゃあ今月末テストあるし、一緒に勉強しよう?その時作っておくから」
「「さんせー!!」」
周りに居た椿のチームメイトや、同じB組の人達にも分けるとあっという間に無くなってしまった。さすが体育会系。気持ちの良い食べ方だわ。
その後、椿たちは勝ち抜き、午後へと繋げた。
あたし達がお昼を取るため教室に戻ろうとすると、第一体育館の奥。二階上で卓球をしていた二宮君と鉢合わせ。
「一人じゃ無いんだから良いでしょ?」目で訴えると溜め息付きだが了承を得た。
友人二人と一緒に居たからか、生徒会の警護が無いからか。……多分、両方。
階段を下りていると背中に「ドン」と衝撃が襲い、バランスを崩した。
しまった、油断した!
「あっ!?」
体が宙に浮く感覚。後ろに戻ろうとする意志とは反対に前に落ちる。
椿と美穂が叫んでいた。
ゆっくり、ゆっくり……。
この感覚は覚えがある。
ゆっくり進む時間。これは生まれ変わる切っ掛けになった事故で経験した。
――また、死ぬの……?
恐怖より先に来た感情は悲しみ。
やっと楽しいと思える人生だったのに。
優しい両親の元に生まれることが出来たのに。
嫌だ!また死にたくない!!
あの頃とは違う。あたしはまだ、この世界に居たい!!
違う時間でサッと人影が動いた。落ちるあたしを抱き留め、一緒にその人は倒れ込む。背中を打ったのだろう、「うぐっ」と呻き声を上げる。
しっかりと腕に掻き抱かれたあたしが顔を上げると、痛そうに顔を歪めた二宮君が居た。
「二宮君!!」
呼びかけると薄く目を開け、小さく口を動かしていた。耳を近づけると、「良かった」と聞こえた。
美穂があたしを抱き起し、椿が二宮君に声を掛けている。教室に戻る途中だった一条先輩たちが、騒ぎを聞きつけやって来た。
二宮君は四ツ谷先輩が抱えて保健室に運んだ。心配するあたしに「気絶しているだけだから」と言い残して。
「桜川さん、大丈夫?」
「はい……、つっ!?」
五嶋先輩の手を借り、立ち上がった瞬間、左足首に鈍い痛みが。
「どうした?」と訊く一条先輩に「捻挫みたいです」と答えると、一も二も無く横抱きされ、保健室に連行された。
「降ろして、降ろしてください!!ムリだから!ホントこれ、無理だからぁ!!」
「五月蠅い。静かにしていろ。恥ずかしいのなら顔でも隠しておけ」
「で、なんでこんな茹蛸になっているの?このちんくしゃは」
「十字せんせーい!助けてください!あたしもう……。恥ずかしくて泣きそうです!!」
保健室に運び込まれたあたしは入った瞬間、目の合った十字先生に助けを求めた。
「仕方ないわねぇ」と言いながら一条先輩の腕からあたしを受け取ろうとすると、ぎゅっと抱きしめられる。
え、何で?意味が分からす腕を突っ張ってみる。が、再び強められる腕の力。
十字先生は「あらあら」と楽しそうだ。
「先輩、ありがとうございました。もう降ろしてください」
「……嫌だ」
「嫌だ、って……。降りないと先生に診てもらえません」
「あら、大丈夫よ。一条君、そのままそこの椅子に座ってね」
う、裏切り者ーーーーー!!
という訳で(どんな訳だよ!?)、一条先輩の腕に抱えられたまま治療を受ける羽目になった。
もう、もう絶対に先輩の前で怪我はしない!
そう誓ったお昼前になりました。
次はきっとキツイ話になると思うので、26話を軽く、27をちょっと重甘くしてみました。
でも未だに『甘い話』が書けないのはなぜ……(..)